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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
目新しさのない新しい日々 西暦3147年9月

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訓練学校へ

 九月二十日。

 約一ヶ月半振りに、訓練学校が存在する孤島の地を踏む。現在身を包む服は、正規兵の軍服ではなく、訓練学校の制服だ。手荷物は空のボストンバッグのみ。

 借りものだけど、これを着るのも今日で最後だと思うと、少しばかりしんみりとした気分になっただろう。……三人の同行者がいなければ。

「うむ。懐かしい母校だな」「三十年経っても余り変わってないな」

 割って入って来た同行者その一の佐藤大佐と、その二の飯島大佐が感慨深げに訓練学校を眺める。

「暑苦しいのが二人もいなければ、確かに懐かしい」

 最後の同行者、松永大佐に至っては本音が駄々洩れだった。これには同意する。



 本当は自分と松永大佐に、井上中佐の三人で来る予定だった。

 だが、出発前日なって『母校での教官役を考えているから一緒に行く』と佐藤大佐が言い出し、駄々をこねた。話を聞きつけた飯島大佐が引き留めたが、佐藤大佐は引き下がらない。結局、支部長に判断を仰ぐ事になった。

「同行者は三人までならいいぞ」

 しかし、そんな簡単な台詞と共に丸投げされてしまった。

 ……支部長。いかに書類仕事で忙殺されているからって、諫めもせずに放りだすのは、組織の『長』としてどうなのよ?

 結果、佐藤大佐を苦手とする井上中佐は同行を辞退。空いた同行枠に、佐藤大佐と飯島大佐が入る事になり、現在に至る。

 ピクニックかよと、無性にそんな突っ込みを入れたくなった。



 いかにここの卒業生とは言え、上の階級の人間が三人もやって来たら大騒動になる。時間帯的にはもうすぐ午後の授業が始まるから、授業を見に行きそうだ。

 全員で校舎に入り、代表して事務室に行って連絡したら、『やっぱりか……』と顔を覆いたくなる結果になった。

 まず学長が走って来て、大佐トリオ(特に松永大佐)の顔を見るなり顔を絶望で染め、その場に膝を崩した。次に確認にやって来た手隙の教官達が、大佐達の顔を見るなり『ムンクの叫び』に似た顔になった。どんだけ恐れられているんだろう。特に松永大佐。ホントにマジで。

 あっと言う間に、学校側はパニックに陥った。もうすぐ授業が始まる時間帯なので、生徒がやって来ない事だけがせめてもの救いだ。

 そんな中、笑顔の松永大佐が学長の首根っこを掴み、無理矢理立たせて歩き出す。すると、廊下を埋める教官達が、さっと左右に分かれて中央に道を作った。パニックを起こしていたにも拘らず、非常に訓練された動きだ。断じて『調教された動きだ』とは思ってはいけない。

 学長が助けを求めるような目で見て来たけど、松永大佐が関わっている以上、介入は不可能だ。その場にいた全員が見て見ぬ振りをした。目を閉じるだけで降り掛かる火の粉が払えるなら、喜んで目を閉じます。学長の悲鳴を皆で幻聴扱いする。それは同じ階級の二人も同じだった。

 大佐二人に一言言って別れ、単身寮に向かう。

 校舎を出て少し歩いたところで背後から呼び止められた。振り返ると、高城教官を始めとした複数の教官がいた。

 ……多分、大佐トリオが来た『本当の理由』が知りたいんだろうな。自分は知らん。寮に残していた教科書とノートを取りに来ただけだ。

 どうしたか尋ねると、想像した通りの質問攻めを受けた。来るまでの経緯を話して諦めて貰おう。

「始めは私と松永大佐と井上中佐の三人の予定でした。ですが一体どこで耳にしたのか、佐藤大佐が『引退後に教官役になる事を視野に考えており、士官学校と母校を見比べたい』と仰り、昨日になって訓練学校行きを希望されました。予定に無かった為、支部長に判断を仰ぎましたところ『同行者三名まで』とお言葉を頂きました。松永大佐はそのままに、佐藤大佐の抑え役に飯島大佐が名乗りを上げ、井上中佐が辞退した為、このメンバーとなりました」

「なりました、じゃないだろう!?」「佐藤大佐が、ここのOB!?」「いや、あの人は士官学校で教官やらないかと声を掛けられていなかったか?」

 意外な事に佐藤大佐が、ここの卒業生だと言う情報が出回っていなかったらしい。

 受けた全ての質問に回答し終えると、教官達は皆絶望顔で地面に膝を着いた。苦情は全て、丸投げした支部長にお願いします。自分は受付出来ません。

 頭を下げて今度こそ寮に向かう。玄関傍の受付で寮監から部屋の鍵を受け取り、一ヶ月半振りに個室に入る。何一つ変わっていない部屋だ。机の引き出しから全ての教科書とノートを取り出し、借りて来たボストンバッグに詰めて行く。それが終わると、部屋に置き忘れが無いかチェックする。ものの見事に教科書とノートしかなかった。他のものは全部道具入れに入れちゃったから何だけどね。

 教科書と言っても一般教養の教科書では無く、操縦のマニュアルと教本(共に紙本)だ。共に電話帳並みの厚みを誇るから重い。一般教養の教科書は貸出のタブレットに全て入っている。これは出発前に事務室へ返却済みなので、部屋に無くて当然だ。

 最後に改めて部屋を見回す。もう二度とこの部屋に戻って来ないんだよね。

 そう思うと『六年は居るんだろうなー』と、思っていた入学当初が懐かしい。

 


 入学前。

 起きたら知らない部屋で、名前はおろか何一つ思い出せなくて、吃驚したんだよね。

 事故に()った事が原因の記憶喪失だと言われても、どうすれば良いのか分からなかった。

 そのあとに受けた説明も訳が分からなくて、滅茶苦茶困った。

 流されるままに入学する事になった。学生生活を送りながら、自分が置かれている現状を知って頭を抱えたけど、どうしようもなくて諦めた。

 ……あんまり良い思い出が無いな!



 置いているものが無い事を再度確認してから、部屋を出で施錠。寮監に鍵を渡して寮から出る。

「高城教官?」

 寮から出たら、高城教官が険しい顔で待ち構えていた。他には誰もいない。自分は『何か起きるな』と思い、ボストンバッグを足元に置いて相対する。

「……星崎。お前の今後は聞いている」

 数秒の間を開けて、悔恨に満ちた表情で教官はそう切り出した。

「今でもたまに思う時が有るんだ。あの時、演習を理由に村上中将の要請を断っていたら……。お前はガーベラに乗って実戦に何度も出る事も無く、あの四人も訓練生として、まだここにいられたのではないかってな」

 それは懺悔の言葉だった。それも、高城教官の口から出たとは思えない内容だった。そして、言ってはいけない事まで口走っている。

 思わず目を丸くしてしまったのは許して欲しい。だって、根性理論主義者の体育会系が、いきなり暗い顔で懺悔し始めたら誰だって驚くでしょ?

「俺の決断一つで、五人もの人生を変えてしまったと思うとな」

 沈鬱そうな表情を見るに、多分『許して欲しい』と言いたいのだろう。でも、それは言ってはいけない事だから、高城教官は見た事の無い暗い表情をしている。

「高城教官」

 鬱屈とした言葉をいつまでも聞きたくない一心で、教官の名を呼んでしまった。うっかりやらかしたが、この場で言う事は一つだけだ。慌てる事も無く、落ち着いて言葉に出来た。

「今までお世話になりました」

 そう言って頭を下げた。

 この場で言うのはこれくらいで良いだろう。

「……俺を恨まないのか?」

 頭を下げたまま教官の言葉に苦笑を零し、顔を上げて本音を告げる。チーム解散を知って初めに思ったのは『世話をしなくても良い』だった。

「いいえ。あの四人みたいな、プライドだけしか持っていない誰かの尻拭いをやる事が無いのなら、現状でも構いません」

「お前なぁ」

 教官は暗かった表情から一転して、何時も通りの顔で驚いてから呆れた。教官の目尻に、光る何かが浮かんでいる。今は見て見ぬ振りをしよう。そんな少し復活した教官の様子を見て内心安堵する。

 それに、教官には言えないけど、個人的には現状で良かったと思っている。

 敵の事を知れば知る程に、故国『ルピナス帝国』の名が脳裏を掠める。転生してからどれ程の年月が経過したのか、大まかにしか知る手段しか無い事がどうしようもなくもどかしい。

 セタリアから代替わりして方針を改めたのか。それとも、他に理由が在るのか。

 知らなくてはならない。

 二代前の皇帝の頃から近くで皇族が、環境不適合種と環境適合種の共存に心を砕き、心身共に捧げていたかを、ずっと見ていたから。

 最後に敬礼する。

「教官。星崎、行きます」

「ああ、行け。簡単に死ぬなよ」

「それは当然かと思います」

「そうか」

 教官は苦笑しつつも、敬礼で返してくれる。

 これが今生最後のやり取りになるかもしれない。けれど、湿っぽい雰囲気で終わらせたくなかった。

 軽口のような会話で締め括り、足元に置いたボストンバッグを持って立ち去る。

 背後で嗚咽が聞こえたけど、聞こえないふりをして、歩く速度を上げた。


 

 事務室に行き、松永大佐の居場所を尋ねると応接室に通された。もう気の済むまで搾り上げたのか。学長に合掌。

 足を踏み入れた応接室で、松永大佐はソファーに足を組んで腰掛け、出されたお茶に口を付けていた。傾けているのはティーカップでは無く、湯飲み茶碗なのに優雅に見えるのは何故でしょうかね。仕事をやり終え、お肌艶々だからか?

 高城教官とのやり取りとの、落差がひでぇ……あれ?

 佐藤大佐と飯島大佐が応接室内にいない事に、今になって気づいた。

「あの二人は高等部の授業を見に行った」

 相変わらずの察しの良さを発揮して、松永大佐が教えてくれた。嫌な予感がする。

「……佐藤大佐がシミュレーターで暴走しそうですね」

「その辺は飯島大佐が止めるだろう。余興程度は見逃すかもしれないが」

「余興で御二方が高等部の生徒をボコボコにして、心を折りそうですね」

「……それはやりそうだな」

 同じものを想像したのか。松永大佐は微苦笑を浮かべ、湯飲み茶碗をテーブルの上に置いて立ち上がった。

「長居しては邪魔になる。早々に回収してツクヨミに戻るぞ」

「分かりました」

 副音声で『早急に支部長と話し合わないと』と聞こえた気がした。支部長が過労で倒れないか心配だ。


 ※※※※※※


「――っ、ふぁっくしょばいっ!?」

 ぶるりと身震いしてから、佐久間はくしゃみを飛ばした。その声量の大きさに、その場に居合わせた秘書官達は『何か見覚えがないか?』と顔を見合わせた。

「支部長、大丈夫ですか?」

「ああ。奇妙な寒気がしただけだ」

 佐久間は秘書官から差し出されたポケットティッシュを受け取り、前にも似たような事が起きたなと、一枚取り出しながら思い出した。


 ※※※※※※


 松永大佐のあとを追って校舎内を移動する。

 訓練学校には中等部と高等部の二つが存在するけど、使用される校舎は『王』の字を九十度横にしたような形で繋がっている。東西が高等部と中等部で使用する校舎となり、二つの校舎を繋ぐ中央は学長室や職員室、購買部や事務室などの共同利用部屋が存在する、と言えば分かるだろうか。

 現在東校舎に向かって歩いている。その途中の連絡通路で、歓声のような声が聞こえた。

「……まったく、いい歳して何をはしゃいでいるんだか」

 四十代半ばに見える佐々木中佐をイメージして、素直な疑問を口にする。

「四十代後半の男性が童心に帰ると、あんな感じになるのでしょうか?」  

「誰をイメージしたかは知らないが、それはどうだろうな」

 年齢不詳の松永大佐は呆れている。

 呆れているけど、松永大佐も訓練学校のOBだった。佐藤大佐と飯島大佐もだが、大佐トリオの学生生活がどんな感じだったのか、本当に気になる。

「私も四十を超えているが、童心に帰りたいと思った事は無いな」

 松永大佐の驚愕の真実を知り、持っていたボストンバッグを思わず落としそうになった。

 ……この見た目で、四十歳を超えているだとぉっ!?

 女性だったら、間違い無く『美魔女』と呼ばれるぞ。どうやってこの外見年齢を維持しているんだろう。

「……ウチの支部は、外見と年齢の噛み合わない方が多いですね」

「確かにそうだな。今年で三十五歳になった佐々木中佐と同期の井上中佐も、実年齢を間違えられてる」

「……そうだったのですか」

 よく会う中佐コンビの実年齢を聞き、思わず絶句しそうになった。

 あの『老け顔童顔の中佐コンビは同期かも』とは思っていたけど、実年齢を聞くと本当に驚く。

 済まん、佐々木中佐。ずっと四十代半ばだと思っていた。三十五歳なら、あの言動はまだ許されるだろう。佐藤大佐はアウトだけど。

 今になって知った真実の衝撃が抜けないまま、佐藤大佐と飯島大佐がいそうなところに到着した。高等部三年生の教室だ。

 松永大佐がドアを少しだけ開けて部屋の中を少し覗き見ると、気づいた教官の一人が猛ダッシュで廊下にやって来た。

 やって来た教官は、ビシッと、音がしそうな勢いで敬礼をしてから松永大佐に用件を尋ねた。そして、松永大佐の回答が『中にいる大佐コンビの回収』だと知ると、明らかにほっとした顔になった。

 松永大佐が回収の為に室内に入ったが、悪目立ちしそうな自分は教官と共に廊下で待つ事にした。

 女子生徒の黄色い声が聞こえる。松永大佐の見た目『だけは』モデル並みの美貌を誇る。その中身は支部長ですら裸足で逃げ出す『魔王』と称されているが。

 少し待つと、松永大佐は室内にいた大佐コンビを連れて来た。一緒に廊下で待っていた教官はすぐに室内へ逃げるように入った。

「……さて、言い訳は有りますか?」

 教官がいなくなった事を確認すると同時に、松永大佐は笑顔で回収して来た大佐コンビに言い訳の有無を尋ねた。

 大佐コンビはそろって目を逸らすも、松永大佐の額に青筋が浮かぶのを見て、慌てて声を揃えて『無い』と答えた。どうしてすぐに回答しないんだろうか。

 松永大佐もここでお小言を言うつもりは無いのか、嘆息を零すだけに止めた。大佐コンビはツクヨミに帰ってから、松永大佐のお説教だな。

「星崎。高等部で使う教科書は入手済みか?」

 今の自分の訓練学校での表向きの扱いは『選抜クラスが有る学校へ転校』となっている。ツクヨミにおいての、表向きの飛び級卒業の理由は『転校するも成績が良かったからそのまま飛び級卒業した』からとなっている。

 訓練学校で使う教科書は六年間使うと聞いていた。松永大佐から奇妙な質問を受けて首を傾げた。

「え? 今の教科書は中高一貫で使用するものと聞きました。……大佐達の頃の教科書は別々だったのですか?」

「私の学生時代は中高で別の教科書を使用していた。今は一冊になっているのか?」

「はい。分厚くなる代わりに一冊になっています」

 松永大佐からの質問に回答してから、ボストンバッグに手を突っ込む。電話帳並みの厚さを誇る紙の教科書を取り出して大佐トリオに見せる。

「これが今の教科書です。中等部で三年掛けて一度読み、高等部で応用を授業で聞きながらもう一度読みます」

「応用の教科書そのものが無くなっていたのか……」

 意外な真実を聞いたと、飯島大佐は額に手を当てた。

 昔は二冊に分かれていた模様。何で一冊になったのか。内容に変更が無ければ、問題無いと思うけど。帰る途中で見せる事になりそうだな。

 教科書をボストンバッグに仕舞い、廊下を移動して昇降口から外に出る。

 訓練学校の様子見すると言っていたけど良いのかと思うが、さっき三年生の教室に入っていたから目的は達成していそうだ。

 このままツクヨミに戻るのかと思えば、校庭に向かっている。時間的に中等部で利用していそうだけど、こっちまで見る必要有るのかな?

 大佐トリオは校舎の陰から校庭を見る。思っていた通り、中等部の生徒が利用していた。体力増強目的の走り込みをしている。意外な事に走り込みをしているのは、元所属クラスを始めとした同学年の面々だった。その傍には副担任の間宮教官もいる。でも、四クラスが存在するのに教官が六人に減っていた。

「あ、間宮きょ――」

「どこにいる?」

 知っている顔がいる事に気づいて声を漏らすと、普段よりも更に低い声で松永大佐が食い付いた。どこからそんな低い声を出したんだと、内心で引きつつ、間宮教官の居場所を指で示して教えると、目の据わった松永大佐が出て行こうとした。佐藤大佐と飯島大佐が慌てて引き留めた。授業の邪魔になるから出て行かん方が良いと思うけど。

「星崎。間宮を呼んで来てくれ」

「……分かりました」

 飯島大佐にそう言われて呼びに行く事になった。ボストンバッグを持ったまま、こちらに背を向けている間宮教官に近づくと、クラス担任の教官が自分に気づき、近づいて声を掛けて来た。その顔は驚きに満ちている。その声で間宮教官も自分に気づいて驚いている。

「星崎!? お前、何で……」

「向こうのごたごたが落ち着いたので、寮の私物を取って来るように言われました」

「寮に用が有るんだったら、何で校庭に来たんだ?」

 担任の教官の質問に簡単に答えていると、他の教官も集まって来た。自分の事は知らされている筈なんだけど、そんなに直接聞きたいのか。

 そんな事よりもやる事が在る。移動先を指差して用件を告げる。

「間宮教官。あそこに行って貰っても良いですか? 飯島大佐が呼んでいます」

「何でそんな上の人間がここに居るんだよ!?」

 日焼けしたガラの悪い外見の間宮教官が震え上がった。他の教官は同情に満ちた視線を間宮教官に送る。

「学長と面会していました」

「学長に用が有るのに、何で俺が呼び出されんのぉ!?」

「用件が終わったからです。早く行かないと、松永大佐が来ますよ?」

「嘘だろ!? 鬼畜大佐が何でここにいるんだよ!?」

 悲鳴を上げ血相を変えた間宮教官は即座に逃走を図った。だが、周りの教官一同が見事な連携で取り押さえ、放せと騒ぐ間宮教官の両脇を掴んで引き摺って行く。

 しかし、鬼畜大佐とは何の誰のだろう。

「鬼畜大佐が誰か知りませんが、往生際が悪いですね」

 暴れる間宮教官は目的地に着くと、佐藤大佐に首根っこを掴まれてどこかに連れて行かれた。諦めればいいのにと思って呟くと、教官達から突っ込みが入る。間宮教官を連れて行った教官達は猛ダッシュで戻って来た。死地から生還したって顔をしているのが気になる。

「いや、逝くんだから抵抗するだろ」「取り押さえたが、間宮が逝く事には変わらん」「使えなくなっていなければいい」

 残った教官一同で頷いている。いいのかよと、内心で突っ込む。あと誰一人として、鬼畜大佐が誰か答えてくれなかった。

「星崎。そんな事よりも、佐藤大佐っぽい人が見えたんだが……」

「いますよ。佐藤大佐と飯島大佐と、松永大佐が来ています。本当は井上中佐と松永大佐の三人で来る予定だったんですけど、佐藤大佐が割り込んで来たんですよね」

 嘘だよなと、目頭を揉む教官に答える。すると、五人の教官の目が死んだ。けれども、疑問が沸いたのか首を傾げた。

「しかし、何で間宮なんだ?」

「多分、高橋大佐が関わっているかと。あとは、草薙中佐が会議中に暴れた一件だと思います」

「「「「「……はぁ?」」」」」

 困惑する教官達に思い当たる事を説明する事にした。

 間宮教官の自分に対するセクハラらしき言動を知った草薙中佐が、支部長が議長を務める会議の休憩中に暴れて、会議に参加していた工藤中将を筆頭に複数の男性出席者が殴られた事と、間宮教官の元上官高橋大佐の教育責任とかで一悶着起きた事を教える。

 工藤中将が殴られた辺りで、全員の顔が引き攣った。

「思い当たる事と言えばこの辺ですね」

「「「「「完全に自業自得だな」」」」」

 教官達は声を揃えてそう断言した。間宮教官に対する信用が無い。

「間宮の事よりも、星崎は向こうでやって行けそうか?」

「今のところは大丈夫ですね」

 トラブルとイベント満載だが、どうにかなっている。

 人付き合いは、試験運用隊の現状を考えると心配無用。それに今月頭の一件を考えると、今後の人付き合いは支部長が選んだ、極一部の人に限られるだろう。

「ならいい。急な指令に、俺達も驚いたからな」

 一応心配はしてくれていたのか。六月の演習中の実戦参加以降、月面基地で色々遭ったし。流石にツクヨミで起きた事は知らないか。でも、マルス・ドメスティカ撃破の知らせは聞いていそうだけど、実戦だったから知らされていない可能性が高い。

 教官達からこのあとの予定を聞かれて、帰るだけだと答える。

「何か用が有るのなら、大佐達に申し出て下さい」

「それが出来れば苦労しない」

 クラス担任の教官が断言した。流石に大佐階級の人間にものを頼むのは厳しいか。でも、高等部三年生の授業を佐藤大佐と飯島大佐が見学していた事を教えると教官達の目が死んだ。最初は校舎の陰から見ていただけだと、教えると少しだけ回復した。

 これ以上は授業の邪魔かなと思い、教官達に頭を下げて校庭から去ろうとしたら背後から呼ばれた。

「星崎っ」

 誰かと思えば、授業のノルマを終えた同じクラスの男子生徒だった。傍に来るなり膝に手を突き、肩で息をして呼吸を整える。

「お前、転校したんじゃ、なかったのか!?」

「寮の私物を取って来いと言われて来ただけ」

「本当か?」

 怪訝な顔をする男子生徒にボストンバッグを掲げて見せる。今回は借りものだが、全員に支給されるこのボストンバッグはツクヨミ経由で演習の為に宇宙に上がる時にも使用し、卒業した時にも使うように言われている。過去の卒業生も皆、このボストンバッグに荷物を詰めて訓練学校から去っている。

「……んじゃぁ、もう会えないのか? シミュレーターの対決、まだ一回も勝ってねぇのに」

「卒業したらどこかで会えるんじゃないの」 

 適当に答えたら男子生徒はむすっとした顔になった。意味が解らん。だが次の瞬間、自分の背後を見て、声を上げて驚いた。遠くから女子生徒の黄色い声が聞こえる。何事かと思って背後を見ると、松永大佐が間宮教官の首根っこを掴んで引き摺って来た。そのまま教官達の傍にポイ捨てする。教官達は一斉に見て見ぬ振りをする。

「間宮教官、大丈夫ですか?」

 屈んで様子を見ると、間宮教官は白目を剥き、口から靄っぽいのが漏れている。間宮教官の首を掴んで引き寄せた松永大佐がその頭に拳骨を落とす。すると、間宮教官は痛みで意識を取り戻した。苦悶の声を上げ、脳天を押さえて地面をのた打ち回る。

「これで問題無い」

 いいのかよと、心の声が漏れそうになった。立ち上がると松永大佐に襟首を掴まれると同時に、遠くから『何でまた星崎なのよ!!』と女子生徒の怒りの籠った絶叫が上がる。絶叫を上げるのはいいが、ノルマは終わらせなさい。

 ……しかし、何が『また』なんだ?

 一応、身に覚えは有る。男子上級生にシミュレーター対決を申し込まれた時がこんな感じだ。

 松永大佐は何も言わずに自分を引っ張った。引き摺られる訳には行かないので歩く。背後から女子生徒の絶望の悲鳴が上がる。

「ほ、星崎!」

「またどこかで」

 クラスメイトに適当に返して背後を見ないように歩く。今、背後を見たら女子一同の狂相を見る事になる。大人しく歩き、校舎の物陰で待つ大佐コンビと合流した。

 合流するなり、佐藤大佐から何故か『残念な子』を見るような視線と質問を貰う。

「星崎。傍に来た男子はクラスメイトか?」

「クラスメイトですよ。毎年クラス替えが行われるので、全員の名前は憶えていませんが」

 実際は全員どころか一人も名前を覚えていない。でも、顔は覚えているので困っていない。

「覚えていないのか?」

「四クラスも在るんですよ? 二年ちょっとしかいなかったのに、流石に全員の名前は覚えられないですよ」

 昔と違うのだろうか? 一クラス三十五人もいて、毎年クラス替えを行っている。入学した当初から浮いていた自分は特定の誰かと仲良くしていない。

「俺らがいた頃も四クラスだったが、一クラス二十人だったぞ」

「私がいた頃もその人数でしたね」

 飯島大佐と松永大佐がいた、三十年近く前は少人数制だった事を知る。

「え? 今は一クラス三十五人ですよ」

 自分が今の人数を教えると、大佐トリオは顔を一瞬だけ見合わせた。

「……星崎。高等部の三年生も同じ人数か?」

「はい。去年と一昨年の入学生と卒業生も同じ人数です」

 興味の無さそうな佐藤大佐はともかく、何故飯島大佐と松永大佐が知らないんだろう。

「先代の影響か?」

「どうでしょうね。それこそ、支部長に聞くしかありません」

「違いねぇ。ま、あとは戻るだけだな」

 飯島大佐が締め括り、事務室へ移動する。ツクヨミに戻ると知らせる為だ。だがその途中で、授業終了のチャイムが鳴った。遠くから足音が聞こえる。

 嫌な予感がするけど、大佐トリオは誰一人として気にせずに歩く。自分が代表して事務室に顔を出し、訓練学校から去る事を連絡する。連絡を知った事務員は明らかにほっとした顔になった。だが、いざ去ろうとしたら、職員室から手隙の教官の一人が出て来て、応接室に連れて行かれた。怪訝そうな顔をする大佐トリオも一緒だ。

「松永大佐。大変申し上げ難いのですが、星崎を借りても良いでしょうか?」

 教官は目を泳がせながらそんな事を言った。記憶が正しければ、この教官は高等部の教官だ。何でそんな事を言うんだろう。松永大佐も困惑している。

「何が起きたんだ?」

「あの、高等部の生徒で星崎にシミュレーターの対戦を挑んでいたもの達が、再戦を希望しておりまして……」

「一人二人では無いのだろう?」

「はい。数十人います」

「却下だ。全員の相手をしては日が暮れる。いかに貸切って来たとは言え、ツクヨミへの移動に五時間も掛かる」

 教官からの申し出を松永大佐はにべも無く却下した。けれど、松永大佐と飯島大佐は何か引っ掛かるのか、揃って口元に手を当てて何やら考え込み始めた。佐藤大佐も何か思い当たるのか、呆れた視線を自分に送り黙った。大佐トリオが考え込み、沈黙した隙に教官は自分に話を振る。

「ですよね。星崎は、覚えているよな?」

「『俺が勝ったら、何か一品作ってくれ』って言って来た男子生徒一同の事ですか? 顔だけは覚えていますよ」

「……あいつらそんな事を言っていたのか」

 確認を取ったら教官は額に手を当てた。大変呆れている。

「星崎、去年と一昨年の卒業生でも、同じ事は起きたか?」

「起きました、が?」

 松永大佐の奇妙な質問を首肯する。すると、松永大佐は何とも言えない顔をした。

「去年よりも一昨年は凄かったですよ。『自称訓練学校最強』を名乗る高等部の男子生徒が各学年十人ずつもしつこく挑んで来ましたし」

「……成程、お前はこんなところにまで関わっていたのか」

 補足情報を口にすると、松永大佐は一人で納得し、そう言って嘆息した。

「色々と気になるが、そろそろ出発しないと帰りの到着が深夜になりかねん。どの道、却下だな」

「そうですか」

 松永大佐が再度却下すると、教官はそれ以上何も言わなかった。深夜の単語が効いた模様。

 応接室から出ると、今度は背後から名を呼ばれた。誰だろうと思い背後に視線を向けると、複数の高等部男子生徒(先輩方)がいた。

「お前、転校したんじゃなかったのかよ!」

「寮の私物を取って来いって言われて来ただけです」

 何回このやり取りをすれば良いのかと思わなくも無いが、事前に知らされていなければ、この反応ばかりになるのも当然か。

 そろそろ帰らないとだからと、応接室から出た大佐トリオの許に向かうべく背を向けたが、しつこい事に先頭の男子生徒に腕を掴まれた。

「もう帰るのか!? シミュレーターで一戦やる時間も無いのかよ!?」

「片道五時間掛かる軌道衛星基地を経由して帰る予定なので無理です」

 しつこいけど時間的にそろそろ出発しないと、ツクヨミへの到着時刻が二十時になりそうなのだ。それに、個人の我儘で大佐トリオをこれ以上訓練学校に滞在させては、教官達の胃に穴が開きかねない。

 再度『時間的にも無理』と言って断り、自分の腕を掴む男子生徒の手を振り払い、大佐トリオの許に向かう。自分と先輩のやり取りを興味無さそうに眺めていた佐藤大佐が、何を思ったのか変な質問をして来た。

「星崎、シミュレーターの対戦は一試合に何分掛かっていた?」

「……大体、五分前後です。長くても、十分は超えなかったです」

「そんなに短かったのか」

「? 長くなるものなのですか?」

 記憶を探って大体掛かっていた時間を佐藤大佐に答えると、答えを聞いた飯島大佐が呆れた。口にしていないが松永大佐も呆れている。

 何でと首を傾げると、残念な子を見るような視線を再び貰う。

「……そういや、あそこに一昨年の卒業生がいたな」

 飯島大佐は唸りながらも、何かを思い出していた。卒業生と言う言葉から、所属している部隊を思い出したのだろう。

「まぁ、どの道、今は却下だな。授業の邪魔をする訳には行かねぇ」

「そうですね。佐藤大佐を早々に戻さなくてはなりませんし」

 酷い言われようだ。佐藤大佐はむすっとしているけど、割と自業自得だと思う。

「お前ら、俺を何だと思っている?」

「言わずとも分かるだろ?」「言わずとも分かりますよね?」

 何も言い返せず佐藤大佐は唸った。その隙に、飯島大佐が佐藤大佐の背を押して移動を始めた。松永大佐もあとを追う。自分は先輩方に軽く挨拶をしてから大佐トリオを追い駆ける。佐藤大佐と松永大佐だけでなく、飯島大佐も意外にも佐々木中佐並みの高身長なのだ。なので、三人揃って歩幅が広い。自然と小走りになった。

 こうして、トラブルは起きたが無事に出発した。

 訓練学校とはこれを最後に接触する事は無く、再び訪れる事は無いと思っていた。

 ツクヨミの隊舎に戻った時刻は、支部長へ報告と質疑応答をした結果、二十時を超えてしまった。

 結局、鬼畜大佐が誰なのかも教えて貰えなかった。  


 

 翌日からは再び演習に参加の日々となった。ほぼ毎日の参加となったけど、九月までだったのか。末日を最後に演習参加は無くなった。参加日数を考えると、半月近くも連続で参加していた事になる。

 演習参加は無くなった代わりに、松永大佐の定例会議の資料作りを手伝った。十月最初の六日間はこれだけで、あっと言う間に過ぎた。

 気づけば九月が終わり、十月になっていて、何と言うか、バタバタとした日々だった。

 十月の定例会議も三日間の余裕を持って行うと、支部長から連絡を受けた松永大佐は深くため息を吐いた。

 上の人間は大変そうですね。下級士官で良かったわ。

 暢気な事に、そんな感想を抱いてしまった。


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