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第10章 ④ 追い求める者

第10章 ④ 追い求める者



「若人よ。君の人生はまだ続く。どうか、物事の一つの側面だけに囚われないことじゃ。陰と陽、一体不可分、表裏一体。切っても切れない関係なのじゃ。どうかそれだけは覚えていて欲しい。」


そう言って宮司は、倉橋の手に木の実を持たせるとそれを固く握らせた。

倉橋は再び礼をして一人神樹の元へと向かったのである。



降り頻る雨は一向に止む気配を見せず、気温も体温も下がって行くばかりの中、スマホの画面に目を落とす。画面には神樹の概要が記された部分の画像だ。

フア神はこの地に4000年を超えて存在し続ける神樹の精霊。木の神様。と言ったところだろう。

この地は大きな災害に見舞われることはなく、

これがフア神の御加護によるものである。との考えが土着信仰の中にあり、地域の守護神として扱われている。

しかし、宮司は陰と陽は一体不可分。表裏一体だとおっしゃっていた。それはどう言うことなのか。そしてこの木の実には何か意味があるのだろうか。疑問に思いつつも、梟の戻りを待つ。


「主よ。入口を見つけました。こちらです。」


梟の案内に従い、木の周回を、四分の一ほど回り、祠らしい物を発見する。


「ここですね。ではお先に。」


倉橋は祠に触れて、フア神の精神世界へと入る。体をギュイッと引き込まれて精神世界に着くと、辺りは、森ではなく花々が咲き誇る丘陵であった。

無論、雨も降っておらず。心地よい小春日和だ。こんな光景を見れば誰だって、そよぐ風に乗ってワルツを踊る動物達が目に浮かぶ。


「ここは天国か何かですかね?」


倉橋は現実世界との霄壌の差に思わず息を漏らす。


「ええ。天国といっても過言ではないわ。来訪者さん。」


倉橋の後ろから声をかけてきたのは、精霊にしては大きく、可憐な女性であった。花束を中に入れたバスケットに抱え、つばの大きな麦わら帽子から長い黒髪を垂らしている。彼女はグレーのパンツに、白いシャツ。園芸用のエプロンをしている。一見しただけでは普通の園芸女子といったところにしか見えない。しかし、彼女が触れた植物に命が蘇るところを見て、

倉橋は彼女こそ、この精神世界の神であると理解し、すぐに跪き頭を下げる。


「これは、失礼ながらご挨拶が遅れました。僕は倉橋晄ヒカルと申します。このような格好で参上した非礼をどうかお許しください。」


倉橋はレインコート姿のままであった非礼を詫びて、相手の動向を窺う。


「僕はヤゴコロオモイカネノミコトの神使にございます。」


梟も挨拶を済ませるとフア神は思った以上に落ち着いており、神の権威を振りかざすような類ではないことは明白だ。


「顔を上げてください。ここでは話しづらいので、こちらにいらしてください。どうぞ。」


フア神は丘陵を下っていくと下には、こじんまりとしたログハウスが見える。見るに、神の住む場所にしてはやけに質素だ。大きさも普通のキャンピングカーくらいで、一人で住むには十分だが、応接間なんてのは存在しない事は外から見ても十分想像できる。


「ごめんなさい。人はあまり来ないし、派手なのは好きじゃないの。中も期待はしないでくださいね。そうそう。レインコートをこちらに。」


フア神はそう言って扉を開けてくれた。倉橋は有難く玄関横のフックにレインコートを吊るすと、中へとお邪魔する。

部屋に入り、帽子を外した姿はより一層艶やかなる髪の魅力が目立つ。毛先がほんのりカールし、ほのかに香る甘い花の匂いがフア神の柔らかな魅力を表している。辺りを見回すと、中は確かに派手さはなく暖炉にテーブルに椅子が2つ。窓際にはダリアの花が透明なガラスの花瓶に挿されている。インテリアもそう凝ったものはなく、一般的なキッチンも向こうにあるようだ。

しかしこの光景から見ても、神なのに生活感があるという不思議さは一向に拭えない。


「突然の来訪にもかかわらず、お招きありがとうございます。」

「いえ。来るのはわかっていたことなので、お気になさらず。今、お茶を入れますね。」


神にあって神らしからぬフア神はキッチンで、お湯を沸かし、お茶を入れてくれた。神にもてなされるのはなんとも変な話だ。


「ハーブティーです。気持ちが落ち着きますよ。」

「ありがとうございます。頂きます。」


カップに注がれたハーブティーの香りと、温かい飲み物の温もりに、心も体も温まる。


「ここまで、大変だったみたいね。外は大雨かしら?」

「ええ。ですから、このようにお茶を出して頂けるのは大変光栄で、有り難き幸せです。」

「そう、それはよかった。にしても疑問思わなかった?木の神がこんな人間みたいな事して、人間をもてなすなんて?」


テーブルに肘をつき、両手に顔を乗せてこちらを伺うフア神。


「ええ。まあ。何か目的があるのですか?」

「そうね。人間を知りたくって人間の真似をしてるの。人間って理解し難い所があってね。それを理解したい欲求にかられてね。その一環として木の神でありながら、草花を育ててるわけ。もちろん木も育てるけどね。」

「そうでしたか。人間に対して興味がおありなんですね。」

「まあ、そんなところね。人間の願いや考えに触れると疑問が多くてね。それで、こんなことしてるわけ。それでさ、ちなみになんだけど、君のポケットに入ってるもの。それは私宛でいいのかな?」


フア神は倉橋のパンツのポケットを指差す。さすがの観察力に敬服し、倉橋はポケットから宮司から貰った木の実を取り出す。


「これですか?これがお望みとあれば、どうぞ。」


倉橋は木の実を手渡す。するとフア神は木の実を検分すると、うんうん、頷き、何かに納得したようだ。



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