誘いの泉 3
「……う……うぅ……」
「…………」
泉の奥にある洞窟へとやって来たアルハは、そこで黒髪の少女と出会った。
ファボエルの灯りで見えた少女の体は傷と痣で塗り潰されているほどだった。
「なあ、キミ、大丈夫か……」
「ッっ!?」
触れられる事が嫌なのか、座り込んだ状態のまま、手足を使い後ろへと引き下がる黒髪の少女。
「あ……あア…………な、さイ………」
「っ? ごめん、なんて?」
プルプルと震えながら口を動かしているからか、何を言ってるかよく聞き取れない。
ただ、この仕草と腕の間から覗かせる彼女の瞳から、こちらを恐れているのが容易に理解できる。
(どうすっかな〜……あ、そうだ)
「っ……」
瞳を黄金色に染める。 空に手で無限大をなぞり、なぞった掌の照準を少女へと定める。
「っ……! ッッッッ〜〜〜!!!! っ!?」
こちらが何かをすると気付いたのか地団駄を踏む少女。 しかし、これ以上後ろへ下がれないと察したのか、その表情は絶望というか死を覚悟してるんじゃないのかと思える。
(………。
聖奥解放、ラドジェルブ)
瞳の力を利用して、光の無い空間でラドジェルブを少女に向け放つ。
「ッ……!! い……ァ…………」
恐怖から目を閉じる少女。 掌から放ったラドジェルブの光芒は、包み込むように少女の全体に光が満ちていく。
「…………。
…………っ。
………………?」
光が収まり、不思議そうに自分の体を見る少女。
「落ち着いたか?」
「ッ…!」
腰を下ろして目線を合わせて、警戒し構えていた少女の左手に自分の両手を重ねる。
「別に取って食おうってわけじゃない。 だから、話ぐらいは聞かせてくれないか?」
「っ…………。 っ……」
コクリと頷く少女。 ラドジェルブによる精神安定の効果が効いたみたいだ。
グゥ~〜〜………。
「ッ………!?」
直後に洞窟に腹の音が響く。 少女は驚きながらも顔を赤らめ恥ずかしそうにしている。
「腹減ってるのか? ちょっと待っててくれ」
「??」
少女に背を向け、周辺の草花に触れる。
「ふッ……!!」
黄金色の瞳のままだったので、そのまま瞳の力を利用して草花をおにぎりやお茶に変換させる。
少女は気になったのか俺の左肩から顔を覗かせている。
「ん? ほい!」
「…………」
「?? どした? 食べないのか?」
「ぁ……ぇえ………ぃ、お?」
「ん?」
「ッ……! っ〜〜!」
呂律が上手く回らない事をもどかしそうにする少女。
だが、黄金色の瞳で改めて少女を見た事で気付く。 外傷以上に体の中もボロボロになっている。
(あー……そういうことか……。 あんま生命魔法使いたくないんだけどなぁ)「お嬢ちゃん、ちょっと抱かせてくれ」
「…………ぇ? ッ!?」
少女を抱きしめる。
先に言っておくが俺がロリコンだからとかそういう訳ではなく、体を密着させた方が回復魔法で消費するエネルギーの燃費が低いのだ。
「…………」
「…………ぁ………あ、の……」
十秒ほどして、少女がいい加減離してほしいと言わんばかりに押し退けようと力を入れる。
「ああ、悪い」
「いえ……こちらこそ、すみません…………。
……あれ?」
「…………。
うん、ちゃんと話せてるな。 ホイ!おにぎり!」
「あ……ありがとう………ございます…………。 はむっ……もぐ………もぐ………」
服はまだボロボロだが、外傷、内傷、どちらも完全に治癒している。
「んっ……ぅ………んぅ……」
「っ…………」
飲み方がエロい、実にエロい……。
「ぷはっ……ふぅ……。 ごちそうさまでした……。
…………」
手を合わせてそう言うと少女は俺を見つめる。
「?? なんだ? 食い足りなかったか?」
「あ……えっと……その…………」
バツが悪そうに目を伏せる少女。 まあ、黄金の目を解除していないので何を考えてるかは分かってるのだが、、、
「俺がどうやってここに来たのか……って事だよな?」
「っ!」
自分の思ってる事を当てられ、驚きながらも首を縦にブンブン振る。
「あの泉だよ」
「泉……」
俺が指をさした方に目線を向ける。
「あの泉が外側の泉と繋がってて、そこから来たんだ」
「…………」
「…………」
「……そう、ですか…………」
少女は少し嬉しそうに頬を緩める。
「じゃあ、おにいさんも……」
「えっ?」
「あ、いえ……何でもないです……えへへ……」
「……そっか」
幼げな笑顔の中に一瞬だけ恐怖を感じた。
いや、こんな場所に女の子一人だけという状況が不気味というだけだろう。 今はそういう事にしておこう。
「他に何か気になる事はあるか?」
「き、気になる……こと……あっ!
あ、あの! おにいさんの名前…って……」
「アルハ。 アルハ・アドザムだ」
「アルハ……さん……。 素敵な名前ですね……」
「キミは?」
「っ……。 わ……私は……えっと…………。
く……くろ…い…………ゆ…り……です」
「くろいゆり、ちゃんで良いのか?」
「は……はい…………。 黒色の黒…に、井戸の井で…黒井……。 ゆり、は……由々しいの由に利益の利…です……」
「へぇ〜! 可愛い名前じゃん!」
「ヒッ…! そ、そんな……可愛くなんか…ない……です………」
「そうかな〜? 俺は好きだけどな〜」
「…………」
「…………」
数分の沈黙の後に、由利が振り絞ったように口を開く。
「すみません…………。 お……お世辞…とか……慣れて…なく……て……」
「……まあ、褒められる事に慣れてる奴なんて少数だし、むしろ、褒められるっていうのは悪い事じゃないんだから誇らしげに偉そうにしちゃえば良いんじゃないか?」
「誇らしげ……偉そう……」
「そうそう! 俺なんて、女の子のお尻追っかけていると相変わらずだな。って昔馴染みの女友達に言われるからな!エッヘン!」
「…………」
「…………」(あ、しまった……。 ついマノとのノリで話してしまった……)
「あ、あの……アルハ…さんは……。 お………女の子の……身体とか…に……興味が…あるん…ですか……?」
「えっ、いや、まあ、健全な男ならみんな興味あるだろうけど……」
健全な男なら見るからに未成年の子供相手にそんな発言はしない。
「…………」
(あれれ~? また気まずい雰囲気だぞ〜?)「と、とにかく! こんな所に由利ちゃんみたいな子がいたら家族が心配するだろうし、ここから出たほうが良いんじゃないかなー!なんて……」
「…………」
「……えっと、由利ちゃん?」
「はい……そう、ですね…………」
ギクシャクしてるが、とりあえずこの状況を打破するのが優先だ。
この少女、由利は故意に此処に来たわけではないようだし、俺は未代志遠とかいうクトゥルーの神を宿してるかもしれない奴を探さなきゃだし、マノは冷たかったしでやらなきゃいけない事が多すぎるZE!
「由利ちゃんはこの洞窟の構造ってわかる?」
「いえ……この辺りにずっと居ただけで、奥とかは行ったことないです」
「ふーん……そっか」
「すみません……お役に立てず…………」
「いや…無駄に動いて怪我するよりかはよっぽど良いと思う。 由利ちゃんは賢いね〜」
「そ…そんなことは……」
謙遜しながらも顔を少し赤らめている。 嬉しい時に否定的な反応をするのは子供らしくて可愛い。
「よぉーし! んじゃ、張り切って探検だー! えい!えい!ヨイショー!」
「え…えい、えい、よいしょ………」
こうして、ロリコンと黒井由利という少女は洞窟の出口を探索するのだった。




