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第12.5章 ② 偽りの理想

第12.5章 ② 偽りの理想



「ちなみに、君は、一応は市を預かる身。こんなところで一人油を売っているのはなぜなのかな?

まさか、私に会うためにわざわざここまで来て待っていたなんてことを言うつもりじゃないだろうね?」


「ええ、秘書に関しては今は2階のロビーで休憩を取って貰っています。

だから今回は一人でここで待たせて頂きました。先生、今までのご無礼は本当に申し訳ございませんでした。

しかし、今日の会議の前にご挨拶だけでもさせて頂きたいと思い、待たせて頂きました。若輩ながら私も今日の会合に呼ばれております。先生には先にそれを一言お伝えしておきたく、この場を借りてお伝えさせて頂きました。」


「そうかね。それはよかった。君もせいぜい頑張りたまえ。」


最低限の振舞いはしてやったのだから、これ以上の会話は無用。とばかりに向きを変え右手を挙げて挨拶すると、ホテルのエレベーターの中へと消えて行った。


小倉はその姿を見送ると、自らは階段で2階へと上がる。


ロビーに待たせたはずの秘書と合流しようとすると、2階のカフェで、コーヒーを片手に待つ秘書がこちらへと誘導してくる。


小倉はカフェに入ると、集合場所が変わった事情を聞く。


「どうしたのかね?私はロビーと言ったつもりだったが?」


「申し訳ありません。しかし市長もいかがです?それともコーヒーよりも、お酒ですか?」


「まさか、そしたら私もコーヒーを頂くよ。」


小倉は、店員に同じものを頼む話を続ける。


「で?何か訳があるんだろうね?」


「ええまあ。休憩時間ということもあったんですが、あそこの席を見てください。こちらからは16時の方向です。」


小倉は言われた通りに、周囲に悟られぬように斜め右方向に視線をやると、テレビで見慣れた政治家の姿が目に入る。


「友民党幹事長、藤村浩二ですよ。この会議に幹事長も出席されるって聞いてましたか?」


「いや、知らなかった。それで?私に挨拶しておけという事かな?」


「そうですね。後で市長がお世話になる方ですから、挨拶回りが早いことには問題ないかと。」


その言葉に当初乗り気ではなかった小倉だが、時計を見てまだ、会議の開始時間までは半時ほどあるのを確かめると、対象へと近づいていく。


「休憩中のところすいません。藤村幹事長。私、小倉成心と申します。」


その言葉に反応した男は、ジロリと小倉を見上げる。毛髪が大きく後退した頭頂部とそれを惜しむかのように横に生える髪が印象的な男だが、

その膨れた腹回りも相まって一種の愛らしさも持ち合わせている。


そんな男が、その風貌とは異なり、顔を顰めてしばらく細見し、人物を認証すると、柔らかな表情に変わりようやく言葉を紡ぎ出す。


どうにも見かけによらず慎重な男らしく、小倉はその不気味な慎重さに、得体の知れぬ不安が蓄積していた。


「ああ、今度の補欠選に出るのは君か。大友先生の弔い合戦だからね。必勝で頼むよ。」


「ええ。皆様のご期待に添えるように精一杯努力させて頂きます。」


「そうかい、そうかい。それはいいんだが、しかし、ここだけの話、君は何者なんだね?大友先生の地盤は硬い。当初は身内から候補者を出すって話だったのに、急転直下で君に決まった。何か持ってるのかね?」


何かを勘繰るような笑みを浮かべてこちらを見てくる。


「そうでしたか。私は市長になった時から友民党からは支持を頂いてきましたから、その実績を買われたのだとばかり。私が候補者に選ばれた経緯についてはよくは知らないのです。申し訳ありません。むしろ藤村幹事長の方がそう言ったことはよくご存知なのでは?」


小倉は名刺をテーブルに差し出して相手の出方を窺う。藤村はチラリと名刺に興味を示したが、すぐにこちらを見て、やっと疑惑の目を閉じる。

そして、一呼吸置いてまた話し出す。


「そうかね。それは残念。私もこの世界に長くいるとね、時折会うんだよ、色んな奴らと組んでる人とね。まあ、また会う機会もあるだろう。その時はよろしくね。」


「ええ。よろしくお願いします。」


握手を交わし、簡単な挨拶を済ませた小倉はそそくさとカフェを出て、一足先に会場に向かう。


何故ならこの男と話した小倉はこの場に留まることが無性に嫌になった。


どうにも言えない嫌な感じが体の先々や節々に伝わって、考えるより先に足が動いていた。それを見た秘書は慌てて追従する。



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