路地裏の神隠し 4
「俺と同じ世界だと……」
「? なんの話をしているの」
(っ……。 ベルフェゴールのやつ、記憶に無い……いや、アザトゥスにでも消されたか)「この際どっちでもいい……聖奥解放!」
「!……」
左手を天に掲げ、右掌をベルフェゴールへと見せるアルハ。
「ラドジェルブ」
空に昇る三日月から得た光から浄化の聖奥を放つ。
「くっ……!
…………。
…………? 何よ……全然効かないじゃない!」
「だろうな。
これは心の穢れた奴にしか効果の無い聖奥。 元々、悪党じゃなかった奴には通じない」(もっとも、眷属に人間を喰わせて悪党じゃないってのも気に入らないが)
「私が善人だって言いたいの?」
「な訳ねーだろ、人殺しの分際でお前を良いやつ認定したら、今まで殺されたガキが可哀想だろうが」
「……どう言われようが、私は私の願いを叶えるためにフェニックスに子供を与えているの。 止めたければさっきみたいな見せかけの技じゃなく、本気で殺すつもりで来なさいよ」
「わお……まあまあ可愛い顔してるから手加減してたのに……。 じゃ、本気でやってるか……な、志遠!
…………志遠?」
「………………」
アルハの呼びかけに一切反応を示さない志遠。
「おーい、どうしたんだー?」
「…………」
「早くしないとアイツが逃げ……る…………」
街灯の上へと視線を再度向けると、そこにベルフェゴールはもういなかった。
「逃げられちゃった……」
「アドザム」
「ん?」
「俺とあのベルフェゴールは知り合いだったのか……?」
「さあな? 俺が知っているのは六大世界や近代世界といった、創造神アフラ・マズダ・スプリウムが創り出した枠内の世界だけ。 別枠の世界の事は知ーらにゃいっ」
「……そうか」
「ただ、一つ言えるのは、人間だった時もあるが、この世界に迷い込むタイミングでは、もう人間じゃなかった可能性が高いって事だな」
「何故、そう言い切れる」
「別枠からの転移ってのは、普通の新たな人生を始める転生や神様の悪戯的な転移と違って、誰かの悪意による結果だ。
そして、その悪意は普通の人間では魂の維持が出来ず、消滅する。
維持したまま枠転移を行えるのは世界主の人間か人間より上位の存在……すなわち神や天使だけなんだよ」
「世界主? 次々と新しい言葉が出てくるな……」
「世界主……ワールドマスターとも呼ばれる存在、物語における主人公的なポジションの事な。
お前や俺が前に戦った久導星明って奴、それにさっきの酒場の飯島璃空っていうメイドくんもワールドマスターだ。
でも、さっきのベルフェゴールからは世界主としての雰囲気を感じなかった。
だから、人間じゃない可能性が高いって思ったんだよ」
「…………」
ここまでの話を聞いた志遠は少し考えると、路地の奥へと歩みだす。
「どこ行くんだ?」
「さっきの悪魔を探す」
「やめとけ、アイツが持ってる支配者の権能がなんなのかも分からないし、夜じゃ俺達の方が不利だ。
さっきのガキの事もあるし、自警団に神隠しの正体を説明してから宿に戻った方が良い」
「…………分かった」
「そんな落ち込むなって! ベルフェゴールの目的はまだ分かんねーけど、何をするか分かっているなら対処ぐらいは出来る。な?」
「っ……」
アルハの言葉に首を縦に振る志遠。
こうして二人は後味が悪いながらも、町の自警団に神隠しの真実を伝えた後、宿へと戻るのだった。
⬛⬛⬛⬛⬛⬛⬛
それはアルハ達二人が路地裏を後にし、宿へと帰るまでの出来事だった。
「仕込みの材料はこれでよし!
あとはなんだ……っけ……?」
たまたまその路地裏を中性的な顔立ちの少年が通りかかる。
「くっせぇなぁ……」
「これ全部、悪魔の眷属が人間を喰い散らかした時に残った肉片が腐った臭いらしいですよ」
「マジかよ……うわっ……」
先輩であろう人相の悪い中年の自警団の男は人の体の残骸を目にし訝しげる。
「噂をすれば……ですね」
後輩であろう自警団の若い男が残骸に手を合わせ、つられて先輩の自警団の男も苦い顔をしながらも手を合わせる。
「あの、すみません……」
その光景を目にした少年は少し気になってしまったのか、自警団の方へと接近し、声をかける。
「ああ、申し訳ないですけど、今、このあたりは一般の方は……って、リクくん!」
「お、リクじゃねぇか! 買い物の帰りか?」
「はい。 それで、何かあったんですか?」
「おお、それがな……。
最近、噂になってた路地裏の神隠しってのがあっただろ?
あれがどうやら、この水明世界にやって来たっつうバケモノの仕業らしいってタレコミがあってな」
「……そう、なんですか」
「? リクくん、何か思い当たる事でもあるのかい?」
「あ、いえ! ちょっと怖いなぁ……って思っちゃって……」
「なあに、心配すんな!
この町の平和はオレ等がいりゃ問題ねぇよ! ガッハッハ」
「ここ数年、ロクに殴り合いもしなかった酔っぱらいの発言とは思えませんね?」
「うるせぇ! このッ!」
中年の自警団の男は後輩の肩に腕をまわし、もう片方の腕でグリグリと頭にゲンコツを入れる。
「痛っ! 痛いですよ先輩!」
「あはは! あんまり後輩イジメはしないであげてくださいね?」
「なあに、こんなのスキンシップみてぇなもんだ!」
「リクくん、パワパラ受けてるから助けて……?」
「らしいですよ?」
「おまっ……! 一昨日の酒代の恩を忘れたか!?」
「え、いや、それは……」
ニッコリ笑顔で誤魔化す若い自警団の男。
「ふふ……。 じゃあ、僕、仕込みの準備があるんで失礼しますね」
「おうよ! マスターにもヨロシク言っといてくれよ!」
中年の自警団の男の言葉に手を振り、その場を去る。
楽しい会話で気分の良くなった璃空は笑顔で帰路につくのだった。
(自警団がもう気付くだなんて……。
ベルフェゴールの権能を鑑みると、そんな簡単に正体が知られるなんてありえない。
だとすると、昨日やって来たあの二人組が……)
「今はまだ、他の人に邪魔されるわけにはいかない」
その内に秘めた思いを隠すように……。




