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番外編 馬車の中の告白

裁判所の固い床を、カツンカツンと靴の底が叩く音が響いていた。その早いペースは、馬車が停められている場所に着くまで落ちることはなかった。


そこまで無言で歩いてきた男は、侍従がドアを開けた馬車に静かに乗り込んだ。まるで喋ることを拒否しているような顔をしていた男であったが、馬車に乗り込んだ瞬間、予想外の同乗者の姿に思わずといった声をあげた。


「フランチェスカ殿下?どうしてここに?」


男、アレックスの目の前に、彼が公爵令息になってからずっと付き合いのあるこの国の姫君、フランチェスカが座っていた。彼女は穏やかな表情で、アレックスの問いに答えた。


「今日貴方がここで何をしようとしていたかぐらい、私も知っていますのよ」


別に今日アレックスが裁判所に来ることは、秘密にしていたことではなかった。義父にも国王にも承認を得ての行動だったので、フランチェスカがそれを知っていても、彼は特には驚かなかった。


「それで、ご用件は?ここまで来られるほどなのですから、余程急ぎか重要な用件なのでしょう?」


未だ先ほどまでのことを引きずった固い表情を返したアレックスに、フランチェスカは静かに答えた。


「ええ、とても重要な用件よ。私の大切な性根は優しい人が、憎まれ役を買って出たの。あの女性は彼に執着していたから適役だったとはいえ、無理をしていないか心配なの」


自分に会いにきたことは予想していたが、その理由を明け透けに言われるとは思っていなかったので、アレックスはその表情を驚いたものに変えた。しかしそのすぐ後に、自嘲するような顔になった。


「役割はきちんと果たしましたよ。聖女様たちが望むようにキャサリンの死を避け、そして王家の筋書き通り公爵家に楯突いていたモングスト家の娘に見せしめとして死よりも重い罰を与えた。微塵も反省をしていなかった女にとどめを刺した。しかし、まぁその結果はご覧の通りです。聖女様やユーリに知られずに刑を変えられるならと思っていましたが、この有り様です。情けない」


ぐったりと疲れた様を隠さなくなったアレックスに、フランチェスカはゆっくりと語りかけた。


「罪人とはいえ自分が関することで他人の人生が決まることを望まないのは、権力に縁がない聖女様たちだけではありませんわ。私たちは必要とあらば顔には出さずそれを行いますが、好き好んで行う訳ではありませんから」


「そうかもしれませんが、私はこの通り、平気な振りすらできていません」


「あら、ここまではしていたんでしょう?それで十分じゃない」


そう言うと、フランチェスカはアレックスの少し冷えた手をそっと取った。付き合いが長いため、お互い子供と呼ばれて差し支えのない頃には手を取り合うことはあった。しかし、デビュタントを経てから、しかもこうした密室で二人が触れあうのは初めてであった。

やや慌てるアレックスをよそに、フランチェスカはもう片方の手も添えて、両手で包み込むように己より一回り以上大きな男の手を握った。


「王族に連なる者として、私も貴方もこういうときでも何事もないように見せなければならないわ。けれど、そんなの見せるだけで十分よ。伴侶にぐらい、その本心を打ち明けても何も問題はないはずよ」


「伴侶」と突然告げられた言葉を反芻はしたものの、アレックスはその言葉に然程驚きは見せなかった。


「私たちの婚約が取りまとまったのですね」


「ええ、後は公表を待つだけよ」


フランチェスカは今回の聖女ではなかったが、アレックスが聖女と結ばれなかった場合、彼女は公爵家に降嫁する可能性が高いと思われていた。次のディラン王子が即位したときに、彼を支えるためにも王家の血を正しく含む公爵家が必要となるからだ。

アレックスは養子に過ぎないが、フランチェスカが公爵家に入れば、そこに王家の血が入る。当代の聖女であるメグが貴族社会との関わりを望まない今、二人の婚約が整うのは妥当な結果だった。


「聖女マーガレット様にはあのようなことがあり、私も含め、貴族との結婚は望めませんからね。しかし、あの聖女、聖女とうるさい老人どもがよく諦めましたね」


「聖女様ご本人の意向が最優先なのはもちろんだけど、どうやら教会や市井でマーガレット様には想い人がいるという噂があるそうなのよ。それがどうやらそれなりに信憑性があるみたいで、恋人だって話まであるそうよ。だから、彼らも諦めざるをえなかったって訳」


「何だ、ユーリのやつあれだけ酒の場でぐだぐだと煮え切らないことを言っておきながら、そんな噂にはなっているのか」


アレックスの言葉に、フランチェスカはパッと表情を楽しげなものに変えた。目を輝かせ、他人の恋愛話に饒舌に乗っかった。


「やっぱりお相手はユーリなのね。私、あの二人はそうなんじゃないかって前から思ってましたのよ。裁判で聖女様をお救いした際も舞台の一幕のようだったと言うじゃない。まるで運命の二人だわ。でも、そんな噂があるのにあの二人、まだあんなまどろっこしい距離感なの?」


「外から見るとお互い十分に気があるように見えるが、どちらも無自覚みたいだな。ユーリもかなり鈍いし、マーガレット様もそう変わらないと聞くから、放っておくとずっとあのままなんじゃないか?」


「まぁ、それは大変だわ!」


フランチェスカは一大事とばかりに大きな声を出した。


「こうなったら私がキューピッドになってお二人の外堀を埋め尽くすしかありませんわね。まずは教会に手を回す?何から始めようかしら。ああ、アレックス、ユーリに働きかけるのは友人である貴方に任せるわよ」


「チェスカがそうなったら止まらないのは知っているが、相手は君が普段相手にしている王宮の魑魅魍魎ではなく、鈍感なだけの善良な一般人だ。十分すぎる程の手心は加えてやってくれよ」


「もちろんですわ。共に苦難を乗り越えてきた二人の純愛!腕がなりますわ」


楽しげにあれこれと計画を練り出したフランチェスカに、アレックスは少しばかり申し訳なさそうな顔を向けた。


「やはり君も人並みに舞台のような恋愛に憧れがあるのだな。残念ながら政略結婚の俺では君の望みは叶えてあげられないが、俺なりに君を尊重し、大切にするよ」


アレックスのその告白に、フランチェスカは少し目を見開いた。そして少しだけ不服そうな顔を見せたかと思うと、なぜ彼女がそのような顔になったか全く理解していないアレックスの手を引き、彼の整った顔に己の顔を重ねた。


触れたのはほんの一瞬であったが、それでもそれはアレックスを驚かせるのに十分すぎる程の効果があった。驚き固まったアレックスを真っ直ぐ見つめ、フランチェスカはこう告げた。


「ユーリのこと鈍いだの、鈍感だの言うけれど、貴方だって同じじゃない。私は七歳で初めて会ったときに一目惚れした素敵な王子様のところに嫁ぐのよ。私たちだって一緒に色んなことを乗り越えてきた純愛だと、少なくとも私の方は思ってるわよ」


混乱していたところに更に畳みかけられ、アレックスはしばらく完全に言葉を失った。


持ち直しても、「チェスカ、それは」「まさか、君が?」「確かに俺たちは」とポツポツと呟く男に、王女様らしい笑みを浮かべてフランチェスカはこう高らかに宣言した。


「だから、貴方がいれば私の願いは叶うの。よろしくて?」




その数日後、王国の第二王女であるフランチェスカの婚約が正式に発表された。

後日友人としてユーリが公爵家に婚約のお祝いを伝えに行くと、彼はアレックスから感謝をされると共に、妙な忠告を受けた。


「俺のお陰でフランチェスカ王女の気持ちが知れたってどういうことだよ?そしてその王女様に気を付けて、でもお前らじゃ敵わないから諦めて受け入れろってもっとどういう意味なんだよ?なぁ、アレックス」


どれだけ尋ねても揺さぶっても酒を飲ませても、アレックスがそのユーリの問いに答えることはなかった。


そのため前者の謎はついぞ明らかになることはなかったが、後者についてはユーリはその先の未来で、忠告の意味を嫌と言うほど身をもって知ることになるのだった。

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