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第13章 ⑬ 触れられない心

第13章 ⑬ 触れられない心



「いえ!そんな!そこまですることじゃ。久しぶりに人と話したい気分にだったので。むしろこっちが感謝してるくらいです。」


包丁で小気味良く食材を切る音と、換気扇の音が彼女の揺れ動く感情をかき消していく。


「あの。ちなみになんですが、相田さんは中学何年ですか?」


「え?私は一応2年ですけど。」


「え!ホントですか!自分達も2年です!偶然ですね!」


「そうでしたか!」


まずい、早速会話のネタ切れだ。いきなり家族問題に突っ込む訳にはいかず。かと言って学校ネタはNGだろうし、趣味でも聞くか?


いやいや、ありえない。趣味なんて聞いてどうする。口説きにきてんのかと思われてしまう。


悩んだ末に出た質問が—


「えっとそのぉ、ちなみに何を作られてるんです?」


結局そのくらいしか思いつかないというアイデア不足。語彙不足。コミュニケーション能力の低さを露呈した。


「ああ、えっと、長ネギと鶏肉の鍋です。他に水菜とえのきも、入れてますけど。長ネギは貰ったので。」


「めっちゃ美味しそうですね!」


「そうですか?鍋は食材を切って入れるだけなので比較的簡単でいいんです。その分味付けがポイントになりますけどね。それにどうしたって二人分くらいは作ってしまうので、日曜日は作らないんですけど、今日はお二人が来てるから特別ですね!」


愛想笑いと、心からの笑顔がないまぜになってほんの少しのぎこちなさを感じた。


彼女は黙々と食材を鍋に入れると、煮えるのを待つ。鍋を見つめる彼女はどこか寂しさと悲しさを背負いこんだまま、どこか遠くへ行ってしまいそうな気がしてならかった。


そんな彼女をこのままにしてはいけない。そんな感覚が自分の胸の鼓動に響いていた。


「できましたよ?食べないですか?」


意識を飛ばしていた合間にも彼女は料理を座卓に運び、取り分けていてくれたようだ。


「あ!すいません。考え事してたらつい。美味しそうですね!頂きます!」


鍋置きの上に乗せられた鍋からは、湯気が上がっており、その湯気と共に食材達の香りを乗せて運んでくる。お皿に取り分けられた食材達も早く食べろと急かしてくる。


自分は有り難く手を合わせて、一口頂く。


「美味しい。美味しいですよ!これ!」


久しぶりの食事もあって食が進む。あまりがっついて、卑しい奴と思われるのも嫌だが、それでも箸が進む。


「ホントですか!それはよかった。お口にあってよかったです。」


横目で見る彼女の嬉しそうな顔に、テーブルの下で小さくガッツポーズをしていたのが、この人の性格を表している様に思えた。自分も夢中になって食べていると、眠り姫が美味しそうな香りにつられて起きてくる。


「ふぁーあ。なんかいい匂いがするな。私の分ある?」


起きて第一声がそれなのか。ヒカルよ。食い意地張りすぎだろ。自分も大概だが。


「あれ。起きたんですね。おはようございます。」


そんなヒカルにも丁寧な彼女はきっといい家族に恵まれるだろうと確信する。


「ふぁあ、おはぁようございます。」


寝ぼけ半分のヒカルはまだ状況が掴めていない様に感じる。


「おい、ヒカル大丈夫か?あんまり無理すんなよ?」


介抱する振りをしてヒカルの耳元で囁く。


「今、相田さんの家に入れたから、適当に話合わせて。大丈夫だったら、肩叩いて。」


「あ、えっとふぁい。」


そう言ってヒカルは肩を叩いてくる。


それを確認して自分はヒカルに何となくの流れを理解される試みを実行する。


「ホントすいません。家の前に勝手に倒れていたのに、こんな料理までご馳走になってしまって。」


「いえ!本当に気にしないでください。彼女さんもどうぞ召し上がってください。」


彼女は鍋からお皿に取り分けると、ヒカルの前に差し出す。


ヒカルは彼女の「彼女さんも」がだいぶ引っかかる様でポカンとしつつも目の前の料理には罪はないと、手を合わせ頂く。


「あ。何かすいません。頂きます。」


一口食べ、二口食べた頃にはヒカルも目を見開き笑顔の花が咲く。


「ウマ!何ですか!これ!めっちゃ美味しい!」


「本当ですか!お二人ともそう言って頂けて嬉しいです。」


「いや、本当に本当美味しい。おかわり頂けますか?」


「あ…はい!どうぞ。」


あまりの速さに驚く彼女だが。その速さは尋常ではない。人の食事か?あの数秒の合間にどこに料理が消えたのか。もはやその光景はマジックショーのそれだ。


しばらくわんこそばの様な光景が続き、遂には鍋を空にしてしまった。


「ふぉー。食べた食べた。しかしもうちょい、いけるな。」


ヒカルの食べた量から推察するに、おそらく三人前のうち、2人前くらいは軽く食べてる。


すなわち自分と彼女はほとんど食べずに終わってしまった。しかし、それでもそんなヒカルを見ながら彼女は嬉しそうに笑った。



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