霧夜事変 4
「…………」
「私が殺しましたけど……それがどうかしました?」
バアルからは罪の意識は感じられなかった。
「アモちゃんは……アタシみたいに寝返ったわけじゃないんですよ……。
最後までアザトゥスに利用されたのに、死んだ後まで苦しめる理由なんて……」
「だーかーら、死んでないですよっ!
言ったはずですよぉ? 隔離した空間に閉じ込めて、数分の時間を繰り返しながら殺され続けてるって。
なので、アスモデウス様は殺されてはいますが、死んではいないんですっ!
もっとも? 記憶を受け継ぐようにしちゃったので、今更助けに行ってもたぶん廃人化してるんじゃないですかねぇ」
「!……」
青の魔宝石で上昇した敏捷性を活かし、瞬きをする間でバアルの額の中心に槍を突き立てる距離まで詰める。
「……脳を破壊できるチャンスでしたよぉ?」
「破壊するもしないもアナタの回答次第です。
アモちゃんはどこですか!?」
「私という脅威になり得る相手の殺害よりも、もう救えない旧友の身を案じるんですか……」
「答える気は無いみたいですね」
「はいっ! むしろ……」
「っ!」
ぐいぐいと槍の先に額を押し付けるバアル。
「何を……」
「何って……こうしたいんですよねぇ?」
眉間から流れた血が鼻と目の間を伝って地面へと垂れ落ちていく。
「っ……」
「もしかしてぇ……殺す気も無いのに武器を構えてたんですかぁ?」
「……」
「あはっ☆ やっぱりそうなんだぁ……。
ダメですよぉ? ちゃ〜んと殺すつもりでいないと……だ~いすきなアモちゃんみたいな思いをする人が増えちゃうかも……」
「!……聖奥解――――」
「喋るな」
「ッ!?」
喉の奥に異物を詰め込まれたように言葉が出せなくなるマノ。
視線は目の前にいるバアルから逸れず。否、逸らせずにいる。
「ふふふ……驚きましたかぁ?」
「…………」(何……この目……)
バアルの眼球、赤い瞳孔や角膜の外側の結膜部分、本来なら白いはずの結膜は黒くなっている。
「この目、今の私が生まれもって得た性質なんですよぉ……。 アザトゥス様やベリさん以外だと貴女が初めてです」
「……」
「……おや? マノさ〜ん?聞こえてますぅ?
…………あっ! もう、喋っていいですよっ!」
「っ……! は……ッぁ……!」
喉の奥の違和感は失せ、息が一気に溢れ出す。
「はぁ……はぁ……はぁ……」
「そんなに苦しかったですか? これでも、戒律違反にならない程度の力加減だったんですけどぉ……」
後ろで手を組みながら、マノヘ背を向けるバアル。
「戒律……違反……。
アナタは……まさか…………」
「流石に今、天上の神様達に動かれちゃうと、アザトゥス様の復活に支障をきたすので加減はしますよっ! でも、あまり邪魔はしないでくださいねぇ?
それじゃ、アッチにいる追加要員の事も気になるし、時間稼ぎの出来たバアルちゃんは一時撤退するのでしたぁ! バイバイです!」
「……………………ッ」
笑顔で別れの挨拶をし、霧の向こうへと消えていったバアル。
緊張が解け、その場に膝から崩れ落ちたマノ。 小刻みに震える体は、バアルの眼差しによるものだと容易に理解できていた。 だが……。
「は……ッ!は……ッ!は……ッ!」(震えが……止まらない……。
どうしてこうなってるかも、こんな所で怯えてちゃいけないのも分かっているのに…………)
意識があるだけで、別の事を考えようとするだけで、脳裏には赤と黒の眼球が映し出され、そのたびに震えて身動きが取れなくなっていた。




