色欲の悪魔 3
「あーむっ! うん……うん…!」
「っ…………」
「ん……?」
何やら由利がこちらを不安げに見ているような……。
「どした?」
「アルハさん、からだ、へいき…?」
「ゴクン…! おう!兎肉や山羊肉ってあんま食べる機会ないからな!
元気百倍どころか百万倍ぐらいにはなってる!」
「そ、そうなんだぁ……」(ただ焼いただけの動物を食べて体調悪くしそうだけど……)
アスモデウスが空に放ったとされる淫魔からの攻撃を避けるために、森の中を歩いて目的地へと向かっている最中、別働隊として放ったであろう魔を纏った兎や山羊に襲われていた外も内もイケメンな至高の男アルハと由利。
…と、いうのは嘘で、逆にこっちから襲って腹を満たしていた。
由利にも悪魔の眷属という説明をした後に渡したけど、それを知ると、青ざめた顔で「いらない……」と言われてしまった。美味いのに……。
「………っ。
くんくん……」
足を止める。 それに合わせ、数歩後ろからついてきている由利も立ち止まる。
「アルハさん?」
「土だ……」
「土………じゃあ…!」
「あ、おいッ!」
俺を追い越して、駆け出す由利。
由利、というよりも、由利の中にいる神が動いているのかもしれないが、今は別にいいか……。
(フッフッフ……とうとう…とうとう……あの花々を…!)
さっきとは逆で前方を走る由利を追いかける構図になってるな。
しかし、目的地が目の前となっただけであそこまで隠す気無しに黒い魔力を出してるとなると、あの洞窟にあった百合の花……あれはやっぱり魂を……。
瞬間。
「きゃああああああああっ!!」
「っ!?」
突然の由利の悲鳴。
少し遅れて由利が向かった木々の少ない開けた場所へと辿り着く。
開けたその場所は、洞窟の出口となった巨木付近らしく、向かって左奥にはアスモデウスが言ってたであろう泉が見える。
由利との時間差は五秒もないはず…なのに……。
「由利!! どこだ!」
「『………………………………』」
由利の声は一切しない。 それどころか、アスモデウスが放ったであろう兎や山羊が森を歩き回る音もだ。
これはいったい……。
「来てくれたんだね、自称カミサマ」
「ッ!」
耳元から聞こえてくる声、反射的に魔力生成した剣で背後を薙ぎ払う。
「おっ、と……危ない危ない…ね」
「…………」
軽快な身のこなしで躱すと、何が面白いのかは知らないがクスクスとほくそ笑む女。
明るめの茶髪セミロング、体格はマノに似ているが、アイツよりも胸あるし、ツリ目、それに顔を合わせてからずっとこっちを見下しているような雰囲気だ。
つーか、服装が近代的なブレザーって……契約した人間は近代世界側のガキかよ。
「お前がアスモデウスか、随分と可愛い悪魔ちゃんだな」
「ありがと、自称カミサマ。 貴方もカミのくせにまぁまぁいいルックスね」
「えぇ〜!ほんとに〜? 嬉しいなぁ…つっても、他人の姿を模してオリジナリティをチビッと加えてるだけなんだけど……」
「……へぇ、ワタシと似ているのね」
似ている? この世界の大罪の悪魔は契約をして人間に憑依するといった性質はあるが、俺みたいに人間を模してる奴なんて聞いたことがないが……。
……と、話が逸れるとこだった。
「おい、お前、由利をどこにやった」
「由利? ああ、あの黒百合の支配者の器のこと?
あんなモノをまだ人間の名前で呼ぶだなんて…相当なお人好しね」
「お前にとっちゃあんなモノでも、俺にとってはアイツは人間なんだよ」
「でも、あの子、人殺しだよ?」
「……」
「………あっ。
知ってたんだ。知ってて肩を持つんだ…そうなんだ……」
「っ……?」
対面していたアスモデウスの視線は、彼女から斜め後方へと向けられた。
「っ………ァ…」
「んググ………!」
アスモデウスが視線を先、そこにある泉の中心には、植物の蔦に縛り上げにされ苦しそうに息を漏らす男と、泉の上を浮遊する男女、上空にいたあの二体と同じだろう。
そして、女の方は誰かを拘束している。 あれは……!
「由利ッ!!それに……ファウヌス…なのか!?」
冷たい視線がこちらに向き、一撃を入れるために間が縮まる。
「…死んじゃえ」
「っ!」
泉の方にいた二人に動揺し生まれた一瞬の隙をアスモデウスは見逃さなかった。
(邪奥解放、穿け、サランスデイドリウム…!)
白く柔らかな布で周囲が覆われる。奴の技の影響か!
軍旗と思わせるような槍は、既にこちらを仕留められる射程圏内、同等以上の威力を持つ聖奥を放ったとしても、間合いが近すぎて防ぎきれない。
だが、全てを覆すこの聖奥なら…!
神王の瞳を発動し、クロノスの末子の力を体に馴染ませる。
(聖奥解放、キラジウス!)
剣を逆手に持ち替え、雷を帯びた一撃で切り上げる。
(この間合いで剣の聖奥だなんて、ちょっと戦闘経験が足りないんじゃ……)
チ゛ハ゛ハ゛ハ゛チ゛カ゛カ゛カ゛チ゛チ゛チ゛チ゛チ゛ッ゛カ゛カ゛ッ゛カ゛カ゛カ゛カ゛!!!!!!!!
轟雷が鳴り響く。
アスモデウスの技で周囲を覆っていた白いベールは稲妻で焼滅し、俺の視界から見える全てに神の雷が付与された。
「っ!?」
「っ………」
互いに最奥の力が衝突することはなかったが、アスモデウスの苦悶の表情から察するに、上手く決まったらしい。
「……ッぃ!」
キラジウスによるカウンターで負傷したアスモデウスは、苛立ちながらも攻撃を中断し、後退する。
彼女の腕からは血管が浮き出ており、所々、断線しているように焼け切れているのも見受けられる。
それともう一つ分かったこと……。だからファウヌスや由利は、さっきと何も変わってないのか。
(く……ッ!体が痺れる……頭もクラクラして、夢魔や獣たちに指示を送れない……)
「……やっぱそういうことか」
「やっぱり?」
「お前、眷属の使役と自身の行動を同時に出来ないんだろ?」
「っ!」
「夢魔たちを使役すればファウヌスと由利を命を奪うのは簡単だ。だが、それで激昂した俺がどういう行動を取るか分からない。
だから最初は、俺の動きを確認するために自らが戦った」
「………」
「でも、残念だったなぁ。
俺、超強いうえに、悪者には容赦ないからさ、お試しキャンペーンとかやってないんだわ」
「そう。 じゃあ、こっちも本気を出さなくちゃ…か」
「?」
勢いよく地面に槍を突き立てる。
「……早く逃げないと、死んじゃうよ?」
目が合う。
高濃度の魔力を放つ瞳からは、黒い粒子が流れ出ている。
「……………っ!?」
理解した、アスモデウスは体のエネルギー全てを槍へと宿し、その槍は今この世界と繋がっている。
⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
その瞬間に起きた爆発は兎を利用した爆弾とは比べ物にならないほどの威力を誇り、彼女自身すら滅びかねないその衝撃は森奏世界を半壊させた。




