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罪に願いを 新世界の先駆者  作者: 綾司木あや寧
四章 魔剣使徒編
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嫉妬の魔獣 7

「イオっっ!!」

「イオちゃん!」


 イオから少し遅れキッチンへとやって来たガイムとレヴィ。

 しかし、先に向かっていたはずのイオは忽然と姿を消していた。


「ふざけてないで出てこいよ! イオ!」

「ガイム」

「っ!」


 乱れていたガイムの情緒は、男の声ですぐさま落ち着きを取り戻す。


「団…長……?」

「数日ぶりだな」

「レヴィさん!」

「マノちゃん…!」

「具合は悪くないですか?ケガは平気ですか?」

「うん! でも……」

「………………」


 落ち着きを取り戻したガイムは、イオを守れなかった事から焦燥感に駆られていた。


「……ガイム、順を追って説明してくれ」

「僕とそこにいるレヴィさんは、お嬢さ…マノさんが犬の魔獣を追っかけている最中にレヴィさんの傷の手当てをしてました」

「傷の手当て? ……そうか、ここに封印していたあの魔獣に襲われたのか」

「はい。 それで、なんやかんやあって逃げ出した魔獣をマノさんが追ってる間にレヴィさんの傷の手当てをしてたらイオがやって来たんです。

 それで、そのすぐ後にリバイアサンの魔力を近くから感じて、イオが一人で先にキッチンに向かったと思ったらいなくなってて……」

「キッチンって出入り口は一か所だけですよね?」

「はい……」


 一通り聞いたエナは話の輪から外れ、シンクを観察すると、、、


「……そうか」

「「??」」


 マノ達を置き去り、納得したような笑みを浮かべる。


「団長、何か分かったんですか?」

「すぐ戻る」

「? エナさん?すぐ戻るって……」


 ぽちゃん…と、雫が水溜りに落ちる音。


「「!?!?」」


 その瞬間、エナは吸い込まれるようにシンクの中へと……。

 否、シンクの中に置かれていた水を貯めた鍋の中へと吸い込まれていった。


「エナさん!」

「団長!」

「…………」



 ブクブクと息が溢れていく音が聞こえてくる。

 急な現象に一驚したエナは無意識のうちに伏せていた瞼を開いた。


「っ…………!」


 そこは視認できる限りの全てが水だった。

 どういう理屈かは分からないが、エナは鍋の水に触れた直後、別の空間へと転移していたのだ。


(アクベル)


 エナは体の周囲に水や気圧を反射し、そこに存在する空気だけを循環させる魔法を使用する。


(少しだけ口に入った水には塩気があった。 するとここは海か?

 そしてこの水の中の空間を自在に操る能力には心当たりがある…)


「ゴババボバァ!!」

「っ!」


 考察するエナの正面に突如として現れる人影。


「し゛ぬ゛っ゛!゛し゛ん゛し゛ゃ゛う゛!゛」

「…………。 アクベル」


 踊り狂うマノに自分が使用した魔法を使う。


「あばばばば………あれ?」

「正常に呼吸が取れてるか?」

「はい……何をしたんですか?」

「水中で呼吸をするために編み出した魔法を使っただけで」

「おおーーっ!! ピンポイントだけどすごい便利な魔法ですね! アタシも覚えようかな……」

「そんな事より、なぜ勝手に来た? すぐ戻ると言ったはずだが?」

「相手が何人いるかも分からないのに一人で行くのは良くないと思ったからです!」

「…………」


 フフン…!という誇らしげなマノの表情に頭を抱えるエナ。


「それに、これも返さないとですし」

「もう平気なのか」

「はい! ルイさんからの腕輪には自己再生能力効果を持つ魔宝石もあって、結構すぐに回復しちゃいました! えへへ…」

「そうか。 ん……?」


 エナは受け取ったレーバテインの刀身を見た途端にシワを寄せた。


「あ、ちなみに二人も少し遅れて来ると思いますよ! さっき…」

「いや、あの二人はここには来られない」

「えっ……」

「今しがた、付近から感じられたガイムの魔力が、遠方へと離れていった。

 これは、時空の歪みが修正され、あの鍋の水と、この海域との繋がりが完全に失くなった事を意味する」

「そんな……」(って、この人、この世界で魔力感知出来るのぉ!?)

「仮に、吸い込まれている最中に繋がりが断たれていた場合は、その途中の水辺に弾き出されているだろうな」

「その通り」

「「っ――!」」


 二人の会話に割って入る人物。


「流石ね、エナ」

「アリア……なのか?」

「アリア…さん?」


 視線の先には、桃色の髪に緑を帯びた瞳をした端正な顔立ちの女性。

 しかし、その(たお)やかな姿とは裏腹に彼女が右手に持っていた剣からは禍々しさを感じられる。


「始めまして、強欲の悪魔さん。

 ニルプス王国騎士団副団長、アリア・フィジュカと申します」

「あ、ご丁寧にどうも……」(うわぁ……この人も顔が良い…)

「おい、偽物。 お前が連れ去った茶髪の女剣士は何処だ」

「へっ?偽物!?」

「まあ…失礼な事を言うのね、エナ」


 アリアは穏やかな口調だったが、エナは確信を持って彼女が本人でないと見抜いていた。


「偽物、良い事を教えてやる。 アリアは左利きだ」

「左利き……あ」

「……」


 そう、二人と相対していたアリアが得物を手にしていたのは右手だった。


「こんな事でバレちゃうなんて……幼なじみは伊達じゃないって事かな?」


 グジュグジュとアリアの身体がぼやけ、その中から人魚が姿を現す。


「対象、二名」

「マノ、腕輪の武装をしろ」

「はいっ!」

「エナ、危険度、高」

「水中戦では俺たち二人でも劣勢を強いられる筈だ、用心しろ」

「はい。 でも、エナさんの事を手強いとか思ってるみたいですし、これなら勝てるん…」

「マノ、危険度、ゼロ」

「…………」

「前回の戦闘を踏まえての考えなのだろう。 気にするな」

「そうかもですけど……なんか解せない!」


 人魚が構える。


「来るぞ! 用心して――!」


 スッ…と、迫る影。

 臨戦態勢に入るよりも先に人魚の姿は二人の後ろにあった。


 辛うじて目で追えたマノが背後へと振り向く。


「……!」


 手前には腹からの出血を止めようと手を当てるエナ、奥にはクチャクチャという咀嚼音を鳴らす人魚。


「っ……」

「エナさん!!」


 見ると、風穴のようにポッカリと空けられたエナの腹部は人魚が喰らっていた。


「成分、把握、変身」


 人魚の姿がぼやける。

 人間の上半身、魚の下半身で全体が鱗で覆われていたその幻獣は、再び変身をする。


「ふぅん……人の姿である割には、なかなか強い肉体だな。

 アリアとかいう女は髪の毛を一本喰っただけだったから戦闘を行える程ではなかった。

 ……ほう。それに、この魔法は知らんかったぞ、人間」


 エナの姿へと変身した人魚は、そこまで言うと身体を抱き締めるようにして、、、


「アクベル」


 自らに魔法を唱える。

 人魚は体に膜が張られると、大きく深呼吸をした。


「さあ、武器を構えろ、あの悪魔の同胞(はらから)よ」

「っ……」(あの悪魔? リバイアサンのこと?)

「マノ……逃げるぞ……」

「で、でも……」

「ヤツはこちらの容姿だけでなく能力すら模倣出来る……君では勝算が――」

「逃すとでも?」

「!?」


 高速でエナへと接近し掴みかかる人魚。


「グングニル!」


 バシュッ!! 迸る閃光が紺色の水を一瞬だけ空色に染め上げた。


「っ…!」


 エナへと触れかけていた人魚の手は怯み、マノの放ったグングニル(偽)により吹き飛ばされる。


「素晴らしい威力だ。 猫、犬、蛇の力がヤツに戻った今、勝利するにはもう一手と思っていたが……。

 お前の身体を全て平らげるというのも手だな、強欲の悪魔」

「っ……!」


 人魚の言葉に身構えるマノ。


(人魚の戦闘能力はちゃんと戦ってないからよく分からないけど、エナさんが撤退命令を出すぐらいだから相当強くなっている……と思う。

 サファイアの力を最大限発揮しても、水中じゃあの動きより速くは動けない。

 一体、どうすれば……)

ご覧いただきありがとうございます。

次回は9月24日18時に投稿予定です。

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