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騎士は「姫」を守る

ストーリーの性質上、女性蔑視の表現があります。

ご気分を害されましたら、お許しください。

 近衛騎士ハミル・エイゼンは、三十一才になったが、童顔で年齢通りに見られないのが悩みである。

 若く見えるのは、それだけ貫禄がないと言うことだ。近衛騎士隊に配属されて七年になる今、舐められることのないよう努めている。

 心休まるのは、婚約者とのひとときだ。親が決めた相手だが、好ましいと思える相手だったのは幸運だ。第一王子カディールの結婚、立太の儀という一連の儀式が終わり、王城が落ち着きを取り戻す夏の終わりに、結婚する予定だ。

 ハミルは、子爵家の次男で、兄には子どもがふたりいる。余程の事がない限り、父の爵位を継ぐことはないだろう。けれど自分の力で得た騎士爵位がある。これから生まれるだろう自分の子供たちが、同じ騎士の道を進むか、庶民として生きるかはわからない。まだ先のことだが、どんな道へも進めるように準備をしてやるのが親の役目だと、婚約者とも話し合っている。

 その後、気の早い話だとふたりで笑ったのは楽しい記憶だ。

 婚約者も子爵家の次女で、特別美人ではないが、笑顔がとてもいい。普段しっかりとしてみえるのに、ふたりになると甘えてくるところが可愛い人だ。

 そんなふうに、仕事も私生活も充実していたハミルに、大変な任務が与えられた。

 リザル国境の街バンデルへ、第一王子カディールを迎えに行く。

 二年前、殿下の留学にともなう護衛役の候補に自分の名が上がった時は、密かに役が回ってこないようにと祈ったものだ。カディール殿下は気分屋だ。きっと振り回されて大変に違いない。

 無事、他の者に役目が決まった日、心の底から安堵した。

 そのことへの天罰だろうか。

 お迎え役の責任者は、あろうことか伯爵家のご令嬢だと言う。しかも、居ても役に立ったことのない護衛役侍女がふたりもついてくる。

 女の指揮下に入るなど思ったこともなかった。

 屈辱だ。

 しかも四日でアコード城砦まで行けと言う。

 無理だ。絶対無理だ。

 女たちが馬車酔いせずにいられるわけがない。

 自分の母や妹、親戚の女たちと馬車旅をするから知っている。すぐに揺れすぎだとか、疲れただとか文句を言う。馬車酔いで先に進めなくなることも、何度も経験している。

 それでも宰相と大将軍から直接言い渡されたら、引き受けないわけにはいかない。

 任務を告げられたのは出発日前日だ。愛想のない護衛役侍女ふたりは放っておいて、他に選ばれた第二隊のクラン・ベッツ、第四隊ナイール・シガルと共に、今後の対策を考えることにした。

 ちなみにハミルは第三隊だ。

 近衛隊は、陛下をお守りする第一隊以外、序列はない。隊名についている数字は単純に輪番の利便を考えてのことだ。

「我らだけで任務を果たすことになると考えておくべきだろう。」

 最年長のハミルは、ふたりに告げた。当然自分が今回の任務の隊長のつもりだ。

 ふてくされた表情を隠しもしないナイールは面倒そうに言う。

「どうせご令嬢は、途中で馬車酔いを起こすでしょう。護衛役侍女は、ご令嬢のお守役なんだから、側につけておいて、帰りに拾えばいいですよ。」

 いつも冷静な面持ちを保っているクランが、腕を組んで少し考え込むようして、ぽつりと言った。

「セアラ・ディパンドなんですよね。」

 セアラ・ディパンド伯爵令嬢。これからカディール殿下を連れ帰るまで、ハミルの前に立ちふさがる女だ。

 カディール殿下の幼馴染みで、殿下と同行しているゼフィル・ディパンドの妹だと言うことは知っている。王城で行儀見習い侍女をしていたから、遠目に姿を見たこともある。カディール殿下に頭突きをしたという伝説の持ち主た。

 クランが視線を上げて、ハミルとナイールを見てくる。

「うちの第二隊隊長と、第一隊隊長は褒めてますよ。とある国の外交官の起こした失態を、彼女が治めたこともあるそうです。王城で、目的地まで最短距離を走って、事態を収拾したんです。」

「走った?!」

 ナイールが驚いて聞き返している。

 ご婦人は、走らない生き物だ。ハミルも、婚約者が慌てているところなら見たことがあるが、走っているところなど見たことはない。

 クランは苦い顔をしている。

「そう彼女の名誉のためか、余り広まっていない話だけど、文字通り、走ったらしい。ドレス姿で。走っているところの目撃証言は他にもいろいろあるようですよ。全部本当かどうかはわからないが。」

 ハミルは憮然とした顔を戻せない。

「王城の最短距離を把握してるって事は、王城内を知り尽くしているという事じゃないのか。問題だろう。そんな女をそのまま放っておいていいのか。」

 指摘すると、クランは、今度は苦笑いになる。

「二年前、条項の増えた王城勤めのための宣誓書に、改めてサインをさせられたのを覚えてますか。」

 確かにそう言うことがあった。春一月の半ば頃だったか。

「あれ、実はセアラ・ディパントが指摘したんだそうですよ。前のは、『王城で起こったことは口外しない』だった。それに対して彼女が言った。『起こっていない話を集めれば、何が起こっているかわかりそうですね。』とか何とか。」

「屁理屈だ。」

 ハミルは思ったままを口にする。クランが肩をすくめた。

「けど、上の連中はそう思わなかった。だから条項が増えたんですよ。『王城内で起こっていないこともむやみに話してはならない。』ってね。そんなことを指摘する彼女が王城内の事を話したりはしないでしょう。」

 これにはハミルも黙るしかない。

 代わりにシガルがうんざりした声を上げた。

「あの後、私は、しばらくは酔っていても考えてましたよ。これって喋っていいのかどうか。ディパンド嬢のせいだったのか。けど、なんでクランはそんにディパンド嬢に詳しいんだ?」

 クランが小さくため息をついた。

「言ったでしょう。うちの隊長はセアラを褒めてる。気に入ってるんですよ。隊長だけじゃない。うちの隊と第一隊では、彼女に敬意を払ってる者が多い。他の隊にもいるはずですよ。だから、彼女のことは噂になりやすいんです。普通のご令嬢じゃないことは確かです。」

 ハミルの胸の中に複雑な思いが生まれる。

 たとえ隊長や騎士たちが信頼していようと、それは王城内の事だ。守られた場所での話だ。

 自分たちに課せられているのは旅で、しかも目的地は隣国、そこにいるのは王家の人間だ。

 やはりご令嬢には、大人しく国内のどこかの街で待っていてもらおう。

 早々にそうなると、ハミルは思っていた。


 その夜。

 セアラ・ディパンドが、国の重鎮二人に対し、論戦を張るのを聞いた。

 昼間、ひと言返すのが精いっぱいだった自分と全く違う。

 胸に暗い影が生まれそうになったところで、ハミルは自分を納得させられる言葉を見つけた。

 彼女は怖いもの知らずなのだ。まだ本当に『怖い』ということが何なのか知らない。

 子どもが高い所から飛び降りたがるのと同じだ。だから王城内を走ったりするのだ。

 そう思って、彼女と対面した。

 初めて間近で見たセアラ・ディパンドは、美しい人だった。

 宰相が紹介しようとするのを、彼女は断った。

 そして、全員の名前を呼んだ。

 護衛役侍女の名前は知っていても当然だろう。けれど、直接顔を合わせた事のないはずの自分たちを知っているのには驚いた。

 さらに驚いたのは、さっきまで、よく響く声で宰相たちとやりあっていたとは思えない静かさだ。

 儚げで、真摯なものを感じさせる。

 なんだかもっと、生意気そうな女を想像していた。権利を振りかざし、自分たちを見下してくるような女だろうと。

 しかし今、目の前にいるのは違う。実際の姿は、美しく華奢で、民を憂う姿は儚い。

 しかも、四日と言う無茶な行程を選択した。

 絶対に途中で動けなくなるだろう。護衛侍女を残して行けばいいと思っていたが、こんな華奢なご令嬢がいては、女性たちだけでは残せない。

 彼女が全権を持っているというのは、この際忘れて、彼女を出来るだけ支えよう。

 ハミルは、彼女にきちんと礼を返した。他のふたりも同じ思いだと言うことは、すぐにわかった。

 まさか侍女長が、殿方は扱いやすい、と話しているとは思いもしないハミルだった。


 春一月十四日。

 出立の日の早朝は、良い天気に恵まれた。

 近衛騎士団長が、わざわざ見送りに足を運んで下さっていた。

 殿下のお迎え役として全権を持つ責任者、セアラ・ディパンド伯爵令嬢も遅れることなくやってきた。

 ふたりの護衛役侍女たちを従えている。けれど、同じような濃い灰色の旅装だから、知らないものから見ると身分や立場の違いはわからないかもしれない。

 なにはともあれ予定通りに出発できることに、ハミルはほっとする。女性の支度は時間が掛る。これはハミルの婚約者も例にもれない。出立時間は当然遅れると思っていた。

 セアラ・ディパンドは、まず近衛騎士団長の側に寄り、挨拶をした。それからハミル達の方にやって来る。昨日の夜、儚げだった美少女は、朝の光の中では、愛想のない落ち着き払った美人に変わっていた。

「おはよう、みなさん。お天気に恵まれてよい出発ができますね。ところで、出納係は誰ですか?」

 突然の問いかけに、全員が固まる。自分たち近衛騎士だけでなく、セアラ・ディパンドの後ろに控えていた護衛役侍女もだ。

 それに少し小首を傾げて、セアラ・ディパンドがもう一度聞いてきた。

「出納係は誰ですか? 旅程管理者は? 旅程表をまだ見せてもらっていません。馬車の中でみますから、渡して下さい。」

 質問と要求が増えて行く。その間に、ハミルが気を取り直した。

「ディパンド嬢。ご心配なく、我々にお任せください。」

「心配はしていません。確認するのは私の義務です。出納係は誰ですか?」

 淡々とした調子で最初の質問に戻ってしまった。

「私です。」

 クランが手をあげてしまう。

「クラン・ベッツ卿。では、その日の出納記録を翌日の朝に見せてください。」

「は?」

 ベッツが呆気にとられたような声を出している。

「記録です。付けるのでしょう、当然。翌日朝に必ず見せてください。」

 ハミルは、セアラ・ディパンドの要求に待ったをかけた。

「ディパンド嬢。お任せください。大丈夫です。」

 セアラ・ディパンドの美しい顔が、真っ直ぐハミルに向いてくる。その視線の揺らぎの無さに、内心でたじろぐ。

「これはお願いではありません。義務だと思ってください。」

 命令とは言わなかった。

「旅程を見せてください。」

 また要求だ。

 ハミルが何も言わずにいると、ナイールが軽く手を挙げた。

「私が持っています。」

 声も軽い。昨日は一番ふてくされていたくせに、軽やかにさえ見える動作でセアラ・ディパンドに旅程表を渡してしまう。

「ありがとう。」

 セアラが今日初めての微笑みを見せた。ナイールも、同じように笑顔を返している。

 別にそれがおかしいことだとはいわない。騎士たちは、たいていご婦人方には親切なものだ。それに彼女は曲がりなりにも責任者だ。

 それでも、一番年長であるハミルは、自分が一行の責任者だと言う気持ちが強い。セアラ・ディパンドは所詮お飾りだ。

「これだと、御者役の交代はお昼に一度きりね。今回は騎士の方々はご自分の馬では行かれないのでしょう。馬換え毎に、御者役も交替してください。」

 セアラ・ディパンドの言葉に、ナイールが助けを求めるように、ハミルとクランを見てくる。

 ハミルは頷くしかない。悔しいが、確かにその方が体は楽かもしれない。

 ナイールは安心してセアラ・ディパンドに笑顔を向けた。

「そのように致します。」

「ありがとう。」

 笑顔を向けあっているナイールに対して、ハミルは複雑な気分になる。

 セアラ・ディパンドは、クランに念押しをしてきた。

「クラン・ベッツ卿、明日の朝、頼みますね。」

「はい。」

 クランも返事をしてしまっている。一応真面目な顔をしているが、セアラが微笑んだとたん、クランの頬も緩んでいる。

 カディール殿下を迎えに行く、厳しい旅程の旅なのに、この緊張感の無さは何だ。

「出立前にお話があります。」

 セアラ・ディパンドが旅程表を胸に、今度は真面目な顔をして、騎士三人に向き直った。

 彼女の後ろに立っている護衛役侍女は、そのまま動かない。ミリア・マキアレーは何故か遠い目をし、ジェイン・オルファは目をきらめかせる。

 ハミルは他の騎士二名がそうしているように、背を正した。出立前の薫陶を、未婚のご婦人にされる日が来るとは思ってもいなかった。

「お三方がお忙しいのはわかっていますが、協力して下さい。私は殿下を見つけたら、ローザ王女には会わせず帰るつもりです。けれど殿下のお話によっては、手紙が必要になります。」

 殿下に会ったあとの行動については同感できる。

 けれど手紙とは何か。薫陶にしては妙な話だ。

 ハミルは、とりあえずセアラ・ディパンドの次の言葉を待つ。

「ローザ王女宛のお別れの手紙です。」

 求められていることが何なのか、よくわからない。

「ローザ王女のお気持ちを思いやり、他の方に読まれても殿下の評判を落とさない、そんな詩的で美しいお別れを語るお手紙です。向こうに行ってから考えていては遅いので、この四日間のうちに私達で考えます。」

 恋文か、とハミルは呆れた。このご令嬢は、別れのための恋文を準備するといっているのか。やっぱり世間知らずのご令嬢だ。

「言っておきますが、恋文ではありません。」

 ハミルの考えを読んだかのように即否定された。ひやりとするものを感じてしまった。

 セアラ・ディパンドの言葉は止まらない。

「黙って消えると、ローザ王女が暴走されて、国境を越えようとなさるかもしれません。それは避けねばなりません。」

 物凄く私的な感情の範囲の話ではあるが、一応、両国関係のことは頭にあるらしい。

「みなさんの、経験と実力を期待しています。」

 どんな経験と実力を、騎士に期待されているのか。

 詩的で美しい別れの手紙?

 そんなものは見たことも聞いたこともない。

 では参りましょうと、清々しい笑顔でセアラ・ディパンドが馬車に向かった。

「なんか面白いことになってきましたねぇ。」

 ナイールが笑いながら言って、ご令嬢たちの後を追った。最初の御者役は彼なのだ。

「手紙かぁ、詩的な別れの手紙かぁ。」

 話を真に受けて、クランが独り言ちて馬へと歩き始める。

 とにかく行くしかない。ハミルもそれに続こうとした時だった。

 近衛騎士団長にガシッと肩を掴まれた。ハミルは、側に寄られていたことに気づかなかった。慌てて背を伸ばす。

「エイゼン卿、日誌を楽しみにしてるぞ。」

 団長に悪い笑顔を見せられて、ハミルは硬直してしまう。

「出だしがこんなに面白いんじゃ、道中が気になって仕方ない。頼むぞ。」

 返事も聞かずに、ついでのように頑張れと告げて、近衛騎士団長は馬車の方へと行ってしまう。もう一度、安全にと念押しをするのだろう。

 ご婦人たちはすでに馬車に乗り込んでいる。

 ハミルは、慌てて馬丁から、馬の手綱を受け取った。


 そして夜。真っ白な紙を前に、ハミルは悩むことになった。

 たいてい日誌は、時間通りに到着した事を記せばお終いだ。面白いことなど書けない。

 それに何を書いても、結局話をさせられるに違いない。覚書でいいかと思いなおし、見たまま聞いたままを端的に書くことにした。



『春一月十四日。

 時間通りに出立し、遅れることなく本日の宿泊地に到着。

 馬車酔いした者なし。体調不良者なし。

 ご婦人三人は馬車を降りる度に、足元が揺らぐと言っていたが、何故かその感覚を楽しんでいるようだ。

 昼食時、ディパンド嬢から、家の名でなく、本人の名で呼ぶ事を強制される。

 その後全員名前呼びになってしまった。

 手紙の下書き開始。早くもナイール・シガルとジェイン・オルファが最初の言葉選びで衝突。仲裁に入ったミリア・マキアレーの提案で、何故か夕食後に弓の勝負をすることになる。

 弓勝負は、後から加わったディパンド嬢が勝者となる。弓の稽古を始めて一年半と聞き、ナイールが呆然とする。ジェインはディパンド嬢の腕を知っていた模様。

 ナイールが、ディパンド嬢に本気の勝負を挑んだが、相手にされず。』


『十五日。

 予定通り出発。宿泊地への到着が少し遅れたが、予定の距離を進んだ。

 馬車酔いした者なし。体調不良者なし。

 朝、クランが出納記録を見せると、セアラが写しを取った。厳秘の記録だと指摘したが、どこにも出さないからと押し切られる。歴史学者だから、他の時代の旅行との対比に使うという。セアラが変なのは、学者だからか。

 一行の話題は、ほぼ殿下の手紙の事である。下書きは一応出来たが、誰かれなく不備を指摘し始め、対立し始めたところでミリアが菓子を配り、一旦棚上げとなる。

 夕食中も、初めは手紙の内容で揉める。そのうち、詩的とは何かをクランが語りだし、全員黙り込む。

 ナイールがセアラに弓の勝負を挑んで断られる。』


『十六日。

 予定通り出発し、宿泊地への到着。

 馬車酔いした者なし。体調不良者なし。

 ミリアは街に着くと、必ず喧嘩仲裁用の菓子を買い求める。

 セアラに、王国学園で歴史の講師をするかもしれないと打ち明けられた。

 全員が、信じられないと口々に言い、嫌がらせされるだろうから絶対止めろと忠告した。

 この話から、ナイールとジェインが、『アディード王国建国後の歴史』を読んでいたことが判明。著者であるセアラは礼を述べていたが、その後何故か遠い目になっていた。学園の話をした時には平気そうだったのに、やはり彼女はよくわからない。

 手紙が完成に近い。はっきり言って『美しく詩的な』ではない。少しくらい意味不明な方がいいのではないかという話になって来ている。

 ご婦人たちには疲れが見え始めた。

 セアラの疲れを察し、ナイールは弓試合を断念。』



 三日目の夜、雨が降り始めた。晴天に恵まれた旅だったが、運はいつまでも続いてくれないようだ。

 宿泊地では、常にその街二番手の宿屋を選んできた。ご婦人たちがいるため、目立たないようにするためだが、セアラのあの顔はどこへ行っても注目を浴びる。仕方がない。顔の作りは本人のせいではない。

 今日の宿も悪くない。今回の任務は一度も固いベッドの世話にならずに済む。

 雨の音を聞きながら、蝋燭の明かりの下、ハミルはため息をついた。

 近衛騎士団長に書けと言われた日誌には、緊張感が全く感じられない。

 若い者ばかりの旅のせいなのも、気を使わずにすんでいる理由の一つだろう。

 事務確認以外は、本当に手紙の話ばかりだったせいもある。揉めると甘い菓子が出てくる。騎士ばかりだと、揉めると腕っぷし勝負に発展したりするのだが、相手がご婦人なので、出された菓子を食べてしまう。

 最初に、セアラが手紙の話を持ち出した時は世間知らずのご令嬢だと思った。

 今は違う。

 共通の話題があったことで、互いの垣根が低くなり、よくある連絡不備もほとんどなかった。セアラがこれを最初から狙っていたなら、それなりの手並みだと言える。

 明日はアコード城砦に入る。ひと息つける。

 この雨で道が悪くなるだろう。幸いなことに、ご婦人たちは、馬車酔いを起こさず、揺れに耐えて来た。明日もなんとか乗り越えてくれたら、次に大変なのは、カディール殿下に帰国を願う事だ。

 ハミルは、ひと息つけるはずのアコード城砦で、ひと騒ぎ起こるとは思ってもいなかった。



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