色欲の悪魔 1
……………。
………………。
…………………。
何も感じない何も見えない何も聞こえない。
確か俺は、あの悪魔が仕掛けた爆弾から逃げていて、その爆風で吹き飛ばされて、意識が………。
「っ!」
唐突に目が覚める。
「気分はどうだい?」
「っ……」
穏やかな男の声、この声には聞き覚えがある。
「こうして会話をするのは何ヶ月ぶりだろうな、クロノス」
「ふふっ……対面しての会話は約九十日ぶりだよ」
色鉛筆で描いたような淡い色合いの空間。
混ざりきって真っ黒になったのなら、まだ目にも優しいのだが、その空間には色が混ざるという事象が無いらしくカラフル過ぎて眼球さんの居心地が最悪だった。
しかし、それが功を奏してか、俺の瞳には蜃気楼のようにゆらゆらと動く黒い人影が映る。
「俺はまだ死んではいないよな?」
「君が死んでしまっては、そもそもこの世界は終わってしまうんじゃないのかい?」
「うわぁ…この創生神スッゴイ嫌味言いやがった〜!」
「生きている自覚があるのに、生死の問いをする君には言われたくないな」
久方ぶりの会話を楽しむ俺とクロノス。
彼の皮肉にも似た言い回しから察するに、今、この瞬間が危険な状態…というわけではないらしい。
「で、話は変わり単刀直入なるけど……。
勝てるかい? 色欲の悪魔に」
クロノスは穏やかな口調でありながらも、淡然たる声色で俺に問い掛ける。
「勝てるか、じゃなくて、勝たなきゃだろうが。
なんのために人間態でこんな回りくどい事してると思ってるんだ?」
「それはそうかもしれないけど……。
今のアスモデウスは、色欲の悪魔としての性質以外にも、君が出会った黒井由利という少女の内に潜む黒百合の支配者の援助がある」
「……やっぱ由利の中には支配者がいるんだな」
「ああ。でも、それは、君が彼女と出会った時に放ったラドジェルブのお陰もあって抑え込まれている。 だが、その効力も時間の流れとともに弱まりつつある」
驚きだ。 ラドジェルブの効果が三日も経たずに無力化されているなんて……。
黒百合の支配者は、精神干渉への対策もできるのか。
「更に色欲の悪魔アスモデウスは、破壊の支配者を取り込んでいる状態だ。
そんな相手を君でも対処できるかどうか……」
破壊の支配者……いくらなんでも威力ありすぎると思ったら、そういうことね。
アザトゥスの奴、んなもんすら神として造るとか、二大創神のメンツ丸潰れな事しやがって……。
「最悪の場合、第二段階の神王の瞳を使えばどうとでもなる。
あの状態なら、創神クラスとでも張り合えるしな」
「そうかもしれない………けど…!
今の状態で使えば、その肉体を維持していられるかどうか…」
表情は分からないが、その声は悲観的だった。
「…まあ、全ての骨が粉々に砕けたり、血が逆流する程度で済むだろうな」
「ッ…! それはつまり、今の君の死を意味するんだぞ!?」
「大袈裟だなぁ……完全に死ぬ前に生命魔法を使うから大丈夫だって〜!」
「……前にも言ったが、生命魔法は他の魔法と違って、魔力がゼロの状態なら別の人体構成を勝手に魔力として還元する。
魔力ゼロ時の自己回復なら魂をすり減らす。
肉体ならまだいい。 …だが、魂は駄目だ! 僕や君のように元々が魂だけの神が、その魂を消耗させては……」
「クロノス」
「っ……!」
怒鳴り散らしたわけでもないのに、クロノスは肩をすくめながらも、ひとまず口を閉じる。
真っ黒な影でもアイツが凄く不安そうにしてるのは分かる。 けど、、、
「クロノス、お前は俺の事を信用してるから俺の行動を老いぼれ連中に秘密にしてくれてたんだろ?
だったら、最後まで信じてくれよ」
「アルハ……」
「だいたい、大罪の悪魔は六人、新たなる神も何体いるか分からない。
そんな状況で出し惜しんだ結果、負けちゃいました〜!ちゃんちゃん! なんて終わりにはできないだろう?」
「それは……でも! 君が、君一人が全てを背負う必要は……!」
「オレが好きでやってるんだ。
この世界が、この世界に存在するかけがえのない命が、自分の事のように愛おしいから頑張ろうって思えるんだ」
「…………」
オレの思いを汲み取ってか、クロノスがそれ以上何か言うことはなかった。
でも、何も言わなかったのは、自分の気持ちを抑えたからじゃない、アイツがオレを信じているから、、、
なんて、身勝手な考えをしてみる。
「っ……。 もう、お別れみたいだね……」
「っ?」
辺りを見渡すと、少しずつだが、オレ達のいる空間の色素が失われつつある。
元々の意識が覚醒しつつあるのだろう。
「今度は一段落……う〜ん……後、三人ぐらいの大罪の力を封印した時にでもお喋りしようぜ!」
「……ああ、吉報を期待しているよ。
行ってらっしゃい、□□□」
「…………」
「…? どうしたんだい、□□…!」
俺が仏頂面をした理由に察したのかクロノスの手が口元に重なる。
「行ってらっしゃい、アルハ」
「おう! 行ってくるな!」
「…………」
表情が見えているわけでもないのに、クロノスが笑っているように見えた。
……いや、オレが最初に造った奴なんだ、オレが理解出来ていても、そうおかしな話ではないだろう。
色鉛筆で描かれたような淡い色合いの空間は完全な無色になっていく。
真っ白とも透明とも言えないなんとも不思議な空間には、真っ黒な人影と、誰かの姿を模した男、その二人だけが最後まで色彩を残していた。
森奏世界編 【色欲の悪魔】
サブタイどおり、色欲の悪魔アスモデウスが登場します。
爆発の支配者とかいう、書いてからなんだよソレって思う設定にした事、後悔してます。
【色欲の悪魔】終了後は魔剣使徒編となりますので、そちらもお楽しみに。
ちなみに、シナリオはその場その場の思いつきなのでまだ出来てません。




