襲撃のおかわり
再び格納庫に舞い戻った。整備兵代表に状況を説明してから、ガーベラに乗り込みブリッジと通信を繋ぐ。コックピットのハッチを閉めなくても通信を繋ぐ事は出来るので、開け放ったままブリッジと通信を繋ぐ。
「艦長。映像をお願いします」
『済まん。そのまま出撃してくれ。ゴールド? いや、オレンジか? そんな感じの色の敵機が現れてから、戦況が怪しくなって来た』
「怪しく? 押され気味状態ですか?」
『簡単に言うとそうだな。ついさっき、支部長からも出てくれって通信が入った』
格納庫へ移動途中に、戦況が悪い方向へ変わったらしい。色々と思うところは在るが、支部長からも出撃するように言われたのならば、私情を挟まない方が良いだろう。戦況が悪化しているのなら、救援した方が良いに決まっている。
「分かりました。出撃します」
『頼んだぜ』
了解の応答を返すと、艦長との通信は切れた。直後、戦闘状態に移行する、艦長直々のアナウンスが流れた。ハッチを開けたままだったので、整備兵達の困惑のどよめきがはっきりと聞こえた。ヘルメットを被り、コックピットから身を乗り出して、大声で整備兵代表に『このまま出撃する』と声を掛ける。
自分の声を聞いて、整備兵代表が真っ先に困惑から再起動した。すぐに怒声を上げて、周囲の整備兵達に指示を飛ばす。
整備兵達は困惑を残しつつも、指示に従って動き出す。その様子を見てから自分はコックピット内に戻りハッチを閉めて、ガーベラの最終チェックと起動を行う。
『ガーベラ最終チェック完了。カタパルトデッキへ移動します』
通信機経由で報告が上がり、移動による振動を感じた。
カタパルトへ移動する間、艦長が言った『オレンジ色の敵機』について少し考える。
六月の襲撃――自分の初実戦の出撃となった戦闘――以降、あの銀色の機体の姿をどこの支部も見ていない。セタリアからの手紙であの機体の行動理由が判明した今だからこそ、姿を見ない理由は『役目を終えた』からだと解る。
だが、セタリアからの手紙には艦長の言う『オレンジ色の機体』について何も書かれていなかった。
セタリアと連絡を取る前に、月面基地に出向いているから、新規情報を知らない。こればかりは『間が悪かった』としか言いようが無い。
『発進準備完了。出撃可能です』
ツクヨミに戻ったら、セタリアと連絡を取ろう。心の中でそんな事を決めていたら、通信機経由でアナウンスが流れた。
「了解。ガーベラ、出撃します」
思考を切り替えて、アナウンスに従い出撃した。
戦況は悪い方向へ変わっていると聞いたが、実際に戦場へ飛び込んで見ると、思っていた以上に善戦していた。『若干押され気味かな』と思う程度だ。
さて、三度目となる『乱戦状態』の実戦だ。
三度目の実戦は一対五の戦闘だったので、正確には四度目の実戦になる。でも、乱戦状態は三度目だ。
ガンダム宇宙世紀で野獣と呼ばれた御仁の言葉通りに、足を止めずに動き回り、敵を切り捨てる。実際の戦闘を経験すると、動き続けろって言うのは難しい。乱戦だと、一度足を止めて周囲の確認をしたくなる。
でもね。
ここで足を止めると『敵にとって都合の良い的』になるから止まれない。レーダーと勘を頼りに攻撃を回避して、動き続ける。
『ガーベラっ! 佐藤だ!』
「佐藤大佐? あ。支部長に言われて来ました」
敵機を黙々と切り捨て、目に見えて敵機が減って来た頃。通信機経由で怒鳴り声が響いた。周囲を見回すと、一機のナスタチウムが近づいて来た。誰かと思えば、佐藤大佐だった。怒鳴り声の内容から近づいて来た理由を察して回答する。
『支部長が?』
「はい。オレンジ色が出て来てから、旗色が悪いと聞きました」
『ちっ、仕方無い』
舌打ちをしたって事は、自分抜きで切り抜けるつもりだったんだろうな。佐藤大佐が駆るナスタチウムは離れて行った。自分も再び乱戦に戻り、敵機を撃破して行く。けれど、オレンジ色の敵機は見当たらない。つーか、どこにいるの?
オレンジ色の機体を探しつつ、並行して敵を撃破して行く。ふと気づけば、戦闘そのものが終わっていた。
『戦闘は終了した。一旦、補給に戻れ』
『そうだな。警戒と探索はこちらでする。ガーベラは一度戻れ』
「……分かりました。帰艦します」
オレンジ色の敵機の姿が見当たらない事から、艦長と佐藤大佐より通信で帰艦しろと言われた。
姿が見えない理由を少し考えようかと思ったが、移動しながらでも出来るので帰艦する事にした。ガーベラを自動操縦に切り替えて、月面基地方向へ回頭した戦艦に向かわせる。
聞いていた機体がいなかった。乱戦で気づかなかった可能性も在る。敵機の数が減って、佐藤大佐の通信が来た時に周りを見た。その時、オレンジ色は見ていない。
着艦しても、何時出撃するか分からないので降りない。格納庫に戻った直後、ナスタチウムが現れた。
『星崎、聞こえるか?』
「はい。聞こえます」
姿の見えない敵機について考えようとした矢先、佐藤大佐から通信が入った。
『聞きたい事が在る。待機室に移動するぞ』
「? 分かりました」
何故と思ったが、通信機経由なのに否を言わせぬ迫力が有った。何が聞きたいのかと思いつつ、整備兵に声を掛けて待機室に向かう。
到着した無人の待機室で適当なところに座って待ちながら、再びオレンジ色の敵機について考える。脱いだヘルメットを膝の上に置いて指先で叩く。
オレンジ色の機体は割と目立つ。防衛軍側の機体によく使われる色が『白色』で、意外にもオレンジ色を使う国は少なく、黄色で代用している。目立つ色なのに、どうして見つからない? 別行動でも取ったのか?
「遅くなった」
そんな声と共に、佐藤大佐がやって来た。顔を上げて立ち上がろうとしたが、手で制された。
「星崎。返答が遅かったが、何か気になる事でも在るのか?」
「はい。オレンジ色の敵機を見つける事が出来なかったのは、何故かと考えていました」
隣に座った佐藤大佐から質問を受ける。隠す事でも無いので、そのまま答えた。ここに来てから考えた事だけど、佐藤大佐は知らないので採用した。
「それか。確かに見つからなかったな。それがどうした?」
腕を組んで自分を見下ろす佐藤大佐に、可能性の話をする。
「いえ。見つからないと言う事は、『別行動を取ったから戦域にいなかった』のではないかと思いまして」
「別行動? 取って何の意味が在る?」
佐藤大佐からの問い返しの内容は、自分も考えた。
別行動を取る意味。
自分が手持ちの兵を二つに分けて、別行動を取らせる理由は、一つ在るな。
「隠れ蓑にして、本命か別のところを襲撃するとか、ですかね」
「……」
無いよねー。まさかだよねー。
そんな気持ちを込めて佐藤大佐を見上げたが、眉間に皺を寄せた無言が返って来た。
あれ? まさか本気にした?
「佐藤、大佐?」
「あり得るな。過去に月面基地が襲撃を受けた時も、敵は二つに分かれていた」
嘘でしょ!?
背中に大量の冷や汗を掻く。訂正の言葉を口にするよりも先に、佐藤大佐は何かを思い出して口にした。そして、徐に立ち上がると駆け寄ったドア横のパネルを操作し始める。
「ブリッジ! 応答しろ!」
『どうしたんで?』
「月面基地が無事か確認を取ってくれ」
『また何でって、言いたいが、ちと待ってくれや』
佐藤大佐はブリッジに通信を繋いで、月面基地の情報を求めた。艦長の声は気だるげだったが、何も言わずに月面基地と連絡を取る。
そして、『あちゃ~』と、心底嫌っそうな声がスピーカーから漏れた。
『月面基地にオレンジ色の敵機が接近中。残り四十分で基地が迎撃態勢に入る』
「何!?」「マジで」
佐藤大佐は目を剥いて驚愕した。自分は発声を抑えられず、心の声がそのままポロっと出てしまった。立ち上がってパネルに近寄る。
月面基地が戦闘態勢を取る場合は、戦艦で一時間半程度、離れたところで迎え撃つ。……うん。戦闘時間を考えるのは止めよう。
目下最大の問題は、『敵が四十分後に月面基地に到着してしまう』事だ。
「今から月面基地への到着時間は?」
『どうやっても、一時間は掛かる。時間差にして二十分。その間、月面基地に頑張って貰うしかないか』
「基地にも防衛戦力は残っているが、流石に厳しいぞ」
月面基地駐在戦力の七割が迎撃に出る。残り三割中、実際に出撃するのは二割で、残り一割は基地撤退行動後に、半分は護衛、半分は殿を務める。
『佐藤大佐。ナスタチウムの飛翔ブースターを使ったとして、どれくらい掛かるか――』
「気休めにもならん。変わらんぞ」
佐藤大佐は艦長の言葉に食い気味に答えた。変わらないと言う事は、一時間掛かるって事か。
てか、飛翔ブースターなんてものが存在するのか。初めて知ったぞ。高等部で知る事だったのか?
『んじゃ、ガーベラだったらどうなるんでい?』
「一応ガーベラにも、飛翔ブースターは存在する」
「え!?」
佐藤大佐の言葉に驚く。マニュアルにそんな後付け装備の事は、書いて在ったか? でも、読み直した時に、後付け装備の事は書いてなかった筈。
「だが、流石にアレは持って来てはいないだろう? それに、星崎でも耐え切れるか判らん」
体育会系の佐藤大佐にしても珍しく、不穏な物言いだ。初めて心配された気がする。
『ん~、実は、な。支部長から、その、実際に作戦に参加する事を想定した荷物を持って行けって、言われて――飛翔ブースターも、持って来ているんだ』
心底言い難そうに、艦長はそんな事を言った。
「何ぃっ!?」「え゛っ!?」
艦長の言葉を聞いて、佐藤大佐と二人して仰天する。仰天してから、自分は『どんな決断を下すのか』気になって、佐藤大佐を見上げた。
『ガーベラが飛翔ブースターを使った場合、どれぐらいで着くんだ?』
「……最低でも、二十分は掛かる」
艦長の問いに、佐藤大佐は少しだけ考えてから回答した。
二十分。
佐藤大佐は確かにそう言った。残り時間は四十分――いや、数分経過しているので、残り三十分と見るべきだろう。
『ふぅむ。引っ張り出して装備させても、ギリギリ同着だな』
ギリギリ同着。艦長が試算を出した。
同着ならば、やってみる価値は在りそうだ。
「佐藤大佐」
「却下だ。リスクがデカ過ぎる。幾らお前が二十Gまで耐え切れるとは言え、流石に許可は出来ん」
「支部長に許可を取る時間が惜しいです」
佐藤大佐の名前を呼んだら、何も言っていないのに却下された。言い募っても駄目だった。
「支部長は現場判断と言うかもしれんが、松永はどうする?」
押し問答の果てに、支部長以上に回答に困る名が出て来た。少しだけ考えてから回答する。
「……始末書と反省文の提出でどうにかなりませんか?」
「無理だな。床に正座して五時間説教コースだな」
「随分とリアルな回答ですね。そう言えば、少し経ちますけど、支部長から連絡は来ていないのですか?」
冷や汗を掻いた佐藤大佐からの、妙に具体的な回答だった。微妙な空気になりかけたので、話題を変える。
『ん~、まだだな。俺らは状況を聞きに行ったから先に知っているだけだ。支部長みてぇな上の人間に情報が届くのは事が起きてから十分近くも経過してからになるんだ』
「確かに、支部長へ報告が上がるのは今頃だろうな」
微妙な空気払拭の為の話題転換だったが、秒で終わってしまった。
「はぁ~……仕方あるまい。時間が迫っている」
佐藤大佐は徐に大きなため息を吐いた。
「星崎。覚悟は出来ているんだろうな?」
「はい。誰ががやらなくてはならない状況ですし、言い出したからにはやりますよ」
自分を見据える佐藤大佐の問いに、視線を逸らさずに返した。自分には『魔法』と言う、最終手段が在る。使いたくは無かったが、状況が状況なので使うしかない。
「艦長。ガーベラの飛翔ブースターを付けてくれ」
『分かった。急ぎでやらせる。その間に作戦を考えてくれ』
その言葉を最後に、艦長との通信は切れた。準備が出来るまでここで待つ時間までも惜しむのか。佐藤大佐は待機室から出た。ヘルメットを手に慌てて追いかける。
「星崎。作戦も何も無い。敵機を月面基地から可能な限り遠ざけろ。可能ならこっちに連れて来い。そのまま押し出す形にしても構わんが、それだと単身で戦う事になる。可能な限りそれだけは避けろ」
「連れて来た場合ですが、加速時の負荷がどの程度か知りませんが、どこかを周回して連れて来る事になりますので、時間が掛かります」
「体に掛かる負担が減るのならばそれで良い。月面基地から引き離す事を最優先としろ」
「分かりました。最後に、他支部からの通信は拒絶で良いですか?」
「最後にそんな事を気にするのか!? 気にせんでも良いだろう!」
「支部長に一度聞かれた事が在ったので、つい。あと、そんな事では無く、緊急時に他支部と一緒に対応する事になった時の事を想定してです」
「最初からそう言え。……まぁ、そうだな。最小限に止めろ」
「分かりました」
こんな感じで、作戦会議とは言い難い会話を繰り広げている間に格納庫へ到着した。せわしなく動き回っている整備兵の邪魔にならないように、ガーベラのコックピットへ移動し、その間に飛翔ブースターについて説明を受ける。
「飛翔ブースターは、基本的に使い捨てだ。エネルギー切れになったら自動で切り離される。加減速は普段のバーニアの加速と同じ操作で可能だ」
「使い捨て、自動で切り離し、普段と同じ操作……。はい、分かりました」
傍にまで一緒に来た佐藤大佐から最後の説明を受けて、コックピットに乗り込む。ハッチを閉めると、カタパルトへの移動が始まったのか振動を感じた。
……こんな時に思う事では無いけど、佐藤大佐って、時間が限られている時の方が説明上手いのね。意外な発見だ。
頭を振って、場違いな思考を振り払い、ヘルメットを被ってからガーベラを起動させる。
『敵機が月面基地に近づいているって、今になって連絡が入った。こいつは全速力にすれば他の艦よりも幾らか足が速い。でも、数分程度しか縮まねぇから、気ぃつけろよ』
通信機より艦長の、知らせか、ぼやきか、判らない言葉が漏れた。
「分かりました。月面基地からの引き離しを優先とします」
『頼んだぜ』
佐藤大佐との打ち合わせ内容を告げると、艦長は一言だけ言って通信を切った。
『最終チェック完了。ガーベラ、発進可能です』
「了解。ガーベラ出撃します」
アナウンスに従い、加速で発生する荷重を軽減する魔法を掛けてから、何時も通りに出撃した。左手は敵機の剣をそのまま握っている。
普段なら、こんな事に魔法を使ったりしない。だが、佐藤大佐の物言いから必要になると判断した。そしてこの判断は正しかった。
「ぬぁっ!?」
思っていた以上の荷重が襲い掛かって来た。驚きから声が漏れ、慌てて完全に相殺する魔法に切り替える。問題が無くなったところで、ガーベラに初めて乗った時を思い出した。
あの時は、減速して丁度良い速度を移動しながら探っていた。時間との勝負である今回は、そんな事をする事は出来ない。
自分は魔法を掛けたお陰で余裕が出来たけど、他の人がこんなのに乗ったら絶対に死ぬぞ。圧死するぞ。死ななくても、骨折は確定だろう。
そこで自動操縦にしていなかった事を思い出し、慌てて切り替える。月面基地へ向かう最短コースをセットし、ついでに接敵を知らせるアラームもセットする。
「よし。残り、三十分弱」
移動時間を口にする。
長いようで短い移動時間だ。




