第2話 女の子になっちゃった!?
「リーズにはやっぱり勝てないや……」
試合後、アルスは傷心のままお城から遠く寂れた村にいた。質素な鍛冶屋がたたずんでいる以外には建物はない。
しばらく、彼はしばらく熟考していたが、ついに思いつめたように手提げカバンの中から、薬のビンを取り出した。
アルスには試合前に、親から言いつけられていたことがあった。剣術大会で優勝できぬものが帰る家はない。
敗れたものは死をもって償え、と。もし、死ななかったら、刺客を差し向けられ、不名誉な形で殺すと。
薬のビンは知り合いの錬金術師からもらったものだった。
実験中のものではあるが、これを飲むと苦しまずに死ねると聞かされていた。家の掟には絶対に逆らえない。アルスはビンから、錠剤を5粒ほど取り出し、そのまま飲み込んだ。
(熱い……。体が燃えるように熱い。全身が、頭の先からつま先に至るまでが焼け付くようだ。苦しまずに死ねると聞いたのは嘘だったのか)
自害の手段を誤ったのかとアルスは後悔をしはじめていた。しかし、しばらくして、意識が朦朧としはじめた。
それは睡魔に似ていた。ああ、これでやっと楽になれるのかと彼はまどろみに身を任せた。
………
アルスは目を覚ますとベッドの上に寝かされていた。
傍らには心配そうに中年の女性が顔をのぞきこんでいた。部屋の調度は暖色のものが多く、ぬいぐるみもいくつか飾られている。
香水のにおいが漂う。おそらく、女性の部屋なのだろう。
「ここは、街外れにある小さな鍛冶屋よ。大丈夫かい?」
(鍛冶屋……)
アルスは鍛冶屋の前で薬物自害を試みたことを思い出した。それがこうして、ここにいるということは、倒れているところをこの家人が助けてくれたのだろう。
アルスは自分が情けなくなった。戦いに敗れ、そのけじめもつけることすらできずなんと情けない人生だろうと。
「顔色があまりよくないようだからしばらくここで寝ときなさい。お嬢ちゃん」
お嬢ちゃん。懐かしい響きだった。
アルスは中性的な顔立ちをしているせいか、幼少期は女の子と間違えられることがしばしばあった。
第二次性徴が過ぎて、男らしい体つきになるとさすがにそのようなことはなくなったが、そのような呼び方をされると懐かしさを感じるのだった。
昔は女の子と間違えられるとムキになって男だと反論したものだったが、今のアルスにはそのような気力は残っていなかった。
身体を起こし、窓の外を見やると、牡丹雪が降り、もみの木に積もっていた。美しい光景だった。
アルスは自分の身の振り方ばかりを考えて、周囲を見る余裕がなかったせいで、こんな小さな感動すらも見逃していたのだった。
美しい景色から目を外し、うつむくと「おや?」とアルスは思った。身につけていたのはレースのついたピンク色のパジャマ、どう見ても女性用のものである。
男としての自我をもつアルスは急に恥ずかしくなった。
「おばさん。介抱してもらっている身で、こんなことを言うのも、なんですが、べ、別の服はありませんか?ちょっとこの服は恥ずかしいですっ!」
「すまないね、あたしが持っている寝巻きはこれともう一着しかないんだよ。そのもう一着は洗濯してまっているし。あとあとは息子と夫の男物の寝巻きしかないよ」
「だから僕は男……!」
身振り手振りをしながら、必死でアルスが説明しようとしたそのとき、肘のあたりにやわらかい異物が当たった。
それは男の身体についているはずのない膨らんだ胸だった。股の間を確かめてみるとついているべきものがなかった。アルスは思考が停止して動きが固まった。
「大丈夫かい?」
「鏡があれば見せてもらえますか?」
「はいよ」
おばさんは手近にあった小タンスの引き出しから、手鏡を取り出し、手渡した。
そして、アルスがおそるおそるのぞくとそこには見知らぬ少女の姿が映っていたのだった。睫毛が長く、丸っこい顔、肩まで伸びたロングの髪の毛。ほんのりと赤らんだ頬。試しに、アルスがはにかんでみると鏡の向こうの少女もはにかんだ。
「これが僕……?」
「自分の顔に見覚えがないって……。あんた、もしかして記憶喪失かい?」




