第12章 ⑧ 旅は道連れ、情けをくれよ!
第12章 ⑧ 旅は道連れ、情けをくれよ!
「マスター。とりあえず、凪さんのお話を。」
ヒカルが店主に話を促すと、洗ったグラスを拭きながら、話を続ける。
「話がそれて申し訳ない。凪さんは初めて来られたのは御守りをご所望になったのがきっかけです。久々知神社では社務所がございません。代わりにうちで、神社の御守りを販売させて頂いているのもあって、ここにいらしたんです。」
「そうなんですか!喫茶店で御守りなんて珍しいですよね。」
「ええ。でもうちの店の名前にあるように、安産祈願の御守りはよく希望される方は多いですが、彼女もそれを希望なされたので。」
「安産祈願?」
店名の意味を知らない自分には全く繋がっていないのを察したヒカルが説明してくれる。
「Stork feathers。つまり英語でコウノトリの羽って意味よ。よく言うでしょ、コウノトリが赤ちゃんを運んでくるって。本当は違うわよ。」
真顔で言うヒカルに、コウノトリが赤ちゃんを運んでくると、信じてると思われている自分が情けなくなる。
一応保健体育だって習ってるんだ。それなりには知ってるつもり‥ではある。
「その通りでございます。うちの店の名前も、御利益にあやかってるのです。」
「でも、中学生が安産祈願の御守りですか?お母さんか何かが妊娠でも?」
そう聞くと店主も顔色を曇らせる。
「ええ‥恐らくは。そこまでお聞きするのは難しくて。」
「まあ、とりあえずそのへんはいいでしょう。喫緊の問題はそのあとなの。」
「そうなのでございます。彼女は御守りを買いに来られたのは平日の午前11時頃です。制服で来られたのでよく覚えています。彼女は御守りを買ってすぐに帰ろうとなさったのですが、あまりにも気になってしまって、お引き止めしたんです。彼女は見るに痩せていますし、元気がなさそうでした。私は店の残り物の処理に困っていると託けて、サンドイッチをお出ししたのです。彼女は涙を流しながら食べてらっしゃりました。その間に私は家内に電話して、お話を聞くように頼んだのです。家内は数分程で店に来て、彼女の話を聞きました。家内によれば、お家はお母様がいらっしゃるとのことでしたが、お父様はいらっしゃらず、母子家庭とのことでした。お金にも困っているようで、彼女自身、新聞配達のアルバイトをして、やっと家族二人でやってきたそうです。」
「つまり貧困家庭で、学校にも行ってない。ってことですか?」
「ええ。そうなのでしょう。しかし、問題はより複雑です。お母様にはお付き合いされている方がいらっしゃるらしく。その方が‥」
「DV男だった訳。それでもって彼女も不登校になって、現在生死不明って流れね。」
ヒカルは割とあっさりと人が言いづらいことを言う。
「左様にございます。生死不明とまでは言いませんが、最近はサンドイッチを食べにいらしてもくださりません。私としては心配で。学校に問い合わせてみたり、児童相談所にも連絡させて頂いていますが、どうなっていることやら。親族でもない私には限界もありますが、どうしても気になっておりまして。」
「そう言うことだから、早速明日にでも県知事に電話して、どうにかしてもらいましょう!」
また、権力濫用に手を染めようするヒカルを諭す。
「それは待った!その手法は賛成できない。そんなセンスティブなことを、何も知らない奴らがいきなり上がり込んで、お宅は問題ある家庭だから、娘さんは行政でどうにかします。って言って納得すると思うか?」
「そうは言っても、今この状況下でも、すぐに助けないといけない事態かもしれないでしょ?」
「そう言う事態なら、行政じゃなく、警察だ。だけど今その状態かもわからない。でもそれがうちらなら‥」
その後の言葉は店主の前で言うことではないと自重する。マルやツトメのことは一般人には知るべきことではないからだ。
「お二人とも、やはりこの事は忘れてください。彼女のことは私と家内で行政にも掛け合ってみますから。」
「いえ!私達にお任せください!私言いましたよね?三上茂の孫だって。お爺ちゃんはよく言ってます。弱きを助け、強きを挫く。それがうちの家訓だって。」
なんとも頼もしい発言だ。しかしそれを言うなら、自分への仕打ちはなんだろう。強きを挫くに自分は入ってるのかなぁ?まあいいけど。
「ですがそうは言ってもお二人とも中学生でいらっしゃる。やはり、そのような若い方々にこのような難しい問題を丸投げする訳には。」
店主が躊躇していると、店のドアチャイムがなり、黒サングラスに黒いスーツの男達、5人が店に革靴の音をたてて、ぞろぞろ入ってくる。
「ヒカル様。遅れて申し訳ございません。市長から電話があり、こちらにいらっしゃるとお聞きしたもので。」
屈強な男はサングラスを胸元のポケットに挿すと、ヒカルの無事を確認して無線で知らせる。
「あれ?SPの古賀さん?なんでここにいるの?」
ヒカルも驚きだが、店主が驚きすぎて腰を抜かしてる。
「ヒカル様、知事は公務で、大阪にいらっしゃります。その合間に、ヒカル様の保護をするようにとのご命令でしたので。県警の方にもご協力頂きました。」
外を見ると、3台の黒いクラウンに、パトカー2台も待ち構えている。どうやったらこんな大騒ぎになるのか。強盗でも入ったかのような騒ぎだ。
「そうだったんですね。市長も口が軽いのね。後で御礼しておかないと。」
ヒカルの今の口調だと、完全に御礼違いのことしようとしてる。
「ヒカル様。そちらの少年は?ご学友でしたかな。それとも誘拐犯ですか?」
警棒をチラつかせて本気の目で言うと、冗談にならないことをこの人に教えてあげてほしい。
「ふふっ。冗談はいいわ。二人とも迷子になってたの。言うなれば神隠し?みたいなのにあって大変だったの。ね?」
この「ね?」は私に会話を合わせろ!これは命令だ!の意である。
「そ、そうなんです。それで、ここでやっと一息つけたところで。」
その場凌ぎの会話で繋ぐ。
「神隠し‥ですか。それは大変でしたね。お二人とも。店主にもお二人の保護に感謝します。」
丁寧にお辞儀をする屈強な男にたじろいでいる店主。そこに遅れてドアを開けて入ってくる銀縁の眼鏡の男には見覚えがある。確かヒカルのお爺様の秘書をやってる人だ。
「ヒカルお嬢様。ご無事で何よりです。」
「宮田さんも!こんなに来ちゃったら、おじいちゃん大丈夫なの?」
「ええ、知事のスケジュール管理と身辺警護は万全です。一時的な欠員は問題になりません。」
すると宮田さんは脳内に話しかけてくる。
「もちろん、お二人のツトメについては私は知らされております。何かあれば、私めに何なりとお申し付けください。もちろん神使様も例外なく、支援させて頂きます。」
「おお、凄いな。と言うことはお前にも見えてるのか?」
目の動き見るに浮遊するマルをしっかりと捉えている。
「ええ、クグス神の神使様でございますね。どうかお見知りおきお。」
「おお。よろしくな!」
意外なところにツトメについて知ってる大人がいることに自分は驚きつつも、三上の家は政治家の家というだけでなく、ただならぬ家であることは確信した。




