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モブキャラとして無難にやり過ごしたい  作者: 天原 重音
新しい変化 西暦3147年12月

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205/209

季節ネタ IFストーリー~クリスマス狂騒曲~

ちょっと遅いけど、クリスマスのお話です。

時間ギリギリですけど、二十五日以内に投稿出来ました。


 ――これは、起きたかもしれない出来事である。


 十二月に入った頃。

 食堂で独りシュトレンを食べていた自分は、クリスマスについて考えていた。

 千年後にもクリスマスが存在するって、ある意味凄いな。やっぱり、クリスマス商戦の影響かな? 

 ……バレンタインもそうだが、経済が絡むと宗教とは関係なく残るものなのかな。当時の王命に背いて活動し、最終的に撲殺された司祭が、今の状態を知ったらどう思うんだろうね。

 シュトレンを齧りながら、怒られそうな事を考えて、自分もふと思い付いた。

 良い機会だから、クリスマスにかこつけて、普段お世話になっている人に、何かを贈ろう。

 何が良いかな? お菓子は普段から作っているから特別感が無い。箪笥貯金状態のお金を使うのもアリかも。昨晩、何となく所持金の残高を見たら、凄い事になっていた。

 これは使うべきだ。使える時に、使ってしまおう。

 ただし問題は、ここが軌道衛星基地で、何を贈れば良いのか分からない事か。


 向こうの宇宙において、知り合ったばかりの男性に送る定番の品はネクタイピンとカフスボタンの二つだ。女性の場合、贈る品は特に決まっていない。宝石すら定番では無いのだ。

 ここで、女性に贈る品が決まっていないのには、ハッキリとした理由が存在する。

 過去に、取り分けて花(造花含む)、お菓子、茶葉、化粧品(美容品含む)の四点を使った嫌がらせが横行した結果だ。

 透明な箱に入れて鑑賞する分には問題は無いが、花粉に毒の成分が含まれている生花を贈り、時間を掛けて微量の花粉を吸わせて体調不良に追い込む。造花の場合、幻覚効果を始めとした様々な効果を保有する、簡単に言うと『違法薬物』の香りを付けたものを贈り、素行不良に追い込む。

 口に入れるお菓子や茶葉には、毒や違法薬物を混ぜたものを贈る。お菓子はアレルギーのものを混ぜるだけだ。

 これが茶葉の場合、一定量のお茶を飲まないと効果の出ない薬を塗布したものや、指定回数を超えるこのお茶を飲む事でアナフィラキシーショックに近い症状を引き起こす特殊な茶葉をブレンドしたお茶を贈るとか、手の込んだ事が起きる。

 化粧品は、代表的なのが『化粧水の中身が肌をボロボロにする劇薬だった』で、他には『肌に塗ると経皮摂取してしまう、もしくは叩いて塗る際に粉末を鼻腔から摂取してしまう粉末の毒入りのファンデーション』とか、『肌に良い経口摂取する美容品の瓶の中身を毒にすり替える』とか、化粧品に限っては具体例には枚挙に(いとま)が無い。

 定番に宝石が含まれていないのは、首に掛ける鎖や縁取りの金属を肌に合わないものにして金属アレルギーを誘発させる。これはまだ大人しい方で、宝石と金属の表面保護と称して『常温で気化する致死性の高い毒』が塗られていたりと、中々に殺意の高い嫌がらせが発生している。

 ぶっちゃけると、これらの嫌がらせは『実際に発生した暗殺の手法』なので、割と疑われる。特に宝石は、親しい間柄でも、同意なく表面保護を行うと疑われる。

 

 向こうの宇宙の贈り物事情を思い出し、げんなりとしてしまった。

 さてどうするかと考えて、丁度良い相談相手がいる事に気づいた。

 善は急げ。思い立ったが吉日なので、相談に行こう。



 衣服の相談がしたいと言って、松永大佐経由で大林少佐に接触した。

 そして、正直に話をして相談した。買いに行けるのならば、気候に合わせた衣服が必要になるので、『衣服の相談』は強ち嘘では無い。唯一の問題は支部長室で、支部長の目の前で相談を行っている事か。

「星崎。貴女はまだ子供なんだから、そんな事を気にする必要は無いわよ? 適当に作ったお菓子でも食わせなさい」

「支部長以外の場合、体重調整で作ったお菓子のお裾分けを毎回しているので、特別感が無いんです」

「そうなの? だったら……、カタログが有るから見る?」

「何のカタログですか?」

 大林少佐が自身のスマホを操作して、空中ディスプレイ状態にした。どれがカタログなのか分からない程の、大量のアイコンが目の前に表示された。

「色々と有るわよ。でも、服は止めなさい」

「流石に服は、サイズと好みが分からないので選べません」

「それ以前に大林少佐。その手の相談は他所でやってくれないか?」

 長時間、貝になっていた支部長がついに口を開いた。

「星崎。手編みのものでも贈れば良いんじゃないか?」

「支部長。室温が常に一定のツクヨミで、使い道は有りますか?」

「……無いね」

 逆に質問をすると、支部長はあっさりと引き下がった。でも、支部長の言う通りに、刺繍を施したカバーを付けたクッションを贈るのも手だな。もしくは、クッションカバーを編んで、クッションと一緒に送るのもアリだろう。

 毛糸を編むのは良いが、棒編みはどうしても上手く出来ないので、カギ針一本で編む事になる。

 単色の太い毛糸で、ジャンボサイズか一センチのかぎ針を使い、細編(こまあ)みか中長編みで、巾着を作る要領で編んで、モチーフ編みとかやらなければ、クッションの大きさにもよるが一個当たり二時間以内で完成する。

 ただし、毛糸で編むとなると『水通し』が必要になるんだよね。

 

 水通しと言うのは、中性洗剤で毛糸で編んだ作品を一度洗う事を指す。

 市販の毛糸は編みやすいように、毛糸の表面に薬品加工などが施されている。水通しをする事でこの薬品が洗い流され、編んだ作品が長持ちするのだ。

 ただ、形を整えて平干ししなくてはならない。毛糸の材質にもよるが、基本的に乾燥機などは使用不可能だ。


 毛糸で作る作品について少し考えたが、変なデザインにしなければ贈る分には問題無い。

 けれど、必要な毛糸の個数が分からない。十個入りパックを何個か買えば十分かな? 

 大林少佐に頼んで、ハンドメイド材料のカタログを見せて貰った。

「星崎、何を作るの?」

「クッションカバーです。年中使えるように、手触りがサラッとした毛糸が欲しいです」

 大林少佐に作る予定の作品を告げる。ついでに毛糸の種類も指定した。やっぱり年中使うのであれば、暑い時期でも使えるサマーヤーン系の毛糸で作った方が良いだろう。サマーヤーン系の毛糸って、手触りがサラッとしているものが多いし。

 唯一の問題は、現在の季節が冬である事か。

 無いなら、レース用の毛糸を複数本取りして編むしかない。

 大林少佐と一緒に毛糸の種類を見る。単色、グラデーション、ミックス、アクリル毛糸、ブランケットヤーンなどを始めとした、様々な種類が載っていた。珍しい事に一玉一キロの毛糸までカタログに掲載されていた。 

 大林少佐と一緒に毛糸を選んでいたら、顎に手を添えて何やら考え込んでいた支部長に呼ばれた。

「実は私も、知り合い三名に小物を贈らなくてはならないんだ。星崎が店頭で大量に有る中から現物を選んでくれるのなら、本国への外出許可を出そう」

「贈る相手にもよりますが、私が選んでも良いんですか?」

「問題無い。贈る三人の内、二名はヴァンスとジェフリーで、贈る予定の小物はネクタイピンなんだ」

「……責任重大過ぎやしませんか?」

「ジェフリーなら喜ぶぞ。予算は私持ちにするから、一緒に松永大佐の分も選んで来ると良い」

 他所の副支部長に贈る品を選んで来いとか、無茶振りが酷い。ここで、何やら考え込んでいた大林少佐が口を開いた。

「支部長。星崎に一人で行かせるつもりですか?」

「いいや、店の場所は銀座だ。星崎も銀座に行った事が無いだろう。店の格式を考えると、未成年者一人で入店は不可能だ。あの辺りに詳しい人物に案内させる。ついでに、目的の店の近くの手芸店に行って、欲しいものを買って来なさい。商品の受け取りは宅配便で指定の住所に送りなさい。住所は同行者に教えておく」

 支部長の言う通り、自分は銀座に行った事が無い。

 と言うか、今の人生で東京に行った記憶が無いので、『銀座? 場所は東京二十三区? あれ? 今も二十三区だったよね? 二十三区内のどこだっけ?』の状態だ。秋葉原駅とか、新宿駅とか、皇居辺りなら分かるんだけどね。

 案内人を付けてくれるのは良いけど、事前に手芸店の場所を調べないと今度は迷子になる。

 支部長に『手芸店の場所を調べる為に、最初に向かう店の住所を教えて欲しい』とお願いしたら、大林少佐経由で手芸店のリストが貰える事になった。併せて支部長から『本国への移動時間中にリストを見なさい』の言葉も貰った。

 自分が本国へ向かう事が前提で話が進んでいるけど、たまには良いか。それに、毛糸は直接見て触って選びたい派なので、正直に言うとありがたい。

 開いていたカタログから、ヌードクッション二十個と、必要そうなものも購入する事になった。ヌードクッションが二十個なのは、支部長から『欲しがる奴がいるから多めに作って欲しい』と頼まれた為だ。

 併せて毛糸も大量に購入する事になるが、宅配出来るのなら大丈夫か。


 西暦三千年代、AIが操縦する『自動運転車』が主流の昨今、宅配サービスも変わった。

 最大の変化は、どの家庭にも宅配ボックスが存在するようになった事か。AIが操るロボットは、宅配依頼者が事前に決めた認証コードを入力して、この宅配ボックスを開けて荷物を置いて行くようになった。

 置き配の形式が変わったようなものだが、基本的に前払いでなければ利用不可能だ。


 毛糸で何かを編む時は、糸を継ぎ足ししながら編む。編み終えた時の糸処理を考えて、糸の継ぎ足しをマジックノットにするか、編み包めるようにして糸を足すか、この二つで悩む。

 マジックノットにすると、一ヶ所編み目が太くなる。これを避ける為に別の糸足しのやり方をすると、今度は糸の始末が面倒になる。

 この二点の悩みを解決する為に、自分は一キロの毛糸(毛糸の太さによっては、一玉当たりの長さは九百メートルを超える)を選ぶようになった。一キロの毛糸を使えば、カーディガン一着が糸継ぎ無しで編めて、糸が余るのだ。

 一キロも有る分、毛糸一玉当たりの値段は高いが、糸の継ぎ足しに困らない点が解消される。

 購入した毛糸玉は宅配で手元に来るとは言え、買い過ぎは禁物だ。買い過ぎは禁物だが、毛糸玉は何玉あっても困らない。寧ろ、毛糸が足りないと困る事の方が重大だ。今回は二十個も作るので、毛糸が足りなくなったら非常に困る。

 毛糸が余ったら何か作れば良いだけだ。置き場に困っても端末の収納機に入れてしまえば良い。

 支部長と話し合って出発日を二週間後に決めて、その他諸々細かい事を尋ねて、今日は試験運用隊隊舎に戻った。

 松永大佐とマオ少佐には『支部長からお使いを頼まれた。二週間後にツクヨミから本国へ向かう』とだけ報告した。

「へぇ~本国に行くのか。余裕が有ったらで良い、ナッツ系の何かが買えるようだったら買ってくれ。予算は前日に渡す」

 関心したマオ少佐はこれしか言わなかった。対して、松永大佐は笑顔のまま動きを止めていた。

「星崎。一人で行くのか?」

「支部長が仰るには現地に詳しい人を付けてくれるそうです」

「ちなみにだが、誰なんだ?」

「候補が何人かいて、今日中に一人に絞り込むそうです」

「……そうか」

 松永大佐の反応が鈍い。その反応を不思議に思い、回答を求めてマオ少佐を見たが、首を左右に振られた。

 この日、松永大佐は日勤が終わるなりどこかへ行った。戻って来たのは三時間後だった。



 そして、二週間後の早朝。

 大林少佐が用意してくれた普段着に着替えて、現地に詳しい人二名と一緒にチャーター機で本国へ向かった。

  


 十二月中旬十一時半過ぎ。

 東銀座駅周辺の外気は非常に冷えていた。吐く息は白く、僅かに吹いている風が体温を奪って行く。

「寒いわね。早くお店に入って商品を選んじゃいましょうか。お昼ご飯はお店が混むから、そのあとね」

「……おい、氷室。割り込んで来たお前が、な・ん・で、音頭を取ってんのよ!? あとね、目的地の店には十四時に行くって連絡済みだ。昼飯は予約を入れてっから、そこで食うぞ」

「えぇ~、どこのお店よ?」

「心配するな。多国籍料理が楽しめる店だ。酒は飲めるし、デザートの種類も豊富だ」

「ねぇ工藤。あんた気が利く癖に、何で独身なの?」

「煩いわ。姉貴達のせいなのよ……」

 氷室中将に痛いところを突かれた工藤中将は、アスファルトの上に崩れ落ちた。そのまま、四つん這いの姿勢で拳でアスファルトを叩く。通りすがりの人達の耳目を集める行為なので止めて欲しい。

「もうっ、何をやってんのよ。ほら、さっさとお店に行くわよ」

「くそうっ。十二月の半ばに何が悲しくて、俺は子守をやらされているんだぁ」

 血涙を流さん勢いで、拳を握った工藤中将が悔しがっている。

 このまま氷室中将に任せていると一生終わらない気配を感じ取り、自分が工藤中将を宥め賺して移動を開始した。

 

 既に判る人には判っているだろうが、現在、自分は工藤中将と氷室中将の二人と一緒に行動している。

 当初は工藤中将だけだった。目的のお店は、工藤中将の顔なじみのお店だった事も在り、同行者は自然と決まった。

 しかし、一体どこから情報が漏れたのか。

 支部長室で話し合っていた時、自分と工藤中将が銀座に向かうと知った氷室中将が『一緒に行きたい』と立候補した。

 突然の乱入に、支部長は当然のように難色を示した。

「氷室中将。私の記憶が正しければ、君はパリか、ミラノか、ベルリン以外で買い物はしないだろう」

「たまには本国に行きたいです」

「そんな我儘を言う余裕が有るのなら、一条大将と一緒に飛び回るか? 丁度良く、一条大将は明後日にモスクワへ発つんだ。そこまで余裕が有るのなら、同行を許可しよう」

「支部長。私が行きたいのは銀座です」

「モスクワの次はドバイだったな」

「……銀座が良いです」

 氷室中将は頑なに『銀座に行きたい』と主張した。

 支部長は長考の末に、『飲酒禁止』を条件に許可を出した。

 幸先が不安になるんだけど、『アドバイスが出来る人間が、一人ぐらいはいた方が良いだろう』と、支部長は言った。確かにその通りなので、頷くしかなかった。



 ※※※※※※


 通りすがる人々の耳目を集める三人を、遠目に見つめる二つの影が存在した。

 片方は長身痩躯の男性だ。暗色のロングコートと同色のニット帽子を被り、黒いマフラーを首に巻き、色の薄いサングラスを掛けている。サングラスで顔が隠れているのに、長身なせいで通りすがりの、特に女性の注目を集める男だった。

 もう片方は、日本人女性にしてはやや背の高い女性だ。クリーム色のコートと同色のマフラーを首に巻いている。女性は掛けているフレームレスの眼鏡の位置を指先で直した。

「工藤中将は一体何をやっているんだ?」

「星崎の服に仕込んだ盗聴器で聞いた限りだと、独身でいる理由を氷室中将に尋ねられただけよ」

「そんな事で悔しがる年でも無いだろう。……三人が移動を始めた。行くぞ」

 

 誰だか判るだろうか。

 松永と大林である。

 そして、氷室に情報を漏らしたのも、大林だった。


 松永は星崎の報告を受けたその日に、佐久間を絞り情報を吐かせた。

「星崎は欲しいものが有り大林少佐に相談した。横で聞いていた私が、頼みを聞いてくれるのなら、本国へ行く許可を出すと言っただけだ」

「本当ですか? 頼みの内容は何ですか?」

「年末に向けたジェフリー対策だ。それにあの御仁も、『孫娘が選んだ』ものを一つぐらいは欲しいと思うだろう?」

「……それは、そうかもしれませんね」

「九月にお願いをしたから、ささやかなお礼だ」

 ジェフリーはともかく、松永も無視出来ない人物への礼と言われては、流石にコレ以上は言えなかった。

 言えない代わりに松永は二週間後の休暇一日だけ勝ち取った。



 ちなみに、明らかに不審な二人組を見た警察官は、職務質問をする為に近づくも、聞こえてきた会話を聞いて足を止めた。

「やっぱり、女の子が自身に似合う服を着て街中を歩く姿って最高ね。世界の利益だわ」

「眼鏡を曇らせて鼻血を垂らしながら言うな。この変質者」

 警察官は二人に背を向けて別のところへ歩き出した。職務放棄ではない。関わって職務に影響を出してはいけないと言う、戦略的な撤退だった。

 

 通りすがりの警察官に職務放棄させた二人は、そんな事を露ほども知らずに歩き始めた。


 ※※※※※※



 工藤中将の案内で昼食を取るお店に移動した。

 多国籍料理が楽しめるお店だと聞き、雑多なイメージをお店に抱いた。歩いて移動して到着したその店の外観は、目立たないような看板すら無いビルだった。

 だが、一歩ビルの中に入ると『一見さんとおのぼりさんはお断りの超高級フレンチ店』に様変わりした。白を基調とした内装に、華美過ぎない調度品が置かれている。受付の人は高級ホテルにいそうなコンシェルジュみたいな空気で立っていた。

 氷室中将が目を丸くした。おや、このお店について知っているのか?

「このお店って、予約が中々取れない事で有名なお店じゃない」

「ウチの実家がオーナーなんだよ。一番上の姉貴に連絡を入れたら、『ここで食べろ』って言われて、予約を入れられた」

 店員と簡単なやり取りを行った工藤中将が、店員の案内無しで店内を移動する。

 自分と氷室中将も、置いて行かれないように工藤中将について行った。



 工藤中将について行って着いた席は、調度品の感じの良さからVIP席と思しき個室だった。

「ここは全席仕切られている完全個室の店なんだ」

「そうなんですか……」

 工藤中将から説明を受けるが、それ以外に言える事が無い。完全個室って事は、そっち方面の方々御用達のお店なのか。

「そうよ。だからこのお店はね、ご飯を食べながら内緒話にうってつけなの」

 氷室中将の口から、明らかに『密会用のお店』だと連想させる単語が出た。政治家が利用する店なのかよ!?

 ルピナス帝国にも、こんな感じのお店は在ったけど、政治にはかかわらないようにしていたので、自分が利用する事は無かった。城と貴族の邸宅以外で、もてなしを受けた記憶は無い。

 前世で高級品は慣れている筈なのに、二年以上のブランクがあるせいか、ちょっと気後れする。

 外套やマフラーなどは備え付けのクローゼットに仕舞った。自分は氷室中将の隣で、正面に工藤中将が座る形で、三人で席に着く。そして、時代を感じる、紙の本に見えるケースに入ったタブレットを各々手に取った。紙のメニュー表は無いのか。

「ここはコース料理しかないが、単品で頼めるデザートが多い。ソフトドリンクとノンアルコールドリンクも在る。氷室、禁酒命令を受けているお前はソフトドリンクにしろ」

「何でそこだけ覚えているのよ」

「支部長に念を押されたに決まっているでしょ!?」

 氷室中将の不満は支部長命令を盾に工藤中将の手で潰された。禁酒命令を受けていない工藤中将は、今日は歩いて移動する事を理由にソフトドリンクを頼んだ。



 昼食だが、工藤中将おすすめのコース料理を三人で注文した。

「星崎。どれを選べばいいの分からないんだったら、俺と同じものを食べるか?」

「お代とかは大丈夫なんですか?」

 使う機会が少なくて、貯金額は結構な事になっている。でも、ここで食べたら、かなりの額が飛ぶ事になる。このあとの買い物を考えると、確認は必要だ。

 自分の心配とは裏腹に、工藤中将は鷹揚に頷いた。

「大丈夫だ。星崎は奢るが、氷室は自分で金を払え」

「ちょっとケチらないでよ」

「割り込んで来た奴が言う台詞じゃないだろ!? あと俺は、メニュー表に乗せる予定の新作料理を食べて感想を聞かせろって、姉貴から言われてるから、飲み物以外は選べないんだよ」

 工藤中将が注文予定の料理について語ると、氷室中将は目を輝かせた。

「ここの新作料理!? 食べて兄に感想を伝えるから、私もそれが良い!」

「氷室の兄貴って……、あー、官僚だったな。食材は十人分ぐらい確保しているって聞いたから大丈夫だが、ちゃんと連絡しろよ」

 こうして三人で同じコース料理を食べる事になった。

 ……しかし、氷室中将の兄は官僚だったのか。工藤中将の実家は高級料理店のオーナーだとか、短時間で新規情報を二つも聞く事になるとは思わなかったな。

 二人揃って、良いところの出なのに何で軍人をやっているんだろう?

 この二人に関する疑問は尽きないが、最も気になった事が有る。

「工藤中将は高級品に慣れ親しんでいる方なんですか?」 

「……星崎。自慢じゃないが俺の実家は日本屈指の財閥のトップだ。今の支部長に代替わりしてからは、日本支部にも出資している家だ。長子相続家系だから、末っ子長男の俺は自由なんだ。だがな、三人いる俺の姉貴共は心臓に悪い悪戯が大好きなんだよ。親父が毎日丁寧に磨いて使っているロックグラスですらも、平然と悪戯に使うから、俺はビビりなの」

「けどね、それを差し引いても、十月のあの時に届いたお酒は、高級過ぎるわ」

 工藤中将の実家に関する情報を聞かされて困惑したのに、氷室中将からも『高過ぎる』と言われ困惑を深めた。けれども、少し考えて納得した。

 セタリアから届いた品は『皇室献上品』だった。簡単に言うと、金を出しても買えないものだ。

 お金で買えないものは確かに高過ぎるよね。

 一人で納得していると、コース料理がやって来た。

 食レポが必要そうな料理っぽいので、意識を切り替えた。



 結論を言おう。美味しかったけど、味が濃かった。

 コース料理として、出て来た料理はヨーロッパ各地の料理をアレンジしたものばかりだった。

 ただし、既に述べたように、味が濃い――と言うよりもソースが濃厚だった。口直しではないが、デザートを三つも食べた。

 氷室中将も『ソースが濃いわね』と感想を零していた。

 共に食事を取った工藤中将は何やらメモを取っていた。そのメモは帰り際、受付の人に手渡された。

 昼食を終えてお店を出て、今度こそ目的地のお店に向かった。



 工藤中将の実家について聞いた時に気づいた事が一つだけある。

 それは、支部長が指定したお店の事だ。

 日本屈指の財閥のトップを務める家の末っ子長男が顔なじみのお店。この時点で普通の高級店とは違う。

 この予想は当たった。工藤中将が入店するなり、控えていた店員が全員頭を下げて、店長と思しき人物がやって来た。店長の案内で、磨かれて光り輝く商品が展示されている部屋に通された。

 自分が工藤中将と一緒に商品を選んでいる間、氷室中将は店長から挨拶を受けていた。なるべく店長の顔を見ないようにして、商品選びに集中した。

 今回ネクタイピンを贈る相手は、アメリカ支部とイギリス支部の副支部長二人と、松永大佐と、支部長がお世話になっている御老人の四人だ。

 最後の一人以外は誰か知っているので、さほど時間を掛けずに選べたけど、四つ目は時間が掛かった。

 顔も知らない人に贈る品なので、非常に悩んだ。工藤中将にどんな人物なのか尋ねて、一つ選んだ。

「ゴールドは派手過ぎないか?」

「ネクタイピンが必要なぐらいに現役の人なんですよね? シルバー層にシルバー系のものを贈るよりかは良いのでは?」

「確かに黄金時代を築いた人だけどよ。あの人が派手なものを付けているところは見た事が無いぜ」

「それなら、こっちのプラチナのものとかどうですか?」

「これだったら、似たような奴を持っていたな」

 工藤中将から意見を聞きつつ、四つの商品を選んだ。

 なお、氷室中将は単独で何かを選んでいた。



 当初の予定を済ませたら次の目的地だが、指定時間に東銀座駅で合流する事にして、ここで氷室中将と別れた。本当にあの人は何しについて来たんだろう。

 氷室中将と別行動を取り、工藤中将と二人で毛糸玉の販売をしている手芸用品に向かう。

 ここに来たくて、支部長の依頼を受けたんだよね。

 カートに買い物籠をセット。カートを押して店内を歩く。大量の毛糸玉が置かれているコーナーで足を止めて、商品を吟味する。買い物籠に毛糸玉を入れて行く。その光景を見た工藤中将が慄く。

「なぁ、星崎。買い過ぎじゃないか?」

「そうですか? 二十個も作るので足りなくなった時の方が困るんです」

「だからってさ、一キロの毛糸玉を十個も買うのはどうかと思うぞ。それ以前に、毛糸玉って百グラムのしか売っていないんじゃなかったのか?」

 工藤中将の言う通り、自分は一キロの毛糸玉だけを選んでいた。この大きさだと単色の毛糸玉は無く、グラデーションカラーや、ミックスカラーだけが販売されていた。

「海外限定で、割と昔から一キロサイズの毛糸玉は販売されていますよ」

「はぇ~」

 工藤中将は興味深そうに毛糸玉を見ている。

 自分は一キロの毛糸玉以外にも、十個入り一パックの単色の毛糸を何パックか購入した。

 会計時の値段が凄い事になったが、使い道が無く溜まっていた貯金を使うだけだ。躊躇う必要は無い。宅配関係は工藤中将にやって貰い店を出た。

 毛糸を選ぶのに時間が掛かり、東銀座駅に到着したのは指定時間ギリギリだった。

 やる事を終えてツクヨミに戻る為に移動するも、待ち時間にマオ少佐から頼まれていた事を思い出して、近くの売店で飲み物と一緒に購入した。



 夕食を機内食で済ませて、ツクヨミに戻った。日付は変わっていないが、深夜と言っても良い時間に到着したので、マオ少佐は寝ていると思ったが、隊長室で仕事をしていた。

 マオ少佐に購入出来た品を渡し、予算の残りを返したが、松永大佐の姿が無い。

「あの野郎はもう寝てるから気にするな」

 マオ少佐に尋ねたら、『松永大佐は寝ている』と回答を得た。

 帰還報告の為に松永大佐を起こす訳にも行かないので、この日は自分もシャワーを浴びて寝た。


 

 本国で購入した商品が手元に届いたのは三日後だった。それから毎日、クッションカバーを作り続けた。

 完成したクッションカバーは全て水通しをして、取り出し口にボタンを縫い付けて、ヌードクッションを入れてから、目的の人物達に渡した。

 松永大佐とマオ少佐、支部長と大林少佐に神崎少佐、会えたから工藤中将と飯島大佐にも渡した。佐々木中佐と井上中佐にも直接渡したかったが、この二人は月面基地にいるので、大林少佐に頼みメッセージカードを付けて送って貰った。

 残りは全て支部長に渡したよ。一条大将にも渡したかったが、会えなかったので支部長に託した。



 クリスマス前に全てやり終える事に成功したが、久し振りに大量の編み物をしたせいか、腱鞘炎に成り掛けてしまった。

 余った毛糸の使い道を考えつつ、自分のクリスマスは終わった。

  

 

 ※※※※※※


 星崎が本国から帰って来た二時間前にまで、時間を遡る。

 

 帰って来た松永を見て、マオは思った。

 そこまで気にするのなら、無理をしてでも付いて行けよ。ストーカーみたいな事をするんじゃねぇよ。

「お前は、初めてのお遣いを見守る親か」

 マオはそう言いたかった。信頼出来ない奴がお供ならば分かるが、マオから見ても工藤中将は信頼しても良い奴だった。一緒に行くもう一人の氷室は敵に回さなければ大丈夫な女だ。

 徹夜をして今日の仕事を片付けて、本国へ向かった松永は疲れ切っており、そのまま自室に戻るなり眠ってしまった。

 当然のように、マオは松永にも口止めのお代として土産に酒を要求した。松永は手荷物として土産を持ち帰ったので、酒瓶はマオの手元に有る。

 星崎が戻って来るまでの二時間、マオは隊長室で松永への愚痴を虚空に向かって言い続けた。


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