第13章 ① 触れられない心
第13章 ① 触れられない心
朝から何なんと言うことだろう。とんだ夢のせいで気分が晴れない。
考えてはいけない事を考えて、夢の中ではそれをしてしまった様な気分だ。
まさに一生の不覚。猛省せねばと思うほど、夢の中での感触がこの手に思い出される。
彼女の柔肌と勘違いして握りしめ、抱きついていた布団には、何かしらの術式でもかけられていたのではないかと本気で疑ったほどだ。
恥かしさから布団の中でジタバタし、モヤモヤを払拭しようと暴れた後に布団から起きる。
ジタバタで舞い上がった埃は自分を包むように、朝日が差し込む部屋はふわふわと舞って光る。
それは自分の穢れきった心とは隔絶された別世界。まるで雪原で見たダイヤモンドダストの輝きだった。
その光景をボーっとしばらく見つめた後、洗面所に向かい鏡で自分の顔を見る。
夢のせいか酷く疲れている。鏡に写る疲労を洗い落とすためにも、自分の顔に水をかけて顔を洗う。
すると少しは気分もリセットされ、着替えを済ませて朝食を取る。
部屋に運び入れられたご飯、味噌汁、焼鮭、漬物の和食セットを完食すると、こんな朝にも新着メッセージの音が響く。どうにもヒカルから連絡だ。スマホの画面に映る文面には
「至急部屋に来るように!出発前に作戦会議やるから!」
とある。すると、追加でまた文面が続く。
「昨日はなんで起こさなかったのよ!お陰で夕飯食べ損ねたじゃない!この罪は重いからね!覚悟するように!」
最後は脅迫文か。朝から呼んどいて行きたくなくなること言うなよ。まったく。
渋々5Fの菊の間に行く。3回ノックして返事を待つ。すると中から返事が聞こえる。
「はーい。どなたですか?今開けるので待っててください。」
3分ほど待つと、ヒカルが扉を開けてくれる。
「あれ?早いね?もしかしてもう起きてた?どうせ寝坊すると思って至急!って打ったのに。」
「それはお気遣いありがとうございます。で?作戦会議って?」
「ああ、じゃあとりあえず部屋入って。こっちも今準備してた所だから。」
中に入れてもらうと、部屋のグレードの違いを思い知らされる。
和室なのにキングサイズのベット。外には檜の露天風呂。そこから見える景色も遠くの山と海を眺めることができる眺望を誇っている。
「何ジロジロ見てんの?いいから作戦会議始めるよ。マル君も揃ってることだしね。」
ベットの上に寝そべる黒猫は昨夜は何処かに消えていたくせに、ここにはあっさりと姿を表していたらしい。
「おう。昨日は楽しかったか?男2人で相部屋とはな(笑)」
「残念だな。宮田さんは仕事でラウンジだったらしいから、一緒には寝てない。」
そう、一緒には寝てないが、裸の付き合いはあった。こう字面だけだと誤解を招きそうな表現だ。
「なんだよ。あいつに落書きするチャンスがあったかもしれないのに。」
「こら、マル君!あんまり宮田さんを虐めちゃダメだよ。おじいちゃんの大切な仕事仲間でもあり、家族みたいなものなんだから。」
ヒカルはマルの毛をクシャクシャにして逆立たせる。
「わかった、わかった。で?今日はどうする?店主が言ってた女の子を目標にするのでいいのか?」
「ええ!もちろん!凪さんね!」
ベットに座るヒカルに対し、畳に座る自分。無意識のうちに身分格差を自然体現してしまうのだから、恐ろしい。
「ちなみにその凪って子は苗字って何だっけ?」
自分の質問に答えてくれたのはヒカルではなく、マルの方だった。
「相田、相田凪だ。豊富士中学校2年2組。出席番号1番。母は相田香織。ってことは知ってるぜ!」
感嘆の声をあげて拍手を送るヒカル。
「凄いね!さすがマル君!」
「確かに凄い。こんな短時間で見つけたのか?」
「ああ、一晩中探して見つけたんだ!ってのは嘘で、本当は2時間くらいで見つけた。学校の資料を漁れば一発だ。住所もわかるぞ!」
「それは中々だな。ちなみに彼女は無事なのか?」
「んーん。とりあえず、今の所は大丈夫っぽいが、確証はないな。凪ってやつに直接触れられれば、魂の記憶を遡ることもできるんだが。流石に霊体化を解いてそれをするリスクは犯すにはちと早いと思ってな。」
「なるほど。そしたらとりあえずはその子と接触の機会を設けるのがメインの課題になりそうだな。」
その会話を聞いたヒカルが疑問を呈してくる。
「いやちょっと待って。触れたら魂の記憶を遡れる?それってつまり、人の記憶を見れるってこと?」
「え、ああ。霊体化のままでは無理だが、直接触れたものなら、そいつの記憶を見ることは可能だ。そうすりゃあ嘘つこうと、何しようと、何でもお見通しさ。」
「ちょっと!それって無闇やたらにやってないでしょうね?人には知られたくないことだってあるんだからね!」
ヒカルにしては人権に配慮した素晴らしい発言だと思う。もちろん彼女自身の危機感からもあるだろうが。
「あ、ああ。もちろんだ。無理に引き出すことはしないさ。ただ自分の口から言えないこともあるかもしれないからな。そう言う時は使わせてもらう。もちろん手に入れた情報は口外はしない。個人情報保護ってやつだな!」
「ならいいけど‥使う時は要相談ね!」
「承知した!使用の際にはヒカルの承諾を得ることとします!」
二本足で立ち敬礼をするマルは、現実世界の猫ではないことを思い知らされる。
絶対どうにかして重力制御してるに違いない。
二足歩行できる猫はファンタジーの中だけと相場は決まってるからだ。




