定例会議、初日
九月七日。
遂に定例会議の日がやって来た。会議は午後から行うそうだけど。
午前中は松永大佐の仕事を手伝った。会議は精神的に疲れるものだから、何時もよりも多めに手伝いを引き受けた。
昼食後の午後は完全な非番となった。暇でもする事は無い。折角だから、厨房に置いている手持ちの材料を見比べて、久し振りにシンプルなプリンとフレンチトーストを作る。ついでに定番と化しているパウンドケーキも何本か作ろう。ジャムを使ってレパートリーを広げるか。
同時進行でパウンドケーキを作り終え、鍋で蒸したプリンを粗熱を取ってから冷蔵庫に入れて、卵液に浸したパンも一緒に入れる。作ったプリンの個数が多かったせいか、同時進行で三種類も作ったからか、少し時間が掛かった。時計を見ればもう十五時を過ぎていて、そろそろ十五時半になると言う時間だ。
あとは待つだけだが、暇になってしまった。
どうするか考えて、痴漢用唐辛子スプレーが今日入荷する事を思い出し、購買部に買い物に行く事にした。部屋に戻って買うものをメモに書き出し、買い物袋と鞄を手に向かった。
試験運用隊の区画から出で少し歩いたところで、背後から妙な視線を感じたが無視する。しかし、妙に鬱陶しいので、気配遮断を使って視線から逃れる。効果はすぐに出た。視線を浴びなくなったので気分良く歩き、購買部に到着。基地で最大規模を誇る中央購買部は有人販売所だ。月面基地のように多種多様な自動販売機が並んでいる訳では無い。
スーパーマーケットでよく見かける買い物籠と同じものを手に購買部内を歩く。基地最大の購買部なだけ在って、利用者も多く、品揃えも豊富だ。何でか知らないけど、食材も売っている。食堂の過剰分を販売しているだけかもしれないが、たまにお菓子などを作る身としては純粋にありがたい。料金を上乗せすれば、冷蔵・冷凍品は購入後に隊舎にまで送ってくれる非常に便利なサービスも存在する。ここまで来るともはや通販レベルだ。
籠に日用品や、お菓子やペットボトルジュース、お菓子の材料を入れていると、通信機が着信を告げた。籠を床に置いて通信機を取ると、会議に出席中の松永大佐からだった。
「はい。星崎です」
『私だ。今どこにいる?』
通信に出たら、スピーカーから聞こえる松永大佐の声が何故か死んでいた。一瞬誰だか判らなかった。どうしたんだろう、と言う疑問を脇に置いて、質問に答える。
「現在中央購買部にいます」
『中央購買部か。なら丁度良いな。……すまないが、整腸剤を一つ購入して、第一会議室にまで届けてくれないか』
「構いませんが、整腸剤だけで大丈夫ですか?」
今までに聞いた事の無い声なので、思わず確認を取った。勘だが、整腸剤以外にもいるだろう。栄養ドリンクとか。
『それだけで良い』
「分かりました。第一会議室にお届けします」
『済まんが頼む』
届け先を復唱して確認を取ると、通信は切れた。
すぐに地図アプリを開いて、第一会議室の収容人数を調べる。三十人も収容出来る広さだった。アプリを閉じて、床に置いた籠を手に取り、医薬品コーナーに向かう。棚から整腸剤を探し出して一つを手に取り籠に入れ、少し考える。
あの松永大佐が、ぐったり声になっていると言う事は、他の人も同じようにダウンしていそうだな。
幸いにも、手持ちのお金に余裕は有る……と言うより、使い道が無くて『箪笥貯金状態』で溜まっていたので、所持金は結構有る。籠を床に置いて、カートを取って来る。カートに籠を乗せて整腸剤の残りを全て籠に入れ、空きスペースに栄養ドリンク(二本おまけ付)を四箱乗せる。
メモを見て、買い忘れの有無を確認してから会計に向かい支払いを済ませる。結構な金額になりそうだったので、整腸剤と栄養ドリンクは別会計にして貰った。
なお、当初の目的だった痴漢撃退用唐辛子スプレーは完売していた。
隊舎に送って貰う購入品を専用の宅配箱に入れて配送を頼み、それ以外のお菓子類は鞄に詰める。整腸剤と栄養ドリンクは買い物袋に入れて、購買部をあとにした。
「……またか」
買い物袋を抱えて少し歩くと、妙な視線をまた感じる。しかも、今度はあとを追って来る。けれども、行き先は会議室なので無視する。進行方向が同じだけかもしれないし。出る時にまでいるようだったら松永大佐に相談すればいいな。でも、今日の会議は日本支部の上層部の人間が出席するっぽいから、神崎少佐がいたら相談するか。憲兵部のトップだから、何かしらの対処法を知っている筈だ。
到着した第一会議室のドア横のパネルを操作して中に入る。
「失礼します……え?」
室内は別の意味で死屍累々の惨状が広がっていた。殆どの人が疲れ切ってテーブルの上に伸びている。
何この状況? 足が竦みそうになるんだけど。会議をしていただけで、何でこんな地獄絵図が展開されるんだろう?
訳の分からない状況だが、注文の品を渡して早急に隊舎に戻ろう。げっそりとした顔をした松永大佐に近づく。
「松永大佐。整腸剤をお持ちしました」
買い物袋と鞄を床に置き、錠剤の小箱を一つ取り出し松永大佐に渡す。松永大佐は通信機をポケットから取り出して操作を始める。
「悪いな。幾らだった?」
「会議が終わってからでいいです。栄養ドリンクは要りますか?」
「……貰う」
買って来て正解だったよ。
栄養ドリンクを箱から取り出して松永大佐に二本渡す。ついでにチラリと、室内を見回して大まかな人数を把握する。空席が幾つか在るので、一人二本は行き渡るだろう。手痛い出費だが、四箱買って来て正解だった。
人数把握をしていたら、飯島大佐が声を掛けて来た。松永大佐と同じようにげっそりとしている。
「星崎。整腸剤と栄養ドリンクは何個有るんだ?」
「整腸剤は残り二十個です。念の為、購買部で残りの二十一個を買い占めて来ました。栄養ドリンクは四箱購入して来ました。一人二本は行き渡ると思います」
「そうか。どっちもくれ」
「はい、どうぞ」
飯島大佐にも整腸剤と栄養ドリンクを渡す。視界の隅で、松永大佐が栄養ドリンクを一気飲みしている。栄養ドリンクは二本も一気に飲むものじゃない。その筈なんだけど。今日の会議はそんなに精神的に疲れる内容なのだろうか?
「星崎。俺にも整腸剤と栄養ドリンクをくれ。井上、整腸剤も使うか?」
「悪い、使う」
呆然としていたら佐々木中佐からも、整腸剤と栄養ドリンクを求める声が上がった。佐々木中佐は普段とは逆で、井上中佐を揺さぶり起こしている。起こされた井上中佐は、ゾンビを彷彿させるような動きで、疲れ切った顔をしていた。
「……どうぞ」
内心引きつつも、整腸剤と栄養ドリンクを中佐コンビに渡すと、揃って栄養ドリンクを飲み始めた。
「代金は佐久間支部長に経費として請求するか」
「是非ともそうしようぜ」
「え゛!?」
松永大佐がぽつりと呟けば、間髪入れずに飯島大佐が同意して、支部長が上ずった声を上げた。支部長の反応を無視して、二つの椅子が動く音が聞こえた。
「では、栄養ドリンクは全員に配ってしまいましょう」
「そうしましょうか。星崎ちゃん、二箱頂戴」
「はい」
立ち上がったのは、大林少佐と神崎少佐だった。神崎少佐に栄養ドリンクの箱を二つ渡す。箱を受け取った神崎少佐は大林少佐と手分けして栄養ドリンクを配り始めた。配るまでの手際の良さに『よくある事』なのかと疑問を抱くも、聞いても答えは得られそうに無いと思い当たり黙る。近くの空きテーブルに栄養ドリンクの箱と整腸剤を並べると、あちこちから『俺にも整腸剤をくれ』と声が上がった。整腸剤を抱えて配っていると、肩を落とした支部長に一条大将が慰めているのか声を掛けているところを見た。
「って、いやいやいや、ちょっと待てぇ!!」
整腸剤を配り終えてテーブルに戻ると、初めて見る飯島大佐ぐらいの年齢の男性将官が椅子を蹴り倒す勢いで立ち上がった。台詞が『胃痛枠』の人みたいだ。
「おや、随分と元気そうですね。栄養ドリンクは不要ですか?」
「それは要るけど、ちょっと待て! 夏休みが終わって九月になっているのに、何で訓練生がまだここにいるんだよ!」
男性将官は大林少佐の冷ややかな突っ込みに答えてから、自分を指差して叫んだ。顔が手が添えられていないだけで少し『ムンクの叫び』に似ている。男性幹部の叫びを聞き、他の出席者は自分を見て、口々に叫び声の内容を肯定する。
あれ? 期間が延長になったのに、何で知らないんだろう? これは飛び級卒業になった事も知らないのか?
どうなっているのか分からず、支部長、松永大佐、飯島大佐の順に見て、佐藤大佐が視界に入るも知らなそうだからスルーして首を傾げる。
「済まん。最後に教える予定だったが、星崎は今月から飛び級卒業扱いで試験運用隊の所属になった」
『……えぇっ!?』
通達が行っていなかっただけだった模様。しかし、何故知らなかった一同は絶望に満ちた顔をするのか?
理解出来ず、買い物袋を畳んで鞄に仕舞いながら頭に疑問符を浮かべていると、先程の胃痛枠っぽい男性将官がテーブルを叩いて叫ぶ。
「ちょおおおおおっ! 一番会議で決めなきゃいけない案件じゃないですか!? 何で、支部長の一存で決めちゃっているんですかぁっ!!」
そんな案件なのか? 謎が深まった。
「工藤中将、煩いですよ。少しは落ち着いたらどうですか?」
松永大佐の落ち着き払った声に、工藤と呼ばれた男性将官は何故か震えつつ声を上げる。つーか、松永大佐は上の階級の人にも恐れられているのか。
「これが落ち着けるわきゃねぇだろう!? 日本支部を揺るがすトラブルを、二度も引き起こした奴だぞ! おんめぇは自分の部下に配属されたってのに、よくもまぁ、落ち着いていられんな!」
巻き舌口調でそんな事を言った。トラブルとは何の事だろうかと考える。
一回目は、多分マルス・ドメスティカが再起動した一件だと思うけど、二回目は何だろう?
「工藤中将訂正して下さいな。引き起こしているのではなく、『引き寄せている』が正しいですわ」
「確かに引き寄せているだけですね」
擁護の声の主は神崎少佐と大林少佐だ。別方向からの擁護の声を受けるも、工藤中将の勢いは収まらない。
「それでも、事を起こす引き金である事には変わりねぇだろ!?」
「ですが、日本支部の隠れた膿出しが出来ているのです。全体で見ると、完全にプラスですね」
大林少佐が『膿出し』と口にしたので、開発部の事かなと当たりを付ける。どうして自分が原因なのか、さっぱり分からない。と言うか、開発部の一件は日本支部を揺るがす程の案件にまで発展していたのか。
「これに関して、支部長はどう思っていますの?」
神崎少佐は傍観していた支部長に話を振った。
室内全員の視線が集まる中、支部長はサムズアップしてから口を開いた。
「年末の大掃除が楽になりそうだな」
「そもそも、支部長は年末に大掃除なんてしないでしょう!? いい加減、俺達の胃に、優しさと気遣いを下さいよ!!」
……結局そこに辿り着くんかーい。
そんな突っ込みが口から出そうになった。
けれども、周囲を見ると他の出席者達が疲れ切った顔で首肯している。
「お疲れでしたら、飴かチョコを食べますか?」
「……何で俺は子供から児童扱いされるんだ」
上の人間に『優しさと気遣いを求める』=『仕事に忙殺されて疲れ切っている』と判断して、疲労回復効果が見込める甘味を提供しようかと思い鞄から出して尋ねたら、工藤中将は椅子に落ちるように座った。完全に精神疲労が溜まっている人間の行動だ。
「不要ですか?」
「チョコヲクレ」
工藤中将は怪しい片言になった。天井を仰ぎ見たままなので、きっと疲れているんだろう。近づいて個包装のチョコを工藤中将に渡すと別方向から質問が来た。
「それ、購買部で売っているお菓子よね? 何時買ったのよ?」
「先程、整腸剤と栄養ドリンクを購入する時に、一緒に買いました」
「鈴村大尉と一緒に行ったの?」
「え? 一人で行きましたが……」
「って、駄目じゃない! 何で一人で行ったのよ!?」
何が駄目なんでしょうか?
意味が解らず、頭から疑問符を飛ばす事しか出来ない。
「松永大佐。どうして注意しないのよ?」
「草薙中佐。私も先程知ったばかりだ」
何故か松永大佐がお小言を貰っている。でも、知らなかったと速攻で回避した。
松永大佐に草薙中佐と呼ばれた、同性からカッコいい意味で『お姉様』と、異性から『姉御』と呼ばれそうな、気の強そうなショートヘアーの女性は、険しい顔で神崎少佐にも噛み付いた。
「神崎」
「ごめんなさぁい。教えるのを、すっかり忘れていたわ」
神崎少佐は己の頭を小突いて謝罪した。何の事だろうと無言で事の成り行きを眺めていると、草薙中佐と神崎少佐から説明が入った。
「半月前からツクヨミで、二十歳前後の女性パイロットを狙った、悪質な事件が起きているのよ。犯人の特定は複数の証言から出来ているんだけど、そいつらの上司が、証拠となる監視カメラの映像を消しているから、まだ捕まっていないの」
「監視カメラの映像を消す際に使ったIDも、実在する別人のものを使っているから、逮捕したくても出来ないのよね」
映像削除と聞いて、一昨日の事を思い出す。確か、錦戸准将って人が他の人のIDを使って何かやっていた。
「それは、一昨日の夜の人達の事ですか?」
「一昨日?」
確認を取ると、草薙中佐が怪訝そうな顔をした。どうやら違うらしい。
「まったく何の関係も無いわ。一緒にしたら別の意味で失礼だけど、夜更けに女の子の部屋に突撃したって点は同じかしら」
答えは合っていたが、草薙中佐はこちらの一件について、何も知らなかったらしい。
「ちょっと、それはどう言う事よ」
「支部長がちゃんと教えてくれるから、今気にしなくても大丈夫よ」
「本当ですか?」
草薙中佐は忙しい人だな。神崎少佐に噛み付いたと思ったら、今度は支部長に噛み付いている。支部長を見る目は険しく、獲物を見定めている狩人のようだ。
「本当だ。と言うか、私からの報告がまだだろう。ちゃんと教えるから落ち着け」
「……分かりました」
支部長から裏取りが出来ると、渋々と言った感じで草薙中佐は引き下がった。
基地で起きている事件や情報に関して、自分の手元にはまったく入って来ないので知らなかった。でも、判った事が一つだけ在る、と言うか気づいた。
気配探知技能で廊下を調べると、複数人が出待ちしているのが手に取るように分かった。出る前に知る事が出来てと良かったけど、一応確認を取る。
「その話ですと、今廊下で『誰かの出待ちをしている人達』がその犯人ですか?」
「「「「「「はぁあああっ!?」」」」」」「「「おいぃぃっ!?」」」「ちょ、おま、何ちゅーもんを連れて来たんだあああああ!?」
超が付く程のオーバーリアクションだった。そこまで驚く程の事かね? てかさ、何人椅子を蹴り倒したのか。会議室に顔を顰めるぐらいの大きな音が響いた。
「大林少佐」
「……確かにいますね」
支部長は落ち着いて大林少佐に指示を出していた。指示を受けた大林少佐が手元の機器を操作すると、ブラックアウトしていた壁面モニターが映像を映し出す。画面に映るのはドア前の廊下だったので、これは会議室前の監視カメラの映像だろう。
モニターが映すのは、十人近い男性兵士だ。全員推定年齢四十代前後で、揃いも揃って下品としか言いようのない顔をしている。一目見て、複数回犯行に及んでいると判る顔面だ。読唇術で言葉を読み取ると、常習的な性犯罪者としか思えない単語ばかりを口にしている。
これなら人気の無い適当なところに誘き出して、魔法を使った物理的な去勢をした方が良かったな。記憶は魔法で消せば問題無いし、見た目も幻術で変えられる。証拠隠滅は可能だしね。完全犯罪万歳。
「音声も拾えていますが流しますか?」
「不要だ。録音と録画だけは頼む。それと、一時間前からの映像と音声も入手してくれ。あの顔を見るに、真っ昼間から子供に聞かせて良い内容じゃないだろうな」
「どう見てもそうでしょうな」
ごめん支部長。気遣いを潰すようで悪いけど、読唇術で何言っているのか読み取れているんだわ。このまま一人で出て私刑に処そう。証拠隠滅も忘れずにやって、完全犯罪で行こう。
私刑の手順を考えていると、不気味な笑い声が上がった。誰だろうと探すよりも先に、気配も無くやって来た松永大佐に小脇に抱えられて、そのまま運ばれる。
……何と言うか、悪意敵意の伴わない行動だと気づけない。これは訓練しないと駄目かな?
そんな事を考えていたら、松永大佐は元いた席に戻り、自分を後ろに降ろした。松永大佐は何も言わずに椅子に座る。
「うふふ。うふふふふふ。良いわ良いわ。丁度良いわ。ナイスタイミング! 良くやった星崎! うふふ。いざ、部下の落とし前を――ここで付ける!!」
不気味な笑い声の主、草薙中佐はゆらりと立ち上がるなり、腰のポーチから何かを引き抜いた。手首のスナップで一メートル程度の長さにまで伸びたところを見るに、伸縮式の特殊警棒か何かを手にしたのだろう。警棒だったら携帯してても良いのか、会議が終わったら松永大佐に聞いて見よう。
思考を別方向に飛ばしていたら、出席者の一人が血相を変えて『止めろ』と叫んだ。
「草薙!?」「待て! 誰か止めろ!」「草薙、落ち着け!」「今行くのは駄目だ!」
そこから先は何が起きたのか分からない。
後ろから誰かに耳を塞がれて、松永大佐に視界を遮られたからだ。何が起きているのか分からないまま数分待つと解放された。
解放されたは良いが、男性出席者が三人掛かりで草薙中佐を取り押さえていた。少し離れたところに、取り上げたと思しき二本の警棒を持った神崎少佐がいる。
「星崎。お前、このパニックを引き起こした責任を、どう取るつもりだ!?」
状況把握が追い付かない中、工藤中将からそんな事を言われた。
周りの皆さんも『何言ってんだ?』みたいな顔をしている。
責任取ってあいつら全員、物理的に去勢するよ、とは流石に言えないので、逮捕協力方向で責任を果たそう。
「現行犯逮捕の協力でどうでしょうか?」
「……はぃ?」
回答したら、『え? 何だって?』と言った反応が工藤中将から返って来た。周りも何故か呆然としている。
「証言だけを理由に言い逃れをしているのでしょう? いかに証言でも、『支部長の証言を証拠扱いしない』と言うのは出来ないですよね?」
「……そうだな」
言葉が足りなかったと判断して、自分の考えを述べる。すると、周囲は考えを口にし始めた。
「確かに……。支部長の証言は、問答無用で『証拠として扱われる』な」「そっかぁ。始めから支部長を巻き込めば良かったのね? うふふ。ナイスだわ。救助と言う名目で思う存分に殴って良いのね」「いや、それはそれでどうなんだ?」「でも、今がチャンスじゃね?」「後始末は『星崎の責任だ』って言いだした、工藤にやらせれば問題無いな」
出席者全員が工藤中将を見る。視線を集めた工藤中将は血相を変えて叫ぶ。
「問題有るに決まってんだろ!? 星崎も星崎で、何言いだすんだよ!?」
「他の案が良いですか?」
「そう言う意味じゃねぇ!?」
どう言う意味なんだよ。そう突っ込みたかったが、上の階級の人なので我慢する。
工藤中将を中心に、大変愉快なパニックらしきものが起き始める。
一週間前にも思ったけどさ、軍事組織のトップが参加している会議がコレで良いのか? シリアスな空気はどこに行ったんだろう? チラリと松永大佐を見ると、頭痛を堪えているのか、額に手を当てている。
そうか。何時もこうなのか。日本支部はコレで大丈夫なのかしら?
呆れていたら、何やら考えていた支部長が工藤中将を宥めて、自分の案を採用すると言いだした。工藤中将よ、そんな『ムンクの叫び』みたいな顔をしなくても良いと思うの。つーか、言い出しっぺなのだから諦めろや。
逮捕の作戦は、自分が単身で出て、支部長が目撃するだけ。逃走経路となる廊下の隔壁は何時でも下せるようにして、神崎少佐経由で憲兵部にも連絡が行く。
準備が終わったところで、鞄を手に『一人で帰る』振りをして廊下に出る。すると、横から手が腰に伸び、一瞬で小脇に抱えられた。鞄は床に落とす。犯人はそのままドアを横切って立ち去る。馬鹿なのか。ドアの前を横切ったら目撃者が出るだろう。
そのまま数メートル移動すると、背後から出て来た支部長が『待て』と呼び掛けた。支部長の声を聞いて、犯人一同は動きを止める。一拍の間を置いて、犯人一同の退路を断つように、隔壁が下りる。
「私を始めとした日本支部幹部の目の前で、何をやっている?」
犯人一同は無言。見える範囲だが、全員震えている。
「ゴホン。さて、どこからどう見ても、誘拐の現行犯だな」
支部長の声が再び響くも、やはり犯人一同は無言。振り返る事すらしない。やっぱり、支部長に見つかったのは想定外のようだ。
「色々と聞きたいが、先ずは、救助と捕縛をするしかないな。……一発だけだぞ」
犯人一同は漸く動いたが、はっきり言って遅かった。
支部長の言葉が終わると同時に、犯人の一人が白目を剥いて倒れた。生き残りの犯人達から悲鳴が上がるが、やって来た草薙中佐は嬉々として警棒を振るう。小脇に抱えられていた自分は放り出されるなり、神崎少佐に拾われて松永大佐の許に届けられ、そのまま会議室内に戻った。
その後どうなったか知らない。壁面モニターは再びブラックアウトしていた。開いたままのドア越しに悲鳴が聞こえるだけだ。
犯人全員が気絶したと、神崎少佐から報告が上がった事で逮捕劇は終わった。
代わりに会議はぐだぐだになった。どう見ても、会議を再開する空気ではない。
「さて、会議の再開と休憩十分延長、どちらが良いか挙手してくれ」
支部長が多数決を取ると、満場一致で休憩延長となった。自分は取り残されたままだが、井上中佐からチョコレートを強請られたので一つ渡す。
「今日程、会議の進みの悪い日は無いな」
「二週間前から荒らす気でいた人が、今になって何を言ってんですか……」
飯島大佐のぼやきが空しく響く。支部長、計画的に会議を荒らすと、あとで苦労するよ。会議の恨みは根強いからね。
自分もチョコと一つ食べていると、草薙中佐から声を掛けられた。
「ねぇ、星崎。貴女、私が事件の事を何も言わずに帰る事になっていたら、どうする気だったの?」
完全犯罪をする気で私刑に処すつもりでした。とは言えない。
鞄の中身を思い出しながら別の回答を口にする。
「知らなかったらですか? その場合は、二つのどちらかの行動を取ります。一つ目は、目潰しを使いこの先のエントランスまで走って逃げようかと思っていました」
「目潰し?」
鞄からポーチを取り出し、中身の試験管に似た小瓶を取り出す。小瓶の中身は、購買部で消費期限が過ぎたものを値切って購入したもので作った。作る工程は理科実験風で楽しかったよ。
「ハバネロソースとキャロライナ・リーパーを混ぜて、塩を限界まで煮溶かしたお湯で伸ばし、タバスコを入れたものです」
『ぶほっ!?』
男性陣の殆どが吹いた。吹くような代物じゃないんだけど。痴漢撃退用スプレーに唐辛子が使われているのにね。
「星崎ちゃん。何でそんなものを作ったの?」
変なものを作った覚えは無いんだけどなぁ。などと思っていたら神崎少佐から作成理由を尋ねられた。
「一昨日の一件で、一つだけしか入手出来なかった『痴漢撃退用唐辛子スプレー』を使ってしまったので、急遽作った代用品です。購買部に問い合わせましたが、入荷待ちと言われてしまいました」
「そうだったの。でも、激辛ソースが目に入ったら、最悪失明するかもしれないから使っちゃ駄目よ。これはお姉さんが預かるわ」
「え?」
魔法で解析した結果、皮膚に触れても火傷は無く、失明もしないと表示されたから持ち歩いていたんだけど。教えた方が良いかな?
「使っちゃ駄目よ! お姉さんと約束して!」
正面にやって来た神崎少佐に肩を掴まれた。そのまま前後にガクガクと揺さぶられる。実に頷き難い。と言うか頷けん。どうしたものかと考えていたら松永大佐に回収され、感謝する暇もなく小瓶を全て提出するように命じられた。
松永大佐から逆らってはいけないオーラが出ている。小瓶を全て出したらポーチごと没収された。せっかく作ったのに。不満そうにしていると、松永大佐に二つ目を答えるように促された。
「二つ目は、憲兵部の神崎少佐に先に出て貰おうかと思っていました」
「……どの道、地獄絵図が展開される予定だったのか」
どんな地獄絵図だよ。何で支部長が慄いているんだよ。もしかして、神崎少佐は『同性愛主義者』なのか。
「神崎が擬態能力を得たと、騒動になりそうだな」「うわぁ……」「やべぇ、想像したら……体が震えて来た」「確かに絶望だな」「ちょっと、どう言う意味ですの?」「……まんまの意味だ」
他の男性出席者も慄いている。そんなに慄く程の事なのか?
「星崎。俺にも甘いものをくれ」
「佐藤大佐。試験運用隊の食堂で、毎晩ジャムサンドを食べているのに、食べても大丈夫なのですか?」
呆れていると佐藤大佐から声が掛かる。でも、毎晩試験運用隊の食堂で甘いものを食べている事を知っているので、糖尿病を心配して逆に尋ねる。
「動いているから問題は無い」
「「問題有るわ!!」」
佐藤大佐が大仰に頷くと、工藤中将と飯島大佐が同時に叫んだ。飯島大佐は佐藤大佐の後頭部を思いっきり叩いた。大変良い音がした。殴られた佐藤大佐は頑丈なのか痛がりもしない。
「飯島、殴る程の事では無いだろう!?」
「殴る程の事だ、このド阿呆!」「他所の隊舎にまで出向いて何やってんの!?」
怒る佐藤大佐に、飯島大佐は説教を始める。説教ものなのかと、内心で疑問を抱いていると、松永大佐に呼ばれて詳細を尋ねられた。
「先月半ば、ガーベラとナスタチウムのオーバーホールが決まった、翌日の夜からです。二十一時半過ぎ頃に食堂で鉢合わせしました。その時、佐藤大佐から甘いものを希望されましたが、材料が無く、代わりにジャムサンドを勧めたら、大量に作り始めました」
ジャムサンドに関わる説明をすると、松永大佐の前髪から覗く眉間に皺が寄った。
「……報告が上がっていないぞ」「気にするのはそこじゃないだろう」
「佐藤大佐は『松永大佐に一声掛けて来た』と仰っていました、が?」
何故知らないんだろうと、首を傾げて佐藤大佐の言い分を報告すると、松永大佐がふらりと立ち上がり佐藤大佐の許へ歩いて行く。
どうしたんだろうと松永大佐の背中を見ていると、背後から佐々木中佐に声を掛けられた。振り返ると同時に佐々木中佐の小脇に抱えられて廊下にまで運ばれる。『今日は良く運ばれるな』と暢気な感想を抱いていると井上中佐も一緒に来た。他の出席者も何故か廊下に出て来る。最後に佐藤大佐の助けを求める声を無視して、支部長までもが出て来た。会議は良いんだろうか?
「今日の会議はイベント満載だな。三日も余裕を持つように指示を出しておいて、正解だったな」
支部長は汗を掻いてもいないのに袖口で額を拭い、そんな事を言った。議長が言うセリフじゃないし、言ってはいけないと思う。
「イベント満載では無く、前代未聞の間違いでしょう」
『確かに』
大林少佐の指摘に、自分と支部長以外の面々が同意する。イベント満載にしては、個人的に『刺激が少ない』気がするけど、口にするのは止めよう。
「と言うか、今日の会議はどうするつもりですか? まだ十七時ですよ」
一条大将の指摘通りの時間だとすると、四時間しか経っていない計算になる。毎回何時間で終わらせているのか不明だけど、会議の時間にしては短い気がする。でも、十五時半に暇だからと購買部に向かって、松永大佐の依頼で整腸剤を買って会議室に持って行っただけで、既に一時間半が経過した事になる。
そんな事より、ドア越しに聞こえる微かな悲鳴を、皆で無視しているけど良いのかね。支部長が無視しているから、倣っているだけかもしれんが。
「私からの報告が済んだら今日は終わりだな。一晩各々で情報を整理して、明日議論するのが良いだろう」
「つまり、一晩掛けて質問事項を纏めろって事ですか?」
「そうとも言うな」
支部長と別出席者のやり取りを聞き、皆で一斉に肩を落とした。佐々木中佐と井上中佐を見上げると、絶望に満ちた顔をしている。作ったプリンをあとで差し入れれば、元気になるかな? 小声で『多めに作ったプリンはいるか』と、尋ねたら『是非』と返答があった。夕食時に来そうだな。
皆で無視していたドアが再び開いて、中から飯島大佐が出て来た。何が起きて終わったのか知らないが、支部長を始めとした出席者が続々と室内に戻って行く。自分も佐々木中佐のあとに続いて室内に戻ると、目に見えて上機嫌な松永大佐と、テーブルに突っ伏したまま動かない佐藤大佐がいた。
動かない佐藤大佐を見て何が遭ったんだろうと首を傾げる暇も無く、支部長から『どこにも寄らずに真っ直ぐに隊舎に帰れ』と言われた。用が済んだら隊舎に戻るのは当然だと思うんだが。それに、購買部で買い物は済ませている。
妙な必死感が滲む指示だが、これ以上いてもやる事は無いので、了解の応答を返して隊舎に戻る事にした。
隊舎入り口の宅配箱から購買部で購入した荷物を回収して部屋に運び、冷蔵冷凍品は部屋の冷蔵庫に入れる。お菓子の材料は厨房に持って行き、急いでコーヒーゼリーを作った。
そして更に二時間後の十九時。独りで夕食を食べ終える。卵液に漬けたままのフレンチトーストを焼いて皿に盛り付け、バニラアイスを添える。皿を持ってテーブルに戻り、ナイフとフォークを持ったところで松永大佐が戻って来た。その後ろには中佐コンビと飯島大佐もいる。流石に佐藤大佐はいなかった。
大人組の夕食が終わり、丼を器代わりにした冷えたプリン(カラメルソース後掛け)を中佐コンビに出し、大佐コンビには甘くないコーヒーゼリー(シロップ後掛け)を出す。
「全額経費扱いになったんですか?」
鸚鵡返しのような自分の質問に、飯島大佐はシロップ無しのコーヒーゼリーを食べながら首肯した。
「ああ。今日の会議の終わりに、全員で、支部長に整腸剤と栄養ドリンク代を経費扱いするように請求した」
何故『全員で』のところを強調して言うのか。謎だ。松永大佐もシロップを掛けたコーヒーゼリーを食べながら頷く。松永大佐は最初にシロップ無しでコーヒーゼリーを食べて、手が一瞬止まったので苦過ぎるものが駄目なのかもしれない。飯島大佐は苦くても大丈夫なのか、甘いものが駄目なのかそのまま食べている。
「経費にならないなら、佐久間支部長のポケットマネーから出すようにも言った。返金されるから、あとで金額を教えろ」
「分かりました」
差し入れが全額経費扱いになったので驚く。別会計にしていたので、金額はすぐに分かるから良いけど。松永大佐からの依頼が発端だけど、多めに買って行ったからこうなったのか。
……でもさ、経費扱いにならなかったら『支部長に請求する』って、どう言う状況だよ?
「会議はよく紛糾するのですか?」
会議で最も気力を使う状況を思い浮かべて、質問をぶつけてみる。会議で一番厄介なのは、紛糾して収拾が付かなくなる事だ。混乱に乗じて、こっそりと案件を通そうとする輩もいるので非常に危険だ。
「しょっちゅうするな」
「紛糾しなかった時が無いな」
「支部長がワザと紛糾させて、さり気なく予定に無い案件を通そうとするから、何時も気が抜けないんだよな」
飯島大佐の言葉を聞いて、支部長が厄介な戦犯だった事を知り、大佐コンビに同情した。中佐コンビはプリンを食べる事に夢中で何一つ喋らない。
「今回は過去一番で酷い。主に支部長が原因だが」
「報告だけで会議一回分が終わった事は無かった。だが、ガーベラとアゲラタムに関する報告量が多過ぎる。そこへ訓練学校に絡んだ事までも報告するとなると、時間が足りない」
「まぁ、軽く話し合いもするから、時間は掛かるな」
「そうですね」
頷き合う大佐コンビに、そうだなと同意する。
軽くとは言え、その都度話し合っていたんじゃ、確かに時間は足りないだろう。
このあと大佐コンビの愚痴祭りとなり、終わった頃に金額を教えた。
中佐コンビは終始、幸せそうな顔でプリンを食べていた。




