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第15章 ① 神と人

第15章 ① 神と人


いつものように登校時の半分以下のスピードで、そよ風を感じながら自転車を漕いで下校していると、自分の横をゆっくりと並走し始める一台の黒塗りのクラウンに気が付く。


パワーウィンドウのサイドガラスが下がると、助手席には見覚えのある顔が見える。


「学校お疲れ様です。」


横目で確認した限り、話しかけてきたのは三上茂の秘書、宮田さんだ。


宮田さんは助手席の窓から少し顔を出すと、後ろを見て後続車を確認している。


「えっと、どうしてこんな風に話しかけているんですか?見ての通り下校途中ですけど。」


「申し訳ない。学校の前でお待ちしようかと思ったのですが、それも諸事情によりできず。加えて中森さんのお宅でお待ちすることもできないため、こういったかたちに。」


「あっ、そうですか。でも悪いんですけど、後ろの車にも迷惑なんで、どこかで話しませんか?」


車がすれ違うのは無理そうな一本道で三台の後続車両をお構い無しに低速運転する彼らにクラクションという名の不満が鳴り響く。(なんせ無理矢理追い抜こうとすれば、田んぼに浸からなくてはならない狭さなのだ。)


そもそもちゃんとした大人なんだから、もうちょっとマシなランデブー方法を思いつかなかったのかね?


これは宮田さんの割には失策だと思う。後続車の運転手の苛立ちに合わせてクラクションの回数も長さも増えている。


「そうですね。騒がしい後ろの車には後で、相当なお礼も必要そうですし。そしたら、この前お渡しした例のお札お持ちですよね?あのお札で入れる精神世界にて、お待ちしています。詳細はその時に。では、後ほど。」


そう言ってサイドガラスを上げると、車はスピードを上げて走り去っていく。これで後続車もこのイライラからやっと抜け出せるのかと思いきや、


「パン!」


と破裂音がしたかと思うと、スピードを上げるどころか、停止する。


驚いて振り返ると、前輪のタイヤがバーストしていた。まるで何か衝撃波でも加えられたかのような破裂の仕方に、自然の出来事ではないことは理解できた。


運転席から飛び出して前輪確認した運転手は頭を抱えては、クラクションを鳴らす後続車に頭を下げていた。これを見て、誰の仕業かはすぐに分かった。


大人げないぜ宮田さん…とても不運な運転手に合掌する。


とはいえ交通知識のない自分に出来ることはないだろう。


自分は誰かの代わりに心の中でお詫びを申し上げると、運転手をそのままにその場を離れる。自転車のギアはないので、心のギアと体のギアを上げて家路を急ぐ。


家に着くと、そのまま2階に上がり、着替えを済ます。とりあえず運動しそうな予感がしたので、ジャージ姿で向かうこととする。


ピューマをあしらったスポーツブランドのジャージに袖を通し、リュックに諸々の諸道具を詰め込む。


肝心の札はちゃんとクリアファイルで管理している。ファイルを開いて探すが、白い札に金粉が混ざる墨で書かれた「霊魂護所神威」の文字は目立つため、すぐに見つかる。ファイルから取り出すと、リュックを背負い、霊力を込める。次第に文字が猩々(しょうじょう)()に光ると、精神世界へと引き込まれていく。


意識が鮮明になり、目を開ける。引き込まれた先の世界は、辺りを灰色の塀で囲まれた中庭だった。


黄土色の土に、通り道を示す飛石が埋められている。目の前には建物への入口。建物の上部には木造の楼閣があり、周囲を見渡せそうな構造のようだ。


後ろには門があり、あそこから外に出れそうだが、果たしてあの外には精神世界が広がっているかは未知だ。


「どうです?質素そのものって感じでしょ?普通の神の精神世界とは大違いではありませんか?」


すると目の前の建物から出てきたのは、宮田さんだ。


「そうですね。確かに派手というよりは、地味ですね。どっかそこら辺の人の家みたいです。」


「フフッ。確かにその通り。ここは人間の世界とほとんど変わりないですからね、言われてみれば普通の民家と同じですね。ささ、とりあえず中へ入って。」


宮田は壁を叩いてその堅固さを意識させると、中へと誘導してくる。自分は言われるがままに、建物の内部へと入る。中は豪華な装飾もなく、壁の色も石の色そのままで、質素そのものを形どった椅子や机、暖炉もあるが、印象としてはやはり、石の部屋。と言ったところか。


「あの?ここはどこですか?」


「ここですか?あえてここに名付けるとすれば、ここはカムイの居付く場所とでも言うべきですかね。」


「カムイですか?」


「まあ、いわゆるヤマトの神とは異なる文化のところです。そこに無理矢理ヤマトの力でお札を作ったものですから、怒られた、怒られた。それでもそのおかげでこんなに早くここに来れるんだから、君たちには感謝して欲しいですけどね。」


「はぁ。なんかありがとうございます。そもそもあのお札って宮田さんが作ったんですか?」


「そうですよ。ヌイヤらしくヌイヤ語で。とか思ったんですが、無理でしたね。それで結局漢字ですから、文化圏無茶苦茶ですけど。」


改めて貰った札を見るが、宮田さんは字も相当な腕前だ。政治家にはお馴染みの為書きも、きっと宮田さんみたいな人が書いてるのだろう。自分は札をしまい、周囲を見回す。


パッと見ただけだが、この味気のない部屋以外にも奥には複数の部屋があり、どうやら外から見た楼閣に通ずる階段もある様だ。歩きながら奥の部屋を覗こうと考えていたところ、入口から1人の老婆が入ってくる。


「スネ アレ ヤン」


杖をついた老婆はそう言うと、杖から火花が飛び、暖炉に火がつく。


「イヤイライケレ」


宮田さんが老婆にそう言うと、無言で、老婆は捕らえた野鳥を縄で壁に掛ける。


「アペ・フチ・カムイ。日本語でもいいですか?」


宮田さんは椅子に腰掛けた老婆に話しかける。老婆は独特の幾何学模様の刺繍の入った民族衣装を着ており、頭にバンダナ、貝殻と銅板で組み合わされた首輪をかけている。


「ピリカ ワ」


「すいません、まだ苦手なもので。彼がこの前言っていた少年です。さあ、中森君、このお方はアペ・フチ・カムイ。火の神であらせられる。ご挨拶を。」


「えっと、はい。私は中森翔と申します。よろしくお願いします。」


「その坊やがヤマトのやつらがやる儀式のもう一つの駒かね?」

 

老婆がこちらを見ると、勝手に老婆の言葉が頭の中に流れてくる。あれ?そう言えば、口は動いていない。ということはまた脳内会話テレパシーですか。しかもそれが出来るということは、この方もただならぬ存在であることがこれだけでも分かる。


「まあ、そうです。この子の家も複雑ですけど。」


「複雑やない家のもんがここにくるわけない。そんで?ワシに何をしろと?」


「この前少年のように稽古場としてここを使わせてあげてほしいのと、護神術のコツを時間のある時に教えて頂けると助かるのですが。」


「そんならええ。じゃけんど、その首飾り、シリアムパカムイのもんか?そやったらあいつは怒るじゃろ。」


「アペフチカムイ、それなら問題ありません。子を心配する親なら、敵から身を守る手段を教えても、目くじらを立てたりしませんよ。」


「そうかぁ?まぁ、ええ。とりあえずヌプルの使用に関しては好きにせぇ。自然が決めることじゃ、ワシが決めることじゃねぇ。んでも、教えるのはあんたがやりぃ。ワシはあんたがやるんをみちょる。あんたの実力がどれほどになったか気になるしの。」


「わかりました。それなら見て頂き、何かありましたら適宜、ご指導願います。中森君、君は晴れてアペ・フチ・カムイの教え子だ。これで本当のヌプルの根源を知るよ。」




第15章 ①終わりです!


終わりなのですが、作者自身、第14章を引きずり、精神的にはカケル達と同じテンションには

なれません。

これはかなり辛い。

よって、この事実を知ったらカケルはどのように…

心配です。


次回は普通に続きです。お楽しみに!

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