色欲の悪魔 16
「…………」
終わった。
森奏世界における今回の戦い。
いや、そもそも争う必要なんて無かったのかもしれない。
神の驕りが招いた出来事で人に、天使に、世界に終末を齎してしまった。
かくなる上は、これしかないかなぁ……。
「アルハさん!」
「っ!」
小柄な少女がこちらへと駆け寄ってくる。
「アルハさん……」
「おおー、由利。 怪我は……無さそうだな」
「うん…。 不思議な光の壁が、私を守ってくれていたから……」
ああ、どおりで声が一切聞こえなかったわけだ。
「ブ~ン……」
「ん?」
「あ、さっきのハエさん」
羽音を鳴らしながら由利の顔の高さで蝿が俺を見つめる。
「やれやれ……。 生きるためとはいえ、まさか、本当に蝿に魂を移すとはな…」
「え? アルハさん、このハエさんと知り合いなの?」
「知り合いだな。 というか由利も知ってる」
「え……」
「もう敵はいないんだし、戻ってもいいんじゃないか?」
「ブ~ン……あ、はい」
「しゃ、喋った!?」
蝿の体が風船のように膨張し、ポンッ!という破裂音を伴って現れる長髪の男。
「ファウヌスさん…だったんだ……」
「はい、ヤツガレです」
「あ……黒井由利です……」
「あ、ファウヌスです」
なんだ、この会話。 コミュ力レベル1かな?
あ、いや、そうじゃなかった。
「無事で何よりだファウヌス」
「はい。 この蝿がいてくれたお陰です」
アスモデウス達の力で初期化したのにまだ生物が…って、あの蝿、どこかで……。
……あ。
「ですが、世界を初期化したというのに、なぜヤツガレの魔法で守られていない生物が生き残っていたのでしょう…」
「ふっふっふ……だよなぁ、気になっちゃうよなぁ…?」
「……あ、いえ、もう大丈夫です」
「いや、 聞けよ! こうやって言ってるって事は何か知っ てるのかな?とか思うじゃん!? 聞こうよ!」
「はい、貴方様の発言からして、そういう事なんだと理解 したのでわざわざ聞かなくとも良いと…」
「実はさ、その蝿、元はベルゼブブが使役していた蝿だったんだよ」
「アルハ? もう結構ですよ?」
「ベルゼブブの分身体としての蝿だったんだけど、そいつだけはコピーを作るように本物だったんだよ」
「アルハ、もう分かっt…」
「んでッ! このアルハしゃんが! 赤陽世界から住みやすそうな森奏世界に移したってわけよ!(どやあ…!)」
「…………」
「…………あれ、なんか反応薄いな?」
「アルハ、貴方様の行動のお陰でヤツガレは救われました。 それは感謝しています」
「うん! 大いに感謝を…」
「ですが、本来の世界とは異なる世界に、私情だけで生物を転移させるのは、神々の理に反する…」
「シァァァラップ!!! 俺は神!つまり、俺がルールありがとう!」
何がありがとうなのかは自分でも分かってない。
「は…はい……」
俺の圧に押されて肯定的な返答をするファウヌス。
しっかし、あの蝿……。 マジで何となくな気持ちで自然が多いって理由だけでこの世界に送ったけど、それがこんな風に役立ってくれるとは……。
やはり、"持ってる"ということなのだろう(点の使い方がウザいネット記事並みの感想)
「アルハ、この世界は……」
「ん? ああ。
一度、破壊して、再構築しても良いよ。俺が許可する」
「ありがとうございます…!」
足を広げ、両手を合わせるファウヌス。
世界を破壊するというのは、一見するととんでもなく非道な行為に思える。が、管理神による破壊はその例に含まれない。
「っ…………」
その世界が人や天使の干渉だけではどうにもならない出来事が起きた時、管理神が世界を破壊し散り散りになった世界の概念や物質を再構築し、その間に異物を取り除く。
そうする事で、本来あるべき状態に戻るのである。
……ん? って、事は……。
「ファウヌス、ストップ!!」
「はい?」
ゴゴゴゴゴゴ…………。
鳴動する大地。
ファウヌスが世界のコアを破壊した事で崩壊を始めたサインだ。
「如何なさいましたか、アルハ?」
「あのさ……お前、世界転移系の能力って持ってる?」
「っ……。 ふふ……」
「!……。 だ、だよなぁ! よかったぁ!」
安心したのもつかの間、ファウヌスが"お手上げ"だと身振りで伝える。
「…………」
「アルハ、ヤツガレが森奏世界と天上世界以外に転移した事がありましたか?」
「無かったな……」
「はい。 天上世界は全ての世界に繋がっているので、第三世代の神であるヤツガレでも転移可能ですが、転移能力は基本的に第一世代…アルハやクロノス、オーディンといった神でなくては会得しない能力なのですよ」
「…………そっか」
「? 本当にどうなされたのですか?」
「いや……あのさ……。
俺、今、人間じゃん?」
「はい」
「でも、この世界の人間ではないじゃん?」
「はい。 ……あ。
あああああああああああ!?!?!?」
気づいたか…。
「どどどどどどどどどうしましょう!?」
「どうしましょうと言われてもなぁ……」
「? ?? ???」
会話について来れないのか、由利が不思議そうに俺とファウヌスの顔を交互に見ている。
「あのな、由利。
落ち着いて聞いてほしい」
「っ………」
緊張した面持ちで首を縦に振る。
「この世界は本来あるべき姿を取り戻すために破壊、再構築…つまり、作り直される」
「うん……」
「再構築されれば、この世界から不純なモノを取り除きつつ、元からあった植物や生命が復元されるんだ」
「うん……? じゃあ、良いことなんじゃ?」
「ああ…まあ、そうなんだけど……。 ここで一つだけ問題がある」
「問題…?」
「この世界にとっての不純なモノっていうのは、この世界に元は無かったモノ……つまり、俺と由利が取り除かれるって事なんだ」
「…………」
「…………由利?」
「………………………」
「……?」
由利の顔を覗き込むファウヌス。
「アルハ、どうやら彼女は目が開いたまま、意識を失っているようです」
「わーお、なんて器用…じゃねぇよ! マジでどうしよ!?」
「前回はどのようにして此方にいらしたのです?」
「あの時は……」
境界の守護者である未代志遠の真似をして、境界路を通って来たけど…。
「あれは体への負担がなぁ…」
「なるほど……。それほどまでに危険な移動手段だったのですね……」
そこまでして助けに来てくださったのですか…みたいな顔してるけど、負担ってのはお口から色々リバースするって意味の負担なんだけど……。
「まあ、それをやるにしても、不滅の支配権能の効力が残ってるせいで魔力が回復していないから、結局の所、今は使えない」
「っ……。 どうすれば……」
ジュゥゥゥゥゥ……。
地面の水が干上がる。
あーあ……こんな事なら逃げる手段ぐらい考えとくべきだった……。
無理にでも未代を連れて行くとか、ルイを連れて行くとか、ルイの馬でも良かったかもな……。 あと、ステラの神器……。
「ああああああああああああああああああああああっ!?!?!?!?!?」
「ど、どうなされたのですか!?」
「忘れてたぁッ!!」
放心状態の由利の頭を触り、髪を結っていた勾玉付きのヘアゴムを外す。
「それは……」
「おい、ステラ!聞こえてるだろ! 助けてくれ!!」
……………。
……………。
…………………。
勾玉の付いたヘアゴムは何も反応しない。
「っ…………」
「アルハ、それはいったい……」
「八尺瓊勾玉。 この勾玉はステラの脳内とリンクしていて、アイツに聞こえてるはずなんだけど、なんで反応しないんだ…?」
「……アルハ、いい方法がありますよ」
「いい方法?」
「はい。 少々、お耳を拝借しても?」
「あ、ああ…良いけど……」
「ごにょごにょ……こしょこしょ……」
「……………。
そんなんで、都合良く反応するか?」
「なります。間違いなく」
ピキピキピキ……。
干上がった地表に亀裂が入ってきている。
「っ! アルハ、急いでください!」
「わかったよ……」
八尺瓊勾玉を握り、意を決してファウヌスから教わった方法を試す。
「一日、好きなだけ使って良い」
瞬間。
ポワッ…と淡い光が三人を包み、森奏世界が爆発するよりも先にその場から消えた。




