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第5章 ⑤ 仲間とナマズと?

第5章 ⑤ 仲間とナマズと?



「おーい。死んでるか?」


実体化したマルが猫のあのざらざらの舌で、自分の顔を舐めてくる。


「おい。その舌で、毛づくろいとかしてないだろうな。」

「にぁぁ?猫は毛づくろいするものだろ?」


ペロペロと前足を舐めながら言うマルを他所に、時間を確認する。19時40分。


「ってなんでギリギリなんだ!アラームは?」

「んなもん俺が消したぞ。目障りかつ耳障りだからな。」

「アラームなんだ、耳障りなのは当たり前だろ。ちなみに目障りなのはお前の気分によるものだ!」

「もうカリカリしちゃって、そんな風にスマホに頼る生活してるから心の余裕なくなっちゃうんじゃないか?それとも電磁波が体に悪影響ってのは本当だったのかもな!」

「ああ、もう!余計なお世話だ!てかどうすんだよ?チャリでも15分はかかるぞ!」

「じゃあ間に合うじゃん。」

「いや準備とかしてないし、制服で行けってか?」

「いいんじゃん?意外と制服マニアかもだし。」

「ふざけんなぁ!すぐに準備するから、マルは先に行っとけ!」

「ほーい。」


マルはちょこちょこ跳ねるように部屋を歩いて出て行く。そこからの自分の作業は疾風はやてのごとく俊敏だった。

シャワーを浴びて、正装に着替え、勾玉と首飾りを身につける。あとは式神の札や着替えなど諸々をツトメ用バックに突っ込む。


あとは、自転車を漕ぐだけだ。正装の袴を自転車が漕げるようにたくし上げ、紐で留めればこの姿だって、自転車だって漕げる。ただし、袴で自転車を漕ぐという行為には、あらゆる箇所において巻き込みの可能性がふんだんに秘められており、一旦巻き込まれれば、茂みや田畑に転げまわることは保証できる。


なにせ裾が引き込まれて空中一回転の後、横三回転を経験した者が言うのだから間違いない。にしても夜の田舎を神主がバックを背負い疾走する姿は全国を見ても自分だけだろうし、これで空中二回転半ダブルアクセルを記録できれば、ボリジョイサーカスへの入団も現実味を帯びてくるだろう。以上経験と冗談。


しかし幸運な事にそんなダブルアクセル事件は起きず、自転車を最速で飛ばして、稲荷神社に到着する。そこでようやく改めてスマホを見る。あれ?19時45分?確かに家で見た時は19時40分だった。流石にさっきまでの出来事が5分の出来事ではないことぐらい体感でもわかる。


「おお!着いたか?どうだ?気分的には最高だろ!時短って!」


社殿で寝そべるマルは余裕綽々といったところか。こちらの息が上がっていることなどは考慮しないのは相変わらずだ。もしや労いを表現する言語を持ち合わせていないのかもしれない。


そんな彼の墓標には、「自慢」「欺瞞」「自己愛」の言葉を大きく刻み、墓標の裏には「ほんのちょっとの落ち着きと優しさを持ちましょう」と小学校の通信簿に書かれる、うるさい小僧に対してコンプライアンスと日頃の憎しみの葛藤の上に生み出されたコメント並みの言葉を刻んでやるつもりだ。無論皮肉。


「なんだこれ?はぁ、はぁ、まだ、5分しか経ってないぞ!ここにはどう考えても移動だけでも10分はかかかるはずだ。何かしたのか?」

「む?まあな。俺の凄さを思い知らせてやろうと思ってな。俺がカケルの時間を操作したんだ。」

「時間を操作?そんなことできるのか?」

「お!やっと俺を尊敬する気になったか!」

「いや、ホントなら凄いなんてもんじゃないだろ。一生遅刻しないじゃん。」


マルがずっこけて、社殿から落ちそうになる。


「いや、時を操作できるんだぞ、もっとヤバい事もできるんだぞ?世界征服だって夢じゃない。」

「またまた、世界征服とか言って、じつは世界中の人の格好を制服にする。みたいな悪魔の契約みたいなオチだろ?」

「はぁ。そんなくだらないことばっか考えてるから、モテないんだぞ。女性ってのはな、理知的で紳士な奴が好きなんだよ。分かったか?」


正直言ってそんな事をマルには言われたくない。ありきたりなモテ基準を語られても承服しがたい。そもそもモテる人というのは大体決まっているのだと、この齢14歳でも知っている事だ。


気に入らない自分はバックの中身を確認しつつ、


「そーですねー。」


と生返事で返す。


「まったく、これだから最近の青少年はなってない。文科省はもっと女性の扱い方について教育すべきだな。そうなるとまずは俺のモテ講座を必修科目にするのが最初だな。」


もうそんな事は勝手にやってくれ。まあどうせそんな講座を開くなら、扱いにくい猫の躾講座も同時開設してくれると助かるのは本音だ。


「それは結構なことだ。で?話を戻すと、実際その力ってのはどんなもんなんだ?」

「そうだな、今回はカケルの時間だけを早めたんだ。だから他の人間には普通の速度で時間が流れてる。それに対象がカケルだけだし、俺自身の力の消耗は大したことはない。ちなみに5倍速にしたから、体感では25分くらいのはずだ。」


「へぇ。それって他の人にもできるの?」

「他のやつには限定的だ。今の力じゃ、せいぜい2、30秒間早めるくらいだろう。首飾りを持ったカケルだからこそ、こんなに長い間できたんだ。」

「へぇ。でも凄いわ。意外とマルって凄いんだな。初めて尊敬したわ。」

「な、なんだ。それくらい、ふ、普通だわ!」


意外なことにお世辞に気恥ずかしくなったのか、シッポを立てて社殿の裏手に行ってしまう。


「おーい。カケル?暗いね、ここ。電灯がないから誰だかわからなかったよ。」


そんなひと悶着の間にヒカルと実体化したルナさんのお出ましだ。


「お、おう。今度はルナさんも実体化してるんだな。」

「うん。なんでも、精神世界に入るのに、実体化して入った方が、他の精神世界の影響を受けにくいんだって。」

「ええ、ヒカルの説明した通りです。で、黒猫は‥裏手ですかね。」


どうにも嗅覚で獲物の位置も正確にわかるらしい。実に恐ろしい。彼女から逃げることは何人たりとも不可能だと悟らされる。


「そ、そうです。ルナさん。マルは今から移動の準備で裏手に。こちらへどうぞ。」


自分はルナさんとヒカル、主にルナさんにだけは失礼のないように、慇懃な態度を心がける。


「なんか、固くない?まあ、格好が格好だけに、固くもなるか。」


相変わらず、料金が発生しそうな巫女姿をしているんだろうが、そんなのに一瞥もくれる余裕もなく、全身の毛が命を狙われている恐怖で逆立つ思いだ。


「そ、そうかな。なんだか、緊張シテルカラカナ。」

「いや、言葉までカタコトになってるよ。そんなカケルを少し褒めてやろう。」


そう言うと、急に自分の肩に手をやり、耳元で囁く。


「その格好‥似合ってるぞ。」


ヒカルの思いもよらない言葉と、ふわりと甘いオレンジの香りに体がビクッ!と反応する。まさに氷水につけられていたのに、熱湯を頭からかけられたような感覚に襲われて、頭がパニックを起こし、ふらふらと気が抜ける。

頭がフワフワと浮いている感覚だ。そうこうしているうちに次第に意識が遠のく。


「ヒカル。その少年には効果が強すぎます。ここで腑抜けになられては困ります。」


ルナの忠告も虚しく、その場で腑抜けになった。まさに感覚としては昇天するとはこのこと。極上の快楽に深く漬けられた自分の頭の中では、甘いオレンジの香りの天使に釣られ天への階段を昇ろうとしていた。一方現実では膝をついて頭がポォーとして歩けずにいると、仕方無しにルナは自分を咥えて運んでくれる。

ルナに咥えられて運ばれる魂の抜けた自分を見て勘違いしまくりのマルはビクビクと怯えている。


「ひぇぇ。お助けおぉ。魂を抜いた挙句、食べるなんて、そんな恐ろしいことぉ。」

「いやあ、マル君、大丈夫だから。カケルはそのぉ‥ちょっとした引きつけみたいのを起こしちゃって。すぐ元に戻るから。たぶん‥」


困惑の表情を浮かべては心配そうに自分の様子を窺うヒカル。そんなヒカルの心配を他所に、だらりと力も魂も抜けた自分をルナは平然と扱い、一応丁寧に地面に置く。


「安心してください。カケルは‥そのうち戻るでしょう。先に今夜の概要を説明してください。」

「は、はい。今夜はフツヌシノカミのところに向かいます。例によって、ISNを使って移動します。今回の神社は境内に稲荷神社の社があるので、歩いてすぐに着きます。ついたらまず、やらないといけないのは、15台の監視カメラを切ることです。そして、本殿にある入口からフツヌシノカミの精神世界に入る予定です。これを見てください。」


そう言うと、マルは自分のバックからいつの間に入れたのやら、カメラの位置が書かれた境内の見取り図を取り出してくる。


「へぇ。凄いね。やっぱ、有名な神社はセキュリティも万全なんだね。なんだか、それを突破するなんてスパイ映画みたいだね!」


目を輝かせてはしゃぐヒカルにつっこむ人はいない。無論マルはルナさんを恐れるあまり、そしてルナ自身もヒカルが好きすぎるために全てが肯定の対象に過ぎないためだ。故にもし否定的なことが起これば、無かったことになる。よってヒカルの話題には一切触れる事なく話は続く。以上無意識下の悲惨。


「黒猫。これらの機械は物理的に破壊するのではなく、我々の力で一時的に使用不能にするのですね?」

「さ、流石でございます。出来れば私の力と、ルナ様の力でカメラを分担して頂けるとありがたいのですが‥」

「ええ、いいでしょう。それくらいはして差し上げましょう。」

「あ、ありがとうございます。」


恭しく平伏するマル。このような対応は通常マルの中では、神に対してのみに行われる行動であり、神使に対して行うのは非常に例外的であることは言うまでもない。


「ではヒカル。向こうに着いたらしばらく待って頂けますか?この黒猫と、私で、カメラを仕留めて、二人がカメラに映らないようにしますので。」

「うん、わかったよ。ルナちゃんよろしくね!マル君も!」


余程恐ろしいのか、ヒカルの言葉にも平伏し続けるマル。このストレスが祟ったのか、帰宅するまでにマルの体長は5cm縮まったとか?縮まらないとか。真偽は不明だ。


「では、カケルは少し重いですが、ヒカルがささえてあげてください。では移動を」


ヒカルがカケルを受け取るのをルナが確認し、言葉を発すると


「は!御意!」


とマルが身を正し、ヒカルの勾玉に霊力を込める。すると、境内にある稲荷神社の社の前に着く。


「ではヒカル、しばしお待ちを」


そう言うとルナは消える。


「じゃあ、ヒカル。カケルを頼む。こんな伸びてるけどいざとなったら、叩き起こして盾にしていいからな!」


目の上のたん瘤が居なくなると先程より余裕が出来た様子だ。少し息を整えた後、マルもミッションに向かう。残されたヒカルは力なく倒れこむカケルの前髪を上げて額に手で触れると、その体温を直に感じる。月明りに照らされたカケルの穏やかな表情に、ヒカル自身にも隠された気持ちがふわりと浮き上がる。


「ふぅ。こんな風に二人きりなんて、ほんと皮肉だね。月が綺麗だよ。カケル。」


鼻が触れそうになるまで顔に近づいてみたり、ほっぺをツンツンしてみるが、正気には戻りそうもない。10分もすると、マルとルナが戻ってくる。


「はぁ、はぁ、ヤバイ。人間を一人気絶させてるから、走れるか?」

「え?境内に人がいたの?」


マルの言葉からも余裕は無く、事態は一刻を争う勝負になっているようだ。また罰の悪そうな表情と爪とぎする姿からは何か言いたげな様子だ。


「ああ、警備員が一人いたから、それはもう。ルナ様が‥」

「私はただ、神術で眠らせただけです。ただ、あまり長くは持ちません。そこの手水舎でカケルに水をかけましょう。それで正気に戻します。」


ルナの抗弁にマルは遣る瀬ない感情が溢れ出そうなのを恐怖で押し込めているのが分かる。


「わかった!ルナちゃん、じゃあカケルを乗っけて走れる?」

「そうですね。いいでしょう。カケルを私の背に。ヒカルも乗ってください。黒猫は本殿の鍵を開けて、入口にすぐに入れるように準備を。」

「御意!」


上位の存在から下される命令への対応は迅速なマルは、目にもとまらぬ速さで消える。

一方カケルと、ヒカルを乗せてもビクともしないルナは飛び上がるように走り、まず手水舎に着く。ヒカルはカケルを引きずり下ろすと、手水舎の手水を柄杓に入れて、気の抜けたカケルの顔に思いっきりビシャーとかける。


「ぷスゥー。な!なんだ!あ、あれ?ここは?」


自分自身天使とヒカルを混同して手を握った時点で正気を取り戻すも、事態を飲み込めずにいる。ヒカルも一瞬の出来事から目を丸くしていたが即座に切り替える。


「カケル、とりあえずこっち!走る!」


するとヒカルが握られた手をそのまま引っ張り、本殿へと向かう。先には荷物を咥えたルナが走っている。


「な、何?ここどこ?」

「説明は後!走って!」


状況を理解しないまま、敷き詰められた玉砂利を転ばないようにしっかりと捉え本殿へと必死に走る。


「よく来た。ヒカルと‥カケル!!よかった!生きてたな。入口はこっちだ。」


入口で待ち構えていたマルに誘導されるように本殿への階段を上り、鏡の前に着く。


「そしたら、俺から行くから後から付いてこいよ!」


そう言うと、マルは先に鏡の中へと消えて行く。


「よし!じゃあ私も!えいっ!」


なんの躊躇いもなく鏡の中へと向かったヒカルも綺麗にその姿が消える。


「あれ?よく見たら、そこに人倒れてない?」


不自然に倒れる警備員らしき人の姿に意識を取られる。しかしその疑問を差し挟む時間を惜しむルナが自分を突き飛ばす。

ドンッ!と押された自分からすると、軽い交通事故にでも遭遇したかのような衝撃だが、押された腰骨の痛みをさする仕草をしていた時には、既に精神世界へと到着したことに気づく。

ほどなくして時間差でルナも到着すると、危うくまた衝突事故を起こすところを間一髪で避ける。玉突き事故は避けたいのはドライバーの総意だ。以上交通安全。


そうこうあったが、何とか精神世界への侵入を果たす。




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