第13章 ⑮ 触れられない心
第13章 ⑮ 触れられない心
「あっ、そっかあ!渚って普通はソッチだもんね。でもやっぱり、凪の方がいいよ。私が親なら間違いなくこっち派だな。漢字もこっちの方がいいじゃん!なんか全てを受け止める!っていう感じがいいよねぇ。」
勝手に名付け親の気持ちになって答えてるが、これが正解なのか?ふと正座してる彼女を見ると、エプロンをぐっと握りしめて、彼女は涙を溢していた。
「あら、あら。どうしたの?ごめん何か悪いこと言った?」
ヒカルが彼女の背中をさすると、彼女はヒカルの胸に飛び込み、声をあげて泣いた。こんな風に泣かれるのは初めてだし、ヒカルも自分も驚いたが、そこは経験が豊富なヒカル。何も言わずに彼女を優しく包み込み、受け止めていた。
しばらく彼女が落ち着くまで待つ。落ち着いてきたのを見計らってヒカルがタオルをよこすように視線で指示を送ってくる。
自分はそれを感じ取り、彼女にタオルを差し出す。彼女はタオルで涙を拭うと、彼女の方から話し出してくれた。
「すいません。こんないきなり泣かれて困りますよね。」
「大丈夫。いつも、友達とはこんな風だから。」
彼女の髪を優しく撫でるヒカルはまるで聖母マリアの様な神々しさ。有り難く神聖な存在に思える。
まったくさっきまでの食いしん坊万歳な彼女とは別人格というより、もはや別神格だ。
「そうなんですね。お友達が羨ましい。でも、本当にすいません。こんなお見苦しいところを。」
「いえ、大丈夫ですよ。もし邪魔なら、自分は外にいますよ?二人の方が話しやすいとかありますし。」
とりあえず気を利かせて、退散し、二人きりの方がセンスティブな話はしやすいと思う。
何せ男は邪魔な時はあるだろうし。
「いえ、そんな気にしないでください。大した話じゃないんです。その…実は亡くなった父が付けてくれたんです。この名前。」
「そうだったんだ。やっぱり素敵な名前だね。」
「ええ。父は仕事の多忙さと、母の病気もあって自ら命を断ちました。それでもこの名前は父が残してくれた大切な名前だから、そう思ってきたんです。」
タオルでまだ溢れ出る涙を抑える姿からは、父への憎しみなどは感じない。どうやら噂は噂にすぎず、誰かが面白半分に脚色したに過ぎないらしい。
「そっかあ。お父さん好きだった?」
ヒカルは優しく肩に触れて彼女の気持ちに寄り添う。
「ほんと、本当に好きでした。父は優しくて、時々ドジな所もあるけど、それも可愛くて。いつも困った時には助けてくれる大好きな父でした。」
「そっか、お父さん。いい人だったんだろうな。だってさ、こんな可愛い子のお父さんでしょ。絶対いい人じゃなきゃこんな子産まれないもん!」
ヒカルの言葉に少し笑顔を見せた彼女は、目を閉じて深呼吸して、息を整えている。
「はあ、すいません。少し呼吸が浅くなってしまいそうだったので。」
「いいの。いいの。私もさ、お父さん好きだから、何となくわかるかも。お父さん本当仕事人間
なのに、いっつも帰ってきたら、お母さんに、ヒカルは?って聞いてるの。第一声がいっつもそれ。普通「ただいま」でしょ?そんなお父さんいないよね。でもさ、いっつも気にかけてくれてんのわかるんだよね。それがやっぱり素直に嬉しい。だから私もお父さん好きなんだぁ。って。何か凄い恥ずかしいな。」
照れてるヒカルを見てるこっちもこそばゆい気持ちになる。二人を見ていると、やっぱり二人だけの空間にどこか置いてけぼりを食らった気分だ。
「私も本当に好きで、好きで、なのにどうして?どうして死んじゃったの?まだ、凪はここにいるのに。お父さんはいつでも助けてくれるって言ったのに。本当にどこにもいないの?っていつも探してました。」
「ホント、お父さん、何で死んじゃったんだろうね。こんな可愛い子残して死んじゃうなんて、私だったらお化けになって出てくるかも!」
「フフッ。本当、お化けでもいいから出てきて欲しい。まだ話し足りないこといっぱい、いっぱいあるんです。だからいつかお話できたらいいなって、いつも思います。何かすいません。本当に重い話しちゃって!こんな話するつもり全くなかったのに。」
「ぜんぜん気にすることないよ!私達はこれでも奉仕部なの。困ってる人がいたら助ける!それがウチらのモットーだから、何かあればすぐに飛んでくるよ!」
ヒカルのやつ、奉仕部なんて嘘を。そんな部活はうちの学校には無い。調べればすぐにわかる嘘だ。だがそこに但し書があるとすれば、
「権力者の孫に不可能はない、故に実現する可能性は高い。」とだけは言っておこう。
「奉仕部?その、ボランティアとかをやってるんですね。ありがとうございます。お気持ちだけで充分です。こんな話まで聞いて貰ってしまってなんだか申し訳ない。」
頭を下げる彼女は本当は辛いはずなのに、無理してる。それは鈍感な自分でもよくわかる。
しかし彼女にかけるべき言葉を紡ぎ出そうにも、自分の力では及ばない。そんなこともこの二人の関係をみて、突きつけられた様に思えた。
「いえいえ!それにさ、「民の声を聞くは一計の始まり!」っておじいちゃんがよく言うの。だから人の話を聞くのが始まりだから。これからも暇な時には連絡して。」
そう言って、スマホを取り出すヒカル。
「凄いお爺さんなんですね。何かの先生なんですか?」
「うーん。先生ってほどでもないけど、大勢の人の前でスピーチする仕事かな?」
いやむしろ大先生だろ。政治家三上茂が先生って呼ばれてないわけない。ヒカルの中でお爺さんの仕事はその程度の認識なのか?本当にこの家は謎だらけだ。
「あ、そうなんですね。でもこんな見知らぬ人と連絡先交換してもいいんですか?」
「え?見知らぬ人どころか、助けてくれて、ご飯を食べされてくれた恩人でしょ?連絡先くらい交換して当たり前だよ。」
そう言うと、ヒカルは彼女のスマホを見ながら、交換操作をする。
「はい。完了。ちなみにさ、チラッと見てしまったんだけど、友梨ちゃん推しなの?」
思わず、距離を取る彼女はどうやら見られて恥ずかしいらしい。にやけて迫り来るヒカルに負けて彼女は白状する。
「いえ、そのぉ。はい。」
「なんだ!推しメン同じ!友梨ちゃんのセンター曲聴いた?めっちゃよくない?」
「そ、そうなんですか!本当に、めっちゃダンスもかっこよくて、MVとかも何回もリピートしちゃって。」
「わかる。友梨ちゃんのセンターいいわぁ。でも2番からメインに出てくるミヤビンゴも可愛いんだわ。」
「え!わかります!雅さん可愛い。しかも昔はほんとダンス苦手って言ってたのに、みんなより努力して、努力して。あんなにしっかり踊ってるの見て私とか感動しちゃって。」




