霧に溺れた町 2
「飯島……瑠樹……」
「はい。
姉さんは生まれつき体が弱くて、体調を崩すのは勿論、眼球が壊死したり、臓器が破裂する事もありました。
風邪とかなら薬で解決出来ますけど、体の部位は薬じゃどうしようも無いじゃないですか。 なので、そういう時は僕の物を姉さんにあげていたんです」
璃空はさも当然のように自らの選択を嬉しそうに話していた。
「でも、転生しちゃったので僕はもう姉さんを幸せに出来ない……だから、大罪の悪魔の力が欲しかったんです。
その力で、僕がいない後の世界でも、姉さんが辛い思いをしないように……そう思ってたんですけど……」
瞼を閉じ、深いため息を溢す。
「バアルさんの言っていた事が嘘だったのはちょっと残念です。 姉さんの事、救えなくなっちゃいました」
「……」
「こうなったら、せめてあの悪い事をしている悪魔を懲らしめないとですね」
ベルフェゴールの事を……あのセーラー服の悪魔の事を指しているのだろう。 言うべきなのか? でも……。
「そう……だな……」
「? アルハさん……?」
「……璃空、お前本当に飯島瑠樹の……自分の姉さんの顔も声も覚えてないのか?」
「はい。 でも、覚えているかどうかは別にいいんです。
僕の願いは世界で唯一、僕を愛してくれた姉さんの幸せなので……。
だから、僕が何も覚えてなくとも、姉さんが僕の事を忘れてしまっても、幸せでいてくれればそれで良いかなって」
「…………」
璃空の屈託の無い笑顔に心が締め付けられた。
やっぱり、言うべきだ。
「璃空、あのな――――」
「あんらァ〜! リクちゅわ〜ん、気がついたのねェ〜!」
部屋の扉が勢いよく開かれる。
やって来たのは厚化粧に筋骨隆々な高い声の男、この酒場の店主だ。
「マスター! はい、もうすっかり元気になりました」
「そうなのぉ? アッちゃんから聞いたわよぉ〜大変だったわネ……」
出会って間もない相手をあだ名、更にちゃん呼びするオッサンはヤバい……あ、俺も出会って早々に下の名前で呼んだりしてたな。
「マスター、外の霧はもう晴れたのか?」
「いいエ、残念ながら今も絶賛真っ黒港町ヨ……」
部屋の小窓にかけられている布をめくり、璃空と一緒に外の様子を窺う。
「これは、酷いですね……」
「だな。 濃度でいえば、夜よりも濃いんじゃないのか?」
二人で確認できる範囲の町並みを見ていると、「あ、そうそう!」と思い出したようにマスターが口を開いた。
「あのネ、なんか今朝から町の中心地で変わった服装の女の子が暴れているらしいのよォ〜怖いわァ〜……」
「変わった服装……。
おい、マスター。 それって全体的に暗めで胸元に赤いリボンを着けた女じゃないのか?」
「そうそう! そんな感じで膝ぐらいまでのスカートの女の子ヨ!」
「「!!」」
俺と璃空は顔を見合わせる。
「璃空、行けるか?」
「はい。大丈夫です!」
布団から飛び上がり、上着を羽織る璃空。
「あッ、ちょっと……」
オカマスターの心配をよそに、ベルフェゴールの元へ向かう事にした俺と璃空。
「あ……アルハさん……!」
二階の廊下を通る中、物音に気付いた由利が隣の部屋から扉を開ける。
「ど、どこに行くの……?」
「ちょっと悪さしてる奴をお仕置きしてくる。 留守番頼んでもいいか?」
「う、うん……。 何かあったら……えっと……がんばる、から!」
「おう、期待してるぞ」
由利の軽く頭を撫で、俺と璃空は町の中心地へと急いだ。
「行ってらっしゃい、アルハさん……」
由利は触れられた部分に自分の手を重ね、その暖かさを留意した。




