【36】竜と再会と戸惑う気持ちと
よくよく考えれば、フェザーは城でボスと一戦交えた後だった。
当然疲れ切っているわけで、眠ってしまうのも当然だ。
梅干しを使うことがなくてよかったとは思ったのだけれど、あれは心臓に悪かった。
屋敷に戻れば、クロードが出迎えてくれる。
その側にはヒルダの姿があった。
「あなたが、メイコね?」
「はじめまして……」
そうは言いながらも、はじめましてというのも妙な気分だ。
この間まで毎日鏡を見れば見た顔が、目の前にあった。
「あなたも物好きね。こっちの世界を選ぶなんて。あの世界のほうがずっと過ごしやすくて、面白いものもいっぱいあるでしょうに」
「そうかもしれないですけど、あの世界には皆がいませんから」
答えれば、ふーんと興味なさそうにヒルダは肩をすくめた。
「まぁいいわ。あなたには色々言いたいことや聞きたいことが山ほどあるのよ」
いつの間にか手に握っていたムチを、ヒルダが手の上でもてあそぶ。
「ワタクシのコレクションを売り払った上、どうしてあんなにもダサイ服達をクローゼットに詰めてくれてるのかしら? 後、ワタクシ子持ちになった覚えはないのだけれど……説明してくれるわよね?」
ヒルダに転生したと思い込んで、わりとやりたい放題していたことをすっかりと忘れていた。
サディスティックな笑みとムチが、ヒルダさんにはよく似合う。
これぞ女王様という感じだ。
「え、えっとそれは……」
「私の部屋で……じっくりとお話を聞かせてくれるわよね?」
ぴしゃりとムチを鳴らされて、いいえなんて言える勇気はなかった。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●
部屋に連れていかれて、ヒルダに散々怒られた。
養子を取ったり、宝石を売り払ったりしたことよりも、服を売り払ったことがヒルダさんにとっての怒りポイントのようだ。
今まであった煌びやかな服が、ジャージや簡素なブラウスに変わっていたことが相当お気に召さなかったらしい。
「特にジャージ! あんな服を着て人前に出ていたなんて……本当、ありえないわ。しかも中のシャツに日本語で女王様って書いてあったんだけど、どういうことかしら!?」
どうにもこの世界の人々は、向こうの世界のセンスに否定的というか、あまり受け入れてもらえないところがある。
私の力の限り、ジャージの良さを説明したのだけれど……結局わかってはもらえなかった。
「というか、それをいうなら……ヒルダさんだってあっちの私の服、ひらっひらのフリフリに変えてくれてましたよね。さすがにあれはないと思うんですけど」
言われっぱなしは納得がいかなくて言えば、あれは絢子の趣味よと言ってくる。
ヒルダも好きで着ていたわけではなく、全て母さんが用意した服だとのことだった。
「まぁいいわ。屋敷は自由に使っていいし、領土のこともあなたに任せる」
「なんか投げやりですね……」
「元々領土運営に興味はないわ。ここならジミーと一緒に暮らせると思ったから、ティリアの罠にわざと引っかかって、人間の老人と結婚したのよ。ジミーがいないなら……ワタクシがここにいる意味も……何もないわ」
けだるげに溜息を付いて、ヒルダが紅茶を飲む。
そこでふと、手紙を預かっていたことを思い出した。
「そういえば……ジミーから、ヒルダさんに手紙を預かってました」
「……っ!」
カップを置こうとしていたヒルダが、ガシャンと音を立てる。
わかりやすいくらいに動揺していた。
この様子だと、大地がジミーだとヒルダは気づいてなかったみたいだ。
そんなことを思いながら手紙を渡せば、ヒルダは難しい顔をして中の便せんを取り出した。
読んでいくうちに、その顔色がみるみると変わっていく。
「ワタクシのことを忘れて勝手に転生しただけでも許せないのに……閉ざされた異世界まで迎えにこいですって……? 本当、いい度胸だわ」
あまりのことに、ヒルダの体がふるふると震え、その手紙を握りつぶす。
大地はラブレターだと言っていたはずなのに、まるで果たし状でも貰ったかのような怒りっぷりだ。
でもその瞳には、先ほどまでなかった強い光が宿っていた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●
屋敷や後のことはあなたに任せたわ。
次の日、当主代理に私を正式に指名したうえで、ヒルダは異世界へ行くために屋敷を出てしまった。
異世界からきた朝倉メイコに、本来戸籍はない。
けれど、何をどうしたのか、私はヒルダの養子ということですでに登録されていた。
屋敷の使用人達もお帰りなさいと私を受け入れてくれて。
領土の様子を知りたいとクロードに言えば、街や村を案内してくれた。
ただ唯一気になることがあって。
竜のイクシスだけが、屋敷に見当たらなかった。
アベル達の話では、クロードと一緒に屋敷の管理をしていると聞いていたのに、名前を呼んで屋敷中を歩き回っても見つからない。
「誓約は解かれてるって聞いたから、ヒルダについていったわけじゃないんだよね」
「はい、そのはずです。昨日頼んでいた書類が、さっき机の上に置いてあったので、屋敷にはいると思うんですが……メイコ様を避けているのかと」
クロードが全くあの竜はというように、口にする。
最後の望みをかけて、イクシスがよくいた野原に来てみたけれど、ここにもいなかった。
「私に会いたくないのかな……」
「それは絶対にありえません。ただこじらせているだけですよ」
悲しい気持ちになってその場で膝を抱えて座り込めば、クロードが慰めてくれた。
「こじらせるって……風邪?」
「風邪よりもやっかいなものです。メイコ様がいなくなってからしばらく、あの竜は使い物になりませんでした」
クロードが横に座って、困ったものですと呟く。
「おそらくはメイコ様に会うのが久々すぎて、どんなふうに今まで接してきたかわからなくなったんでしょう。長く生きているくせに情けないことです」
「……そういうものなのかな」
屋敷に帰ってきたら、すぐに顔を見せて。
なんだかんだ言いながら、おかえりって迎えてくれると思っていた。
「メイコ様に沈んだ顔をさせて、恥ずかしくないんですかイクシス! いい加減に出てきなさい!」
怒ったようにクロードが言えば、いきなり目の前にイクシスが現れる。
視線をそらして、こっちを見ようとしない。
「イクシス……久しぶり」
「あぁ、久しぶりだな。元気そうで……よかった」
淡々とした口調は、何だかそっけない。
ついこの間までは一緒に笑い合って、側にいたはずなのに距離が遠く感じた。
「ねぇ、イクシスどうしてこっちを見てくれないの?」
近づいて手を掴めば、びくりとイクシスは反応する。
「ちゃんと言ってよ! 言わなきゃわからないよ。イクシスは私が嫌いになっちゃったの!?」
「そんなわけないだろ! その、なんだ……出てくるタイミングが掴めなかっただけだから。別にメイコを嫌ってるとか、そんなんじゃない」
しどろもどろになるイクシスは、やっぱり私と目を合わせないし、様子がおかしい。
それでいて、顔が赤い気がした。
「やっぱりイクシス何か病気だったりするの? だから様子が変なの? 顔……赤い気がする」
イクシスが何かをこじらせていると、クロードは言っていた。
その可能性に思い当たって額に手を伸ばせば、目が合った。
さらにイクシスの顔がカーッと赤く染まる。
「平気……だから。あまり俺に構うな」
「構うよ! 心配だもの!」
勢い込んで言えば、イクシスは困った顔になる。
「別に病気ってわけじゃない……と思う。ただ、なんかメイコの顔が見れない。メイコが帰ってきて凄く嬉しかったんだが……今までどうやって話してたのかが、急にわからなくなった。自分でも戸惑ってるんだ」
そう言うと、イクシスは悩ましげに息を吐く。
「もしかして……私の姿があまりにも変わってたから、驚いたんじゃないかな。仲良しの友達が久しぶりに会って、がらりと外見が変わってるとどうしていいかわからなかったりするし。それ、私にも覚えがあるよ」
中学校のとき仲良しだった地味な女の子が、夏休み明けに金髪のギャルになっていた。
あのときは……どう話しかけたらいいものか、かなり悩んだものだ。
「さすがにそれは……ないんじゃないでしょうか、メイコ様」
考えに考え抜いて出てきた答えを口にすれば、クロードは同情的な視線をイクシスへと向ける。見当違いだと言いたげな様子だ。
イクシスの症状はクロードの予想通りだったし、原因に心当たりがあるのかもしれない。
「なるほど……その可能性はあるな」
何か思い当たるふしがあるなら教えてもらおう。
そう思ったとき、イクシスが頷いて、クロードが呆れ果てたように頭を押さえた。
「悪かったな、もう大丈夫だ。よく……帰ってきたな」
少しぎこちない手つきで、イクシスが頭を撫でくれる。
「ただいま!」
「あぁ、おかえり」
元気よくそう言えば、笑顔も見せてくれて。
そこにいたのは、もう私の知っているいつものイクシスだ。
「……鈍感同士、お似合いだと思うんですけどね」
再会を喜ぶ私とイクシスの横で、何故かクロードが盛大な溜息を吐いていた。




