第10章 ③ 追い求める者
第10章 ③ 追い求める者
「陰と陽、重なりし時、五行の証を集め、ツトメの完成せしめた者が真理への扉を開く。」
「真理は人が抱きし願望を成就得せしめたるとは異なる。真理は試練を通じて、人の昇華を図るものであり、その者は次なる地点へと導かれ、高次の存在へと変わる。」
「ツトメはすなわち、八百万の神が起こせし、奇跡をもたらす行いである。神に与えられし試練を乗り越え得た、穢れなき、清廉なる魂を捧げることによりツトメは完成し、捧げられた魂は神の奇跡の源となり、この世を満たすだろう。」
最初のくだりは他の文献にもあった。陰陽五行説に基づく思想。そして、日食の時に真理への扉が開かれる。問題なのは次だ。真理はやはり、願望を叶えてくれる、神の創作物ではなかったか。むしろ人間的成長。いや高次の存在とは神にでもなるのか?それとも神に吸収でもされるのか?
どちらにせよこの仮説が正しければ、ツトメ参加者はスケープゴート。それを願望成就の儀式かのよう装い、更には参加者は勇者かのように祭り上げて、このツトメを成立させようとしてた節がある。いかにも汚い大人が考えそうなことです。そしてここの記述。
「ツトメはすなわち、〜穢れなき、清廉なる魂を捧げることにある。捧げられた魂は神の奇跡の源となり、この世を満たすだろう。」
ここの記述は他に見ない記述。恐らくツトメに対する余計な疑念を抱かせない為に、削られたのがオチでしょう。
都合の悪いことは隠しておきたかったのでしょうが、それでもこの古文書には記載されているのは統一性が感じられない。もしや当時の人々の中でもツトメに対しての意見が食い違っていた為に、ここの地域では記述がそのまま残ったのか?そうなると解釈の問題?魂を捧げる、奇跡の源となる。
魂を捧げるとは比喩で信仰心のこと、そうなれば奇跡の源になるのは信仰心ということになる。信じる気持ちが奇跡を起こす。とでも言いたいのか?もしそうなら、神の力の根源が信仰心であることと一致するが…。
「どう思います?この記述。やはり、ツトメは生贄の儀式に過ぎないと言うことでしょうか?もしそうなら、一つの魂と引き換えに神々が力を得られるなら、喜ぶ神も、人間も多そうですが。」
「主よ、私も神に仕える身。私からは何とも言い難い。それでも、もし神から力を得られねば、消えてゆくのが現実です。」
「しかしそうなれば、僕や中森、三上の三人の内で誰かが犠牲とならなければ、ツトメは完成しないこととなる。現状では他の挑戦者はほとんどリタイアされてしまったようですし、もし誰も生贄にならず日食が過ぎれば、そうなればツトメは、真理はどうなるんです?」
「恐らく、ツトメが完成し真理に届くまで、真理か、若しくは人間が奇跡の代償を集めて廻る事になるでしょう。」
「なるほど、魂の回収。最悪自ら回収する可能性もあるのか。その場合にはどれくらいの魂が犠牲になる可能性がありますか?」
「正直なところ、わかりませんね。この日本においても突然に行方不明になる方がおられる。そう言った方や不審死と呼ばれる類いが神によって魂を回収された可能性はある。あくまで可能性ですが。」
「そうすると、ツトメは上手くいかずに、魂が捧げられなかった場合には、無差別に魂が危ういという事ですか。まったく、厄介なことですね。」
倉橋は関連書物の中から、「血の贖い」に関する物を取り出し読み始める。
「まさかとは思いますが、「血の贖い」による神との契約を締結されるつもりではないでしょうね?」
「まさか。ただ、これには興味深い記述がたくさんある。「血の贖い」によって奇跡成し遂げた者達がいたことを記している。そして、現代においてもそれは行われている。卑近な例をあげれば、三上茂。三上家は神との「血の贖い」の契約を結んでいると、二神会長からはなんとなくは聞いてはいた。どんな契約かは知らないですが。」
「そうでしたか。「血の贖い」は主が、我が主神との間に交わした契約とは程遠いほど、代償の大きい契約です。契約した人間は魂を永久に神に捧げるのです。もちろん死ぬまでも神に使役させられるわけですから、その代償を支払ってでも叶えたい願望がある人間はよほどでしょう。」
「ちなみにその差し出した魂は具体的にはどうなるんです?」
「神の一部となる。ようはエネルギー源です。食われるんですよ。魂を。」
梟の指し示した箇所を読む。
「血に依りて刻まれし印。それすなわち神の所有であることを示し、その者はその命尽きるまで神に使役し、死んでもなお、魂がその神の御力の源となる。」
「これはツトメと似ている気がする。違うのは誰かの奇跡の為に魂を捧げるのか、自ら奇跡の為に魂を捧げるかの違いのようですが。」
「ええ。元々「血の贖い」の儀式はツトメの儀式から生まれたものです。それゆえに正式な過程を踏むツトメと、簡易な儀式によって行われる「血の贖い」の儀式では奇跡の規模も大きく異なりますからね。」
「なるほど。それ故に代償は同じく魂。しかし、一方は穢れなき、清廉な魂を求め、更には神々の試練を受けるのに対して、「血の贖い」は前提条件無しで、魂を捧げるだけ。思ったより条件は楽では?」
「それこそ、思惑なのです。安易に奇跡に頼った人間達の末路は必ず、悲惨なものです。それは例外なく。」
「それは先程言った三上家もか?」
「ええ。彼らの歴代当主は必ず報いを受ける。彼らは自死や事故死が異常に多い。それが偶然かどうかはまさに神のみぞ知る。と言った所ですが。」
「そうなると、神はエネルギー源獲得のために、喜んで人間と契約しそうだが?」
「ええ、まさに身近にいますよ。そうやって神の品格を貶めるようなことをする輩が。」
「まさか、黒猫さんですか?」
「ええ。正確にはクグス神です。クグス神は神使を媒介し、多くの者と契約して魂を握っている。だから、無名の土着信仰程度しか持たないにも関わらず、強い力を持っています。」
「そんなに悪い猫には見えませんけどね、黒猫さんは。」
「主よ。猫はいい奴なんて一匹もいません。最近特にあの黒猫には関わらない方がいいと噂になるほどです。事実、彼の手によって滅んだ人間は数知れません。」
「それはご忠告ありがとう。しかし、そんなに知ってるなら、どうしてここに来るまで黙ってたんですか?知識の神に仕える神使にしてはアドバイスが少ないように思えたのですが。」
「それは申し訳ない。主自ら調べ、答えを見つけることが必要なのだったのです。ツトメにしても真理にしても、「血の贖い」についても。」
「わかりました。何か訳があるなら仕方ない。分からない疑問はこの方に聞いてみるとしますから。」
倉橋は開けた古文書に記載のあった神へとターゲットを決める。そこには神樹への案内図までご丁寧に用意してあった。
倉橋は必要な情報を写真に収めると書物は全て棚に戻し、書庫を後にする。社務所にいる宮司に謝意を伝えて神社を去ろうとすると、宮司が話しかけてくる。




