【12】必殺技
「そうじゃない。もっとこう内側に集中する感じで……ぶあっとしてゴッって感じだ」
「イクシス先生、さっぱりわかりません!」
朝早くからイクシスに魔法を教わっているのだけど、はっきりいって全くコツが伝わってこない。
最初から魔法が使えたというイクシスは、先生に向いていないようだった。
「契約魔法をフェザーにかけたんだから、使えるはずなんだがな。あのときと今とで違うとことと言ったら……あの恥ずかしい口上とポーズくらいか。一か八か、あのときと同じようにして呪文を唱えてみろ」
「ええっ!?」
あれはできればもうやりたくなかったのだけれど、イクシスは腕を組んで待っている。
かれこれ二時間近く、私はイクシスを付き合わせていた。
宿近くの公園には体操をしているおじいさんや、通学路なのか学園の生徒達が歩いている。それなのにあれをするのは、相当な度胸がいった。
「ほら早くしろ」
「うぅ……我が指先に宿り、紡がれるエレメントよ。蒼穹の鐘を打ち鳴らせ――《荒れ狂う風》」
小さな小さな声で呟けば、目の前にうっすらと魔方陣が出現し光を放つ。
けれど結局何も起こらずに、ふっと消えてしまった。
「おっ、今できそうだったな。もっと大きな声で堂々とやってみろ」
「そんなの恥ずかしすぎるよ!」
「平気だ。メイコならちゃんとできる。魔法が使いたいんだろ?」
ぽんとイクシスが肩を叩いてくる。
そこの声は思いの外優しかった。
「イクシス……」
「というわけで、俺はちょっと離れたところで見てるな。知り合いだと思われるのは恥ずかしいし」
「酷い!」
間髪入れずに返せばからかわれたらしく、イクシスがくくっと笑う。
「冗談だ。ちゃんと側で見ててやる。うっかり間違えて、そこにいるじーさんを使い魔なんかにしたら目も当てられないからな」
さすがにそんなことはしないと、声を上げたかったけれど前科があるので黙り込む。
それがおかしかったらしく、イクシスはまた笑った。
この竜ときたら私で遊んでいる。
「なんだそんな顔して。文句があるなら、成功させてみろ」
「見てなさい! ばっちり使って見せるんだから!」
さっきの魔法は手応えがあった。
イクシスを見返してやりたくて、肩幅に足を開き、手を構える。
「指先に宿り、紡がれるエレメントよ。我が名の元に蒼穹の鐘を打ち鳴らせ――《荒れ狂う風》!」
横で体操をしているおじいさんなんて目じゃないキレのいい動きで、ザッザッとポーズを付けて叫ぶ。
目の前に出現した魔法陣が魔力を収束していくのがわかる。
成功したと思う側から、どんどん膨らむ力に……やばいなと気づく。
このままだと、このあたり一帯を吹き飛ばしてしまいそうだ。
「《ヴィエント》」
イクシスが私の作り出した魔法陣に触れ、冷静に唱える。
魔法陣は、イクシスの加えた力によって完成することなくかき消えた。
「方法はともかく、魔法使えたじゃないか。ただ力が強すぎるみたいだから、ちゃんと自分でコントロールできるようになるまで、俺がいないところでは使うなよ?」
「ありがとうイクシス!」
お礼を言ったところで、公園のところにフェザーが来ているのが見えた。
「主、クロードから差し入れだ」
「ありがとう」
持ってきてくれたサンドイッチをつまむ。
我が妻、ではなく主と私を呼んだフェザーは落ち着いた様子で、イクシスにもサンドイッチを一つ手渡した。
「イクシスの分だ」
「あぁ、ありがとな」
フェザーの態度が変わったことに気づいたんだろう。
イクシスは少し驚いた様子だったけれど、それを受け取った。
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夕方になり、黄昏の城に入る。
本日は三十九階を歩き回って、採取をすることが目的。
私やエルザが採取し、敵が出てきたらイクシスやフェザーが対応するというように、役割を分けて行動する。
作業はこれ以上ないってほどに順調だった。
滅多に見つからない材料を大量にゲットしてホクホクだ。
けれど……ここで、一つ問題が出てきた。
物凄く、お手洗いに行きたい!
黄昏の城にはトイレがなかった。
これゲームではどうしてたんだろう。まさかその辺りで……とか?
いや、乙女ゲームでそんなことはないと信じたい。
お昼に欲張って名物料理の店を巡ったのがいけなかった。
屋敷に帰ったらダイエットだから食べ納めだと、加減を間違ってしまったことが悔やまれてしかたない。
だからと言って、一人が外に出るためにはパーティ全員が城から出なくてはならない上、一度出れば城に入ることはできかった。
今日は調子がよく、目の前には超レアといえる爆発キノコの群れがいた。
百回入って、一度出会えるかどうかの代物といっていい。
リストの中で一番採取が難しい材料が……こんなにあるチャンス。
それを逃すわけにはいかなかった。
「おい、メイコ。気分が悪いのか?」
「……大丈夫よイクシス」
感情が伝わってしまうイクシスが、心配そうにこちらを見てくる。
けれど、トイレいきたくて仕方ないですなんて乙女として恥ずかしくて言えない。
食べ過ぎるからだと呆れられるのが目に見えている。
このキノコ達さえ集めきれば、あとリストに残っているのは簡単な材料だけだ。
他の材料は明日にして今日は帰ろうと、自然に言い出すことができる。
なのにこのキノコときたら足と手が生えていて。
地面の上をちょこまかと走り回り、危害を加えれば爆発する。
調合材料でありながら、炎属性の魔物でもあるので、とても厄介な代物だった。
キノコに刺激を与えないようにそっと掴まなければならないので、時間がかかって仕方ない。段々とイライラしてきた。
――背に腹は代えられない。ここは奥の手を使おう。
「イクシス、エルザと一緒に避難して」
「何をする気だ?」
「このキノコ達をしびれさせて……一網打尽にしてくれるわ」
「おいメイコ……何だか目が据わってるんだが……」
切羽詰まった様子の私に、イクシスが心なしか引いたけれどそこは気にしない。
そんなことに構っている余裕は、今の私になかった。
「フェザー、この一帯に雨を降らせなさい」
「わかった!」
フェザーが頷き、手をばっと空に向かって掲げる。
「混沌の泉よ、我フェザーの名の下にその雫を捧げよ」
「轟け閃け、激高の雷」
フェザーの後に被せるようにして、呪文という名のそれっぽい言葉を並べる。
頭の中に思い浮かべるのは、もはやトイレの三文字だけだ。
フェザーと視線が合う。
心なしかその顔は高揚しているように見えた。
続けてと目だけで指示すれば、妙な感覚がした。
言葉にしなくても、私の考えていることは全てフェザーに伝わる。
そんな不思議な確信があった。
「悪しき者どもを清めよ――《泉の罠》!」
フェザーが叫ぶ。
走り回るキノコの上に、魔力のこもった雲が広範囲に発生し、豪雨が降り注いだ。
湿ってしまえばそう簡単に爆発できない。
キノコ達は自らを守る術が消えたとわかり、今度は地面に潜って逃げようとし始める。
「そうはさせないわ。思い知りなさい――《裁きの雷》!」
私の呪文で、フェザーの作った雨雲から雷が落ちる。
土の上に溜まった水を伝って、それは爆発キノコ達を痺れさせた。
けれど致命傷には至らない。
キノコ達が無抵抗になるには、まだ足りなかった。
自分の中にある第一属性を光から、風に切り替える。
この世界の魔法属性は、一人同時に一属性しか展開できない。
光属性をセットしたら、切り替えるまでは光属性の魔法使いということになり、他属性の魔法は使えなかった。
属性の切り替えは、熟練の魔法使いでも五分くらいは必要。
元々のヒルダのポテンシャルもあるのだろうけれど、今の私の集中力はすさまじく――内側に潜るように意識すればそれはたやすくできた。
人間、危機が迫ると何でもできるものだ。
「水よ悪しき者を包み、浄化せよ」
フェザーが空に手をかざせば、青色の魔法陣が頭上に展開される。
「渦をなし、集約せよ!!」
言葉を紡いで、そこに重なるよう魔法陣をのせた。
風属性の緑色の魔法陣が、フェザーの水属性の青い魔法陣と重なりあい、青緑色の光を放つ新たな魔法陣がそこに出現する。
目の端に映ったイクシスが、魔法陣を見て驚いた顔をしていた。
「――《暴虐の水渦》!!」
頭の中に思い浮かんできた呪文を、フェザーと同時に唱える。
地面から引き上げられた水が渦を作り、意思があるかのように爆発キノコを自らの中心に引き込んでいった。
渦が消え、地面に叩きつけられたキノコ達から手足が消える。
力を使い果たしたんだろう。
「やったな、主!!」
フェザーが興奮のままに抱きついてきて、その衝撃をどうにかこらえた。
……ちょっと涙が出そうだ。
「今のは複合魔法か。凄いな、やるじゃないか」
地面に降り立ったイクシスが、感心したようにそんなことを言う。
「あれは複合魔法というのか。主の望むことが手に取るようにわかって、呪文が口から出ていたんだ!」
ばさばさとフェザーが翼をはためかす。
「複合魔法は互いに信頼してないと不可能だ。主と使い魔っていうのも関係してるんだろうが、いきなりやってできるものなんだな」
「信頼……そうか、信頼か」
イクシスの言葉を噛みしめるように、フェザーが呟く。
ふわりと、今まで見たことのない柔らかな笑みをフェザーは浮かべていた。
その幸せそうな顔に、お腹が痛いのを一瞬忘れて目を見張る。
複合魔法は、ゲーム内で攻略対象達と絆を深めることで使える必殺魔法。
属性の組み合わせや相手によって様々に変化する特殊な魔法で、ゲーム内では友好度が百パーセント中八十パーセントないと使えなかった。
「主は……我を信頼してくれたのだな」
「と、当然じゃないの!」
純粋な眼差しが罪悪感を刺激したけれど。
トイレに行きたさに無我夢中で複合魔法が使えてしまったなんて……言えるわけもなかった。
年末で忙しくなってきたので、次回から週2程度の更新になりそうです。すみません。




