第10章 ② 追い求める者
第10章 ② 追い求める者
木々深く空間の大半を覆う森の中。聞こえるのは雨が木々を打ちつけ、地面を叩く音。一頻り降る雨の中を一人の少年が黙々と歩き続けている。
雨が紺色のレインコートを着た倉橋の体に打ちつけ、体温を奪っていく。折角の登山用のブーツも雨の浸食を受け、防水の効果は果たしていない。降り頻る雨を受けても、スマートフォンの写真を見つつ、雨で滑りやすくなった道を慎重に行く。
「あと少し。あと少しだ。」
スマートフォンには平安時代に書かれた書物の一節が写る。この画像はある場所への案内図を撮影したものだ。少年はそれを頼りに、ここまで3時間。休むことなく歩き続けてきた。電波も届かないこの森ではGPSも機能しない。
この天気では当分太陽も姿を現してはくれないだろう。故に遭難した折に、空を見上げて太陽を頼りに方角でも調べるのも難しい。
少年はヘンゼルとグレーテルのようにパンのかけらを落とす事はないが、最悪のシナリオに対して木には印を刻むなど、最低限のリスクヘッジは行う。しかし行先はお菓子の家でも、相手は魔女でもない。行先は神の領域であり、もちろん相手は神様だ。加えてこの悪天候は今日の来訪者を試すように風も雨も強まってくる。
「主よ。少し休まれてはいかがか?フア様は木の精霊でもあられる。そんなに荒々しい神様ではないのなら、そんなに急ぐこともないかと。」
倉橋の神使である梟は霊体化し、倉橋の近くを飛んでいる。
「ああ、僕も休みたいが、ここら辺には休めるところもない。それにあまり時間をかけていると夜になってしまう。この森でのキャンプは少々嫌なのですよ。」
「主にも苦手なものはあるのですね。意外です。夜の森が怖いのですか?」
「いや、恐怖ではないですよ。単に夜の野外活動にはいい思い出がないだけです。」
倉橋は梟との会話も少なく、ひたすらに歩き続けた。すると、辺りが開けた場所に辿り着く。
「ここですね。」
「ええ。ここが、樹齢4000年を超える神樹。神の聖域です。」
「しかし大きいな。この木の下なら雨粒もそんなに落ちてこない。少し休み、それからフア様の精神世界に入らせてもらいましょう。」
「ええ。そうなさってください。私は入口を確認してきます。」
梟は神樹に寄りかかって座り込む倉橋を残し、探索へと向かう。
座り込んだ倉橋はスマートフォンの画像を見つつ、宮司の言っていたことを思い出していた。
遡る事一週間前。倉橋は四国のある神社を訪れていた。
倉橋は残り一つとなった証を求めてこの神社の祭神に会うこと。そしてツトメについて、関連する書物が保管されていると聞きつけ、ここにやって来たのだ。
倉橋は宮司に会長の紹介で来たと言うと、あっさりと書庫の中へと案内してくれた。さすがというべきか、関東から離れても権力者の影響は衰えを知らないようだった。
案内をしてくれた70代くらいの宮司は深い白髭をたくわえ、まるで仙人のようだ。
「会長さんの紹介とあっては案内しない訳にはいかん。しかしえらい若いと見えるが、歳はいくつかね?」
「僕は14です。そんなに年齢を気にされますか?」
「いやぁ。わしも14の孫がおる。それと比べておったのじゃ。君はとても‥深い目をしてる。」
宮司は倉橋の目を少し見てから、すぐに視線を外す。
「そうですか。少なくともツトメに関しては年齢制限はない。それに文献によれば、最年少は12歳とあった。問題はないでしょう。」
「そうじゃの。ツトメは古来から続くもの、わしらの価値観では計れん。それでも少し不憫に思っての。こんな若い子に試練を受けさせて、神のツトメを果たす。これが、神のお望みとあるならば、何という苦難であるか。君の親御さんもさぞ、心配してるじゃろうに。」
「いえ、僕の両親は心配なんて親らしいことしませんよ。興味あるのは研究だけなので。」
倉橋は冷めきった態度をとってしまう。親の気持ちという倉橋にとっては心持ちの良い話題ではなかった。どうしてこの年代の人間はこうも口々に同じようなことを言うのかと内心辟易していたくらいだ。
「ここじゃ。ツトメに関する事はここの棚じゃ。ほれ、この書物にはツトメに関すること。そして、血の贖いの儀式に関することについても書かれておる。」
渡された国宝級の古文書らは全て漢文や、変体仮名で書かれているが、倉橋は気に留めることもなく読み進めていく。
「読み終えたらまた声をかけてくだされ。わしは社務所におりますのでな。」
宮司はお辞儀すると、書庫に倉橋を残して行ってしまう。倉橋は渡された古文書や関連しそうな書物を開く。




