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第11章 ③ マルのお仕事 Ⅱ

第11章 ③ マルのお仕事 Ⅱ



「あ、えーと。何とかなるかも。元秘書さん?稲荷神社の関係者に直接神使に繋がってるやついたよね?そいつ宛に送らせて、あとはINSで送ればいいよ!稲荷神社の祠もついでにここに持って来させるように言っといて!」


「いますけど、ISNって何です?」


「あれ?小倉は利用してなかったんだっけ?稲荷神社神使ネットワーク。略してISN。空間移動神術さ。」


「なるほど。理解できました。後で連絡しておきます。」


「えっ!もしかしてうちに直接くるの!どうしよ!ムキムキのマッチョも来る?」


小倉はこんなふざけた奴らのネット通販を受け取る環境整備をする末路なら、さっさと刑務所の門をくぐっておくべきだったと後悔する。


「それは確約できないが、少なくとも、街まで取りに行かなくても大丈夫だぞ!それに神社の住所とそいつの名前も教えるから、代引きで頼み放題だぞ!」


神秘の世界に生きるかれらの消費が実世界の物価上昇を支えているという皮肉な話だ。事実、その言葉を真に受けた妖精は、大量消費時代を彷彿とさせる、いやバブル期の狂乱を謳歌するように物欲を爆発させたらしい。

お陰で破産寸前に追い込まれた宮司は代引きの料金を小倉成心に請求し、小倉はそれを表には出ない金で処理した。小倉自身はむしろこの額を一回は支払えた宮司も大したブルジョワだと言う事実に一驚したという。


「で?受けてくれるのか?」

「まあ、いいわ。どこを水に埋めればいいの?ヴェネツィアレベルならここいらのかき集めても足りないんですけど?」


過去にどんなことをしてきたのかわからない二人からすれば、ただ恐ろしい。天災を気分で起こされたんでは、日頃の防災対策の検討は無意味だったと気付かされる。


「いや、今回は埋めるんじゃなくて、足して貰えればいいんだ。ダムの水量が一定程度になるように調整して欲しくてな。」


「何?そんなのダムなら勝手に水貯まるでしょ。そんな願いでいいわけ?」


「いや、それが定期放流の回数を増やすんだ。ダムの水が減ると人間共が困るんだが、水が流れないと、困る神がいるんだ。それで折衷案ってわけさ。」


「ああ、なるほどね!私達の力で人間の水回りを調整してあげようってことね。」


「そう!そう言うことなんだ。だから今回は是非とも頼むよ。」


「いいわ!やるけど、郷に行っては郷に従え。ここのローカルルールに従うわ。「血の贖い」の儀式で、魂の確約を得るのがここの掟?ってやつでしょ?」


「あ!それなら問題ない。よな?悟?」


黒猫に同意を求められた三上は覚悟を決める。


「ああ、問題ない。どのみちそのつもりできた。」


「ちょっとお待ちください。先生はその訳の分からない輩と本気で契約するおつもりですか。茂様のご意向を確認せずに契約するのでは、後でマズイのでは?」


「ああ、大丈夫。その問題は自分でどうにかするよ。心配してくれてありがとうね。」

「腹は決まった?じゃ、左手を出して。」


三上はジャケットを小倉に預け、シャツを腕まくりすると左腕をアンディーンに差し出す。差し出された手のひらに針で少し血を出すと、その手を妖精は握り唱える。


「汝、この理を理解し、この理に従うか?」


「従います。」


「汝、永遠の魂の隷属を受け入れ、その身を我に委ねると誓うか?」


「誓います。」


「では、汝この世この理を理解し、覆す者。その血を持って渇きを癒やし、その魂を持って我を満たせ!」


詠唱をすると、薄黄色の光が妖精と三上を包み、三上の左手の甲には五芒星の赤い刻印が浮かび上がってくる。

やがて光が消えると、左手の刻印も消えていた。


「はい。これで契約終了。ダムについては、これで、力は補えるから何とかなると思うよ。」

「ありがとう。助かるよアンディーン。」


不思議そうに左手と体を確かめる三上は黒猫に質問する。


「そのさ、マル君。これで、自分は他の神とは契約できないわけだね?」


「ああ、魂が担保に取られたわけだからな。2番抵当をつけたいやつがいるなら別だが。」


「それに、私は彼女の言いなりかい?」


その質問に妖精は苦笑する。


「フフッ、それはないわ。私はそんな悪どい商売人ではないわ。どこかの神とは違うから。そうでしょ?」


黒猫に視線を送るが、黒猫は目を逸らす。


「それは彼女が決めることだ。彼女がそう言うんだったら大丈夫だろう。」


それを聞いて安堵の表情を浮かべる三上に対して、小倉は自分との境遇の差から、素直に喜べる感情は持ち合わせていなかった。


「黒猫。儀式によってダムの水量を調整するのは、誰の要望ですか?」


「そりゃ、あんたらのところの偉いさんだよ。あの爺さん。俺相手に取引を持ち出しやがった。気に入らないが、いい取引だったのでな。それに悟が契約したって言ったら一泡吹かせられるだろうしな。」


黒猫のしたり顔で微笑む姿は、やはり神使というより、悪魔という表現が最も正しい。


「それが先生を連れてきた狙いですね。そんなことをして、オオクニヌシノカミの怒りに触れれば、黒猫はおろか、クグス神もタダではすまない。」


血の贖いの契約者である神を失うことは、奇跡そのものを失うことになり、自身も消えてしまう可能性を秘めている。そのことは小倉の中では一番の懸念材料でもあるのだ。



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