第10章 ① 追い求める者
このお話は物語現在から8年前のお話です。
ご承知おきください。
第10章 ① 追い求める者
研究機材を調整したり、はたまたこれから話す男の声をマイクの音声越しではあるものの、聞こうとする者。ガラス張りの部屋では慌ただしさを感じるが、その反対側にいる人々には、妙な緊張感が漂っていた。コンクリート打ちっぱなしの壁からはまだこの施設が完成していない事をうかがわせ、その計画が急遽始まったことを暗に示している。
白髪の髪が頭の後ろまで後退し、額が広がった男は、12歳から5歳までの少年少女を前にして訓示を述べる。
「君達は選ばれし人間だ。血筋、容姿、体力、知性。全てにおいて他の人間の追随を許さず、この国を支える人材だ。そして、この訓練を終えた者にはこの国の表も裏も、全てを支配する人間となる。君達の今後の活躍に期待している。」
政治家の演説に拍手を送る周りを取り囲む大人達は、軍服に、スーツに、白い白衣を着た研究員など、多岐にわたる。訓示を受けた子供達は僅か15名だというのに、その場にはその倍以上の大人が群がっていた。
国が策定した重要なプロジェクト、その名もconcilioと名付けられたこの試みは、表向きは次世代を担う人材発掘及びギフテッドの研究とされていた。この計画の詳細は一部の関係者のみが知ることとなり、秘匿名称「C-645号計画」として呼ばれる事となる。
このプロジェクトの発起人である衆議院議員大友玄蔵は後に総理大臣も務める実力者であった。
演説を終えた彼は複数のスーツの男達をつれて部屋を後にする。
彼の目的、いや彼らの目的は神の奇跡を人の手にもたらすこと。奇跡を維持し、我々が望む世界、我々が望む奇跡を作り出す事が本来の目的とされた。
その目的の達成には、どうしても若い人材が必要とされていた。その人材育成の隠れ蓑として設立されたコンキリオ機関は表向きの名目とは別に、神が霊力を元に起こす神術の研究、すなわち術式による現象操作、異空間転移に、時間操作などを研究し、その術師を育成することに注力していた。また、それ以外にも優秀な人材の輩出という名目に適う幅広い技術の習得を図った。
外国語の習得はもちろん、高度なレベルの学問的知識から対人格闘、鍵の開錠まで。まさに多岐に渡った。
その中で適性を見極められた、少年少女はそれぞれの選択をすることとなる。
しかし当初からの目的である、神の力を引き出す人間の育成は難航した。元から素質を持つ者は少なく、計画自体の危うさが指摘されていたことではあったが、その難航振りに支援者達も頭を悩ませていた。それでもその問題を解決する人材は神の意思かの如く現れる。その少年は群を抜く素質で、大人達を唸らせた、まさに逸材であった。少年は、恵まれた能力をもつ大学教授の両親から生まれ、その類い稀なる能力の高さは他の被験者とは比較にならなかった。
「私は二神と言います。君が倉橋君だね?」
実験室の無機質な空間に入って来た初老の男は自らの名を名乗り、目的の少年であるか確かめるために、一人の少年の顔を覗き込む。短く整えられた髪に、整髪料で丁寧に纏められた黒髪は、凛々しい印象を与える。スーツの下には、年齢の割に不相応に鍛えられたしなやかな筋肉の存在もあり、人一人を相手するならば造作もない、と言った感じだ。
「ええ。僕に何か用ですか?」
物怖じしない彼は、男に視線をやることなく、目の前にあるルービックキューブを揃えては時間を測っている。
「君には特別な才能、力があるよね?私達はね、その特別な君の才能、力が必要なんだ。それは理解できるかい?」
「ええ。僕が今ここにいる理由はそれですから。来るべき時がくれば、役割を果たす。最低限それさえ守れば良いと聞いています。」
揃えたルービックキューブが3つ目に入ったところで、研究員から指示が止めるようにある。
少年につけられた脳波を測る機械や、脈拍を測る機械が取り外されていき、自由に動けるようになる。
「それはある意味正しく、ある意味間違いだ。」
その意外な回答に興味を惹かれた少年は、その男の顔をしっかりと見る。少年は、男からぶつけられた、はっきりとしながらも妥協のない目つきに、気味悪い感覚を覚える。
「失礼ながらそれはどういうことですか?何かまだ従うべき命令が下されるのですか?」
「いいや、君はそのままでいい。君は物分かりがいい。親御さんもさぞ喜んでいるのだろ?」
その言葉に少年は顔を曇らせる。彼にとって両親の話はタブーに近いのだ。
幼くして海外の寄宿学校への入学や、英才教育。このコンキリオ機関に入ってからも、訓練ばかりでまともに両親と口を聞いたことがない。
幼い頃から続く両親との記憶は複雑な気持ちを呼び起こさせるだけなのだ。
「晄、あなたならできるわ。」
頭を撫でてくれた母親の温かい温もり。その手の向こうにある母親の顔には笑顔はなかった。
「晄、君のベストを尽くしなさい。そうすれば、道は自ずから開けてくる。」
厳しい父はそう言い残し、我が子が全寮制の学校に入ることを許す。
繰り返し言われたこの言葉は、コンキリオ機関に入り特殊な才能を開花させようとする訓練を前にしても、両親はそれを許可し、特に父は見送る際も眉一つ動かすことはなかった。
「父と母も、僕には興味ありませんよ。あるのは自分の研究、そしてその研究に資金を投入してくれるパトロン。無論そう言うあなたはパトロンの方のお一人ですよね?」
「そうかもしれないね。私は君のご両親の研究を熱心に応援する信者の一人に過ぎない。それでも私は君に個人的興味があるんだよ。その揺るがない意思がどこからくるものなのか。よかったら教えてくれるかな?」
男はテーブルに乗せられた不揃いのルービックキューブを片手で扱うと、即座に六面を揃えて見せた。男の手はほとんど動いていなかった。それでもルービックキューブが揃ったのは男の見えない力によるものだった。「驚き」「感動」「未知」
そう、その少年は「未知」という力に強く惹かれた。その力の仕組み、操作、根源。全てを知りたいという欲望。抑えきれない欲望は胸を高鳴らせ、その事象に対する観察や探求心は際限のないものへと昇華した。
故に少年はその衝動的感情を胸三寸に納めることなど、到底できなかった。
「未知を知ること。あなたは面白いことを教えてくれるんですか?」
「ああ、もちろん。私からだけではない、全てのことを学び、未知を知っていきなさい。」
男が手に取ったルービックキューブをテーブルに置くと、残り全てのルービックキューブが揃っていた。
この時の少年の感情はこれから起こる全ての行動の源泉となり、それを突き詰めていくために人生を賭けることになる。そうなると理解した。
「わかりました。僕はこれからこの世全ての未知を知ることを目指します。」
そう答えた少年の肩をポンと叩き、実験室を後にする。
部屋に残された少年の顔には堪えきれない衝動からくる喜びで、笑っていた。
少年は笑いながら、自ら拳を太股に叩きつけてはその有り余る衝動をぶつけて分散させていたのだ。
「クッ、ク、クハハハ!やっと見つけた、僕の目的。」
短い話ながら、二神という人物が出てきました。この人物は一体何者なのか?
んーん。気になる。
そして最後の笑いとセリフが怖い…
闇しかない…
そう思うと中学生になった倉橋はだいぶ闇を隠していることが分かりますよね。
人間は奥が深いどころか、泥沼ですね…
そんな次回も倉橋メインです。
お楽しみに!




