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【第25回】ザ・フォーリナー 復讐者

『老いてなお、新境地を見せる二大俳優を楽しむ映画』


MOVIXさいたまで鑑賞してきましたので、軽くレビューを書きたいと思います。


本当はアメリカン・アニマルズを観ようと思ったんですけど、寝坊してしまいましてね……で、他に見るものないかなと探したら、こんな私好みの映画がある!しかももうそろそろ上映期間終わっちゃうっ!ってことで、急いで飛びつきました。





【導入】

香港映画界のみならず、ハリウッドにおいてもその名を確固たるものにしているアクション界のスーパー・スター、ジャッキー・チェンと、五代目ジェームズ・ボンドを務め、人気が低迷しかけていた007シリーズを復活させた立役者、ピアース・ブロスナンが共演する、復讐モノ映画『ザ・フォーリナー 復讐者』


逆襲劇(アベンジ)が流行している昨今、なにもスケールのでかい逆襲劇(アベンジ)だけが面白いわけじゃないんだぞってことを見せつけてきます。


監督は『ゴールデン・アイ』や『カジノ・ロワイヤル』などの007シリーズのほか、『レジェンド・オブ・ゾロ』など、アクションを取らせると堅実な作品を創り上げることで知られるマーティン・キャンベル。


そして主演は、先にも述べたようにジャッキー・チェンとピアース・ブロスナン。この二人を久々にスクリーンで観たい!という衝動に駆られて、観に行ったわけ。


それでいて脚本を『エネミー・オブ・アメリカ』のデヴィッド・マルコーニが手掛けているってのがいいですね。ここも、映画館に足を運ばせた理由の一つです。





【あらすじ】

ロンドンでレストランを経営している中国人のクァン・ノク・ミン。彼には、元アメリカ陸軍の特殊部隊員にして、元ベトコンの優秀なゲリラ兵という戦士としての顔があった。


だがベトナムから脱出する途中、最愛の娘二人を海賊に殺され、自身と妻も重傷を負ってしまう。


怪我から回復して数年後、妻との間に三番目の娘であるファンをもうけるが、出産時に妻は死亡。最愛の妻の形見である一人娘・ファンを養うために、クァンは悲しい過去を背負いつつ、今日もレストランの経営に精を出す。


ある日、学校帰りのファンを車で迎えたクァンは、そのまま卒業式で着る服を買いに付き合う。


ブティックに入ったファンの姿を見届け、空いている駐車スペースに車を停めようとしたその直後、突如としてブティックが爆破。


娘の安否を確認するため、我先にと燃え盛る店内へ飛び込んでいくクァン。しかしすでに、最愛の娘は全身に大やけどを負って、事切れたあとだった。


事件直後、ロンドン警視庁にアイルランド独立を求める過激派武装組織「UDI」から犯行声明が届く。


ブティック爆破のニュースを耳にした北アイルランド副首相リーアム・ヘネシーは、これが『元身内』から出た錆であると認識する。


実はリーアムは、今でこそイギリス政府のもとで北アイルランドの平和維持に取り組んでいる一方、若かりし頃はUDIに属し、今回の事件同様に過激なテロ行為を行っていたという、恥部とも言うべき過去を抱えていた。


リーアムはイギリス政府の閣僚キャサリンに、現在囚人となっているリーアムの従弟に恩赦を与えればテロ犯人の逮捕に結びつく可能性があると告げる一方、かつてのUDI幹部を揃えての会議で、テロに使用された爆薬が自分たちの所有物だったのは間違いないと発言。


これ以上テロが起きる前に、そしてロンドン警察庁に嗅ぎ回れる前に、武器・爆薬などの紛失物がないか、徹底的に調べるように下知を下す。


その頃、最愛の娘を失くして天涯孤独の身となったクァンは、虚ろ気な表情のままロンドン警視庁に足を運んでいた。


金を渡すから犯人について教えて欲しい――老境に差し掛かった男の懇願はむなしくも却下され、体よくあしらわれるだけだった。


それでも、クァンの心は収まらない。リーアムが元UDIメンバーであることをニュースで知り、面会して情報を聞き出そうにも、リーアムは言葉を濁す。すでに30年前に組織を離れた今、現時点で犯人に心当たりはないと、無情にも告げる。


均衡を保つ事態。身にのしかかるのは、最愛の娘を失ったという事実。その事実を、心の空洞で受け止めているうちに、犯人グループへの静かな憎しみが、クァンの胸の内で湧き上がる。


彼はレストランの経営を知人に任せると、単身で北アイルランドの首都・ベルファストへ向かう。


手荷物を持ってリーアムのオフィスを訪れたクァンは、改めて情報の提供を求める。


クァンの頑なな態度に辟易としつつも、リーアムは同じ言葉、同じ論理で彼を突き返す。UDIに在籍していた過去をほじくり出され、犯人グループと関わり合いがあるのでは? というクァンの指摘に対しても、真正面から向き合おうとしない。


「そのうち、気が変わりますよ」


じれったさを覚えるクァンは、最後にそう告げてオフィスを出た。そしてすぐにオフィスのトイレに立てこもると、手荷物のアルコールやタバコを組み上げて、簡易的な小型爆弾を製造。特殊部隊員だった頃の技能を生かした彼の成果物は、オフィスの一部を粉みじんに吹き飛ばした。


まさかの返礼に対して怒りを滲ませるリーアムは、クァンを逮捕しようと彼の宿泊先に部下を向かわせる。だがこれも、老人のものとは思えぬほどのクァンの戦闘能力によって返り討ちに遭い、まんまと脱走を許してしまう。


犯人グループの名を教えない限り、どこまでも攻撃を加える……妄執的にして狂暴なクァンの立ち振る舞いに恐怖を覚えたリーアムは、妻のメアリーと共に所有する農場へ退避する。


そんな彼を嘲笑うかのように、クァンの静かなる復讐劇は、着々と遂行されていくのだった。





【レビュー】

自分という存在を物理的に支えるもの。すなわち肉体という道具をいかに効率的に駆動させるか。これを熟知している人のアクションってのは、観ているだけで楽しいものがあります。


アクションとはなにも格闘だけでなく、走っているシーンや、抵抗しているシーンや、あたふたしているシーンや、悔しさに肩を震わせているシーンなど、とにかく肉の静動表現すべてに言える事です。


これが巧みな俳優ってのは、フィルムの中に活動を留めているにも関わらず、観ているこちらの心を絶え間なく刺激してきます。


日本で言えば、三船敏郎。海外にまで目を向ければ、ブルース・リー、ミッキー・ロークにブルース・ウィルス、トム・クルーズあたりが私の好み。


そしてご存じ、ジャッキー・チェンもその系譜に連なるアクション俳優であるとみて間違いありません。ここは流石に異論ないでしょう。


とは言っても、ジャッキーはデビュー当時からアクション世界のスーパー・スターだったのかというと、実際はそうじゃない。


彼の人気が出てきたのは、映画を御覧になっていない方々も名前だけなら聞いた事があるであろう『ドランクモンキー 酔拳』に代表される一連の作品に登場した時期からです。


その頃のジャッキーのイメージはお気楽なひょうきんものだけれども、努力と修行を積み重ねてアホほど強くなっていくという、三枚目に傾いたヒーローって描写をされていました。


『ジャッキー・チェン=とにかくアクション』という図式はこの頃から映画界に、そして大衆において一つの公式として確立され、色々とイメージの変革を図っている現在に至っても、なおも根強く残っています。


が、そのことに当のジャッキーはずっと悩んでいたようで、2016年に開催された上海国際映画祭のトークショーで、彼はこんなことを口にしています。


『香港のアクション映画はアクションのためのアクションだった』


この発言に落胆したジャッキーファンは多いようで、アクションを馬鹿にするな、とか、もっと自分の経歴を誇るべきだ、という意見が沢山送られてきたようです。


ですが、そんなにコアなジャッキーファンじゃない私から見ると、彼の言っている事というのは至極的を得た発言であると思います。


アクションはドラマと連動する形で展開されていくのが、もっとも魅力的な使い方である。このことはすでに『ダイ・ハード・シリーズ』や『マッド・マックス・シリーズ』で証明されていて、多くのアクション映画監督の意識するところだと思います。


ところが、一部の作品を除いて、香港映画はアクションの比重を強めていくにつれ、どんどんこの辺りを疎かにしていっています。


なぜ、ハリウッドをしのぐ勢いで急成長を続けていた香港映画が、現代において見向きもされなくなったか。


それは、アクションを始めとした娯楽性を優先しすぎたあまり、結果として作家性や社会性をないがしろにする方向へ舵を取ってしまい、その事実に香港の映画プロデューサーをはじめ、スタッフのほとんどが気づいていないからです。


アクションのためのアクション。言い換えるならば、意味もないカーチェイスに代表されるような、冗長としたアクションです。ジャッキーの指摘は『アクション』という、広く深い映画分野における『ただ一つ』の技術に過ぎない要素を陳腐化させた香港映画界に対する、痛烈な皮肉とも取れます。


ドラマを止めてしまうアクション。キャラクターの内面の掘り下げや、関係性の変化という役割を放棄したアクション。そこに価値はありません。物語の流動性を阻害するアクションに固執する香港映画が衰退するのは自明の理です。


そこからの脱却を図ろうとしてハリウッドに進出し、『新宿インシデント』などのアクション封印作にも挑んだジャッキーですが、本作『ザ・フォーリナー 復讐者』では、アクションを披露しています。


それも、驚きですよみなさん。これが実に『悲しいアクション』なんですわ。


本作のスクリーンの中に、今までのジャッキー像は欠片も残っていません。『プロジェクトA』や『ラッシュアワー』に出ていた、あの笑みを見せるジャッキーはここにはいません。


むしろ『香港国際警察/NEW POLICE STORY』に出ていた頃の、哀しみに満ちた男としてのジャッキーが、この映画にはいます。


それも『香港国際警察/NEW POLICE STORY』の頃よりもずっと陰鬱で悲惨な過去を背負った男で、最初から最後まで『にこり』とも笑いません。物語の冒頭から、ずーっと魂が抜けきっているんです。


例えるならば亡霊です。それが今回のジャッキー演じるクァンの特徴です。なにせ彼は、過去に海賊に襲われて二人の娘と妻を失い、最後に残った一人娘も、物語の冒頭で発生した無差別爆破テロに巻き込まれて死亡するという、とてつもない悲劇を背負い込むのですから。


心の拠り所を全て失ったジャッキー演じるクァンには、常に『生き残ってしまった事実』に対する負い目や、現実世界に取り残されてしまったやるせなさがつきまといます。


それを発奮材料に転換するだけのマッチョリズムな精神もなく、ただただ、死に憑りつかれた男が、自らの爆心地を目指して老々と進んでいく復讐劇として、物語は展開されていきます。


普通、復讐モノだと、復讐を終えた後に虚無感に襲われた主人公が、呆けたような表情のままで終わるってのはありますが、この映画はそうじゃない。あのお気楽お調子者キャラを演じてきたジャッキーが、いいですか、復讐を遂行する前も、その最中も、ずっと魂の抜けた表情をしているんですよ。


とにかく今作のジャッキーは悲しい。それを最大限に強調しているのは『老い』の描写です。この映画では『新宿インシデント』の頃から強まっているジャッキーの『老い』のイメージが、極点まできています。


その『老い』が表情のみならず肉体の演技面でも、じつに緻密に現れています。


警察との会話を終えて椅子から立ち上がり、そのままドアに向かうのではなく、椅子から立ち上がってからその場で何回か足踏みして、ちみちみと体勢を整えてからドアへ向かう……現実でも、筋力の衰えた老人がよく見せる挙動を、あのジャッキーがやる。


このシーンを観て『ああ、なんてことだ』と、私は心の中で呟きました。この老いは、ジャッキー演じるクァンのものであるはずなのに、ジャッキー自身が老いに蝕まれているように感じてしまったからです。


実際にそうなんでしょうけど、でもジャッキーの肉体は、まだ昔のままの、みずみずしさを保っているんじゃないかと、映画を観る前に私はそんな勝手な期待を抱いていたわけですが、それはこのシーンで見事に裏切られました。


それだけの圧巻とも言える肉体的な『老い』を演出しておきながら、犯人グループ殺害のために淡々と動き出すんですよ。


一切の笑みを浮かべることなく、過去に培ったスキルを総動員して小型爆弾を手慣れた風に製造したり、自分より若い追手を力づくでボコボコにするんです(笑)。もちろん、スタントなんて使ってませんよ。ジャッキー本人がそれをやるんですから『おお……』と声が漏れるのは当然。


このギャップが恐ろしいんですね。さっきまで歩くのもおぼつかなかったのに、娘の敵討ちのためなら老体に鞭打ってでも肉体を稼働する。この悲しみに満ちたアクションを『あの』ジャッキーがやるんですから、これだけでも見る価値があります。


やっぱり改めて思ったのは、ジャッキーはこっちの路線が似合っているなってこと。正直言うと、私、ニコニコしているジャッキーってちょっと苦手なんですよね。ジャッキーは笑っている顔よりも、苦しみを堪えていたり、静かに泣いている表情のほうが物凄く心に響くと思うんですが、みなさんどうですかね。


さて、このように今までのイメージをぶち壊すようなキャラクターを高いレベルで演じているジャッキーですが、共演するピアース・ブロスナンも、今まで演じてきたキャラクターを嘲笑うかのような変貌を遂げています。


ピアース・ブロスナンと言ったら、みなさんどうですかね。多分大半の方が『五代目ジェームス・ボンド』や『トーマス・クラウン・アフェアー』に代表される、ワイルドでユーモラスでエロカッコイイ(笑)、女性を軽やかに手玉に取っては、ピンチを鮮やかに切り抜けるキャラクターを演じる人ってイメージがあると思うんですけど。


今回のピアースは相当、ダメな大人です。ジャッキー演じる老いた主人公に翻弄されっぱなしで、副首相というそれなりの地位にいる人物なのに、まったく事態をコントロールできていない。


ピアース演じるリーアム・ヘネシーは、今は北アイルランドの副首相でありながら、若かりし頃はアイルランド統一に向けて数々の破壊工作を行ってきたガチガチの武闘派として描かれています。


老境に差し掛かった現在は、副首相としての立場を盤石なものにすべく、そして若気の至りであった過去から目を背けるように、かつて所属していた過激派組織を取り締まるような政策を続けています。


それに対してリーアムの勇猛果敢な過去を知る彼の奥さんや同志たちは、呆れかえってしまうわけですね。アンタ、すっかり変わったねと。昔はあんなに若くて魅力的だったのに、すっかり老いてしまったのねと。


昔はイケイケの肉体派だったのが、老いを実感するにつれて守りに入っていくリーアム。これはもう、20年以上も昔に『ゴールデン・アイ』を始めとする007シリーズに出ていた、とびきりのアクションを披露して女性をメロメロにしてしまっていた、あのピアース・ブロスナン本人に対する、当てつけのようなものです。こんな役、たしかにピアース以外にあり得ないです。


もっと直接的なことを言いましょうか。今まで女性をいいように落としていたキャラを演じていたピアースが、今回は女性に翻弄されっぱなしです。最初から最後までそんな調子です。


たしかに『007 ワールド・イズ・ノット・イナフ』でも、彼は美女に翻弄されて痛い目を見ていますけど、あれなんか比にならんくらいですよ(笑)。


奥さんとは別に愛人がいるってキャラなんですが、その二人にずーっと影で振り回されて、しかもそれに上手く対処できない! ああ、ボンド、老いてしまったんだなぁ~。


とまぁこんな風に、この映画は『老いた二人』の物語です。


老いてしまったがために、悲しみに満ちた過去を払拭できずにいる男と、老いてしまったがために、過去を恥部として切り離そうとする男のお話。


物語は北アイルランドの紛争をベースに進んでいきますが、特に政治的な色が強いというわけでもないのでご安心ください。映画においては既にありきたりな『アイルランドを巡るお話』であるので、普段から映画を御覧になられている方には、難しい話じゃありません。


そんなに北アイルランド紛争について知らないって方も、IRAという組織に関する知識だけ入れておけば大丈夫です。(劇中ではIRAではなくUDIという架空の組織名で表現されています。何の略だろ?)。


あと一つ、念のために追加しておくと、『テロリストのリーダーが副首相なんて立場につけるのか?』という疑問を抱くと思いますが、これは本当にあります。


マーティン・マクギネスという、北アイルランド自治政府の大臣を務めていた方がいるんですが、この方は昔、IRAに在籍していたガチガチのテロリストです。多分、リーアムのキャラ設定はこの人をベースにしているんじゃないでしょうか。


ジャッキー・チェン。そしてピアース・ブロスナンの新境地を見たいという方におススメです。



※余談ですが、この映画、特殊部隊の行動パターンもしっかり表現されていて、作戦時にきっちり「了解(コピー)」って言うんですね。そこの辺りも好感持てました。好きですね、こういうの。

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