第4章 ③ ツトメに挑戦?
第4章の3 ツトメに挑戦?
「つれないやつだなぁ。カケルは。せっかく可愛さで落とす練習をしようと思ったのに。」
気づけば先程のポーズに対する反応が鈍かったのが不満なのか、木に爪をたてては爪とぎをしている。
「はいはい。それで?どこにいるの?ニニギノミコトは?」
ガリガリ音を立てる黒猫を他所に周りを見るが、後ろにはうっそうに繁った森。前には田んぼと遠い向こうに山が見えるくらいで、何もない。
「おおし、少しは紛れた。えっと、多分あっちじゃないか?なんか煙上がってるし。」
ストレス軽減を図るために文字通りの爪痕を木に残し終えた黒猫は煙の方向へと歩いていく。
「そんなんで、決めていいのか?行き当たりばったりの無計画すぎて、怖いんだが。」
「まあ、落ち着け。精神世界はそんなに広くない。10分も歩けば着くだろ。」
そう言われて、自分は何も考えずに歩いた。
10分後。
「あれ。まだ着かないのか?」
「まあ、あと少しだろ。」
20分後。
「あの。そろそろ着くはずじゃ。」
「まだ!まだ!あと少し!」
30分後。
「おい。あと少しってあとどのくらい?」
「まだ、少しし歩いてないだろ。ほんのちょっとだけさ。」
そう言われて自分は、ペースを上げる。
それにつられて黒猫も小走りになっていく。
2時間後。
「あのら、ほんと、どこ。ここ。いつ着く?」
さすがの自分も息も絶え絶えになりながら、黒猫に問いかける。
「はぁ、はぁ。ホントの事言っていい?」
「え?ふぉんとのことって?」
「もう着いてるはず、なんだ。目的地に。なのに辿り着かない。完全に神隠し状態だ。」
その事実を聞かされて、がっくりときた自分は戦意喪失状態になっていると、黒猫も、もう限界のようだ。
「なあ、これ、帰れる?」
「いや‥帰れないかも。」
それを聞いた自分は崖の下に落とされたのに、上から岩が落ちてきてその岩に潰される思いだった。そこから動けなくなった自分達は暫くは何も動かず、無惨にも地べたにペターんと伸びていた。
「おいおい、突然の来訪者にはそれ相応の報いを、と思ったんだが、やり過ぎたか?」
そう言って倒れた上から覗き込んでくる、一柱の男の姿が見えた。
「ええ、もうごりごりです。どうかお許しを。」
朧気な視界に映る男に自分が力なく答えると、
「そうかそうか。ほら、そこの黒猫も。もう立てるだろ。2時間歩いて1時間は休んだんだから、休養十分だろ。」
そう言って男は手荒な往復ビンタで黒猫を起こしにかかる。その様は完全に動物たちを愛護する団体が見たら、彼らは狂気して押し寄せそう。そんな有様だ。その男の姿は弥生時代の豪族が着ていそうな、上は衣に、下はズボンのような袴スタイルだ。
「全く。神使が出払ってる時に限ってくるんだから。私自らで向いたんだ。それ相応の対価は支払って貰うよ。」
往復ビンタを終えた分厚い手を自分にも貸して起き上がらせてくれた。
「え?まさか、ニニギノミコトですか?」
「え?まさか、じゃないよ。こっちだって仕事あるのに、わざわざ来てそのリアクションかい。で?要件は?」
「ええっと、お米貰えますか?」
黒猫の辞書を批判しておきながら、自分の辞書に「忖度」や「礼儀」が存在しない。そのため直球勝負で挑んでみたものの、流石に不味かった。相手はフルスイングで打ち返し、ライナー性の打球が投手を襲う。その速度は投げた球より速く、思わぬ反撃に不意を突かれてしまう。
「はぁ?まったくね。君ね。こっちがどんな思いで、お米作ってると思ってるわけ?こっちは~」
初速の速さもさることながら、飛距離も長くなったので、以下省略。
ずいぶん長いお説教を正座して聴いて、折を見て黒猫が砂金を差し出す。それを見ると少し態度は軟化した。
「はぁ。こんなんでねぇ。まぁ、作り方なら教えてやらないこともないけどさ。」
と言いつつ、しっかりと砂金の入った箱を抱きかかえていた事は見逃すまい。
「いえいえ、先程は失礼を申し上げました。この者もしっかりと反省しております。ですから何卒ご教授願いたい。」
黒猫に促されて、自分もお詫びする。しかし、いつもの黒猫の態度と神様に対する態度の違いがありすぎて、もはや別猫ではないかと疑いたくもなるほどだ。
「突然来られてもねぇ。こっちも準備ってのもあるしさ。まあ、いいけど。で?巫女さんは?」
「は?巫女さんとは?」
「いやだから、祈祷すんのに、男だけでどうすんのさ。何?君が女装すんの?そんで、その女装した巫女紛いが祈祷したものを神に献上するつもりな訳?それはちょっとねぇ。」
こちら側の人選に難色を示す神は何やら心休まらぬ、やんごとなき事情があるとの言うのだ。
後に黒猫に聞くに。ニニギノミコトは女性を所望しており、オス猫と男子ではやる気が起きないらしい。全く私的な理由をさも必要不可欠な事項かのように挙げている神様にどれほどのご利益があるのかと訝しげに思えてしまう。
「ええっと。ニニギノミコト。巫女については何とか致しますので、ご協力のほどはどうかお願いできますでしょうか?」
「え?巫女も何とかなる訳ね。じゃ協力してあげるよ。て、あ、やばい。もうこんな時間じゃん。妻に怒られるから、適当に今日は帰って。また巫女さん連れてきたら、色々案内とかしてあげるからさ。」
ほら!ほら!と手をあっち行けとばかりにするが、どこに行けと言うのだろうか、帰れなくて困っていたのに。
「いやぁ。お恥ずかしながら、どこから帰れば?」
追い立てられた所で行く当てのない自分たちは神に交渉する。
「え?もう。手間のかかる子達だな。はい!さようなら!」
するとニニギノミコトが自分達に触れると、またあの感覚に陥って、そして稲荷神社の所に戻っていた。
「おお。凄い。流石、神様。なんでもありだな。」
「てかカケル!事前に説明したろ。作り方を教わるって。何にを聞いてたんだか!」
黒猫は若干怒っている。確かにあれは自分の不手際であり、黒猫に救われたのは事実で、それに関しては感謝してる。
それを伝えると、黒猫は、
「じゃあ、カケル。俺の事はちゃんとマル様と呼びなさい。黒猫なんてどこにでもいて、尊敬の念を感じないからね。」
体をクイっと回して境内の外へと向かうマル。
「はいはい。マル様。今回は誠に申し訳ございませんでした。今後鋭意努力致しますので、どうか御助力頂けると幸甚でございます。」
「おい!全然反省してないな!まったく。まあ、その態度がいつまで続くかが見ものだな。」
とまたあの悪い顔が後ろからも見えていた。
そして、その悪巧みの正体は翌日になって判明する。




