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第13章 ⑧ 触れられない心

第13章 ⑧ 触れられない心



「さっきのどうやったんですか?あのマルがただの猫に。」


「ああ、あれは特別な術式です。神使の霊力を断ち、霊体化を防いだんです。ちなみに霊力が断たれた影響で言葉も話せなくなったんです。タイミングは私が誘導しましたけどね。事前に札に霊力を込めて術式を構築しておかねばならないレベルの術ですからね、そう乱発できるものでもありません。そうでなければ、あのレベルの神使は抑えられない。中森さんもエツ様から教わりになっているのでは?」


「え?ばあちゃんですか?ばあちゃんからはそんな術式は教えて貰ったことはないですけど。普通の電気ショックくらいの攻撃とかなら。」


「そうでしたか。エツ様はそう言ったことにはあまり賛成なされてないとはお聞きしていましたが。それなら、私のところに来てくだされば、教えて差し上げますよ。護神術は普通の術式とは異なる。神術に対抗するために作られたもの。神職の方はよろしく思ってない所もありますので無理にとは言いませんが。」


「いえ!是非!いつもマルには上手いこと丸め込まれてたんで、対抗策が欲しかったんです!」


「そうでしたか。ならこの札を。私の修行場所に移動できます。私がいない時もよろしかったらお使いになってください。私以外にも色んな方が利用してます。その中で学ぶのも面白いかと。」


スーツの胸元から取り出した白い札には、金粉を混ぜた墨で書かれた文字には草書で、


「霊魂護所神威」と書かれている。


「ありがとうございます。その時は電話させてもらいます。」


カムイってアイヌ語だったような。まあ、いい。とりあえず貰っておいて損はないので、貰った札を大事にリュックにしまう。


「では肝心のお嬢様ですが、どうやらあちらにいらっしゃりますね。」


宮田さんが指差した先には休憩スペースと書かれた畳10畳ほどのコーナーの一角。そこには地元のマダムと思しき方々に交じって丸いちゃぶ台を囲み、煎餅に齧り付く自堕落なヒカルの姿があった。


「あれ?カケ‥ショーミーと宮田さん来たの?」


自分達を視認してから急に少し背筋を伸ばして行儀が良くなった。そもそも慌てて言い直した所から自分で作ったルールもはや忘れてたな。


それならいっそ普通になってくれ!その方が都合が良い!


「あれ!この子?さっき言ってたのって?まあ、いいんじゃない。このくらいの子なら許してあげな!」


「ほうよ!うちの旦那なんて、可愛げもへったくれもありゃへん。あるのは腹にのった脂肪だけ!」


「いやあるやろ。ローンという名の借金!(笑)」


「そやったわ!(笑)」


恐らく文字で表現するとwwwwwくらいに二人は爆笑している。


いや全くどこで笑えるのかわからない。マダム達に圧倒されていると、咳払いするヒカル。


「コホン。えっと、こちらの二人は林おばちゃんと、村井おばちゃん。私のアドバイザー兼現地サポーターです。」


「はぁーい。林のおばちゃんでーす!」


「ほぉーい。村井のおばちゃんやで!」


手慣れた漫才師のような自己紹介をするマダム達には、さすがの宮田さんも対応に苦慮しているようだ。


「お二方はヒカル様のアドバイザー兼サポーター?でよろしいのですか?」


「ああん。ほら食べ!」


自前の煎餅を宮田さんの会話を無視して口元へと運ぶ。宮田さんはなんと、それを食べた。あの神使を捩じ伏せた男を屈服させるとは。関西マダム恐るべし。


「美味しいです‥ありがとうございます。」


「ほやろ?ここの煎餅はええねん。帰りに買っててや!」


「それはもちろん‥ところで‥」


「ああ!うちらとヒカルちゃんの関係?そら、話し始めたら紀元前からなってまうで?」


「ほうやで、ウチらの中では午前中は紀元前やったからな!www」


「そしたらそれはもう結構です。ヒカル様はここで何を?」


お茶を飲むヒカルの髪がサラサラになっていることを見逃す訳がない。ほんのりと頬が赤いあたりからも明らかだ。


お嬢様は温泉に入り、マッサージチェアを堪能して、おばあちゃん達と仲良くしてたのだ。今の今まで。


「えっとねー。情報収集?現地視察?なんかさ、急に雨降ってきたじゃない?それで移動するのが大変でさ。そしたらおばあちゃん達がここで休んでけば?って言うからご好意に甘えて。」


「そうやで。ヒカルちゃんはええ子やなぁ。そしたら林のおばちゃんもう一個煎餅あげたる!」


煎餅をヒカルに食べさせて満足そうに笑顔になる林のおばあちゃん。


「まったくやね。ウチの娘なんて、母ちゃんうるさい!っていっつも言われるんよ!そやけど、ヒカルちゃんはそんなこと言わんし、なにより可愛いなぁ。こんなくりくりのお目目に、ちっさいお顔。内面とのギャップもまた、たまらんわぁ。」


ヒカルを抱きしめて頭を撫でるその姿はまるで親子の距離感だ。


「いやぁ。村井のおばちゃん褒めすぎやて!うちかて、おばちゃんやなかったらこんなん話せへんわ!」


いや、ヒカルも負けず劣らず関西マダム化してる!この数時間でどうなってるんだ?そして内面とのギャップって?何話したんだヒカルは。そこが一番の心配の種だ。


「で?そこの坊やはお姫様を迎えに来たんか?そんで、そこの眼鏡が執事ってとこやな。」


勝手に妄想始めてるけど、誰も止められないだろうな。いっそのことその設定でもいいです。何回もシュミレーションとかして疲れたんで、もういいです。


「ああ、違う違う。宮田さんはおじいちゃんの秘書で、そこの少年は同級生。まあ、それはいいから、おばあちゃん達もそろそろ休憩終わりでしょ?」


「あら。そんな時間やったん?林さん!戻らな、また村林ペアで怒られてまうわ!」


「ほうやで。店番するのに、店先ばっかに出てたら店番ならへんわ!wwww」


「ほな、ヒカルちゃん、また!」


そう言い残すと、煎餅とお茶を持ってバックヤードの方へと退散して行った。


そもそもあの二人は利用客じゃなくて、店側の人間だったのか。だから煎餅を宣伝してたわけだ。そう言ったところは抜け目がない。


暴風域を通過したかのような休憩スペースはようやく双子台風の消失によって平穏を取り戻す。


「す、凄かったな。」


「まあ、やっぱり元気だよね!私もお陰で元気になったし。しかも超情報通!何か全然動き回らなくても済んじゃった。」


おばあちゃんに乱された髪を整えて、座布団に座り直す。


「ヒカルお嬢様。今日で一旦帰宅される予定であることをお忘れではないですよね?」


行動予定に釘を刺す冷静な宮田さんは、緩みきった空気を変えるには十分な存在だ。



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