第3章 ③ ここから異空間?
第3章の3 ここから異空間?
あたりはまだ暗く、明かりらしきものも見当たらない。夜なので小声で黒猫を呼ぶ。
「おーい、どこだ?」
生憎まだ暗闇に目がなれず、手探り状態だ。
「こっちだ、カケル、っておい!尻尾掴むな!」
黒猫に言われ慌ててモフモフの触感を手離す。
「おっと、ごめん。真っ暗でさ、何か明かりない?」
「おい、しっかりしてくれ、明かりはバックに懐中電灯とスマホの二つもあるだろ。」
「ああ、そうだった。でここは?」とバックをあさり、懐中電灯をつける。するといつもの黒猫が視界に入る。
「うっ!ここはカケルの家から一番近い稲荷神社だ。ったく、眩しいからあんまこっちにあてんな。」
「ああ、ごめん。ごめん。」
そう言われて周りを懐中電灯で照らしてみる。どうやらこの狐の石像から自分達は出てきたらしい。それになんだか見覚えがある神社だ。
「しっかしなあ、ここから帰るのが面倒だな。おい、確かカケルのスマホで調べられるんだろ。」
「え?まあ、調べられるけど、そもそもなんでピンポイントで移動できないわけ?」
「わかってないな、神使の力はいつでもどこでも使える某有名漫画のピンク色のドアほど便利じゃないの。」
「なんだよ、それってどこ○もドアじゃん。」
「そういうことは色々権利関係があるから直接言えないんですぅー。」
そういうふざけた返しをしてくる。正直、権利どうこうを言う前に倫理どうこうを気にしたほうがいいとは思う。
そんな事をしていると後ろの階段の方向から足音が聞こえる。自分は慌てて懐中電灯の明かりを消す。
「あの、誰かいらっしゃるんですか?」
この声感じから若い男性がやってきているのがわかる。しかしだ、こんな平安貴族の格好の奴が、それも深夜の誰もいないこの場所にいるのはかなり怪しい。それに何て説明するのかも面倒な上に、通報などされると余計にまずい。
つまり、どう転んでも普通ではない奴として通報は免れない。よって自分はとっさに黒猫を抱え社殿の裏側へと隠れる。
「おい、しばらくやり過ごすぞ。」
黒猫にヒソヒソ声で話すと、黒猫は黙って頷く。
「おーい、誰かいないんですか?」
相手は続けて暗闇に話しかけるが、返答はなく、静寂に包まれている。しばらく辺りを見回していたようだが、何もいない事を確認したのか、立ち去ったようだ。念のため、社殿の正面方向をもう一度窺って、誰もいない事を確認する。
「危なかったな。ここの神社の人かな?」
「だろうな。深夜に懐中電灯なんかつけるもんだから怪しまれたんだな。」
「でも、しょうがないだろ。真っ暗で見えないじゃ、何もできないし。」
「まあ、いいか。今日は疲れたし、さっさと帰ろぜ。」
黒猫は猫がよくやる伸び。ネコ伸び、とでも言うのだろうか、体をグィッと伸ばし、体をブルブルさせるストレッチをして、社殿の裏側から出ていく。
「おい、待った。まだここがどこかわかってないって。」
勇み足の黒猫に言うが完全無視だ。自分は慌ててバックからスマホを取り出すと、まだ暗闇の中でスマホの光がピンと周りを照らす。地図アプリを開き、現在位置を調べると、吉山町稲荷神社とある。
「おーい、わかったぞ、ここから歩いて20分くらいだぞ‥?」
社殿の裏から出ると、ドンと何かにぶつかる。あれ?こんなところに壁あったかなと思うくらいの衝撃に、自分は尻もちをついて、地面に転がる。転げて擦りむいた手の平を気にしつつ、前をむくと、
「いってて‥え?!」と驚きの声が上がる。
いきなり人が現れ、気が動転した自分は、
「すいません!すいません!もう帰るので!じゃあ、さようなら!」
と無理やりこの場をやり過ごし、立ち去ろうとする。
「こちらこそ、すいません!そうですか、それではさようなら‥ってならなくないですか?」
相手は至極冷静なようできっちり右肩を押さえられた。
「で、ですよねー。で?」
「で?って、あなたどちら様‥あれ?中森?」
苗字で呼ばれるのは学校の先生くらいで久しぶりな感じだ。自分は目の前の顔をよく見る。
「ってあれ?倉橋か?いや、はて、しかし、偶然だなぁ。しかしこんな時間にこんな所で何してんの?」
焦って自分はしどろもどろになりながら、誤魔化すために質問する。
「いや、それはこっちのセリフだよ。なんかしてたの?」
「いやー、ほんとなんだろね。何か、たまたま、ここに、いた、感じ?」
「ふぅーん。たまたまか。」
口調以前に全身から溢れる出る不審者オーラからか、完全に疑われている。
「私はここに来て見張りついでに掃除をしてたんです。そしたら、物音がするから覗いてみたら、君がいたから。いや、でもよかった。てっきりお賽銭泥棒かと。」
「そんなバカな、自分も神社の息子。そんな罰当たりなことするもんか。しかもこんな格好で。」
「ですね。それで?どうしてここに?」
倉橋の眼光は鋭く、まるで、刑事に取り調べられているみたいだ。
「いやぁ、それがぁ‥」
何か上手い言い訳がないかと思案していると黒猫がいることを思い出す。
「あれだ!猫!うちの猫がさぁ、いなくなって。それで探してたらここに。」
「ふぅーん。そうですか。さっきはたまたまって言わなかった?それにその格好は迷い猫捜索には不便過ぎな気がしますけど。」
んーん。なかなか鋭い、いや真っ当な観察眼をお持ちで。これは本当のことを言うしかないか。そう思った矢先
「ニャーオ」
と黒猫が猫らしく自分に擦り寄ってきたではないか。まさに「渡りに船」正確には「窮状に猫」だろうが。
しかしそれを見た倉橋は全てに説明がついたように態度が変わる。
「そうでしたか。そう言うことなら疑って申し訳ない。近頃は変なことも多いから。」
そういうと立ち上がるのに手を貸してくれた。やけに物分かりが良すぎる変化が薄気味悪いがそう言う時も人間あるのだろうと、我田引水かつオプティミズムな考えでその場面を素通りしていく。
「いや、こちらこそ、驚かせてごめん。でも変なことって?」
「ああ、近頃は神社の境内で人影を見るって噂があってね。それで、ここの神社の管理者として確認しておかないと、と思ったんだけど。そしたら‥」
「ああ、そしたら自分を見つけて、とっ捕まえた。って訳か。」
「まあ、そういう訳なんだ。本当に申し訳ない。」
「にしても、倉橋の家って神社だっけ?」
「いや、うちは分家にあたるんだ。ここは叔父さんが元々宮司をしていたんだけど、2年前にガンで亡くなってね。それからは無人なんだ。一応うちで管理はしてるんだけど。」
「そっか。知らなかった。で?その人影の正体はわかった?」
「いや‥今日初めて確かめに来てこれだったから。」
「そうか。それは残念だったね。そう言えばツヨシがうちの神社の森に何か出たって言ってたけど、それって本当?」
「ツヨシ君か。私は彼に直接話した訳ではないからどのように伝わったか知らないけど、それは10年以上昔の話で、幽霊ではなく光が漂っていた。っていう話をしたんだけど。」
やっぱりというか、そんな事だと思った。アイツにはちゃんと伝聞証拠の恐ろしさ教えといてやろう。
「そしたら、ただの噂話に過ぎないのか。」
「そんなところだね。もちろんその続きでここの神社の人影についても話していたのに。」
「そしたら、人影を追っていた方が余程マシだったってことか。」
「ん?まさか、幽霊を探していたのかい?」
そう言われて、倉橋にハイそうですなんて言えない。バカにされるのは目に見えている。
「いや、まあ、にしても、こんな時間だし、もう帰るわ。」
「そうだね。僕もそろそろ帰ろうかと思ってたんだ。あとさ、その格好は不便だから着替えていけば?」
「あ、えっと、いいんですか?」
「どうぞ。ここの平屋でよければ。というか着替えある?」
「ありがとう。えっと着替えは‥あるから大丈夫だわ。そしたら着替えさせて頂いても?」
「どうぞ、人が居る訳ではないから綺麗とは言いませんけど。」
そう言うと、倉橋は神社近くの平屋に案内してくれた。中は今すぐにでも普通に人が暮らせそうな感じの家だ。とても人が住んでいない空き家には見えない。そんな事を思いつつ、自分は遠慮なく、と言うか図々しくも、持ってきていた着替えに着替える。にしても、ばあちゃんはいつの間に着替えまで、末恐ろしい。
着替えを終えて平屋を出ると倉橋が待っていてくれた。正装の嵩張り方はとんでもなく、バックに冠とかを入れるには苦労したため、異常な形に盛り上がったバックを背負い、黒猫を抱えて歩き出す。
「にしても、こんな深夜にそんな格好で迷い猫探しですか?何となくは見当はついてますけど‥」
「それは、その‥」
誤魔化すのは得意じゃない自分にはこの手のツッコミには対応し難い。すると黒猫が
「いいんじゃないか?話してもコイツ普通じゃないから。」
さっきまで大人しく猫をしていたかと思えば話しかけてくる。
「いや、さすがに普通じゃないって私も自覚しているが、さすがに言葉を選んで欲しいな。黒猫さん。」
なんの違和感も無く倉橋が普通に黒猫と会話し始める。
「いやぁ、そんな黒猫といきなり話してるって?えっ?」
「ほらな、コイツ普通じゃない。」
「そりゃ、神使の言葉くらいは聞き取れますよ。契約を交わした者ならね。」
「契約?何それ?てか、えーっ!?」
「まあ、いいさ。どうせまた今度会うだろし。じゃあ僕の家はこっちだから。じゃあ。」
どうやら倉橋は謎を振りまいておいて、回収しない。絶え間なきモヤモヤ。イヤミスならぬモヤミス系作家の気質を持つらしい。
「おい、どうゆうことだ?お前と会話してたぞ。それに契約って!」
「まあ、まあ、落ち着け。明日になったら話してやる。今日は帰って寝ろ。だいぶ力も使っただろう、あまり騒ぐと魂抜けるぞ。」
そう言われると抗えない。何せ尋常無く疲れているのは本当だ。
「てか、誰のせいで魂抜けそうになってるんだか。そもそも、そろそろ歩け!」
自分がそう言うと黒猫は
「猫はもぉ、あるけニャい。」
と凄まじい、猫アピールで全力で歩こうとしない。どこでカワイイアピールしてんだコイツ!
結果として、深夜とはいえ、夏のジトっとした暑さの中、重たい荷物と、猫一匹を抱え家路に着いた。まったく、なんて日だ!以上憤怒。
知らぬ間に腕の中で抱えた黒猫はスヤスヤと眠りに入っていた。それを見て不覚にも「可愛い」なんて思ってはいけない。寝ぼけたこやつの爪が腕に刺さり、血だらけになる憂き目にあったのだから。
てか、そんなことなんだから霊体化すれば良いのに。
それに気づいたのは次の日のことだった。
ああ、無常。




