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【第80回】TITANE/チタン

突然ですが、私の知り合いの話をしましょう。


その人の名前をここでは「Iさん」と仮称しますが、Iさんは今から数年前に心臓の病気に罹ってしまったことがあります。その病気というのが、悪性のウイスルが体内に入り込んだことで心臓の弁が壊死するという、聞いただけでも「ヤバい」と分かる疾病。本人も一か月以上に渡っておかしな咳をするもんだから、職場の人から「病院行ってこい」と忠告を受けていたらしいのですが、当時は多忙を極めていたのと、自分の肉体に無頓着な性格なのもあって――なにせほとんどの食事をマックのてりやきバーガーとポテトで済ますような人で――ずーっと自分の体に誤魔化し誤魔化し生きてきたらしいんです。


で、そんな生活を送っているもんだから、ついに心臓の弁が完全にぶっ壊れて、全身の血液が逆流しだしちゃったのですな。ろくに呼吸が出来なくて胸に異様なほどの鈍痛が奔って、かなりのたうち回ったそうです。それが土曜日の朝のことで、家族はみんな外出していて近くに助けを呼んでくれる人なんていない。流石にこれはマズいと直感したIさんは死に物狂いで救急車を呼んだはいいものの、運ばれてる途中で6回も心臓が止まったそうな。そのたびに付き添いの看護師さんに的確な蘇生処置を施されて6回息を吹き返したんですって。嘘松認定する人もいるかもしれんけど、これマジな話なんですよね。イエス・キリストですら「3日後に1回復活する」なのに、Iさんは「1日に6回復活した」ということで、私の中ではすっかり「キリストを超えし者」としてインプットされ、何気に尊敬の対象になってます。


そんなIさんも、今では元気に職場復帰。いま、彼の心臓の弁はチタン合金製のそれに置き換えられているのですが、これもなかなか不思議な話で。というのはIさん、かなりの重金属アレルギー持ちなんですよ。パラジウムとかルテニウムとか、そういうのが混じってる金属に触れると、たちまち顔が膨れ上がって黄色い汁が汗腺から流れ出し、人相が全くの別人になってしまう。ところが、体内にチタン合金を埋め込まれているのに、それだけはなぜか肉体に対する拒絶反応を示さなかったそうなんです。もしかすると、あるいはもしかしなくても、人間に最も「適合」する金属の座は「チタン」以外にないのかもしれない……これから紹介する映画を観ながら、ふと、そんなことが脳裏を過りました。


チタン――多くの元素記号の由来がそうであるように、「チタニウム」の由来もまた神の聖名から取られています。ギリシア神話に登場する、大地を司る剛力無双の「ティターン」がそれです。


そして、今から紹介するこの映画のタイトルも同じく「チタン」というからには、そこに何かしらの含意があると見るのは当然。そしてそれは見事に的中しているというか、これ以上にないって感じ。『ライトハウス』が「アメリカの事件をギリシア神話モチーフで語る」というチグハグな手法を取っていたのとは大違い。この映画を私たちの住んでいる現実に「映画」として落とし込むには、それが必然であると確信させてしまう、神話的エッセンス盛沢山の「男と女と有機と無機を巡る映画」でございます。


まぁ一言で言うなら「傑作」ということですよ。





【レビュー】

「ジャンル」という視点に立って言うなら、映画の世界は「ジャンル映画」と「ジャンル不分類な映画」の二種類に大別されます。その上でレビューするとしたら、本作『チタン』は、まず間違いなく後者に属する作品です。


始まり方はスリラー映画に近いんですが、どこか変。殺人シーンは残虐そのもので痛みを伴う映像でありながら、主人公の着てるシャツにはアホっぽいロゴがプリントされていたり、劇伴は不自然なほどの賑やかさで、どこかドタバタコメディっぽい印象。物語を牽引する要素にサスペンス的な仕掛けが施されてはいるんですが、中盤から急にギアを入れ替えてヒューマンドラマに舵を切り、最終的にはジャンルという枠組みを逸脱している……徹頭徹尾「奇妙」で「目が離せない」作品。それでいて、ガチガチのモラリティに縛られていたり、倫理観的な正しさばかりを映画の世界に求める方は「絶対に楽しめない作品」でもあります。また、自分の人生の引き出し(あくまでも「引き出し」であって「人生経験」ではない。為念)が乏しい方にとっては「なんだか不気味な映画」という以上の意味を持たない作品です。


ルックこそクローネンバーグの『クラッシュ』や塚本晋也の『鉄男』を想起させるとはいえ、あくまでもそれはボディホラーに馴染みのある観客や、怖いもの見たさで映画館を訪れるお客さんを呼び込むための「つかみ」の領域に過ぎません。その本質的なところは、既存のジャンルのなかにはないと見るべきかと思います。なにせ最初にも申し上げましたが、この映画はジャンル分け不可能な、サスペンスでもスリラーでも、ましてやホラーでもない映画です。それら既存のジャンルのどれにも当てはまるけど、どれとも一致しない。似ているけれども決定的に違うどこかの映像世界の地平に、ポツリと佇む奇怪な映画……こんな分かった風なことを言っている私ですら「まぁ『クラッシュ』みたいな話をホラー的に解釈した話なんでしょ?」と高を括って観に行って、とんでもない衝撃に打ちのめされた一人です。


「セクシーな女性がド派手なキャデラックのボンネットに妖艶なポーズで寝そべっている」という宣伝ポスターの効果も働いて、恐らくこれからこの映画を観に行こうとするお客さんの多くは『クラッシュ』の存在を多少なりとも意識すると思うのですが、そのような先入観は排除した方が良いかもしれません。確かにファーストカットは似ています。『クラッシュ』のそれが、メタリックな加工を施されたクレジットフォントからスタートしたのに対し、『チタン』のファーストカットは「車の内部部品のカット」から始まることからも明らかなように、『クラッシュ』と同じく『チタン』においても「車」あるいは「金属」は物語を読み解く重要なキーワードとして存在します。


しかしながら、この映画は『クラッシュ』レベルで金属に対する「耽美」「エロティシズム」が描かれているかというと、そうでもない。ここではライティングのレベルで「奇妙なもの」を「聖なるもの」として位置付けしていたり、観れば観るほど『クラッシュ』とは似て非なる作品であるのが分かります。この映画は「有機/無機」「男性/女性」といった、およそ肉体にまつわる実体や象徴を限りなくオーバーラップさせつつ、男や女の目線を通じて「生殖」「妊娠」という性別由来の特権的機能に対する「神秘性」「異常性」を鮮烈なビジュアルで配置した上で、父と娘(あるいは、父と息子)の親子関係の疑似的な再構築を神話的なモチーフを援用するかたちで描き出し、最終的には「奇妙な愛のかたち」を「おぞましくも聖なるもの」として表出させた、何重もの構造を有する「真面目な」作品なのです。


こんな風に言うと、なんだかとっつきにくい難解そうな映画に思えるかもしれませんし、実際そのように受け取る人もいると思います。優れた映画の多くがそうであるように、本作『チタン』も心情を説明する台詞はほとんどありません。状況を説明する台詞すらも。キャラクターの心理はすべて映像であったり、目線や表情、関係性の変化などによって語られます。例えば主人公の、振れ幅の大きい極端な攻撃衝動の背後にあるのは、対人関係を前にした時の臆病さが外に向けられていることの現れであり、それを示唆するようなアクションがしっかり配置されています。ただ、そういう要素をうっかり見落としてしまうと「奇抜だけど、なんだか難しい」で片づけられてしまう作品であるかもしれません。


それでも、私は断言します。この映画は「バツグンに」面白いと。


ていうか、普通にビジュアルを見ているだけでもゾクゾクすること間違いなしですよ。VFXやCGI技術の発展と普及によって、作り物としての過激な映像の数々にお客さんが「慣れ過ぎてしまった」現代にあって、この映画のビジュアルは(ポスプロでVFX効果を足しているとはいえ)その手法においては「最先端」というより、どこか伝統的な職人感を彷彿とさせる代物。アナクロな手触りをやや残しつつ現代的にアップデートされた特殊メイクに、奇妙なんだけど、どこか地に足がついている、説得力のあるビジュアルの数々。


特に、主人公が「車とセックスする」という奇想にも過ぎる場面で、そこで掲示させられるビジュアルの凄みに、あなたは釘付けになるはずです。ここでは文字通り「車に呼び出された」主人公が、全裸のまま、車庫に止められたキャデラックに乗り込み、文字通りの「カーセックス」に興じるのですが――このビザールな一連の流れはぜひ劇場で確認してほしいのですが――そのあまりにも突拍子もない描き方に「ポカーン」としつつも、こういう絵を面白がるのではなく真面目に撮影しているのもあって、画面には異様なほどの吸引力があります。一般映画における「濡れ場」を「使えるシーン」として節操なく消費している輩たちは、まずこの映画のぶっ飛んだ「カーセックス」描写に驚愕するはずです。「人間」と「車」が正真正銘「交尾する」というその一点において、倫理と道徳の壁をぶち破り、直接的且つ力技で見せてしまったこの映画は、その意味では正しく「過激」であると言えます。


さらには、主人公がその身に「車の子」を宿したことで生じる肉体的な変化の描き方にも、メタモルフォーゼのリアリティがふんだんに詰め込まれています。出血が「血」ではなく「黒々としたオイルそのもの」ならば、母乳すらもオイルと化しているので、乳首を捻ると黒い液体が出てくるという奇妙さに見る、肉体の浸食と変貌のおぞましさ。「この女性の皮膚下では、とんでもなく奇怪なことが現在進行形で発生している!」と直感的に理解させられてしまう、徹底的なボディメイクの完成度たるや素晴らしい。その「体内のおぞましい変容を確実に予感させる」メイクの凄さは、本家本元であるクローネンバーグの傑作『ザ・フライ』に勝るとも劣らない作り込みっぷりです。


メイクという点で言うなら、この映画は役者たちの「肉体」も素晴らしければ「顔」の演技も素晴らしいんですよ。特に主役を演じる新人のアガト・ルセルが最高です。「肉体映画」に相応しい「変容に耐えうるだけのボディ」もさることながら、ライティングによってここまで顔の印象をはっきりと変える役者さんも珍しいと思います。警察の指名手配から逃れるために髪を切り、眉毛を剃り、大きくなったお腹を無理やり引っ込め、鼻を折って男性に「変身」した彼女が、「男でもあり女でもある」としか言い様のない、誤解を恐れずに言えば異星人(エイリアン)のような風貌でスクリーンの中に佇んでいる……その「地に足がついているのに、どこか奇妙」な「顔」と「肉体」の力は、特殊メイクの完成度だけに支えられているのではなく、素材の持つ映画的な素晴らしさにも由来してるのかも。何も美人だったりカッコいい役者だけが、スクリーン映えするわけじゃないんです。生ぬるいメイクでお茶を濁したり、ビジュアルに対して真剣に向き合わない日本の役者や芸能事務所の連中には見習ってほしいものです。


時に奇抜としか表現のしようがない特異なビジュアルの連続は、ともすれば「ウケ狙い」以上の意味を持たないこともあります。しかし、この映画の奇妙なビジュアルは、決して「ウケ狙い」で撮られたものなんかじゃありません。むしろ、この一見すると奇妙なギアチェンジを繰り返すストーリーと絡み合うことで、物語を豊かに読み解く映像として機能している。そう、ちゃんと読み解けるし、そのように作られている作品です。


ちなみに私はこの映画を、「他者という地獄」からの「生還」と「脱却」をキリスト教的なメソッドで着地させた、実存主義的な「ラブ・ストーリー」として見ています。主人公は「無機物」との子を「処女懐胎」したことで聖母マリアとしての側面を獲得する一方、「父なる神」の下で「子なるキリスト」として扱われるという二面性を有している。つまり「父と子と聖霊(車)」の三位一体物語にボディホラー的要素を組み合わせて再現してみせた作品であると解釈できます。もちろん解釈の仕方は人それぞれなので答えはたくさんあって当然ですし、そのことを「当然」と言い切れてしまうぐらいには、観客が観客なりの答えに辿り着くためのキーワードというかキービジュアルにあふれているので、今後見るたびに印象が刻々と変化する作品であること間違いなしですな。


つまり「意味不明なアート系映画」では決してないということ。もし巷でこの作品を「分かる人には分かるアート系映画」と寸評している映画ライターの記事を見かけたら、それはそのライターの見る目がないだけだと断言してもいい。なぜならアート系映画がアート系映画と言われるその根拠は時代性にあるからで、時代が下れば途端に面白さが半減してしまうというのが、アート系映画の半ば宿命的予感でもあるからです。


この『チタン』という映画は、そういった陳腐化の予感を孕んでいるようには思えません。むしろ「神話」という「普遍的なセオリー」を物語の大筋に適用していることで、これから先、何年経ってもある一定の面白さを約束された作品たりうると、私は感じています。よって、アート系映画ではなく、れっきとしたエンタメに分類される映画なのだと考えます。


たしかにジャンル映画の文法を逸脱した作品であるのは間違いありませんが、しかしエンタメ映画に必要な「安心できない面白さ」というのが、しっかりと内在しています。この「安心のできなさ」は、予測不能なストーリーの運び方にハラハラドキドキするというよりも、苛烈で突飛なビジュアルで、疑似的な親子関係にまつわるストーリーを丁寧に描くことの「アンバランスさ」によって喚起される「いったいこの映画は自分をどこに連れていこうとしているんだ?」という「好奇心と不安がないまぜになったかのような心理状態」へ観客を半ば強制的に誘導させてしまう「安心のできなさ」であり、それだけの引力に溢れた作品なのです。


見慣れない物語を、見慣れない映像で語る映画。アンバランスなバランスの取れた映画。一言で言い表すならそんな映画であり、見ればきっと鮮烈なショックをあなたに与えることでしょう。

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