月光世界(影) 4
「…あ…………ゥ…」
一番奥にある寝室へと迷うことなく進んでいくゾンビの女性。
あの部屋にはレヴィさんが……!
「助け……ないと……」
全身が震える。
今の状態じゃ、何が出来るか分からない……。
「マ……お………」
でも……でも、戦わなきゃ……。
「……お………ろす………」
洗面所に落ちていた鏡の破片を拾い、寝室へと向かっているゾンビの様子を窺う。
……まだ、気付かれてはいない。
よし、今なら……!
「誰っ!」
「ッ――――!」
飛び出そうとするよりも先にゾンビが叫ぶ。
気付かれた!? しかも今、はっきりと言葉を……。
ヒタ……ヒタ……。
ッ!
寝室の方へと進んでいた足音がこちらへと近付いてくる。 ゾンビの標的はアタシだ…!
「…………」
「…………?」
あれ? 動きが止まった? 足音も声もしない。
「っ……」
少しだけ通路へと顔を覗かせる。
「…………あ」
アタシの眼前には、茶緑色の皮膚をしたあのゾンビが立っていた。
「ッ――!」
「ア゛ア゛ア゛ア゛」
ト゛ン゛ッ゛!!という鈍い音。
「ウ゛ッ゛!?」
後退しようとする間もなく、ゾンビの右手に握られていた錆だらけの棒で殴られ、後ろに吹き飛ばされる。
ガシャァン!!!
洗面所に背中が直撃し、その衝撃で鏡が壊れる。
「おゴッ!? ア……あ……」
痛い。 背中には壊れたガラスの破片が刺さり、錆の塊で殴られた胸や腹部からの出血は無いものの、骨が何本か変形しているのか、少し体を動かすだけでも激痛が走る。
「ゥゥゥゥ…………」
「は…ぁ……はぁ……」
殺される。戦うとかの話じゃない……アタシは選択を間違えた。
ミオは……この体は何の異能力も持ち合わせてないただの人間だったのに……少しでも張り合えると思ったのが間違いだったんだ……。
「はぁ……はぁ……」
「…………」
「……?」
あれ? 襲ってこない?どうして?
ゾンビのような姿をした女性は、こちらがまともな身動きすら取れないと理解してか否か、踵を返し、寝室の方へと歩いていく。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
どうしよう……。
このままじゃ、レヴィさんが……あのゾンビに……。
「痛ッ…!」
捻れた骨の影響で体を起こす事が出来ない。
「はぁ……はぁ……レ、レヴィさんっ!! 逃げてください!!」
「ん……んぅ〜……すぅ……」
「ゥゥゥゥ……」
痛みを堪えながら名前を呼ぶも、聞こえてくるのはあのゾンビの唸り声と足音とレヴィさんの寝息だけ……。
「"レ"ヴ"ィ"さ"ん"!"!"! ゔっ……ゴホッゴホッ! は、ぁ……はぁ…………はぁ…………レ……ヴィ……さ…………」
声を荒げたせいで、お腹や背中に力を入れたことで傷が深くなってしまい、吐血していた。
悔しい……。
どれだけ必死になっても、今のアタシじゃ、あのゾンビを倒すどころか、追い払うこともできない……。
「おね……が、い……何でも……いいから……」
腕輪の魔宝石に指をかざして念じる。 が、魔宝石は反応を示さない。
どうして……どうして何も起きないの……。
念じても、祈っても、何をしても意味が無いなんて……。
「う……う……うぅ……」
自分の無力さを痛感し、涙が溢れてくる。
「あ……ト……すこ…………シ……」
ゆったりとした足取りながらもたどり着き、寝室の扉に手をかける。
その時だった。
シュッ。
一閃の刃がゾンビの腕を掠め、触れた直後に砕ける。
「ウ…!?」
ゾンビは刃が放たれた方向へと視線を送る。
「……!」
「はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……ふぅ…………」
苦しい……苦しいけど、今は立たなきゃ…!気をこっちに逸らさせなきゃ……!
何が起きたのかはよく分からないけど、アタシは半透明な純白の鎧を纏っていた。
こうなった経緯があるとしたら、さっきの涙……。
あの涙が魔宝石に触れた瞬間、六つの大きな魔宝石のうちの一つであるダイヤモンドが輝きだした。
アタシの涙に反応して、この力が解放されたのだろうか? 具体的な理由はサッパリだけど、今ならどうにかなるかも…!
「邪……マシ……ナいで……」
こちらの姿が変わった事で危険と判断したのか、ゾンビのような女性が臨戦態勢を取る。
先程の攻撃で腕を掠めていたけど、傷一つすら付いていなかった。
ダイヤモンドの硬度にそれなりの速度を加えたのだから、致命傷にはならなくとも少しはダメージを与えられると思ったのに一切無傷。
そしてこちらも腹部の痛みや背中の傷が一切感じられない。
治癒したわけではないが、痛みに対しての耐性が生まれている。
この事から、ダイヤモンドの加護は攻撃系ではなく防御力の上昇かもしれないと予測できる。……けど。
正直言って、攻撃を受ける覚悟でレヴィさんのいる部屋に向かうほどアタシの肝は座ってないわけで、睨み合って時間が過ぎていくだけ……。
はぁ……。 せめて相手の動きを躱せるぐらいの速度上昇能力があれば……。
「…………ん?」
腕輪から青い光が放たれる。
これは……サファイア? でも、サファイアの能力って水明世界限定じゃ……。
「先ニ……あなタ……た……おス…!」
「ッ!?」
ゾンビの女性が錆びついた棒を振りかぶる。
どういう理屈かは分からないけど、今は使えるものは何でも使わないと――――!!
左腕を前に構えて、サファイアに指を翳す。
「縺ッ縺√=縺√=縺√=縺√=縺!!!!」
言葉にならない声を荒げて錆びた棒を振り上げるゾンビの女性。
サファイアが最大の輝きを放ったその瞬間、全身から重さが消えたような感覚に包まれた。




