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エヴァンゲリオン読破したよ

岩波文庫版の『福音書(エヴァンゲリオン)』、読み終えた。じっくりと一読。

私は素人だな、やはり意味がわからない……

これをどう受け取るのだろうね。


神の子、救世主、キリスト。

かれは奇跡により多くのひとの病を治し、飢えるひとたちの腹を満たした。

しかも過去の預言(旧約聖書、ユダヤ教の聖典)が、成就されるように行動していた。

これらを多くの弟子たちが後世に伝え。その中でも四つ、異口同音にまとめられたものが福音書となっている。


記されるままに受け入れて善いものだろうか?

その是非は私などにはわからない。

後日、一つ一つ確認していきたい。



真っ先には下記の点が思い浮かんだ。

神にしかできない 『奇跡』 とやらをひたすら強調して賛美しているのに、

歴史としては超常現象的なことを 『妖術』 とみなし、

行ったものを捕らえて火炙りにする『魔女狩り』が横行していたではないか!

なんなのだこの認識の差は(『Tips 6 魔女狩りとは』 ←過去記事参照下さい)


まあ調べたところ(出典、日本大百科全書)、魔女狩りとは『魔女の鉄槌』が刊行された、西暦1486年からとされるから、キリストの時代とはあまりにかけ離れているが。(ジャンヌダルク火刑(1431年)は、まだ魔女裁判とはされない)


とすると、キリストは不条理にも当時にはまだなかった魔女裁判の犠牲として処刑されたのか? ユダヤ人の王として、当のユダヤ人たちからの意見により十字架へ?



これではむしろ魔女裁判の目的は、神に対する挑戦であり冒涜に映るが……


『魔女の鉄槌』はひどい暴論だ。魔女とされるものがどんなひとであれ、あげあし取りに言いがかりをつけて、拷問したのちに殺してしまう。ようするに、気に入らないやつを自由に陥れて殺すことができる。こんなものがまかり通るとは、当時の教会の理性というか倫理観も疑う。


宗教とは、まず倫理観のことではないのか?

違うというならどんな教えも無価値か罪悪だ



とりあえず西洋の文明は、福音書がないと理解できないとはされたが、読んでもまるで理解できないとは、私の頭は弱すぎるな(^^;

って、改めて思えば、現実の世界そのものを私は理解していないではないか……

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― 新着の感想 ―
 こればかりは仕方ないのでは。本場西洋の人間にだって正しく理解できていないのだから。  イエスの再臨はユダヤ人を器としてなんて話があります。それ故に悪魔は彼らを全人類を惑わせて争わせ、彼らを根絶やしに…
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