第3章 ② ここから異空間?
第3章の2 ここから異空間?
「いや!どうして、死ぬ事になるんだよ、そんな事聞いてない!」
他人の痛みに酷く共感性を持てず、ひたすらに自己の利益を貪る。そんな横暴に断固として抗議する構えを見せた自分に何ら歯牙にもかける素振りもない。
「聞いてないってそりゃ、言ってないもの。」
結果、気怠るそうに居直る始末だ。
「あのなぁ、人間の魂と肉体を一緒に運ぶってことはそれすなわち、升に入った水を急に横に動かす事と一緒だ。するとどうだ?水がこぼれるだろ。それと同じ道理で、升が肉体、魂が水で、動かせば動かすほど、水がこぼれるように、移動すればするほど、魂がこぼれて、最終的に死ぬ。という理屈です!はいっ!めでたし、めでたし。」
「いや!それじゃあ、死ねってことか?死ぬかもしれないとわかってこの後もツトメを続けろってか?」
「だから!ここの神様が重要なんだって。俺の話聞いてた?」
「は?いや、どっちにしろ、移動するたびに魂削ってたんじゃ、クリアできるわけないじゃん。」
そんな自分の弱気な言葉を聞くと、黒猫はしたり顔になる。
「ははん(笑)そうおもうだろ!俺はそんな事も対策しない無能な猫とは違うのさ。俺は三日三晩、三食昼寝しながら考えてたらついに思いついた!ここのシステムを利用しようと!その名も!稲荷神社神使ネットワーク!略してISN!」
誇らしげに語る黒猫だが、よくよく考えると、こいつ!テキトーにいつも通りの生活してた時に思いついただけじゃん!しかも謎の横文字!
「は?何その、意味わかんないやつ。ISN?結局のところ何?」
「いやいやマジでここのは凄いぞ。」
ニャッホンと咳払いをして背筋を伸ばし、漫談師のように話し始める。
「なんと、なんと、驚くことなかれ、なんてったってここの神様であるウカノミタマノカミは日本全国に神社や祠、石碑にいたるまで、全てがそろっているのであります!それを利用して、なんと!あ、なーんと!移動できるんです!」
「うん‥で?」
「ああもうバカだな!俺がお前を死なないように移動できる手段を考えてやったの!つまり!このISNを利用すれば、現実世界を経由するんじゃなくて、精神世界を経由するから肉体や魂への影響が少なくなるんだよ!わかったか?」
少し考えをめぐらせたが、どれほど凄いのかはいまいち理解出来ない。ようは死ななくて済むらしいと言うのは理解出来たが。
「へぇーやるな!お前!」
全く社交辞令的な褒賞だが、それでも黒猫には効果があるらしい。
「そうだろ!まったく、大変だったぜ。ここのシステムを利用させてもらうにはもろもろの許可を得なきゃ使わしてもらえねぇ、そんだから、ここを司る神様を選んだってわけ。」
「つまり、課題クリアのためにここのISN利用許可も同時に申請したってこと?」
「そう!やっとわかったか。で、今からその結果もついでに聞き行くわけ。」
そう言うと黒猫は自慢気に歩いている。尻尾を立てて歩く黒猫に気づいた狐の神使が話しかけてくる。
「お二人様、ISNの申請及び管理局でしたらこちらです。そしてこちらお預かりしていた荷物です。」
見るにさっきとは違う狐のようだ。
「あっ、すいません。お手数お掛けして。ほら、カケル、いくぞ!」
荷物を自分に持たせて黒猫は先に行く。主従関係で言えば、自分は完全に従者、いや、ポーター的な存在なんだろうか。いずれにせよ、こいつが自分を下に見てるのは間違いない。
「ああ、わかった。」
自分も渋々ながら黒猫の指示に従うには従うのだ。もちろん黒猫に指図されるのは気が進まないが、ちゃんと考えているところは信頼できそうだ。その形ばかりの信頼に対する証として従うのだ。そうは言っても、なるべく分かってる事は早く教えてくれればなお良いが。
そんな事を思いつつも、管理局に着く。管理局は宮殿の外、すぐ近くに建物がある。中は待合用に木の椅子が並び、カウンターに係の狐がいる。イメージは役所とか銀行みたいな感じだ。
「はい、そこ、申請許可についての結果ね。2番カウンターでお呼びしますので、しばしお待ち下さ~い。」と手前の案内係の人に25と書かれた木札を渡される。木札をもらい、2番カウンター前の椅子に座る。黒猫も猫ながら、椅子に乗る。
「はい、お手持ちの木札25番でお待ちの方。こちらのカウンターにどうぞ!」
係員の狐が手持ちの資料を手に呼び出す。案外早く呼び出された自分達は、カウンターで相対する眼鏡をかけた狐を前に座る。
「えーと、あなた方はクグス神の神使に使者ね。えーと、あった、あった。申請ですが、残念ながら不許可です。」
「え?不許可?!なんで!なんで不許可なわけ?」
窓口越しに黒猫が猫パンチを繰り出しかねないレベルで食ってかかるのを自分は抑え込む。
あまりに喧嘩っ早いその動きに、動揺した担当者の眼鏡がズレるほどだ。
「残念ですが、あなた方は申請基準を満たしていません。ですから、不許可です!」
さすがの担当者も眼鏡を直して気を強く持つと共に、語気を強めて対抗しようか。という雰囲気だ。
「いやいや、まってくださいよ。申請基準って?」
「もちろんご存知の通り、ISNは稲荷神社、もしくはその傘下にある神使が利用できるシステムであり、それを満たさないあなた方は不許可となります。」
「いやだなぁ、わかってますよ。これですよね。これ。」
怒りを鎮静化した代わりに、今度は反社会勢力ばりのダーティーな贈り物を送ろうとする。いわゆる袖の下を渡そうと言うのだ。見るに堪えない実に姑息な手法だ。反吐がでる。
代わりに出たのは、オロオロの方だったが…。以上回想。
「残念ですが、私どもには通用しませんよ。」
意外なことに公平無私な狐は応じるつもりはないようだ。時代劇とかなら、「おぬしも悪よのぉ。」「いえいえお代官様ほどでは」「はっはっはっ」となる展開だろうが、現実の精神世界ではそうはいかないらしい。殊に自分で言っていて違和感しかないのだが、「現実」なのに「精神世界」なんだかなぁ。以上脇道からの袋小路。
黒猫は「それなら‥」と何やら担当者に耳打ちをする。
すると明らかに血相を変えると、窓口の狐は急いで上司らしき狐に相談をしに行く。複数の狐が集まり、ザワザワとし始める。しばらく押し問答があって話がまとまったのかと思うと、上司の狐が
「大変失礼しました。こちらに不手際があったようで。申請の件ですが、許可がおりていましたので問題ありません。許可証の発行がございますのでしばらくお待ちください。」
どういう訳か、さっきとはまったく違う対応だ。自分は黒猫の行動を不審に思い、小声で探りを入れる。
「おい、何言ったんだ。何かさっきと対応が違ったぞ。」
「え?まあ、いろいろあんだろ、いろいろ。」
と誤魔化されたが、確実に何かダーティーな感じがしたが、ここはあえて目を瞑ることにしよう。なにせ、ここの許可なしでは自分の命すら危ういのは身をもって理解している。しばらくすると係員の狐が戻ってきた。
「はい、お待たせしました。こちらが許可の証である勾玉です。こちらがあればISNの利用が可能となります。」
気のせいかもしれないが、動揺しているのか担当者の渡す手?前足?が震えている。
「ありがとうございます。今後ともよろしくお願いしますよ。」
言葉こそ丁寧だが、その黒猫の目は確実に善人、いや善猫の姿ではない。例えるなら、法外な金利で、お金を貸し付けて借金地獄に陥れる闇金が、ニヤリ顔で去っていく姿をイメージしてほしい。
自分はそんな闇金の取り立ての下っ端で、悪事の片棒を担いで管理局を出ていく。なんとも言えない感じだ。
「いやー良かった、良かった。これでまずは第一関門突破だな。」
黒猫は意気揚々と歩き、貰った勾玉を首にかける。
「なんかさ、これ貰ってよかった訳?」
貰っておいて今更ながら、後ろめたさを感じる心を自分は持っているのだ。
なるべく善人でいたいと願う善良な市民なのだ。以上良心の呵責。
「何言ってんだよ、さっきも言っただろ。これ無しじゃ何もできないんだ、いいから、カケルも身に着けろ。」
そんなことは歯牙にもかけない黒猫とギャップに遣る瀬無さを感じつつも、渋々首から勾玉をかける。
「それで?これでどう移動できる訳?」
「え?そうだなぁ。まず行きたいところを目を閉じて、イメージ。」
「イメージ。」
「そして、クラウチングスタートの姿勢。」
「クラウチングスタートの姿勢。」
「オーユア、マーク。」
の声で、なんとなく何か起こるのかと筋肉がビクッと動いたのがわかった。
「セット。‥」
「パン!ってな感じではない。」
黒猫の目論見は理解した。ようは完全に遊ばれた。黒猫は腹抱えてジタバタ笑っているが、冷静に考えれば、こんな格好で近代の陸上の要素が入ってくる訳ない。
「おい、ふざけてないで、教えくれよ。」
「ああ、ごめん。ごめん。こっちだ。ついてきな。」
自分をおもちゃにして喜んでいる黒猫の案内で塀の外へと歩いていく。塀の外はさっき見た石碑や石像ばかりがズラーと、一面に広がっていて、トンデモない数だ。これを一つ一つ数えるとなると途方もない時間がかかるだろう。
そんな異様な数の石の墓場みたいなところを黒猫はズンズン歩いていく。自分はおいていかれそうになり、呼び止めるように話しかける。
「なあ、そっちに何かあるのか?さっきはあっちの通りから来ただろ。」
「あー、そうだな、まあ見てなって。ほら、ちょうどみたいだぞ。」
黒猫が指し示している方向を見ると一匹の狐がいるようだ。狐は一つの石碑の前に来て石碑に触れた。するとどうだろう、一瞬にして姿が見えなくなった。
「これはつまり、この空間に入ってきた時と同じように、触れることで空間移動ができるのか?」
「そっ、そんでもってこいつらぜーんぶ、外の世界に繋がってる石碑や石像。まあ、全国にあるからなぁ。正確な数や位置は俺にもわからんが、まあ、この勾玉があれば大丈夫。」
と黒猫は勾玉を天にかざす。すると勾玉が光りだし、小さな光りの筋が三時の方向を示す。
「よし、こっちだな。そしたらカケル、もうちょいこっちみたいだぞ。俺らの家の方は。」
「まさか、その勾玉が出入り口を教えてくれるのか?」
「ああ、こんなおんなじような石碑や石像ばかりで、いちいち覚えてられるか。だからみんなここの神使はこの勾玉をたよりに移動してんのさ。」
「へぇ、便利だなこの勾玉。」
としみじみと眺めてみるが特別凄い感じはしない。見た目はただのヒスイの勾玉だ。そうこうするうちに、勾玉の光りが指し示す石碑が見つかる。
「よし、ここだ。カケル、ここに手を乗せろ。」
そう言われるがままに狐の石像に手を乗せる。
「これでいいか?」
「ああ、そしたら目を閉じて、1、2、3!」
黒猫の掛け声とともに空間がねじれ、体が吸い込まれる。そして次の瞬間には暗闇に転がり着いていた。




