表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/89

番外編 アレックスの尋問

「聖女マーガレット様、こちらのワンピースなんていかがです?こういう明るい色もお似合いになると思いますよ。これにアクセサリーを合わせるなら、そうねどれがいいかしら?」


「フランチェスカ殿下、こちらはいかがでしょうか?」


「あら、いいわね。聖女様はどう思われますか?」


「あの、私はその……」


きゃっきゃという効果音が似合いそうな賑やかな声が窓の外から漏れて聞こえてきた。フランチェスカ王女に招かれた王宮で、テラスにセットされたテーブルの側にたくさんの洋服を広げ、王女様とその侍女たちがメグを取り囲んではしゃいだ声を上げていた。


逃避のようにその景色を見ていると、「ユーリ様」という固い男の声で俺は現実に引き戻された。


そろりと視線を目の前の男に戻すと、彼はこの部屋に入ってから変わらず不機嫌そうに見える顔をしていた。眉間に微かなシワが寄せていたが、そんな表情でさえ彼にかかればその美しさを際立たせるばかりだった。


俺の目の前に座っているのは、俺がこの異世界で出会った中でも群を抜いてイケメンであるアレックスだった。

聖女が結界を張るという一大イベントを終えたこのタイミングで招かれたこの場で、俺はあの裁判の前に言われた山のようにある聞きたいこと、言いたいことについて話をするため、彼と二人きりで部屋に残っていた。


難しい顔をしたアレックスに、俺はまず彼を騙していたことを謝った。性別を偽るという意味ではメグたちを除き全員を騙していたのだが、彼についてはまるで恋仲のように思わせる噂をわざと立てていた。それなのにその相手である『聖女ユーリ』は男だったのだ。この男前に不名誉な噂が立ちかねない嘘だけに、俺は心からアレックスに謝った。


「聖女マーガレット様のご事情、ユーリ様のご事情、そして私の抱えた事情からああなったのは仕方がなかったことなのでしょう」


アレックスは難しい顔のままではあったが、思っていたよりあっさりと俺を許してくれた。そこからは裁判所で話した内容と同じものを、アレックスにも説明した。


「そういう理由から、マーガレット様の身を守るため、私が聖女だということにして活動をしていたのです」


「大体の事情は把握しました。ユーリ様、その上で一つお聞きしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」


「はい、質問は構いませんが、その、アレックス様。私は聖女様のお側についておりますが、身分としては神官見習いに過ぎません。どうかお言葉使いはそれに合わせていただけないでしょうか?」


ずっと気になっていたのだが、外では神官候補として扱ってくれていたのに、アレックスは二人になると俺が聖女であったときと同じように俺に敬語を使ってきた。今の俺は公爵令息のアレックスに敬語を使われる立場ではないことになっているし、何より彼に敬語を使われると未だ聖女扱いをされているような気持ちになった。そのため、アレックスにそう伝えたのだが、彼はそれをバッサリと断った。


「そのような訳には参りません、ユーリ様」


「しかし私はアレックス様に気づかっていたはだくような立場ではございませんので……」


再度説得をしようとモゴモゴと言葉を選んでいると、アレックスはいつぞやのようにはーっと大きくため息をついた。


何かやらかしたかと焦る俺に、彼はこう言った。


「全く、貴方の側にいる者たちは何をしているのですか。誰も指摘をしなかったのですか?ああ、そうか。あのとき貴方のお側にいたのは彼女だけでしたね。彼女は裁判の直前のことを知りませんから、致し方がないのか」


アレックスは一人で何かを納得していたが、俺には彼の言わんとすることが分からなかった。そのため、これといったリアクションを取れずにいた俺に、彼は小声でこう告げた。


「ユーリ様はお忘れかもしれませんが、貴方は私の目の前で結晶に触れて『ミラクル』の魔法を込められているのですよ?ご存知かどうかは知りませんが、結晶に魔法や魔力を込められるのは、触れている本人だけなのです」


「あっ!」


そう言われて、ロバートさんがヨンハンス司教を味方につける必要があると言ったときに、そんな理由を言っていたことを俺ははっと思い出した。サーっと顔色を悪くした俺に、アレックスは圧のある微笑みを向けてきた。


「私が言葉遣いを変えない理由にはご納得いただけましたね。では、本当のご事情をお聞かせください『聖女』ユーリ様」


誤魔化しようのない証拠を突き付けられ、観念した俺はアレックスに真実を包み隠さず話した。



「なるほど。嘘を告白し真実を告げる裏に、新たな嘘を仕込んだのですか。しかし、上手くいったからよかったものの、随分と思い切った行動でしたね」


「あのときは、それしか思い付けなかったんです」


「思いつけなかったからといって、それを実際の行動に移すところが貴方の優しさであって、危うさでもありますね。その危うさは今までは聖女という絶対の権力と異世界人という肩書で守られていました。しかし、今後はそうは参りません。無茶をする前に必ず教会の信用のおける者にご相談ください」


「分かりました」


アレックスからのアドバイスを真摯に受け止めていると、彼は表情をぐっと真剣なものにした。


「貴族社会のことであれば、私に聞いていただければと思います。そのためもあるのですが、私とユーリ様は噂になる前から同性の友人として面識があったことにしていただけませんか?」


「友人、ですか?あ、それって、もしかしてあの俺たちの仲に関する噂のためですか?」


そう聞くと、アレックスは少しばかり苦笑いをした。


「そうです。聖女様の儀式が済んだこのタイミングで、我々の間にあった噂を揶揄する者が出てきたのです。そのため、できれば早めに対処をしたいと考えているのです」


「それは、そうですよね。公爵様にもご迷惑をおかけすることになりますよね」


「義父は全く気にしておりませんよ。むしろ面白がっている節があるぐらいです」


困った人ですと少しボヤいた後、アレックスは脱線した会話を戻した。


「今回の件ですが、フランチェスカ殿下と私は、噂が立つ前からユーリ様の正体を知っていたことにしていただきたいのです。そして、あの裁判の前にもマーガレット様をモングスト侯爵令嬢が襲った話は広く知られておりますので、あの娘が気を寄せていた私とユーリ様の仲を噂にするとこで、マーガレット様を守ろうとしたとしていただきたいのです」


「確かにキャサリンは私のアレックス様だとか叫んでましたね。私はアレックス様が問題なければ、それで大丈夫です」


「ありがとうございます、ユーリ様。では、噂の上書きなどは私の方で対応します。ユーリ様は、何か聞かれたら王族にも関わることなので話せませんと濁しておいてください。マーガレット様にも私から説明しておきます」


前回の共謀作戦でもそうだったが、今回も俺は戦力外のようだった。あれだけ考え尽くした一世一代のハッタリも先ほどアレックスに矛盾を指摘されたので、俺は黙ってアレックスの言葉に従うことにした。


「それと……」


アレックスの言葉はまだ続くようだったが、彼は珍しくそこで言葉を詰まらせた。何かまだ指摘しづらいことでも残っていたかと焦っていると、彼は一つせきばらいをした。


「それと、これはよろしければですが、我々は本当の友人になりませんか?貴方が聖女であることや私が公爵家の人間であること、噂など関係なく。いや、ユーリ様がよければなのですが」


歯の浮くようなセリフをスラスラそらんじる目の前のイケメンが、どこか居心地を悪そうにそう言った。こんなところで照れるのかと思うと、何だか完璧な人の人間らしい面を見た気がして、気づかぬ内に俺はふっと笑いを浮かべてしまっていた。


「何も笑わなくても」とアレックスが拗ねたような声を出したので、俺は慌てて弁解をした。


「いや、その、アレックス様にもそういうところがあるなんて、意外に思っただけなんです。もっとパーフェクトで、近寄りがたいのかと思ってました」


「そんなことはありませんよ。隙を見せないよう気を張って生きているだけです」


この人はひっそりと隠され生活していた身から、公爵家という表舞台へと乗り出していった人だった。完全無欠の王子様は、彼のそれ相応の努力で作られたものなのだろう。


「友人は無理をしてなるものではありません。もし返答しづらいのでしたら、質問ごとお忘れください」


俺が別のことを考えて返事をしなかったので、アレックスは勝手に彼の中で結論を出したようなことを言った。そのため、俺はすぐにそれを否定した。


「いや、友人というのはありがたいお申し出です。私でよければ、友人になってください」


友達になろうと直接言葉にするだなんて、確かにくすぐったい気持ちになった。人のことを言えないなと思っていると、アレックスはマナーのお手本のようにピシッと座っていた姿勢を、心持ち崩した。


「なら、決まりですね。聖女であったときのように敬語を使われるのは落ち着かないのですよね?言葉も崩し、ユーリと呼びますが構いませんか?私もアレックスで構いません」


「もちろん、ア、アレックス」


俺は少しどもってしまったが、アレックスの順応は早かった。


「はは、まぁこれから慣れてくれ。さて、ユーリ、お姫様方の話もまだ盛り上がっているようだ。俺たちももう少し話をしておこうか」


「そうで、じゃなくて、そうだな。あーでも、切りのいいところでメグを助けてやりたいな。盛り上がってるって言うけど、メグは着せ替え人形にされてないか、あれ?」


「殿下は好意半分、自分の楽しみ半分ってとこだろうな。まぁあと少しすれば、お茶を新しく淹れ直すだろう。そこで声をかければいい」


「分かった。そうするよ」



そこから俺たちはお茶のワゴンが運び込まれるで、ざっくばらんに話をした。一人称を俺にしたアレックスは俺が思っていたよりずっと人間くさく、年相応の顔を見せた。俺の事情を知る人と面倒くさい建前抜きで話せるのはいいかもとの下心もあり彼の提案を受けたが、案外彼は気の置けない友になりそうだった。


あっという間に時間は過ぎ、メグたちに声をかけにいく時間となった。最後にアレックスは俺にこう言った。


「年はサバを読んでないんだろうな?ワインは飲めるか?今度は酒でも飲みながら、話をしようか」


「読んでないし、一応人並みには飲めるよ」


「なら決まりだな。また手紙を出す。聖女様に許可をもらえたら、うちにでも来てくれ。義父のいいワインを出すぞ」


「王弟殿下の?勝手に飲んでいいのかよ、それ」


「構わんさ。俺に鍵の場所を教えているんだ、それも折り込み済みだ」


ははっと軽やかに笑う男は、やはり王子様の仮面を捨てても男前だった。こうして俺は真面目な話から、もう少ししたら酒も入って多少バカなことも言いにくい本音も話ができる友人を得たのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ