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第13章 ⑦ 触れられない心

第13章 ⑦ 触れられない心



「さ、そしたら、秘書さんが迎えに来てくれるやろ?それまでうちの部活でも見てくとええ。うちのバスケ部はこう見えても強んやで?体験入部してくか?」


社交辞令に真に受けるほど世間知らずではないため丁重にお断りし、学校を少しだけ見学させてもらうこととした。


校内を見ていくが、築50年は経とうかという年季を感じさせる。途中に寄った美術室には石膏像が何体も窓際に鎮座している。おそらく美術部の卒業生が制作した物だろう。首の後ろにはしっかり平成24年卒と刻まれている。こんな石膏像を見るとこの学校にも七不思議とかあるのだろうか?


そんなことを考えるのは、完全にツヨシの影響だろう。脳内で、「うお!ベートーヴェンの石像あるじゃないか!カケル!夜には絶対コイツの目が動く奴だぞ!」


と騒ぎ出す男を想像していると、スマホが鳴り出す。画面を見ると先程かけた電話番号からだ。


「はい。中森です。宮田さんですか?」


「ええ、宮田です。正門前に着いたので、来て頂けますか?それとも、学校の敷地に入っても?」


「いや、そこで待っていてください。すぐ向かいますので!」


自分は電話を切ると、男性教師に迎えが来たことを伝える。するとホットしたのか、自然な笑顔が溢れる。


今までやっぱり何か隠してたようなで気にはなるが、そんならことをいちいち調べていては時間がない。今はいち早く解放されて、調査に戻らなくてはならない。


ヒカルの怒りも去ることながら、家にも怖い人達がいることは忘れていけない。


何せ今日という今日は、流石に家に帰らねば、比喩的な雷ではなく、実際の雷も落ちてきそうな家なのだ。故に必ず帰らねばならない。


職員室に放置したマルを釈放して、抱き抱えて宮田さんの待っている正門に向かう。正門には黒のハイヤーの側で傘をさして待ち構える。


「すいません。お騒がせしました。」


深々と頭を下げると、男性教師も恐縮している。


「いえいえ!こちらこそすまんかったね。秘書さんもちゃんと本物やったし、よかった、よかった。」


男性教師は秘書の宮田さんの圧の影響なのか、腰が引けている。


「では、ご迷惑をおかけしました。このことはしかとお礼させて頂きます。」


「いんゃ。そんなん。ええです!お気になさらずぅ!」


そう言うと挨拶も早々に雨の中逃げるように男性教師は校舎へと走り去って行った。


「では、乗ってください。ヒカルお嬢様と合流致しますので。」


「は、はい。」


タクシーに乗り込むと、宮田さんは運転手に、淀みなく淡々と「スーパーな銭湯」の場所を告げる。


まさか、と言うよりやはり。と言うべきだろう。雨も降ってきた今日のような日にはあったまるのが一番!しかも日曜だし!とか考えそうだもんな。ヒカルは。


「あの、ヒカルは一人で調査を?てっきり宮田さんも手伝っていたのかと。」


「ええ、現地調査はお嬢様が。その他の解析は私が行っています。」


タクシー内でもノートパソコンをカタカタと叩く宮田さんは疲労の色を見せないが、もしや昨日の夜からずっとやっていたのではと考えるだけで恐ろしくなる。


「そうでしたか。お疲れ様です。あ、あと、ありがとうございます。お忙しい中迎えに来て貰って。」


「いえ、そう言う約束ですから。で?そちらは情報は得られましたか?」


「すいません。そんなに情報っていう情報は。でも!彼女の家に行く口実は出来ましたよ!プリントを渡すって言う目的が。」


宮田さんにプリントを見せるが、存外薄い反応だ。他所目にこちらを見るが、またノートパソコンに視線を戻す。


「それはよかった。なんなら行政に頼んで強制的に住居を押さえてもよかったのですが。穏便にできるならそれに越したことはありませんからね。」


冷静な宮田さんですら、権力者の側にいる人間はいざとなるとすぐ権力使うことに躊躇がない。権力者本人よりも危ないのはその周りの人なのかもしれない。って自分も危うくそうなるところだったと、自らの思考を省みて猛省する。


「ちなみになんですが、あの先生には何言ったんですか?なんか電話口でもいきなり対応変わったので。」


するとピタと先程まで忙しなく働いていた手を止め、こちらの顔を見つめる。


「それ、本当に聞きたいですか?あまり芸のない手法です。聞いても面白くないですよ。」


冷静よりは冷徹な目で睨まれた自分は、圧に負けてしまう。


「えーと、それならいいです。」


「何だよ!ビビんなよ!聞いても別に殺されるわけでもあるまいし。」


さっきまで太腿で大人しく猫被っていたマルが宮田さんのノートパソコンにダイブする。すると画面にはマルの肉球によって踏みしめられたキーが連打され、この世のどの世界の言語でも通用しない文字列が打刻されていく。


その状態に対峙した宮田さんは冷静にマルを抱き抱えると、ノートパソコンを閉じる。


「そうですか。どうしても、と言うならお話ししますよ。ですが、それは機を見て話させて頂きたい。時間の関係もあるのでね。」


マルの脇を抱えて縦に伸びた状態にして辱めを受けさせる辺りは、さっきのマルの行動には怒りの感情を隠せなかったらしい。


ギュッと上部に肉を寄せられ、その状態のまま左右に振りブラン、ブランと弄ばれているが、マルは不思議と抵抗せずに大人しい。


「た、助けてくれ。う、動けん。」


どうやら抵抗しないんじゃなくて、抵抗出来ないの間違いだったようだ。少し弄ばれた後に宮田さんはマルをこちらに返してくれる。


「すいません。うちの猫が暴れて。」


「いえ、猫の躾にはコツがあるんです。よかったら今度お教えしますよ。」


真顔での返却にはより一層の恐怖を感じる。それ以上の恐怖を感じたマルは文字通り大人しくする。


そんな車内での騒動も束の間、こちらはすんなり目的地に着いたようだ。


「お客様、着きました。また御用がありましたら、お声掛けください。」


「ありがとうございます。ではしばし休憩を取ってください。」


そう言うと運転手にチップだろうか、宮田さん5千円札を渡していた。なかなか凄いと思うと同時にさすがに1万円ではなかったことにホッともする。


やはり中学生には諭吉さんの存在は眩し過ぎるほどに眩しく、神々しい存在なのだ。


車外に出ると雨は小雨で、傘は必要ないほどだった。自分達を降ろすと、運転手は笑顔で挨拶をしては走り去ってしまった。


どうやら羽振りの良い乗客には笑顔も特典としてつけてくれるらしい。


「あのお。あれは貸切と言うやつですか?」


「ええ。もちろん。いちいち料金を支払っていては高くつきますしね。どうせヒカル様が乗り回す予定で借りていたものです。お気になさらず。」


やはりできる人は違うと言うべきか。ヒカルの行動パターンも予想済みか。


「おい。まさかここでも檻に入れるとかないよな?」


マルがスーパーな銭湯の入口近くに貼られたペット禁止!の貼り紙を見て気にしてる様子だ。


「ええ。もちろん。檻には入りませんよ。ではこちらを。」


宮田さんは瞬く間も無くマルに赤い首輪をつけたかと思うと、サッと首輪にリードを繋ぐ。そして近くのポールにきつくリードをグルグルと巻き、縛り付ける。


「完成です。犬猫は施設内は禁止です。神使様はここでお待ちください。」


完全に飼い主を待つ「ワン!」と吠える犬に混じって猫がポールに縛られている。


「って、おい!こんな暴挙が許されるか!俺は犬猫じゃないぞ!神の使いだ!」


「あれ?さっきはアニマルウェルフェアがどうこう言ってなかったっけ?」


意地悪だとは思うが、今は盾となる人がいるのでここぞとばかりに仕返しをする時だと確信する。何しろ、宮田さんは神使相手でも凄いとわかる。


まず、並の術式ではマルを抑えておくことはできない。それなのに全く外せそうにない。


本来なら霊体化して、逃げているところだろうが、それもできないらしい。まあ、いいきみだが。


「ち、チキショウ。カケルまで裏切るとは。き、貴様!俺に何した!」


「いいえ、猫は喋りません。よ?」


一瞬宮田さんが指で何かしたように思えた。するとマルの口がパクパク動くだけで、喋れなくなった。文字通り脳内にテレパシーが飛んでこない。


目の前の猫はニャーと鳴くだけだ。全く不思議な感覚だ。


「では、猫はここでお待ち頂き、ヒカルお嬢様の元へ。」


宮田さんはマルを留め置くと、施設の暖簾をくぐる。


暖簾には「温泉ポンタ君の湯」とある。ちなみにポンタポイントは貯まらない。もちろんなんとかペイは使えない。現金至上主義なのだ。



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