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そこに愛はない

 本当にカディールは、ヴィエラを愛しているのだろうか。

 長い間、アレド・カガントは疑い続けていた。

 アレドはカディールより一つ年上だ。子供の頃は、彼の遊び相手として内宮に招かれた。けれど子ども時代は、年齢がひとつ違うだけで、出来る事が大きく違ってくる。年長の者は、年下の子たちとの遊びが物足りなくて、面倒だと思ってしまうものだ。

 内宮なんて面白くない。そう思っても我慢して通っていたのは、時々とても可愛い女の子と会えるからだ。

 ヴィエラ・オルゼナ。

 身分や立場の差から、彼女をお嫁さんに出来ないとわかったのは八才の時だ。胸が苦しくて三日間、部屋から出られなかった。

 そして騎士になろうと思ったのだ。彼女を守るために。

 会う度に美しくなっていくヴィエラ。

 そのヴィエラに、カディールが、『運命の人』だと言いだした。アレドもそう言っているところを見たことがある。だけど、どうしてもその言葉は、浮ついて軽く聞こえる。

 淑やかなヴィエラが、ただ微笑んで聞いているのをみると、胸が痛んだ。彼女もカディールの言葉を本気にしていないと感じるからだ。

 もし自分が侯爵家次男のただの王城騎士でなく、次期侯爵ならば、堂々とヴィエラに求婚できただろう。

 だが現実は変えられない。もう諦めたことだ。

 だから邪魔をした。

 カディールに、ヴィエラが得がたい人だと本気でわかって欲しかった。大事にして欲しかったから、横やりを入れる男を演じ続けたのだ。

 カディールの留学に学友として随行せよと言う話が来たときは、耳を疑ったが、すぐに理由には思い当たった。自分をヴィエラから遠ざけようとしたのだろう。

 だが、そんなことに意味がないことは誰だってわかる。

 もうヴィエラはカディールの婚約者になっていた。

 それに公爵家の令嬢が、ただの騎士と、知り合い以外の何になれるというのか。

 これが、ヴィエラを大事に思っての考えだとは思えない。カディールが、自分の気持ちを軽くするためにした決定だろう。

 命令には逆らえない。アレドは一行に加わることになった。

 留学は、始まってみると来てよかったと思えた。メイダー王国ではいい経験ができたからだ。

 それが変わったのは、リザル王国が学びの場になってからだ。

 社交の場への招待状が降りそそぐように届き始めた。

 メイダーでは、むやみにアディードの第一王子を招待してはいけないと、王家が言い渡してくれていた。その気遣いがリザルでは無かった。

 リザルのせいにはできない。多くの招待の中から必要と思われる者を選ぶのも、学びの一つだ。

 けれど、カディールは華やかで目新しいものに、すぐ興味を引かれる。リザルの社交界を楽しみ始めるのに時間はかからなかった。

 もし、カディールがローザ王女を特別扱いしなければ。

 もし、カディールがローザ王女に会うのが楽しみだと口にしなければ。

 アレドは言ったりしなかっただろう。

「ゼフィルが止めるからって、どうだと言うんだ。ここで一番の決定権を持っているのは殿下でしょう。私がお供しますよ。」

 眉間にしわを寄せたゼフィルが、珍しく非難を込めた目を向けて来たのが忘れられない。

 それでもその時は、他の女性をよく見れば、ヴィエラの良さがわかるはずだと思っていた。どうせリザルにいる間のことだからとも思っていたのだ。

 そうして自分で始めた事なのに、カディールがローザ王女を褒めるたび、ふたりが楽しげに踊るのを見るたび、ヴィエラを貶められている気がした。

 この王子が、次の王になるのかと思うと、騎士として仕えるのが嫌になって来た。

 留学期間が終わり、王都を出ると決まった時には、ほっとしていた。

 もう、カディールとローザ王女が並んでいるところを見なくてすむ。

 帰りの馬車の中で、アレドは、王が代替わりをしたら騎士を辞めると心に決めた。

 まさかローザ王女が、カディールを追ってくるとは思わなかった。

 こんなことになるとは思ってなった。

 ゼフィルたちが焦って、カディール殿下に帰国を進めているのを見て、アレドは最初何も言えなかった。

 カディールとローザ王女を引き離す一番簡単な解決方法は、国境を越えてしまうことだ。ローザ王女はそこまでは追って来られない。

 学友のゼフィルとレイオン、親の世代に近い最年長の侍従ロベル・ジグドと騎士サザル・ラクレス。他の随行者たちも皆ゼフィルに翻意させようとした。

 けれど、ローザ王女の蛮行を、愛の証と受け取ったカディールは、女たちが好むような恋物語に出てくるような言葉で彼女への愛を語った。

 だんだん可笑しくなってきた。カディールがどこまで莫迦なことを続けられるか見てみたくなった。

 可哀相なヴィエラ。彼女への贖罪だけはする。

 アレドは言った。

「殿下、真実の愛は何物にも勝ります。お気持ちお察しします。」

 その日から、アレドと他の随行者たちの間に本格的に大きな溝が出来た。


 春一月十八日。

 昼下がり。

 カディールの部屋で、彼がレイオンとボードゲームをしているのをぼんやり見ていた。

 陣取りゲームだ。レイオンがやや優勢だ。だがカディールが逆転できる可能性はありそうだ。

 今日の夕刻には、ローザ王女に会うために領主館に行くことになっている。

 アレドはふと窓の方へと顔を向けた。

 馬車が近づいてくる音がした。

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