二人が去った食堂では~飯島視点~
松永と星崎が食堂から去った頃にまで時間を遡る。
二人を見送った飯島を含む日本支部幹部達は、揃って顔を見合わせた。
「星崎のあの行動、どう思う?」
口火を切ったのは、皆の心の代弁者工藤中将だった。
「どうもこうも、スパイが取る行動じゃないのは確かだな」
回答となる声を上げたのは飯島だ。
この回答を機に、次々と声が上がる。
「スパイは進んで支部長に情報を流しに行かないよな」「そうだな。普通はやらん」「星崎のスパイ疑惑も根拠無かったし」「言い出したのは誰だっけ?」「犯人捜しは止めろ。あとが面倒になる」
話題が別方向に逸れそうになるも、飯島が制止した事で止まった。
星崎のスパイ説は根拠に欠けるだけでなく、突拍子もなく浮上した疑惑だった。諜報部が白と判断し、支部長も白を確信するだけの情報を持っていた事から、飯島も星崎の疑惑は事実無根と判断していた。
他の幹部達の疑問は、先程の行動で『白』と判断した。そもそも、星崎は情報提供を嫌がる素振りを見せなかった。齎される情報も理解出来るように、言葉を選んでいた。それでも理解出来ないものは『そう言うもの』と受け入れるしかなかった。
飯島が思考を逸らした間も、幹部達の間で会話は続き、まったく関係の無い方向へ向かう。
「そういや、あの酒、美味そうだったな」
誰かの呟きに、工藤中将を筆頭をした酒好きが血相を変えて反応する。
「お前何言ってんの!?」「一本三百万以上する酒だぞ!?」「怖くて飲めねぇだろ!」「それ以前に度が高過ぎる」
突っ込みの通りだ。高い酒は確かに美味いだろうが、普段のように飲めない欠点も存在する。飯島は酒を好まないが、下戸と言う訳ではない。何かと理由を付けて酒を飲みたがる連中が多い。その為、飯島が飲むのは付き合いで嗜む程度だ。
食堂にいる顔ぶれの中では、一見すると酒が弱そうに見える井上はザルで、意外な事に下戸は松永だ。
松永曰く、何を飲んでも体質的にアルコールを受け付けないのか、缶ビール一本で酔いが回るらしい。日本支部の幹部に昇格するまでの松永は、下戸とバレると中々に大変な目に遭っていたらしく――主に上級階級の女性兵からのアルコールハラスメントが酷かったそうだ。何故酷かったのかは、松永に酒を飲ませようと企む女性兵のギラついた目を見れば解った。これに関しては飯島も同情せざるを得なかった。普段松永を僻む男連中ですら同情していたのだから、その酷さは解るだろう。
この頃の松永は、顔で寄って来る女性兵士が多くて辟易していた。男からはパワハラとやっかみ。女からはパワハラ・アルハラ・セクハラ紛いな事を受けて、当時の松永は荒れていた。一人称も『俺』だった。今でも時折出て来る『魔王状態』はこの頃に出来上がった。亡き女性のお陰で性格が穏やかな方向に戻らなければどうなっていた事か。
昔の事を思い出した飯島は、星崎の手元に届いた大量の酒瓶を見て、松永が何を思ったのか気になった。
ちなみに現在の飲酒可能年齢は十九歳で、基地内の酒場での飲酒可能時間は十九時から二十三時までの四時間のみとなっている。個室で飲むのなら当て嵌まらないが、節度は守れと言われている。実際に守られているかは不明だ。
「でもさ、星崎に飲みたいって言えば、飲んでもいいよみたいな空気だったじゃん」「確かに言いそうだけど……」「言ったら、松永大佐のお説教三時間コース確定だろ」「松永大佐の説教を受けてまで飲みたいか?」「俺は遠慮する!」「って言うか、度数が七十を超える滅茶苦茶強い酒だぞ!」「高いだけじゃなく強いとか、飲めねぇよ」「ビールの十五倍の強さだぞ?!」「お前気兼ねなく飲めるのか?」
飯島も忘れていたが、星崎の手元にやって来た酒は全て強いものばかりだった。
ここで一つ疑問が沸く。
いかに酒好きからの差し入れとは言え、『送った相手が飲めない酒を知らない』と言う事は無いと考えられる。届いた酒はどれも度の高いものばかり。
これらから考えられる事は、星崎は『恐ろしく酒に強い』と言う可能性だ。未だ十五歳と言う年齢を考えると、大変恐ろしい事実だ。ここが軍の基地である事を考えてか、酒を全て送り返したのは英断と称しても良い。別の理由が存在するのかも知れないが。
酒好き達が騒ぐ姿を眺めつつ、飯島はそう言えばと思い出す。
「星崎も高い酒瓶持って普通に説明してたけどさ、何でブルジョアムーブが出来るんだろうな」
たった今、飯島が思い出した事だった。
星崎の落ち着いた行動は、明らかに高級品に慣れているとしか思えないものだった。何故慣れているのかと、飯島が思考を回した直後、通信機が着信を告げた。
『あ?』
食堂内にいた他の殆どの幹部も、ほぼ同時に声を上げた。皆で通信機を取り出し、困惑の声を上げる。
「会議、明日もやるんだな」「そうみたいね」「ノンアル自棄のみして寝るしかないな」「いや、普通に寝ろよ」
会話通り、明日の会議開催が決まった。
『はぁ~』
皆の口からため息が漏れる。
幹部になれば会議への参加は義務も同然だが、三ヶ月連続で荒れ、今回に至っては終わりと思ったら再開する。
『……出たくないなぁ』
皆思う事は同じだった。
本音を言えば、飯島も出たくはない。だが、今月は大事な作戦が存在する。けれども、その作戦の事を無視するような行動を星崎が取っている。
「そう言えば、星崎に今月の作戦について教えてなかったな」
どうしたものかと考えた瞬間、そもそも『教えていなかった』と言う事実に気づいた。知らなければ、確かに作戦の事を考えない行動を取ってしまう。
「えっ!? あいつ作戦の事知らないの!?」
決して大きな声量で言った訳では無いが、耳聡いものばかりだったからか、ほぼ全員の視線が飯島に集中した。
「八月に佐々木と井上が口を滑らして、『十月に何かしらの予定が在る』ってのは知っただろうが、作戦については教えていなかったな」
「何でそこで教えなかったんだよ!?」
「松永がその内教えるだろうと思って」
「何でそこで松永に丸投げするの!?」
誰かの絶叫が上がった直後、冷えた声が響いた。
「私に何を丸投げしたのですか?」
皆同時に口を噤んだ。誰一人として喋らず、背景に同化するように気配を消しに掛かる。飢えた肉食獣から逃げ果せる為に気配を消す草食動物のように、全員息を殺して身動ぎすらしない。
「? まだいたのですか?」
沈黙が下りる中、今度は幼い声が響いた。星崎の声なのは判ったが、誰一人として反応しない。
「どうしたんです?」
「放って置け。明日の会議を思って気が滅入っているだけだろう」
答える声には苛立ちが混じっている。これ以上の沈黙は危険だが、誰が生贄役を担当するかで、皆視線で押し付け合う。
「はぁ。あ、松永大佐。ハムは好きですか?」
「ハム?」
「軽く焼いた方が美味しい、差し入れ品のハムです。ハムステーキかハムカツにして食べるにしても、食べきれないです」
「一緒に届いたつまみ用のハムか。いいのか?」
「高い生ハムは全部返品しました。安い方は火を通した方が美味しいです」
「安いと言っても、相応の値段だろう」
「塊で届きましたから、購買部で売っているものに比べると高いです」
皆が黙っている間の、松永と星崎の会話は明瞭に響いた。飯島の視界の隅で二人は暢気に適当なテーブルへ移動する。星崎がテーブルにハムの塊を並べている。個数を数えると、確かに独りで消費するのは難しいだろう。一個当たり一キロは在りそうな大きな塊だし。
「――あれ?」
「どうした?」
「いえ、収納に入れた覚えのないものが何か入っていました」
そう言うなり、星崎は二つの籠を取り出した。片方の籠から出て来たのはワインボトルだった。
「葡萄ジュース? 誰……あ、これはサイからで、こっちはティスからか」
六本のボトルが登場した。どこからどう見てもワインボトルにしか見えない。星崎は籠からメッセージカードらしきものを手に取った。カードを読んだ星崎は、ポロッと誰かの名を口にした。聞こえて来た名前の片方が、女性らしい名前だった事に飯島は内心で驚く。ただし、日系の名前では無いので男かも知れないが。
「仕事の合間にって、こっちはノンアルコールのリキュール? あ、ハーブ畑復活記念で作られた奴か」
「ハーブ畑と言うのは、返品した酒の中で最も高かった酒のところの事か?」
「はい。あそこのリキュール愛飲家達が沢山の復興支援金を送っていましたので、機材を十分に揃えられた結果だと思います。……経過時間を考えると、そろそろ復興が終わってもおかしくは無いですね」
「ほぅ。そっちは葡萄ジュースで、合っているのか?」
「今の状態だとジュースのままですね。何ヶ月か未開封のままワインセラーや専用の冷蔵庫に入れて置くと、熟成が進んでワインになります」
「それでは酒だろう」
「違います。ある程度の期間を置かないと酒になりません。購入したあとに頃合いを見計らって飲む『ワインの素』です」
「ワインの、素?」
「はい。素、正しくは原料ですね。熟成させる直前なので、葡萄の果実を絞ってボトルに詰めた状態の、ノンアルコールのワインです」
「成程。これからワインになるのか……ん?」
星崎の解説を聞き、飯島は思った。今はノンアルコールワインのままでも、放置すると酒になる代物と言う事は……。
「差し入れ品と比べると、三分の一以下で非常に安いですよ」
三分の一と言う事は、日本円にして百万近い計算になる。しかし、星崎もそうだが、松永もナチュラルにブルジョアムーブをしている。
「まぁ、いい。……ところで、送って来たのは誰なんだ?」
「サイとティス、サイヌアータとトリキルティスです」
話題が送り主の事に変わった。正しい名前を聞くと、どちらも男だと確信出来る名だった。『サイ』と『ティス』と言うのは愛称なのだろう。確かに言い難い。
「聞き慣れないが、男の名前か?」
「どっちも男ですね。サイに至っては、今後の状況次第で会うかもしれませんが」
松永のストレートな質問に答えつつ、星崎が意味深長な事を言った。
「……ああ、明日の会議で決めるアレに関わっているのか」
「正確に言うと、関わっているのはティスの方です。サイはこれから関わる形です」
「そうなのか」
松永が驚いている。だが飯島的には、明日の会議に関わる事を暈して口にした星崎の方が気になる。
「そうですね。……ジュースで良ければ飲みますか? 赤白ロゼの三種あります」
「独りで飲まないのか?」
「流石に六本は多いです。支部長はリキュールを飲まれますか?」
「……流石にノンアルコールなら、星崎が飲んでも大丈夫だぞ」
「リキュールも本数が有りますし、両方のカードには『皆で飲むといい』と書いて在るので大丈夫ですよ」
そう言って、星崎はメッセージカードを松永に見せた。文字が読めないのか、松永はメッセージカードを見るなり困惑した。
「何故、日本語で書いて在るんだ?」
飯島は思わず出そうになった声を抑える為に、手で口を押えた。その間も二人の会話は続く。
「ティスは私と同じなので、日本語が問題無く使えるんです」
「そうだったのか」
「はい。ある意味天文学的な確率ですが、どう言う訳かティスも同じ体験をしたんです」
「ほぅ……」
飯島には理解出来ない会話だが、松永は理解している。
星崎は拳二つ分ぐらいの大きさのハムの塊一つと、ワインボトルとリキュールの酒瓶を一本ずつ残して、他は全て仕舞った。星崎はハムを手に厨房へ向かおうとして足を止めた。
「松永大佐。ハムステーキを焼きますけど、食べますか?」
「ハムステーキ? 本当に焼くのか?」
「食べ比べしますか?」
「……なら、一枚だけ食べるか」
そのまま二人は厨房へ入った。少し経ってから香ばしい匂いが漂って来た。
その匂いを嗅いだ誰かの腹の虫が鳴った。それも、複数人の腹の虫の音だ。
「どうする?」「誰が突撃するんだ?」「食いたい。飲みたい! けどっ」「タイミングを完全に逃したな」
全員で食べる為の緊急会議を早急に行う。女性陣もいるが、全員酒好きなので堂々と混じっている。日本支部幹部で酒が飲めないのは松永だけで、酒を好まないのは佐藤と佐々木だ。この二人は純粋に食欲が勝り会議に交じっている。
最大に問題は、誰が言うかだ。公平にじゃんけんを行い、最後まで勝ち残った飯島が代表する事になった。
松永と星崎がやって来るのを待つが、ハムを焼く音も聞こえなくなったのに一向にやって来ない。
席から立った飯島が厨房内に向かうと、二人は何かを探していた。星崎が見つけると揃って奥の台へと移動する。その途中で松永が飯島に気づいた。
「飯島大佐、どうしました?」
「何か音がするから覗いたんだが、何してんだ?」
「小さいグラスを探していました。それで? そちらの話し合いは終わりましたか?」
食堂内で行われていた会話は、松永の耳に届いていたらしい。
バレていた事を知った飯島は、一度目を閉じて何と言うか考えた。
「素直に食べたいって言ったら貰えるのか?」
「星崎は十枚に切り分けていました。食べられるとしても六人でしょう」
飯島はすぐに計算した。十枚中六枚を他の連中が食べられるとする。残りの四枚の配分は、星崎と松永で半分ずつと見る。
「松永。星崎が二枚食べるのは貰い主だからいいとして、お前が二枚食べる事は無いだろう?」
「勝手に配分を決めないで下さい。十枚に切り分けてから、一枚を半分にしてそのまま食べました」
「……星崎も焼く前に食べたのか」
松永の説明を聞き、飯島は計算し直した。
十枚中一枚を味見で消費。残り九枚中二枚星崎とすると、確かに松永も一枚の計算になる。
「一口サイズにして全員で食べますか?」
「悩ましいな」
「そちらで決めて下さい」
そう言うなり松永は飯島を厨房から追い出した。席に戻った飯島は説明して、全員にどうするか問い掛ける。
「六人だけ食べるか?」「待て、一口だけでも食べたい」「そう言うと、松永が『これ以上食わせなくていい』って言いそうだな」「くっそ、どうすりゃいいんだ」「ガッツリ食べる男共が我慢すればいいんじゃないの?」「「「「「「却下だ!」」」」」」
会議は荒れ、全員の食い意地がぶつかり合う。
「アレは何をやっているんですか?」
「気にするな。冷めない内に食べるぞ」
唐突に響いた声が耳に入り、全員が声の主を探す。
声の主は、席に着いた星崎と松永だった。二人の前には小さなグラスが二つずつ、湯気が立ち上るハムステーキの山が乗った大皿に、取り分け用の小皿とフォークが置いて在った。完全にこちらを無視して食べる気満々の二人がそこにいた。
更に星崎がノンアルコールワインの栓を開けた。小気味いい音を立てて栓が抜かれて、一部の酒好きが悲鳴を上げる。星崎はそれを不思議そうな顔をして見るも、無視して手元のグラスに注ぐ。ワインの色は赤だった。そのノンアルコールの赤ワインは、何故か松永のグラスにも注がれた。ボトルを栓で封する。
「星崎! 俺も飲みたい!」
「支部長に一本渡しても大丈夫か、確認する為なので却下です」
酒好きの叫びを、松永が即座に却下した。その間に、星崎はハムステーキを頬張る。
「支部長には要らねぇだろ!」
誰かが『支部長への差し入れは不要だ』と叫び、同調する声が次々と上がった。
「何が要らないんですの?」
そこへ、野太い第三者の声が響いた。叫んでいた全員は動きを止める。その隙に松永はグラスを手にして傾けて目を瞠り、ハムステーキを一口食べて瞑目する。
「んもう、入った瞬間全員無言になるなんて酷いわぁ」
やって来たのは神崎だった。色んな意味で難敵の憲兵部トップは、我が道を行く男で目聡かった。
「あらぁ、星崎ちゃん、何を飲んでいるの?」
「頂きものの葡萄ジュースです。熟成が進んでワインに成っていないか、松永大佐に確認して頂いているところです」
「あら、そうだったの?」
星崎の言い分は間違ってはいない。確かにその通りの説明だ。松永に確認をして貰っているか否かは微妙だが。
「飲んだ限り、酒には成っていないな」
「そう。なら大丈夫ね」
未成年者が酒を飲んでいない事を確認し、神崎は頷いた。グラスを見た限りでは、確かに酒にしか見えないだろう。下戸の松永が問題無しと判断したのならば、確かに大丈夫と言える。
「神崎少佐も飲みますか?」
「あらいいの?」
星崎の申し出に神崎は嬉しそうな反応をした。星崎は神崎を見ても何とも思わないのか、普通に接している。
「本数が在るので、支部長にも一本渡す予定でした」
「ん~、支部長は甘いものを好むけど、ワイン系と甘いお酒は飲まれないのよね。確か、缶酎ハイしか飲まないのよ」
「あれ? そうなんですか?」
「そうよ。ジュースなら、星崎ちゃんが一人で飲んじゃった方がいいわ」
星崎と神崎がやり取りをしている間に、松永はハムステーキをバクバクと食べていた。星崎の取り分が残っているところを見るに、彼女への配慮だけは忘れていなかった模様。代わりに、その他の面々への配慮は残っていなかった。幾人かが消えて行くハムステーキを見て、小さく悲鳴を上げている。
やり取りを終えた神崎が、コーヒー用のマグカップを取りに行き戻った。星崎がマグカップにノンアルコールワインを少量注ぐ。
「美味しい! お酒っぽい香りなのに、飲むと完全にジュースなのね。ノンアルコールワインっぽいけど、アルコールが入っていないのなら子供が飲んでも大丈夫ね」
一口飲んだ神崎はその味に目を瞠り、そのままノンアルコールワインをジュースのように飲み干した。
一本百万もするノンアルコールワインが不味い筈も無いだろう。飯島はそう突っ込みたくなったが我慢した。日本支部が誇る『冒涜的な怪物』に何を言っても、届かないし、躱されてしまう。
神崎はハムステーキも一口貰い、美味しいと驚いている。
実に羨ましい光景だ。
「そう言えば、神崎少佐は何しにここへ来たのですか?」
「実はね、明日も会議をする事になったから、どうして開催するのか知っていそうな人に尋ねようかと思って来たのよ。ほら、お昼もここで食べた人が多いって聞いたから、夕食もここで食べていそうだなって思ったの」
星崎の質問に答えた神崎は、そう言うなり周囲を見回し、視線を固定する。視線の先には工藤中将がいた。
「答えて下さる?」
「な・ん・で、俺が、今、教えなきゃならねぇんだよ! 明日まで待てよ!」
「残念だわぁ」
神崎からねっとりとした視線を受けた工藤中将が血相を変えて叫んだ。その周辺の男性陣も必死に頷く。神崎は不貞腐れてため息を吐き、マグカップを食洗器に置いてから去った。
「ああーっ!! ハムステーキがっ!?」
神崎が去るなり、悲鳴が上がった。何事かと思えば、悲鳴の通りに皿からハムステーキが消えている。星崎はグラスにノンアルコールワインを再び注いでいる。
「騒々しい。我慢出来ないのですか?」
「ばくばくと食っていた奴が言う台詞じゃねぇ!」
苦情を無視した松永は、優雅にグラスを傾けた。気に入ったのか、松永は美味しそうに飲んでいる。
「食べたいのならば、明日の会議で頑張る事ですね」
「……どう言う意味だ?」
「そのままの意味です。明日に備えて今日はもう休んだ方がいいでしょう」
飯島が尋ねても求めていた返答は帰って来なかった。
このまま解散とはならず、一部酒飲みの熱い要望で、ノンアルコールのワインとリキュールを全員で少量ずつ飲んでから解散となった。
松永にしては素直に飲ませてくれた事に飯島は疑問を抱いた。けれど、ありつけたノンアルコールリキュールの、想像以上の美味しさに疑問を忘れた。
翌日。飯島は疑問を忘れた事を後悔するのだが、それは明日の事である。




