諜報部と憲兵部のとある日常風景
※八月某日の諜報部。
日本支部の諜報部には、二つの部署が存在し、仕事の内容も違う。簡単に分けると、本国部署とツクヨミ部署になる。
仕事内容は、本国部署が国内(主に政治家)と外部(主に他支部)を、ツクヨミ部署は専ら日本支部内部の調査を、それぞれ担当している。
この区別で言うと、日本支部長の佐久間の秘書官の一人でもある大林純花の所属を正しく言うのなら、日本支部諜報部ツクヨミ部署になるだろう。その役職を厳密に言うのならば『日本支部諜報部内部調査室長』が正しい。
そんな細かい区別が存在しても、公表されていなければ常人には判らない。
例え知っていても、気にする人間が少ないのが現実で、『区別が在っても諜報部は諜報部だ』の言葉と共に一纏めに扱われている。
佐久間も本国部署を後ろ盾を務める面々に預けている為、『諜報部と言えばツクヨミ部署』と言う感覚でいる。
これは、八月のとある日の諜報部での出来事である。
八月の月初から、諜報部ツクヨミ部署に所属するもの達は仕事に忙殺されていた。ツクヨミに招いた訓練生との何気ない会話で発覚した『訓練学校の異変』は誰もが頭を抱える内容だった。まさか『軽く撫でた』だけで『埃が大量に出て来る』などと、誰が思うか。
佐久間支部長の体制下に移行してそろそろ十年が経過する。佐久間支部長の指示で行動した結果、ツクヨミ部署にいる誰もが『先代上層部の膿出しの九割方が終わった』と確信していたが、まだまだ残っていた模様。
今回の調査対象が訓練学校だったので、誰もが長引くと思っていた。けれど実際に調査すると、隔離された場所だからか、思っていた以上にスムーズに『調査だけ』は進んだ。
――判明した事の重みに反して。
室内にいる全員で調査報告書を作成している。訓練学校所属の学長以下、教官一同の調査報告書の内容は、短く真面なものが少ない。調べれば調べるほど、『よくもまぁこんな状態で来れたな』と思う事がボロボロと出て来る為、報告書を作っているものの目は半分死んでいる。
既に過労で何人か倒れている為、これ以上の離脱者が出ないように互いに体調を監視し合う事も忘れない。
そんな室内には、報告書と全く関りの無い緊張感が漂っていた。
室内にいる一人を除いたほぼ全員が、眼精疲労で報告書を作成する手を一時的に止めて目頭を揉み、とある一点を見て嫌な現実を思い出し、忘れる為に再び報告書の作成に戻るを繰り返している。時折、視線による押し付け合いをする。
試験運用隊に一時的に出向していた鈴村が現れたのは、そんな時だった。
室内に入った鈴村は、上官の大林の頭上を見て半眼になり、周囲を見て、無言の圧力を受けて目から光が消えた。天井を仰いでから、大林が座る机の前にまで移動した。
「少佐。追加の報告書です」
「? ああ、ありがとう大尉」
声を掛けられた大林は、一瞬疑問符を飛ばすも、すぐに鈴村に割り振った仕事内容を思い出して礼を述べた。大林は報告書を受け取り軽く中身に目を通す。その時に、大林の頭上に在るものが鈴村の目の前で揺れ動いた。
「これで良いわ。引き続きお願い」
「分かりましたが、その頭のものは何ですか?」
周囲の圧力に負けた鈴村が疑問を口にした。彼の視線は大林の頭上に固定されている。
大林の頭上で揺れ動く、人工的に作られたウサギの耳。人はそれを『ウサミミ』と言う。
酒場かカジノならともかく、ここは軍事基地だ。しかも諜報部の人間が使う部屋だ。ウサギの耳には違和感しかない。
そんなところにいる大林の現在の恰好はと言うと。伊達メガネを外して、頭にウサミミカチューシャ、首から下は紺色のエプロンドレスだった。場違いな事この上ない。
「何時になったらそのコスプレの寿命が尽きるのですか?」
「コスプレの寿命? 何を言っているの? コスプレと変装を兼ねた仕事をしているのよ。寿命が来るわけないでしょう」
「今年で三十七歳の女性が言う台詞ですか?」
鈴村の苦情に同意するように、室内にいる大林以外の全員が頷いた。苦情を言われた側は、眉間を揉んでからため息を吐く。
「あのねぇ。誰にも迷惑を掛けていないし、支部長も『仕事に支障をきたさない』事を条件に許可は捥ぎ取ったわよ」
「支部長も許可を出すところが違うでしょうに」
「まったく、何を言っているのよ。誰にも迷惑を掛けていないし、私の仕事に対するモチベーションを下げない為の恰好なのよ!」
「そんな、勝負服のように言わないで下さい」
「理解を得る気は無いわ。人目を気にして止める気も無いもの」
大林はそう言うなり、鈴村を追い返した。
彼女のコスプレに対する熱意は、松永大佐と二者面談を受けても消えない。筋金入りのコスプレイヤーだった。仕事が出来るから、尚更、質が悪い。
今日も無理だったかと、室内にいた下っ端は嘆息を零し、同時に祈った。
――大林の前所属の本国部署には、まともな人がいますように。
祈りは届かないものだが、ここにいる面々はそれを知らなかった。
※八月某日、夕刻の憲兵部
日勤の仕事を終えた憲兵部所属の女性兵達は、夕食を終えると寮部屋(十人相部屋)に向かった。彼女達は部屋に戻るなり、頬を紅潮させて一斉に喋り出す。
「ねぇ、今日の尋問どうだった?」「楽しかったに決まっているでしょ」「あの怯え顔だけでネームが十二枚行けそう」「ねぇ、濃密プロットを思い付いたの、ちょっとすり合わせない」「良いわね~。展覧は全年齢向けじゃないと支部長から許可が下りないけど、個人交換目的だけならR指定OKだし」「次回の展覧会は何時だっけ?」「まだ決まっていないわよ。開発部で何か起きたみたいだし」『うわっ、最悪!』
女性達の内何人かは、喋りついでにタブレット端末を取り出して、日課の趣味に精を出していた。
「あ、腐兄有志の濃密漫画が更新されている!」
『えっ、本当!?』
一人が声を上げると、全員がタブレット端末に群がる。
「やっぱり戦国時代は良いわね~。カップリングが沢山あるし」「うんうん。好きな組み合わせを選んで妄想するのが楽し~」「神崎少佐は『肌の熱を感じないと満足出来ない』って言っていたけど」「アレはしょうがないよー」「そうねー。男じゃないと鯖折りで怪我をさせちゃいそうだし」
ワイワイと盛り上がっている。ついでに神崎への同情の声も上がる。
会話の中身に疑問を覚える人間はいない。ここにいる人間は――否、憲兵部に所属する人間の殆どはこんな感じだ。理解者はいるが、極少数だ。
日本支部憲兵部。
別の方向に腐った部署だが、真実を知るのは上層部の人間のみ。所属するもの達は皆、顔を使い分けて、楽園を死守していた。
男女の隔たりが別の意味で無い部署では、今日も精力的に創作活動が行われている。
人権に被害を出さない事、年齢制限を守る事、排斥行動を取らない事、その他色々な事を条件に許可が下りている。
佐久間の懐が深いのか、人心掌握の一つで仕方が無く許可を出しているのかは、本人に聞かねば分からない。




