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第13章 ⑪ 触れられない心

第13章 ⑪ 触れられない心


面倒ではあるが、フガフガしてる状態のマルを押さえ付けて、目的地を待った。

30分もしないうちに目的地に着く。


「着きましたよ。言われた住所はここら辺ですが。」


「ありがとうございます。助かりました。また、ちょっと待ってもらえますか?長くなりそうならそのまま今日は終わりでいいので。」


「わかりました。それでは電話の方お待ちしてます。」


そう言って降車した自分達に挨拶する運転手さんにお礼を言い、ついに相田凪さんの家の前に到着する。


まずやることと言えば、マルの煎餅問題だ。


彼の口に入った煎餅を割ってやると、何とか外すことができた。だが、流石にこれを食べる気にはなれない。

唾液の付着した割った煎餅をどうしようかと悩んでいると、ヒカルが煎餅を取り上げて半分を食べると、もう半分を自分の口に無理やり押し込んできた。自分はむせ返しながらも食べることに成功する。


「ゴホッ、ゴホ、ッホ。いきなり押し込むなよ。呼吸困難になったらどうする!」


「もう。ジジイみたいなこと言わない!早いとこ食べないとしけちゃうからね。迷ったらゴー!よ!」


煎餅を食べるのにいきなり押し込むのはジジイかどうかは関係ない。気道を塞ぐ可能性があれば同じことだ。


ヒカルの暴挙はさておきながら、付近を窺う。見るに辺りは一軒家やアパートなどがある住宅街で、特に周りに特質な建物もない。


本丸のコーポサテライトは2階建のアパートだが、外壁は薄茶色で、屋根は黒。全体として修繕を繰り返しているからか、新しい所と古い所で斑模様になっているのが見てとれる。


一階にある朱色の郵便ボックスも雑なペンキの塗装からもわかるようにお手製感が満載の代物だ。


屋根のないむき出しの鉄の階段を上ると、段を踏みしめるたびにギィギィと悲鳴をあげている。おそらくこの錆びついた階段には重量制限表示が必要だ。


「あのさ。ここって本当に人住んでる?こんなに危なっかしい階段見たことないんだけど。」


錆びついた階段の手摺りに触れたくないのか、こちらの袖口を掴んでくる。おそらくヒカルの世界ではこのレベルの建物を住居とは呼ばないのだろう。


当然のことだ、彼女はリアル貧困生活など知らないお嬢様なのだから。

階段を上り切ると、通路には箒やら段ボールやら植木鉢やら色々と住居者の荷物が置かれている。


見るに部屋はワンフロアに4部屋らしい。荷物を避けて進むと、宮田さんが立ち止まる。


「お嬢様。こちらですね。204号室、角部屋とは案外いい所ですね。」


どうやら宮田さんは手元のタブレットの情報との間違いがないかを確認しているようだ。


「ありがとう。サマエル。では押しますよ。」


ヒカルがチャイムを鳴らそうとするのをまず、止める。


「ちょ、ちょっと待って。一回確認していい?」


「もう!今更何よ!」


「いや、自分達って何者?」


「え?何者って。私達は私達でしょ。それ以上でもそれ以下でもないわ。」


「いや、だからそうじゃなくって、設定は?同級生とか、それこそ行政の人とか。いっぱいあるじゃん?」


「あー。それね。それならうちは転校生で、学級委員長。そして君は助手。で、サマエルはどうしよっか?」


腕組みをするヒカルに宮田さんはすぐに解を示す。


「私は民生委員としましょう。あとで一番買収しやすいので。」


なんて人だ、この人。民生委員を選んだ理由が買収しやすいからってどんな理由だよ。


「ならそれで!どう?これで満足?ショーミー。」


「ああ。いいけど。そのコードネームも無しで。普通の名前でいいだろ。」


「えー。それなら偽名作ろうよ。私は桜井薫。で、宮下と草薙。」


勝手に芸人みたいに命名されても困るんだが。


そしてなんで自分が草薙なんだ!いや、宮下でもどっちでもいいか!そんなこと!


「わかりました。桜井さん。ではその手筈で。」


「いや、それはダメだろ。やっぱり偽名はダメだ。」


「何?そんなケチつけて時間稼ぎ?もういいから押しちゃうからね!」


ヒカルは迷わずチャイムを鳴らす。

しかし中から反応はない。試しに扉をノックしてみる。それでも反応はない。


気を利かし宮田さんが声をかける。


「あの。私民生委員の宮下と言います。地域での問題や、ご家庭内での不安なことがないか聞いてまわってます。よかったら集会への参加やお電話してくださいね。」


さすが政治家の秘書だ。それっぽいどころか、そのまんまだと思う。しかもいつ作ったのか、チラシまで投函する。


「ダメですね。留守のようです。これでは無駄足です。私はハイヤーを呼び戻してきますから少しお待ちを。」


「いや!私ここで出待ちする!絶対彼女はここに帰ってくるんだから、ここで待つ!」


「お嬢様‥いくらなんでもそれは。」


「大丈夫。最悪明日は学校を休めばいい!ここで待つ!」


頑として譲らないヒカルに宮田さんも困惑の表情を浮かべてどうしたものかと頭を抱えている。


「じゃあ自分も待ちます。ここで会えないと意味ないし。このプリントを投函しただけでは一向に会えない気がする。ここで粘るのは賛成です。」


柄にもないが、ここはヒカルと同調する。


恐らく大人達はこんな風に繰り返しているだけで、何も進展して来なかったんだろう。


それなら自分達が仕掛けていかないと、扉は開かない気がしたのだ。


「はぁ。お二人とも。今日は帰る予定です。ホテルもありません。だから帰りましょう。」


そう言われても全く動く気配のないヒカル。そしてそれに負けじと圧をかける宮田さん。


恐るべき圧のかけあいで、見えないビームが飛びあってるんじゃないかと、錯覚するほどだ。


しかしいよいよヒカルの気合いに根負けした宮田さんは負けを認めて、タブレットを渡してくる。


「はぁ。もう仕方ありませんね。お二人とも、この近くに稲荷神社の祠があります。この先100mも行かないところにありますから、お二人ならそこからすぐに帰って来れますよね?タブレットには他にもその他諸々の情報も入れておきましたから、使ってください。」


「ありがとう宮田さん。おじいちゃんとかには‥」


「わかってます。代わりに謝罪を。中森さんは?ご家族に連絡は?」


「あ、大丈夫です。ご心配いただきありがとうございます。」


「いえ、では黒猫の神使。お二人を任せます。私は狐達の力はお借り出来ないので、普通に帰宅するしかないのでね。」


「ああ。問題ない。それにヒカルには狼もいる。」


「そうですね。それが一番の安心材料かもしれません。では。」


若干の悔しさを残した顔でアパートを後にした宮田さんは階段を降りて、路地に消えて行ってしまった。


宮田さんを見送った自分達は扉の前に座り込む。


リュックには念のために入れておいたサバイバルシートがあったがまさか役に立つとは。


サバイバルシートはヒカルに巻いて冷えないようにし、自分はカイロを手に暖を取る。


そしてあとはひたすらに家の居住者の帰宅を待つ。(この間他の住人に遭遇するも、見た感じのヤバさから、皆一様にスルーしてくれた。)


夕方になり、辺りが暗くなるといよいよ寒くなる。手土産に持ってきた煎餅を齧りつきながら、空腹を満たしているとマルが、毒づく。


「はぁ。まったく。ようやくあれが消えてもこれか。こんなところで出待ちなんてどこのストーカーだよ。時代は令和だぞ。」


マルは愚痴ってるがヒカルは気にしない。それどころか、マルを撫でて気持ちよくさせることで、暇を潰しているようだ。


「時代は令和でも、繰り返すのが人間の歴史だろ?」


「お!カケルにしてはいいこと言うな!」


驚かれるポイントが腹立たしいが、仕方ない。ヒカルのオモチャとしてマルは必要だ。頭を冷静に、心を静める。


「ねぇ。この子ってどんな子だと思う?」


タブレットの情報を見ながら神妙な顔持ちとなるヒカル。


「え?そりゃ苦労人って感じだろ。片親だし、中学生からアルバイトとか、普通はしないからな。」


「そうだよね。でもさ、普通に同じ中学生2年生なんだよ?それなのに、なんか‥なんか‥ごめん。言葉が出なくて。」


ヒカルの言いたいことはなんとなくわかる。彼女は自分達とは変わらないはずなのに、自らの大切な時間を他のことに割かざるを得ない。


これは彼女のせいなのか?彼女の人生は彼女のもののはずなのに。


そんな困難に立ち向かう彼女に、本当に自分達にできることがあるのか?彼女はそれを受け入れてくれるのか?そんな不安もある。


スマホの時計を見ると、既に時刻は18時をまわっていた。


薄汚れた蛍光灯が薄くぼやっと光る。そこには小さな虫が数匹飛び交っていた。


時折り蛍光灯は消えては点くを繰り返して、寿命が尽きるのを感じさせていた。


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