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Tips 12   コゲタ・エスカ・ルゴ

本質的には 国語の『文字』 も 

 数学の『数字』 も同じものである。記号としては。


それなのに、初めて知るこどもは戸惑う。

「文字はそれぞれ、固有の意味がある。だけど数字はそうでない。数字はどれもその場限りに使う。だから数字のなかで、どれが好き、なんていえないし……」

みたいな感じに。これで自然だろう。よけいなことをこだわらないうちは。


だから、

実際に世界を把握するまで、誰にだって、

  哲学的な思想などわかるはずもない。



数学者デカルトの、(出典 『方法序説』、「コギト・エルゴ・スム」)

  『われ思う、ゆえにわれ在り』を、

    予備知識なしで初めて聴いても。

「あたりまえじゃん。なにそれ、どこがすごいの?」

  で、終わってしまう。

あるいは意味を解釈すらされない。

  それも、こどもではなく働いている世代すら。



数学や国語は直接役に立つ応用が効くが、

哲学なんてなにも知識のベースがなければ、

どんな賢者の名言でもまるで理解などされない。

空暗記していてもまったくのムダ。



しかし絶望してはいけない。

ならば、逆手に取るのだ。これはスポーツ競技の常道だ。


応用して、返し技を。

みんながみんな、たいして理解無いのがふつうなのだ。

いわば中国の古典、四書のひとつ、中庸の示すところ(?)である。

ならば一点でも際立つなんらかの 才 があれば、

それだけで天才扱いされるぞ。


ウソはいっていない。

  天才 とは、 偏ってなにかに秀でること と、

    辞書に明記してある。


さて、賢者にクラスチェンジだ。〆

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― 新着の感想 ―
 哲学とは、当たり前の事実を用いた戯言ですが、ときにはそうした観点から齎される真実というものもあるもの。『われ思う、ゆえにわれ在り』とは、そんな深い意図あって……かどうかは本人でないので臆測に過ぎませ…
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