【33】たどり着いた先は
足を踏み入れたのは赤や緑、青のスプレーをかけた星空のような空間。
何度かイクシスと通り抜けたことのある、おなじみの異空間だ。
異空間に入り込んだのはいいけれど、どちらに向かったらいいんだろう。
前後左右、どこまでも続いているような空間に目印のようなものは何もなくて、どうしようかなと考えた私の体を何かが押した。
「うわっ!」
目に見えない流れがそこにあるみたいで、まるで流れるプールにいるみたいに体がドンドン押し流されていくのがわかる。
くるくると体が回ったりもしながら、物凄い早さで振り回されて。
ようやくそれが収まったかと思えば、勢いよく床に投げ出された。
「痛たた……」
もう少し優しく異世界に放り出してほしかった。
思い切りお尻を打ってしまって、さすりながら立ち上がる。
遊園地のコーヒーカップを調子に乗って回し過ぎたときみたいに、足元がおぼつかなかった。
足下には石畳があり、どうやら古い城の内部のようだ。
かび臭い場所だと思いながら顔を上げれば、目の前には怪しげな祭壇があって、王冠ががぷかぷか浮いている。
この光景どこかで見たことがある。
そう思ったのと同時に、頭の中で流れるのは壮大な音楽と、声優さんのいい声。
乙女ゲーム『黄昏の王冠』のオープニングに出ていた一枚絵と、目の前の光景が私の中で重なった。
――この学園には、夕暮れ時になると天空に城が出現する。
そこの最上階には王冠があり、それを手に入れたものは何でも願いが叶うという。
そんなナレーションと共に、ゲームは始まるのだ。
どうやらここはゲームの舞台・トワイライト魔法学園にある、黄昏の城の最上階みたいだ。
視線をさらにあげれば、天井が円錐型になっていて、おどろおどろしい細工が施されているのがわかる。
窓からは夕日が差し込んできていて、澄んだ鐘の音が響いていたけれど、こんなに激しく鳴っているのは聞いたことがない。
まるで商店街のくじ引きで一等が当たったときのように、せわしなく鐘が鳴らされている。
それにしても、黄昏の城の最上階だなんて、変なところに出てしまった。
ボスと対決なんてことになったら、全くを持って勝ち目がない。
学園の生徒なら持っている腕輪でいつでも城から脱出可能だけれど、それもできないし……誰かに出会うまで無事でいられるだろうか。
もの凄く不安だけれど、悩んでいてもしかたなかった。
取りあえずこの階から脱出しよう! ボスに会う前に!
そう決めて振り返れば、立ち尽くしている青年と目が合う。
茶色に白や黒の混じる髪に、凜々しい面立ち。私がずっと会いたいと思い描いていた人がそこに立っていた。
大きく見開かれたその瞳には映っていて……まるで時が止まったかのように感じられた。
フェザーの手には剣。
体のいたるところに傷があり、服もぼろぼろで、戦いの後のようだった。
「主……? まさか、主なのか?」
「フェザー!」
主と私を呼ぶ懐かしい声に、考えるより先に体が動いていた。
その胸に飛び込めば、勢いがつきすぎてフェザーが床に尻をつく。
「会いたかった! 会いたかったよ、フェザー!」
「主……」
戸惑い気味に、でもしっかりとフェザーが私の体を抱きしめてくれる。
「なんで、主がこの世界にいるんだ? 我は……夢を見てるのか」
「元の世界に戻ったけど、やっぱり皆がいないのは嫌で帰ってきちゃった。フェザーがいないと……私やっぱりダメみたい」
フェザーの体温がすぐ側にあって、嗅ぎ慣れた香りがして。
それだけで――幸福感が胸に溢れる。
あぁ、帰ってきたんだなって強く思えた。
「全くあなたときたら……折角城の最上階まで辿りついて、ボスを倒したのに……全て無意味じゃないですか」
嫌みな声が聞こえてきて、フェザーの胸から顔をあげる。
「……アベル?」
「それ以外の誰に見えるっていうんですか」
黒髪に蜂蜜色の瞳。
確かにそこに立っているのはアベルだったけれど、少年の姿じゃなかった。
ゲームに出てくる青年の姿をしたアベルが、そこにいた。
「へぇ、これがお姉ちゃんの本当の姿なんだ?」
しゃがんで顔をのぞき込んでくるのは、トワイライト魔法学園の女子制服を着た、茶色の髪の女の子。
女の子にしては……少し声が低くて、どこかで見たような顔立ちしていた。
「まさか……メア?」
「よかった。分からなかったらどうしてくれようかって思ってたよ!」
その背中から黒い蛇が四体姿を現す。
元暗殺者で、珍しい幻獣使いであるメア。
彼の双子であるこの国の王子が学園に通っているので、念には念を入れて、正体がばれないよう変装をしているとのことだった。
他には屋敷の少年である馬の獣人・エリオットに、猫の獣人・ディオ、ウサギの獣人であるベティまでその場にそろっている。
獣人は恋をしないと大人の姿になれないはずなのに、全員少年から青年の姿になっていた。
「ほらフェザー、早くお姉ちゃんにあれを言わなくちゃ。ぼく達が言えないでしょ?」
うさ耳を動かしながらフェザーを急かすベティは、当然のように女子用の制服。
それが驚くほどに似合っていて、まばゆいばかりの美少女っぷりだった。
「……そうだったな」
フェザーが立ち上がり、それから私に手をさしのべて立たせた。
「おかえり、主。また主と会える日が来ることを、ずっと願っていた」
まっすぐな視線と共にフェザーが口にすれば、皆が口々におかえりなさいと言ってくれる。
今までどうしてたのとか、会いたかったよとか。
そんな言葉に、涙がポロポロとこぼれていく。
「ただいま!」
その一言を口にすれば。
ようやく帰ってきたんだと……心から思えた。
●●●●●●●●●●●●●●●●●●
フェザー達は現在、トワイライト魔法学園に通っているらしい。
誕生日がこれば十八歳になるフェザーは、現在三年生。アベルやメアは一年生だとのことだ。
フェザーは獣人であることを隠し、生徒として登録。
ディオとエリオットはアベルの使い魔となり。
ベティのほうは女子として学園で過ごしているメアをフォローしながら、その使い魔として学園に登録しているらしい。
「僕の炎属性をディオに、闇属性をエリオットに分け与えました。メアは普段闇属性しか使わないですが、炎属性も持っていたのでそちらはベティが使っています」
ちなみに僕は水属性の魔法使いですと、アベルが私に説明してくれる。
私がこの世界を去った後、フェザーはすぐに後を追おうとした。
イクシスの父親である黒竜のニコルに、異世界行きを頼んでみたけれど、それは叶わなかったのだと言う。
「予想はついていたから、そう落ち込みはしなかった。メアが黄昏の城にある王冠を手に入れて、主を取り戻そうと言ってきて……全員で協力して頑張っていたんだ」
「ちょうどさっき、ボスを倒したところだったんだよ。まぁ、お願い事する前に、お姉ちゃんが降ってきちゃったんだけどね!」
フェザーが言えば、肩をすくめてメアが笑う。
「とりあえずは城を出て、学園に戻りましょう。願い事に期限はないですよね?」
『腕輪には五十階にすぐこれるよう記憶されてる。ここに来ることができるのは、君達だけだし、願いが決まったらまたおいで』
冷静なアベルが王冠に向かって話しかければ、どこからか声が聞こえた。
城の外へと出れば、生徒達に囲まれてしまう。
鐘の音がうるさく鳴り響いていたのは、城を攻略したという合図だったみたいだ。
「ハイハイ、そこどくネ。この子達、今から行くところあるヨ」
困っていたら、白衣を着たボサボサ髪の教師が私達を助けてくれた。
以前ジミーの魔法人形の解体を頼んだ、錬金術師。
横には一緒に城を冒険した、あのエルザちゃんが白衣を着て立っていた。
てっきり職員室に連れて行かれるのかなと思っていたら、彼の研究室の隣にある準備室へと案内される。
「八時までは私の研究の手伝いしていたことにしといてやるネ。好きにつかうとイイ」
「ありがとうございます、先生」
どうやら部屋を貸してくれただけのようで、フェザーが彼にお礼を言った。
ふいにエルザちゃんと目が合えば、にっこりと微笑んでお辞儀して去っていく。その左手の薬指には指輪が光っていた。
フェザーによると現在のエルザちゃんは、錬金術師の先生の助手として正式に学園で働いているらしい。
この錬金術師の先生には私達の事情を話していて、何かとお世話になっているようだ。
「私がこの世界を離れてから、もう五年近くが経ってるのね」
尋ねれば、そうなりますとアベルが頷く。
私がいなくなった後、ヒルダが屋敷に戻ってきた。
ヒルダの記憶が戻ったと告げられた皆だったが、どうにも馴染めず、また納得もいかなかったらしい。
「実をいうと、ずっとヒルダ様の影におれの蛇を一匹入れてたんだ。だからおれは大体の事情を知ってたんだけど……どんな理由があっても、おれ達にさよならもいわないでいなくなるなんて……薄情すぎるよね?」
にっこりと微笑むメアだけど、目が笑ってない。
私が急にいなくなったことを、かなり怒っていたようだ。
ヒルダとして過ごしていた私は、表向き記憶喪失ということで屋敷では過ごしていた。
だからイクシス達にさよならを少年達に伝言するよう、頼むこともできなかったのだ。
記憶が戻る可能性のあるヒルダと、全く危険になれてない別人とでは、狙われやすさが違う。私が弱いとバレてしまうと厄介だ。
それに、私がヒルダになった事件に、屋敷の少年の誰かが関わっている可能性がある。
敵がすぐ側にいる可能性が高いから、別人であることは伏せておいたほうがいい。
……それは、最初の頃にイクシスと話し合って決めたことだった。
しかし、メアは私がヒルダとは別人だと最初から知っていたらしい。
そもそも、メアの雇い主は敵であるヒルダの姉・ティリアと繋がっていた。
私がこの世界に来るきっかけとなった最初の事件にも、手を貸していたらしい。
「でもね、おれお姉ちゃんが気に入ったから、お姉ちゃんの側につくことにしたんだ。ようやくティルとバイスを追い詰めて、屋敷から排除して。お姉ちゃんが安心して暮らせるようにしたのに……肝心の本人がいないって、どういうことなんだろうって思ったよ」
シャーとメアの背後にいる四体の蛇が、私に向けて赤い舌を見せつけてくる。
落とし前ちゃんとつけてもらうからなと言っているかのようだ。
「さすがに納得がいかなかったからね。屋敷の皆に教えたんだ! イクシスさんとフェザーが、お姉ちゃんを無理矢理元の世界に帰したって言えば……皆お姉ちゃんを取り戻すのに協力してくれたよ!」
「メアが皆を煽ったせいで、屋敷内の結束が高まって……結果、メイコさんをこの世界に呼び戻そうという流れが生まれました。僕は正直どうでもよかったのですが、ディオ達がどうしてもと頼むので、しかたなく手を貸した形になります」
サディスティックな笑みを浮かべるメアを、淡々とアベルが補足する。
アベルはそこのところ勘違いしないでくださいねという、ツンとした態度だった。
「お姉ちゃんが今まで頑張ってきたことを無駄にしちゃいけないって、アベル頑張ってたんだよ。魔草の計画も引き継いで、領土の運営も手伝ってたんだ! いつかお姉ちゃんが帰ってきたときに、がっかりさせないようにってね!」
「ディオ!」
くねくねと細い尻尾を立てて、悪戯っぽい顔でディオが囁いてくる。
それを叱りつけるアベルは、顔がちょっぴり赤かった。
「……別にあなたのためにやったわけじゃありませんから。中途半端に投げ出されると迷惑するのは領民ですし、将来の予行演習にもなります」
「ありがとうアベル。領土のこと心配してたけど、アベルがやってくれたなら安心ね」
お礼を言えば、アベルは何故か眉を寄せて睨んでくる。
もしかして、何か気に障ることをいったんだろうか。
「あっ、アベル喜んでる!」
「……うるさいですよ、ディオ」
からかうようにディオがアベルの頬をつつく。
どうやら、照れていたらしい。常にツンツンしていて、分かりづらいアベルの感情が、友人である猫の獣人のディオにはよくわかるらしかった。
こんなアベルはレアだね、なんて言いながら嬉しそうだった。




