第15章 ③ 神と人
第15章 ③ 神と人
昔、この星には至る所に神がいた。始まりの大地から散らばった神々は、それぞれの土地で人々を見守っていた。
それは神話の世界において、この日本列島が作られて様々な神が生まれる以前からのことであった。
それらの神は新たに生まれた神と同一視されていくと、その存在は薄れていく一方だった。
ある時、日本列島に異なる文化の神が押し寄せてきた。
その神は民衆の心を掴み、それを信じるものは救われると言った。
しかし、古来から神は救いを与えるのではなく、ただそこに存在することで、人に試練を与え、人に恵みを与えていたのだ。
異なる文化の神は民衆に奇跡を見せた。民衆はその奇跡に縋りつき、多くの民衆が日本古来の神々への信仰心を忘れた。
それに危機感を抱いたのは神だけではなかった、そこに住む人もまた、新たなる文化の神に対する猜疑心、そして自らの信仰心が揺らぐことを恐れた。
一部の人達は神に提案した、他の文化の神に出来て、我々の神にできぬ道理はない。
どうか我々の力を持って奇跡を起こしてくれないか?と。すると神は言った、奇跡を起こすには穢れなき清らかな魂から発する、強い思いが必要だと。
それを聞いた人々は神に対して穢れなき、清らかな魂を持つ者を選抜し献上することで、ツトメを果たすことを約束した。
神は自らの力の源泉を人の魂、思いに求めることで、強大な力を得た。強大な力を得た神は、奇跡を起こし、異なる文化の神を抑えつけることに成功した。
しかしその結果、奇跡を望む人々は後を絶たず、神はその願いを叶え続ける他なかった。
始まりの大地からやって来た神々はこの状態を嘆いていた。その神々は新たなる土地を求めて北を目指し、この土地を捨てた。
残った神々は人の魂、思いを集めては自らの力とし、ヤマトの土地を奇跡によって守り続け、その恩恵を受けながら、人々は暮らした。
「このお話は、古事記や日本書記とは全く異なる世界観で書かれていますし、しかもヌイヤらしき文化圏の存在を暗示しています。また口伝によるもので、信憑性は難しいですが、何か聞き覚えがある言葉が入っていませんでした?」
「ツトメ‥ですかね。これはやっぱり奇跡を起こす。願望の成就がツトメの原型になってるわけですか?」
「おそらくは。この話の真偽は不明ですが、本当のお話をモチーフに作られたお話。ではないか?という考えが私にはしっくりときますね。」
「それが正しいとするなら、神々はそのツトメの結果得られたその魂から発する思いを霊力の根源としているわけですか?今も?」
「ええ。そう考えるのが妥当です。ツトメは日食に対応して行われています。それは神術の発動に都合が良いのもあると思いますが、そもそも一回のツトメではいずれ燃料切れを起こすため、一定周期ごとに設定されているのかと。」
「つまり、ツトメは神々の霊力補給のために行われてるってことですか?」
「詳しくはわかりませんが、少なくとも、単に魂から霊力を集めても奇跡を起こし続けるには不十分だと言うことです。故に奇跡を起こすためにもツトメが必要、挑戦者はその人柱ではないかと。」
「人柱、つまり生贄なんですか?自分は?」
「ここからはわかりません。この話からは魂から発する強い思いが必要とあるだけで、命まで必要かどうか‥それは不明です。」
「その、それを知って人はどれくらいいるんですか?」
「極一部かと、普通の神職、神社関係者、多くの神々も知らないでしょう。神にしても自分の霊力の源泉がよくわからない人間だなんて、高位の存在であるにも関わらず不完全。なんて気持ち悪いですからね。」
「でも宮田さんみたいに知ってる人もいる。違いますか?」
「‥」
言葉に困った宮田さんは無言で地面に座り込み、座禅をする。しばらく無言が続いたが、宮田さんは意を決したかのか、話し始める。
「ふぅ。以前私が起こした交通事故の話、させて頂きましたよね?」
「ええ。まるで誰かに操られていたかのようだった。「血の贖い」の反動で三上のおばあちゃんが亡くなったって。」
「そうです。あれから、神の力に抗うにはどうすればよいのか、それを探してきました。そして、このヌイヤの神の存在を知った。そして、このヌプルの扱いも学びました。そうした最中、知ったのです、ツトメの存在を」
「先程の話を詳細に話す上で、私の先輩、あなたのお父さんのこと、虹一さんについてお話ししなくてはなりません。何故なら、ツトメの話の信憑性を高めたのは他ならぬ虹一さんだからです。」
「父さんが?父さんはただの会社員ですよ。出張が多い一人でしたけど、いつもスーツ姿で帰ってきてましたし。神社関係の仕事をしてたなんて一度も‥」
自分はそう言いかけて、宮田さんのタブレットを盗み見た記憶が蘇る。
あそこには確かに神職として活動する父さんの姿が写し出されていた。自分の知らない父さんがそこにはいた。




