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第9章 ①  マルのお仕事

第9章 ①  マルのお仕事


龍ヶ峰市役所の市長室には一人の来訪者がいた。


門松建設、東堂渉と書かれた名刺を応接間のテーブルに置く黒縁眼鏡の男。眼鏡のテンプル部分にはブランドの名が刻まれている。


「今回はありがとうございました。これでうちの会社も安泰。これからもよろしくお願いしますよ。」


スーツ姿で如何にも地位の高い人間が座るであろうその椅子に、足をクロスさせて腰掛ける男。


デスクには龍ヶ峰市長

小倉成心と書かれたネームプレートが置かれている。


「いえ、私はするべきことをしただけ。それがあなたの利益に繋がったのならそれは偶然です。」

「ええ、偶然うちがダム工事を受注し、これまた偶然工期が伸び、費用高騰するも、ダムは完成した。そうすると河川の護岸工事も偶然うちでやることになるんですかねぇ?」


眼鏡の男は鼻へと少し落ちた眼鏡を、左手中指で眼鏡のブリッジにそっと触れ、押し上げる。


「それは預かり知らぬこと。国会議員と、国土交通省の方々にはそれ相応の謝礼が有れば、話は変わると、思いますが。」

「ふふ。また羊羹が必要になりそうですね。何本くらいですか?」


小倉は眼鏡の男に対して3本指を立てる。


「300ですか?それとも3000?」

「3億だ。それくらいは必要だ。無論仲介料も含めてな。」

「ふぅ。それはなかなか。社に帰って一度検討させて頂きます。」

「それは得策ではないな。あんたにはもう帰るところなんてないんだから。」


眼鏡の男が帰ろうとすると、市長の秘書が道を塞ぐ。


「おっと。これはどう言ったことですか?」


すかさず小倉が合図するとゾロゾロと、黒スーツの男3人が部屋へと入ってくる。


「どうもこうも、ない。あんたは会社からの資金とうちとの差額。ピンハネしてるだろ?」

「何を言ってるのかさっぱりですね。」

「しらばっくれても遅い。もう片は付いてる。」

「うっ!」


後から入ってきた男の一人が眼鏡の男を気絶させると、頭に袋を被せ、大きな音響機器を入れるケースに男を入れて、運び出してしまった。


「市長。彼の後任はどのように?門松建設の担当者は彼一人ですよ。」


秘書は手帖を片手に小倉の表情を伺う。


「代わりは探せばいくらでもいるよ。それより、シークレットゲストが来るんだ。君も外してくれるか?」

「わかりました。次の予定は30分後です。それまでには、よろしくお願いします。」

「はい、はい。それよりはやく出てくれる?」


小倉の指示で部屋には彼一人で、他には人は誰もいなくなる。

人払いをした小倉は白銀のオイルライターで煙草に火をつけ、一息つく。


「ここは禁煙じゃないのか?」


暗闇から現れた闇夜の使者は煙を嫌っている。


「煙を気にされますか?神使様は?」

「はぁ。俺だって生物だ。ガンになったらどうするんだ。」

「それは申し訳ない。これがないと落ち着かないもので。」

「まあ、いい。お前も悪いな。あんなことしてたら地獄に堕ちるぞ。」

「はは!あなたがそれをいいますか?これもあなたの命令の一つなのに。」

「まあな。今日はさっきの金のほうじゃない。ダムのほうだ。」

「ほう。まさか作ったばかりのダムを壊せとか言いませんよね?」

「それに近い。ダムの放流を増やして欲しい。」

「また、無茶を。それはいくら金があっても無理です。あれは渇水に備える目的で作ったんです。水をばら撒くならそもそも必要がない。」

「それをやらないとお前の人生はツミだ。」

「はあ。もう十分ツミだと思いますけどね。収賄に殺人、恐喝、タバコの煙を吸わせたので、動物愛護法違反もつけますか?」


小倉は緊張を誤魔化すように、灰皿に煙草の燃え滓を落とし、煙を吐く。


「そうだな。そこに神からの神罰も加えてやってもいい。」

「そりゃいい。どうせ罰を受けるぐらいなら、早いことこの世からおさらばさせてくれれば、あの世での罰は甘んじて受けますけどね。」

「そうもいかん。お前はこの運命を選んだ。簡単には死ねないな。お前じゃ死神だって嫌ってる。」

「言ってくれますね。まったく‥」

「まあ、嫌われ役だって悪くないだろ?それにだ、その椅子よりもっといいやつを用意してやるって言ったらどうだ?」

「それは隠喩的な意味で言ってますか?それとも直喩的な意味で?」

「無論、そのままだ。俺がDIYで作ってやる。」


黒猫の真剣な口調でのその言葉に、小倉は困惑し沈黙が生まれる。


「嘘だ。国会議員の席が空きそうなんだ。俺が口をきいてお前をその席に座らしてやる。」

「それは‥ありがたい。国政進出は悲願でしたからね。こんな状態になる前の自分は‥」


すると小倉の左手に赤い刻印が輝き、焼かれるような痛みが走る。持っていた煙草が床に落ち、カーペットに黒い焼跡を残していく。


「そんな顔をするな。まるで俺が悪者みたいじゃないか。お前が望んだことだろ?」


左手の痛みに顔を歪める小倉。それを尻目に市長のデスクに降り立った黒猫の目はどこまでも闇を見つめていた。


「は、はい。」

「そしたら、頼むぞ。先生。」


刻印が消えて痛みが落ち着くと平生を取り戻した小倉。黒猫はそれを見届けて消えてしまう。


「くそっ!悪魔め!」


怒りと憎しみに任せ、近くにあったゴミ箱を蹴り飛ばす。蹴り飛ばされたゴミ箱からは紙屑が散らばり、市長室の床に横たわる。


「市長。よろしいでしょうか?」


秘書が扉をノックをし、同意を求めてきたのに対して小倉は入るように促す。


「ああ、入れ。」

「どう致しましょうか。」

「今夜予定が入った。車を用意しておいてくれ。」

「かしこまりました。」

「あと。タバコ買ってきてくれ。」

「市長。健康のためにも少し減らされた方がよいかと。」

「わかってる!あいつが嫌うならなんでもいいんだ!あいつが嫌うなら‥」


怒号を浴びせられた秘書は眉をひそめ、部屋を出る。

再び一人となった小倉は一人部屋で落ちた煙草を踏み潰していた。



場所を移し、衆議院第一議員会館の一室。

自室で仕事をするでもなく、趣味のゴルフの素振りをして時間を潰す男。すると明かりが消え、辺りが見えなくなる。


「おい!誰か!誰かいないのか!早く懐中電灯か何か持ってこい!まったく、使えない秘書どもが。」


悪態をつく男は手探りで明かりを探す。すると明かりが突如戻る。


「は。なんだ。戻ったじゃないか。」

「ああ、戻ったぞ。久しぶりだな。玄蔵。」


目の前には見覚えのある黒猫に怯み、腰を抜かす男。


「お、お前は!なんだ!今度は何の用だ?」

「おいおい。国会議員、首相にまでなった男が猫一匹にびびってんのか?」

「お、お前は神の使いだ。」

「おー。凄いな!あの時とは違う姿なのにわかるなんて優秀、優秀。で?その神の使いが来たってことはラッキーなことが始まるのかな?」

「そんなわけあるか!」

「ピンポーン!大正解!大友玄蔵くんには収賄罪で捕まってもらいまーす!」

「な、なんのことだ?収賄なんてしてない!俺はやってないぞ!」

「ピンポーン!正解!だけど、不正解。これからやったことになるんだからね。」

「ふ、ふざけるな!やるわけないだろ!」

「じゃあさ。これ。どう言い訳すんの?」


黒猫は神術で取り出した口座の取引履歴を見せる。架空のペーパーカンパニーから大友本人の口座に合計1億2千万円ほどの額が振り込まれている。


「し、知らないぞ!こんな口座持ってない!」

「ありゃりゃ。しらばっくれるの?じゃあこれは?」


いきなりモニターの電源がつき、画面には自分と見知らぬ誰かが料亭で話している様子が流れる。男は立ち上がり、モニターの映像を確認する。

「先生。ダム建設に関してはこれで頼みます。」

「ああ、わかってる。お前のところはいつも選挙でも頼りになるしな。選挙の時にも頼むぞ。」

「ええ、もちろん。よろしくお願いします。」


映像は終わり、モニターの電源も落ちている。


「な、なんだこれは?まったく身に覚えがない。こんなやつと会ったことすらないぞ!」

「先生。議員お得意の、記憶にございません。ですか?もう、諦めてください。ほら、もう来たよ。」


次の瞬間には黒猫はいなくなっていた。

そして、秘書が慌ただしく部屋へと入ってくる。


「せ、先生!大変です!」

「な!なんだ!ノックぐらいしたまえ!」

「も、申し訳ありません。しかしこれをご覧ください。週刊誌の早刷りですが、こんな記事が!」


その文面には「大友玄蔵元首相!闇の金銭事情!金銭授受で警察捜査か?」と見出しがつけられている。


「何だこれは。」


茫然自失としてその場に立ち尽くす男。


「先生!どうしますか?先生!」

「ウッ、ア。」


秘書に声をかけられるが、男は胸の痛みが激しくなり、胸を押さえてフラつき、テーブルの物を落とす。そのまま男は倒れ、救急車で運ばれた。


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