第4章 ⑤ ツトメに挑戦?
第4章の5 ツトメに挑戦?
「やあやあ、やって来たね。お!っと。これは、これは!八面玲瓏とはこの事だね。どの角度も素晴らしい!」
何故か指で長方形を作り画角を図るニニギノミコトの姿は、どこか見慣れた光景であることは自明の理である。
「いやぁ、絵になるね。こんな素晴らしい巫女がいるなんてね。で、何だっけ?見学ツアーかなんかだったかな?」
瞬間突風に記憶が吹き飛ばされたわけでもないだろうが、表情から見るに恐らく神の願望は見学ツアーだということは察しがつくし、付け加えて言うなら、神の好みは撮影会のほうだろう。ちなみに自分は個人握手会の開催に賛成票を投じる。
「いいえ、ニニギ様。神に献上するに相応しいお米の作り方を教わりに参りました。」
どこかの猫と同じ二面性を感じさせるヒカルの応対振りには、彼女の怖さを感じさせるが、当のニニギノミコトはご満悦のようだ。
「そっかそっか!お米の作り方ね!稲のまんまではダメな訳ね。脱穀して、精米までしろって事か。なかなか、面倒だね。」
「はい、しかしニニギ様のお力があれば、ね。」
魅惑度が180%増量中の彼女が耳元で囁く戦法には流石にやり過ぎじゃないかと、心配になるが、これが結構効いたらしい。満面の笑みを浮かべては、ニニギノミコトは精神世界での稲作を語り、田んぼを見せて回ってくれた。
「という訳で、君達は種籾は持ってるんだっけ?」
「ええ、こちらに。」
自分は狐に貰った種籾をニニギノミコトに見せる。薄肌色の籾はその主張控え目な色味に似合わず壮大な生命の始まりを内包していると思うとロマンがある。
「ふむふむ。これは。成長のまじないと幸福のまじないがかけられてる。どんな馬鹿が作っても稲穂が豊作となるように、気を回した者がいるらしいね。」
ニニギノミコトがマルに目をやるが、マルは明後日の方を向いては、しらを切っている。
「まあ、いいさ、私は巫女に免じて良いお米を作るのを手伝うだけだからね。ここら辺は使ってないから使うといい。気候は成長度合いに応じて変化するように、ここら辺を調整しておくよ。」
「ありがとうございます。それで、まずはどうすれば?」
「ああ、じゃあまず、田おこしして貰おうかな。鍬はあるみたいだし、男二人なら何とかなるでしょ。田んぼの土を混ぜる!はい!頑張って!」
そう言って男二人の背中を叩いたニニギノミコトは、ヒカルとマルを連れてどこかにいってしまった。残された自分とツヨシは鍬を持ってひたすら耕すことになった訳で、黙々と1時間以上やり続けたが、全面の半分もいってないのが現実だ。
かと言ってこの精神世界の気候は現実の太陽や、風との違いを感じさせることはなく、
単に季節が春の設定になっているくらいなものだ。それでも現実の湿度の高い重たい南風が爽やかな東風となって肌をくすぐるのはこの世界に感謝すべき点だ。それでも肉体労働におけるエネルギー消費は避けがたい。以上以下体力消費。
「いやぁ、キツイ。なんだこれ、手も痛いし。もう握力なくなってきた。」
畦道に腰を据え軍手を外すと血豆が出来ていた。軍手にも滲んだ血を見た自分は改めて農業を行う人間に感服の念が尽きない。この程度で既にキャパオーバーの仕事量もだが、筋肉痛が明日へのキャリーオーバーが確定していることには嘆かざるを得ない。
「ああ、こんな人力で畑耕すくらいなら、ミニ耕運機でも、持ってくれば良かったな。」
流石のツヨシも耕し切れずに残された農地を見ては、嘆息をするほど限界のようだ。
「いや、この規模じゃダメだ。トラクターだな。こりゃ。」
それに合わせて愚痴っていたところに、ニニギノミコトとヒカル、マルが戻ってきた。ヒカルのその手に抱えられた籠には生い茂った苗を籠いっぱいに詰められている。その新緑の苗は、すぐにでも腰ほどまで成長を見せそうな生命力を放っている。
「え!それはここの苗ですか?」
「いやいや、君達の苗だよ。神の力を持ってすれば、短時間でもここまで大きくなる。ってあれ? まだ、半分もいってないじゃん。仕方ないないなぁ。じゃ、秘密兵器導入!」
どうやら自分たちの窮状を見るや、何やらニニギノミコトは策を弄してくれるようだ。彼は懐から取り出した物を操作し始める。神が操るのだから魔法の杖か、老師が扱うような巻物を想像するが、そこは現代だ。半導体集積回路を用いた現代の魔法の杖兼巻物と言えよう、詰まる所タブレットだ。ニニギノミコトは文明の利器で、何度かタッチパネルを操作すると何かに信号を送ったようだった。
するとしばらくすると、ごごごごごご。と機械音が聞こえてくる。まさにトラクターの音だ。音はどんどん近づいて来て全貌が明らかになった時男達は歓喜した!
真紅のボディ。金色のホイール。屋根付きで、雨天時だってヘッチャラ!なんといってもこの正面の顔付きがたまらない!ハンマー社製のHT498じゃないか!
「え!マジわかる!わかるの!なんだよ、はやく投入しておけば、良かったよ!いやマジ凄くない?カッコよくない?しかも無人だよ!無人で動いてんだよ、ヤバくない!」
思わず上ずってしまうような身振りや神らしからぬ発言が興奮を物語っている。
「いやぁぁあ。凄い!こんな最新のトラクター初めて見ました!綺麗なボディだなぁ!」
「いやわかる!こんなの見た事ないわ!うわ!しかも自動で、耕起してくれてるぅぅ。」
あまりに感銘を受けたツヨシに至っては感泣していた。
「そうかそうか、少年達。この感動が伝わるか。よしよし。」
志を共にする真であり、新の同志であることを認めた男子2人を肩に抱くニニギノミコト。
「はい!ニニギ様。自分この感動は一生忘れません!」
「はい!自分も一生忘れません!」
自分達が熱くなっているのをヒカルとマルは冷ややかな目で見つめていた。
「いやぁ、何しに来てんだ。こいつら。てか、機械あんならさっさと機械使えよ。そもそも、機械あったら20分あれば終わってたし、あいつら踊らされてたのわかってんのかなぁ。」
彼女の声は盛り上がる我々には全く届いてはいなかったが、もし聞こえていたならここまでの苦労に対する憎しみが生まれていた。故に知らぬが仏とはまさにこのことだろう。
「いやぁ、馬鹿だね。可哀想な人達。その事実は可哀想だから、言わないであげよう。せっかく盛り上がってるしさ。」
マルはどうでもよさそうに欠伸をしては心地よい気候に脳内活動をスリープモードに移行しかねない状態だ。
「てか、機械使うって神様なのに、ありなわけ?そもそもさっきのまじないとかでなんとでもなりそうだけど。」
「ふあー、それは多分言っちゃダメなやつだね。ニニギノミコトの趣味だからね。それ言ったら傷ついちゃうよ。正論故に傷が深くなるからね。絶対ダメね。はい禁句。」
そんな会話がなされていることなどつい知らず。男達とニニギノミコトがこれでもか!とばかりに熱い農機具熱を語り合うこと、1時間!
燃えるような情熱を注ぎこんだ激しい談義に男たちは共感の嵐が吹き荒れていた。
「いやあ。凄いよ!君達!ここまでとは、恐れ入った。まったく妻には理解されなかったこのトラクターの素晴らしさをここまで共感してくれるとは!」
「いえいえ!ニニギ様の気持ちわかります!こんな素晴らしい物はないですよ!」
「ホント素晴らしいです!」
「そうかそうか!って盛り上がり過ぎたけど、話しを戻そう。本来なら多くの工程があってそれをじっくりと説明し、一生に最高のお米を作り上げたい気分だが、君達も時間が惜しいとのことだ。少しばかり工程を端折らせてもらうよ!」
そう言ってニニギノミコトが指を鳴らすと、田んぼには地面から水が一面に染み出して田畑を覆う。
「よし!そしたら代掻きだ!今度は自動ではなく手動でトラクターを動かしてはみないかい!」
彼の夢のような発言に「おぉぉお!」と二人は再び熱狂していると、いつの間にか後ろには天女の様に白い羽衣を纒う美女がいた。そう、熱狂の宴の終焉はあっけないものなのだ。人の夢と書いて儚い。この場合はネ(しめすへん)に 咼で禍。であったかもしれないが。




