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小さな事しか出来なくても

 春一月十八日から二十一日。

 ジェイン・オルファがこの任務を受けた時、一番最初にこう思った。

 セアラを守らなくては。

 同行する近衛騎士の三人は感じが悪いし、同僚のミリア・マキアレーは公平な人だ。

 だから、たとえセアラがどんな失敗をしても、全面的に味方をするのが自分の役目だ。

 けれど意気込んでいたほど、問題は起らなかった。

 殿下のためのお手紙で、話が盛り上がったせいかもしれない。まぁ多少、盛り上がりすぎた時もあったけれど、いつの間にかみんな『同僚』という気分になっていた。

 でもジェインの一番の心配は、やっぱりセアラだ。

 三日目には明らかに疲れが見え始めた。

 アコード城砦に到着した時の騒動のこと、セアラはこう言った。

「もう、疲れて、いらついて、この人とは話したくないって思ったら、我慢できなかったの。アコード辺境伯は、自分がどれだけ信用を落としたかわかってないのが腹立たしい。疲れて、すぐに怒りが湧きあがってきそうだから、あまり私を怒らせないだろう人の方に行きたかったのよ。」

 これが辺境伯ではなく、隠居していたその父親の世話になった理由だ。

 殿下をアコードに連れ帰った時にも、アコード辺境伯は、セアラの怒りの対象となった。

 明日の出立に備えて、今日は静かに過ごすと伝えてあったはずだった。

 それなのに強面のアコード辺境伯は、にこやかに言った。

「カディール殿下には、我がアコードの兵をご視察いただきたく存じます。ささやかながら晩餐も整えさせて頂いております。どうかお運びください。」

 もうすぐ日も落ちる。これから兵の訓練を見せるってありなのかしらと、ジェインが思っていると、セアラが面倒そうに殿下に言った。

「どうしますか、殿下。兵の訓練を見る気分じゃないと思いますけど、辺境伯の晩餐会に行ったら、わたしの悪口を、辺境伯やそのご子息と心ゆくまで語らえますよ。やけ酒も飲み放題です。けれど伯爵邸にこのまま行かれるなら、明日の朝まで、静かにひとりで過ごせます。」

 殿下は無言のまま、辺境伯に背を向けた。

 ジェインは、カディール殿下に我儘過ぎると腹を立てていたけれど、この行動には少しすっとした。辺境伯は眉を寄せて苦々しい表情を見せたが、こちらに手を出せば不敬罪だ。

 けれど伯爵邸にも、セアラを怒らせる出来事が待っていた。

 辺境伯の妻が揃えたクッションだ。

「アコード伯爵夫人、何に使うかをお伝えしましたが、お聞きになっていませんか? こんなに装飾がついていたら、体に当たる度に痛いでしょう。飾り房なんて、揺ら揺らしているのを見たら余計に酔うでしょう。」

 どんな気の使い方をしたのか、どれもこれも手の込んだ細工がある。揺れる馬車の中で体が跳ねるのを少しでも減らしたいという、今回の目的には無用の物だ。

 隠居している伯爵の妻が、翌朝までに改めて揃えてくれた。

 出立の日。

 どうしても視察をして欲しいというアコード辺境伯への対応は、殿下随行者の最年長者である侍従ロベル・ジグドがしてくれた。辺境伯の方でも、セアラと話したくなかったようだ。でも、ロベル・ジグドと話しても結果は同じだ。アコード城砦からはすぐに発つ。皆、四日で帰るつもりだからだ。

 カディール殿下のご機嫌は最悪だが、今までのんびり過ごしていたのだから、体調はそう悪くないだろう。

 一番の体調不良者はセアラだ。とても静かに過ごしている。

 殿下の随行員たちが、きびきびと準備を始めたので、急ぎ旅を初めて六日目の迎え役一行は、彼らにお任せして、少しでも休息を取らせてもらう。

 ただミリアだけは、バンデルの領主別邸で殿下と話してから、彼に気に入られたのか、世話役に組み込まれてしまった。

 王都までの四日間。来る時は『手紙』という共通の話題で、迎え役一同は賑やかにまとまっていたと、ジェインは思う。

 復路の今もまとまってはいる。けれどそれは心配事のためだ。

 セアラが不調だ。

 彼女の兄のゼフィルが、何度もセアラの様子を見に来た。でも彼はカディール殿下の面倒をみる役のひとりだ。ずっと側にはいられない。

 馬車がどうしてこんなに揺れるのか、ジェインには、些細なことも腹が立って仕方がない。

 そう口に出すと、逆にセアラに心配された。

「ジェインも疲れているのよ。甘いものでも食べたら、気分が変わるかもよ。きっとミリアがお菓子を持ってるわ。」

 セアラの食べる量がだんだん減っていく。目を閉じていることが多くなり、顔色が悪い。動作も緩慢になってきた。ジェインには励ますことしかできない。自分にまだ元気がある分、余計に痛々しい。

 一緒に迎え役としてここまで来たナイール・シガルに慰められた。

「ジェインが元気でいることは、セアラにとって慰めだと思うよ。ジェインの心配をしなくていいんだから。」

 その言葉に頷いて、ジェインは、セアラの前で明るく振舞うしかできなかった。いつでも私を頼って大丈夫ですよという意思表示だ。

 セアラは、具合が悪くても、殿下と迎え役一行の様子は絶対自分の目で確かめている。人目のあるところでは、きちんとした振る舞いを崩さなかった。けれど隠しきることは難しい。

 まわりはみんな近衛騎士と優秀な侍従なのだ。

 刺々しい態度をとっていたカディール殿下は、三日目の午後にやっと気づいたようだ。ミリアに、セアラは大丈夫かと聞いてきたそうだ。

 ミリアからそれを聞いたセアラは苦笑し、

「ふざけんな、ぼけ。」

と言った。その場にいた迎え役たち全員で、墓場まで持っていく秘密だと誓い合った。

 四日目、やっと王都が近づいて来た。

 知った景色が見え始めると、セアラが安心した顔を見せ始めた。

 ジェインもほっとする。

 殿下を引き渡せば役目は終わりだ。

 もうすぐ終わる、と思っていた。


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