【30】思い描く場所
私が帰ってきてくれてよかったとサキはいう。
こちらの世界の体が死んでしまう。
緊急事態だからと、私はこの世界に戻ったけれど。
サキがいうように帰ってきてよかったと、素直に思えない自分がいた。
本当に……これでよかったんだろうか。
前を歩くサキや林太郎に遅れながら、ふいにそんなことを思う。
ティルがティリアだった。
それでいて、ヒルダが元の体に戻ってしまった。
そのことを思うと、不安でしかたない。
ティリアは皆に危害を加えたりしなかっただろうか。
ヒルダは以前のような振る舞いをして、折角いい方向へ向かっている少年達や領土を、また元通りにしてしまわないだろうか。
私がいなくなった後、アベルはゲームの通りにヒルダを殺してしまうんだろうか。
ウサギの獣人・ベティと一緒におそろいの服を着ようって注文してたのに、結局着られなかったな。
やりかけの書類があったけど、クロードは怒ってないだろうか。
そういえば猫の獣人のディオや、馬の獣人のエリオットと今度釣りに行こうって話になってたっけ。
絶対獣人の国にフェザーと遊びにきてくださいねって、犬の獣人・ギルバートと約束したのに……結局行けなかったな。
イクシスはヒルダが戻ってきて、不自由してるよね。
本当は、誓約を解く約束をしてたのに……それを放り出してきてしまった。
そういえばヒルダを探しに出た、幽霊のジミーはどうなったんだろう。
考えればキリがない。
喉の奥が熱くなって、胸から何かがせり上がってくる。
もちろん自分の体は大切だし、元の世界にも戻りたかった。
でも、あんなふうに別れが突然くるなんて思ってもいなかった。
気を抜いた瞬間に、こうしてじわじわと心に侵食してくる想いがある。
寂しいとか、恋しいという気持ち。
あの世界で、今いるこの世界のことを想っていたときよりも、それは重くて後を引く。
考えたってどうしようもないことだ。
もう、戻ってきてしまったのだから。
だからできるだけ考えないよう、意識的に蓋をしていた。
時が経てば、忘れてしまう。
そう思うのに、想う気持ちは膨らんで、段々と手に負えなくなっていくのを感じていた。
フェザーが迎えにきてくれるのを、ただ信じて待つことしか私にはできなくて。
皆にもう会えないんだなって思うと、寂しくて……苦しい。
本来の私の世界は、こっちだ。
そんなことはわかっている。
でも、皆と別れてこの世界ですごして。
日常が、物凄く味気なく感じた。
折角戻ってこられたのに、思い返すのは向こうの世界の皆のことばかりだ。
もしかしたら、あれは全て私の夢だったのかもしれない。
そんなことを思うたび、例え夢でも私の妄想でも構わないから、もう一度あの世界に行きたいと心の底では願っていた。
生まれた世界を捨てて、家族や友達を置き去りにしてもいいの?
あっちですごした時間はこっちに比べれば短くて、物騒なことだっていっぱいあるんだよ!
理性が心にストップをかけようとしても……難しいことを抜きにして、心の奥から沸き上がってくるものを抑えられない。
皆のいる場所に――帰りたい。
そう、強く願っている自分がいた。
離れて皆が見えなくなった分、自分の中にある彼らの存在がくっきりと浮き上がるみたいだ。
全力でぶつかっていって、彼らも私に想いを返してくれるようになって。
死亡フラグだらけだと頭を抱えていたはずなのに、命を狙われたりしたことさえ、笑いあって振り返れる思い出に変わっていた。
これからも彼らと一緒に過ごす日々が続くことを、私はいつの間にか受け入れていたのかもしれない。
足を止めれば、サキや林太郎が気づいて振り返る。
――大切なのはどこにいたいかではなく、誰といたいかだろう。
フェザーの言葉が、頭の中で響く。
ここにいて、帰りたいと思った時点で。
この世界はもう、私の帰る場所じゃなかった。
自分の居場所は、すでに別の場所で見つけてしまっていたんだと気づく。
「……」
「姉ちゃん、どうかしたの?」
黙って立ち止まった私に、林太郎が不安そうに尋ねてくる。
「……あ、今ビビビって予知がきたわ! この先の公園、南にある銅像前。五分後に、ティリアとウルドが参戦してくる未来が見える!」
「本当、サキ姉ちゃん!?」
急にサキがそんなことを言い出して、進行方向を指さす。
そっちのほうへ林太郎の気は逸れた。
「オウガの奴、面倒になってピオとクオまでまとめて始末しかねない。それを絶対に阻止して、二人を元の世界へ帰すようオウガを促しなさい。頼んだわよ林太郎!」
「わかった!」
指示に従って、林太郎が走り出す。
それを見送ってから、サキは私に向き直った。
「運命は強い意志。未来はその積み重なりと、一握りの偶然と運」
歌うように、サキは口にする。
その瞳の色が揺らいで、知らない誰かのように見えた。
「ピオやクオを異世界へ戻した後、オウガは異世界へと繋がる空間を閉じるつもりでいるわ。そうしたらもう二度と、人間のメイコは異世界へ行けないし……メイコが人間である間に、あちらから誰かがやってくることもない」
「……えっ?」
「ほぼ確実に起こる未来の出来事。それだけ強い意志が働いてるってこと。ヒルダが戻ってきて、メイコが面倒に巻き込まれないように。刺客がメイコの命を狙わないように。何よりも……メイコを誰かに奪われないように」
苦しげに顔を歪めて、サキは口にする。
頭の中を見透かされたような気がして、少し怖くなる。
固まっていたら、ふっとサキが表情をほころばせた。
「あいつ、無意識の可能性もあるけど……多分気づいてるわよ。メイコが異世界で惹かれる相手を見つけたこと。これは予知じゃなくて、サキとしての勘だけど」
どこか同情的な声色で、遠くを見ながらサキは言う。
思い浮かぶのはフェザーのこと。
何も言ってないのにどうしてサキにはわかるのかと戸惑った。
「チャンスは一度。オウガがピオとクオを異世界に戻す瞬間。あちらに繋がる安全な道を、あいつが補助して作り出す。二人分の隙間に無理やりもう一人入れば、辿りつく時間にズレが出てきたりはするかもだけど……強い願いは運命になって、きっと辿りつける」
よく聞いてと前置きして、真剣な顔でサキは言う。
「場所はメイコが交通事故に遭った場所。時間は人のいない深夜。もちろんオウガやその使い魔の林太郎にいることがばれたら、そこで終了よ」
囁かれる声には、強い響きがある。
思わずごくりと唾を飲んだ。
「あたしが望む未来に導こうとするのは、本来ルール違反なんだ。運命に働きかけることも、本当は許されてない。選択肢を増やすことくらいしか、やってはいけないことになってるんだよ」
だからあたしのやってることは、アウトなんだよねとサキは笑う。
私を軽くハグして、検討をいのるというように背中を叩いた。
「……サキは何者なの?」
「あんたの幸せを願う、あんたの幼馴染。それ以上でもそれ以下でもないよ?」
体を離してにっと笑うと、サキはじゃあねと手を振って。
林太郎が向かった方向へと姿を消してしまった。




